メインコンテンツへスキップ
見出し画像

無道無乃④




    無道無乃(四)


     海風の抜けていく部屋の中でのんびりと羅冴流ルオフーリウと隣り合い、無乃は花巻ホワジュアンを食べていた。
     花の形をした蒸したての花巻と、胡麻をまぶした焼餅シャオピンが提籃の中で湯気をたて、ずっしりと押し込まれている。

     無乃ウーナイは一つ二つと両手に抱え、三つ四つ頬張りながら口の中をパンパンに詰め込んでいた。
    「それで、お嬢さんのことなんだけど……」
     すました顔で話し始める無乃ウーナイは、羅冴流ルオフーリウの優しい顔つきに少し驚いた。

    「青菊チンチュイはいつから船に乗っているんだ?」
     口の中のものをゴクリと飲み込み、無乃は流れるように焼餅に手をのばす。
     栗鼠りすのように頬を膨らませ、もごもごと喋られてはかなわない。羅冴流ルオフーリウはさりげなく提籃を遠ざけ、いつ喉をつまらせてもいいように水差しを手に取った。

    「物心つく頃から我氷津ウオピンチンと舟であちこち回っているようだ。俺も正確な日付までは分からないよ」
    「構わない。随分長くいるんだね。それなら、我氷津ウオピンチンは青菊チンチュイの異変に気づきそうなものだが、なぜ彼は気づかないふりをしているんだろうね」

    「お嬢さんのことはほとんど鮮杏シェンシンさんに任せっきりだし、我氷津ウオピンチンも年頃の娘のことを理解しているとは思えない」
    「君も、異変には気づかないか?」
    「なんのことだ?」

     にこやかな顔つきの羅冴流ルオフーリウに、「あ、誤魔化したな」と無乃ウーナイは水差しを受け取った。
     窓の外では屏風のような岸壁が両脇を挑むように屹立している。てっきり湖の上を一巡りするだけだと思っていたが、船は雄大な川をゆったりと下ってどこかへ向かっているようだ。

    「お嬢さんの病名はわかったか?」
     無乃ウーナイは羅冴流ルオフーリウを横目に見て、誇らしく胸を反らした。袖の中に両手を入れて自信たっぷりに答える。
    「まあね」
    「どんな病気だ? 手術が必要か?」

     無乃ウーナイはゆるく頭を振った。
    「手術をする必要も、治す必要もない。なぜなら青菊チンチュイの病は仮病だ。けれどこれほど難しい病はない」
    「仮病?」

     青菊チンチュイの前では医者らしく振る舞ってはみたものの、無乃ウーナイにもこの病についてはさっぱりわからなかった。お腹が張っているのは事実だが、便秘なわけでもない。身体を見せたくない特別な理由があるようで、それが病の原因になっているらしい。しかし青菊チンチュイが仮病を続ける理由がわからなければ、我氷津ウオピンチンのいう完治にはほど遠い。だから悩んでいるのだ。

    「この仮病の鍵を握っているのは、おそらく鮮杏シェンシンさんだろうね」
     青菊チンチュイの傍に一番近くて、彼女のことを最もよく分かっているのは鮮杏シェンシンの他にいない。
     そう息巻く無乃ウーナイは聞きそびれていたことを思い出す。
    「ところで、羅冴流ルオフーリウ? この船はどこに向かっている?」

     羅冴流ルオフーリウの厚みのある身体がゆったりと後ろに倒れた。もったいぶるように長い足を一つ抱え、無乃ウーナイを気遣うように見る。
    「港津こうしんだよ。綾風渚りょうふうしょの、港だ」
     綾風渚――
    「翠花百雷とは、真逆……」

     無乃ウーナイは目を瞬く。騾馬を抱えて果歩かほへ泳いで戻るには、もう遅いか。
    「心配しないでいい。護衛船に口を利いて翠花百雷へ送ってやるから」
     羅冴流ルオフーリウが八重歯を覗かせて笑った。
    「護衛船に口を利くって?」
    「あれはうちの船だから」

     無乃ウーナイは不思議な顔をして首をかしげた。しかし力が抜けたように微笑んでいう。
    「やはり、君は親切だな」
     体つきや風格はどうやら少しは名の知れた剣客のようだけれど、我氷津ウオピンチンの護衛にしてはどこか他人事のようだし、顎で使われているのも似合わない。船を下りたら暇つぶしに羅冴流ルオフーリウという人間を探ってみるのも面白そうだ。
     無乃ウーナイは微笑んだ。

    「散歩をしてくるよ。もし帰りが遅くなっても、鍵は開けておいてくれ。ああ、それと、おそらくお客さんがたずねて来るはずだから、丁寧にもてなしておいてね」
    「あまり遅くまでほっつき歩かない方がいい」

     羅冴流ルオフーリウの穏やかな声に無乃ウーナイはちらりと振り返り、ゆっくりと頷いた。
     急いで部屋を出て行く慌ただしさに反して、その足取りはいつも通りおっとりとして意気揚々としていた。
     無乃ウーナイは二階で劇を見たり、湖を眺めたりして夜を待った。


    >> 5話

     
     
    投稿サイトでBL小説をコソコソ書いている者です。 耽美の気配に強く惹かれます。 仁王像がすき。伯父甥のままならない関係も好きです。 幻想、水墨画、古風、漢詩もすき。

    あなたへのおすすめ