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「生きる力」があれば仕事は自由だということを、南ラオスという辺境の地で学ぶ

    ラオスの南部という超がいくつもつくほどの田舎に年の半分以上暮らし、農業に従事しながら研究していると、いかにも自由に思うらしい。しかも元々SEからインテリアデザインを経てのラオス半移住なので余計にそう思われる。(ただ、華やかなヨーロッパやダイナミックなアメリカと違い羨ましがられないが・・・)
    ところが、私自身はまだまだ自由人になりきれずにいる。

    南ラオスのファミリーに学ぶこと

    私は特に「ラオスで仕事をするんだ!」と、夢や希望を持ってやって来たわけではない。偶然、たまたま、なんだか流れでやって来たら可能性を感じたというのが本音
    ・・・だけどこの地にやって来て本当によかったと思っている。

    その理由は一緒に仕事をやってくれるファミリーから学ぶことが実に多いからだ。「学ぶ」というよりは「感じる」と言った方が正確かもしれない。

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    ・自給自足が当たり前

    "自給自足の時代がやってくる!”なんて日本で思っていたけど、そんなことに気合を入れて言っていたのが恥ずかしいくらい、ここでは自給自足が当たり前。お祭りの時以外市場で買うことすらない。
    比較的多くのアジアの辺境地域を見て来たけど、ここほど買い物しない村(家族)は珍しい。
    それほど彼らは自分で食べるものは自分で採るのが当たり前なのだ。そしてその能力を持ち合わせている。

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    それは単に農業をするというだけではない。
    山に行けばキノコを見つけてくるし、食べれる野草(雑草?)を非常によく知っている。タンパク源の摂取には罠を仕掛けたり、時には狩りにも出かける。自然のあらゆるところから食料品を調達してくる。(ちなみに農業も種も自家採種の完全自然栽培なので、肥料など買う必要もない。)
    他にも言い表せないほど非常に多くの生きる知恵を持っている。

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    ・ナタ一本で家から箒まで作る

    彼らは家も自分たちで作る。今は比較的セメントの家が多くなってしまったけど、それでも少しづつ得た収入で原材料を買い自分たちで建てる。
    少し年配の人はまさにナタ一本。
    竹を切るのもナタ一本。
    お金がなければ、それだけで家を作ってしまう。

    竹を編んで簡単なカゴを作るのも、ホウキグサを乾燥させホウキを作るのも全部自分でやっている。

    生きる力があれば自由に生きれる

    そんな彼らは、一緒に仕事をしていても一切ストレスがない。一本筋を通し、私にへつらうでもなく、我慢するでもない。もちろん逆にイバルでもない。「対等」なのだ。

    どうしてか?
    気に入らなければやめてもいいと思っているからだ。
    自分のスタンスで、自然な状態で仕事をできないなら仕事はやめる。
    やめても生きていけるのだから、しがみつく必要はない。

    だからと言ってサボったりしない。本当によく働く。
    自給自足をしている彼らにとって、真面目に働くことも当たり前なのだ。「自分の力で生きていける力があること」はなんと心強いものなんだ!

    とはいえ、もっと楽しみたい

    しかし別に私は彼らのように暮らしたいと思っているわけではない。
    ワインも飲みたいし、美味しいお肉もいただきたい。
    まだまだ行って見たいところもあるし、
    時には都会の風に当たりたい。
    これはきっと、小さな頃から日本の贅沢な環境になれているから仕方ないことだろう。それを取っ払うほど頑張って修行したいとも思わない。

    だから私はまだまだ自由人にはなれない。資本を必要とすることは、自然以外のルールの不自由さの中にあるからだ。
    しかし彼らの生き方に学ぶことは多い。
    「生きていける」という最後の砦を持つということはなんとも強いのだ。

    ボペニャン(なんとかなるさ)の精神でストレスを解放

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    今「これがうまくいかなかったら・・・」
    と不安になることも
    「まぁ生きていけるか」
    と思えば幾分も気が楽になる。
    ストレスも随分感じずにすむ。

    まだまだ仕事を自由にと言い切れないけど、どんな仕事をしていても、きっと心の持ちよう一つで私たちは仕事を不自由に感じるし、どこまでも自由にもなれる。

    南ラオスのファミリーはそんな当たり前を教えてくれた。


    おまけ 身分証明証がなくてもやっていける(国家に属す必要がない)

    彼らと仕事を始めるに当たって、IDカードを見せてもらおうとしてびっくり。なんと身分証を持ちわせていないのだ。(普通のラオス人は持っている。すぐとなり村でもほとんどが持っている)
    彼らにとって、国家の保証やらなんやらは必要ないのだ。もちろん税金も納めないので対等といえば対等。(日本だと国民の義務に背くので到底受け入れられないだろうけど)
    あぁ、なんて自由なんだ。

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