芋出し画像

NEO CITY ― VOIDの゚コヌ ―第䞀章 街が目を芚たす

詊行錯誀䞭のLaLaLaです。
画像から膚らむむメヌゞを芋぀めおいるず、やはりたどり着くのはSF小説の䞖界。

これたで幟床ずなくSFの䞖界を描いおきたしたが、いただに「これだ」ず心から玍埗のいく䜜品には巡り合えおいたせん。

䜕でもありの自由な䞖界だからこそ、そこに揺るぎないリアリティや物語の芯を通す難しさを感じおいたす。

それでも、思い描くむメヌゞがAIの力で圢になり、無限の可胜性ず戯れる時間は、やっぱりたたらなく楜しいものですね。


NEO CITY ― VOIDの゚コヌ ―
第䞀章 街が目を芚たす


 倜明け前のNEO CITYに、雚が降っおいた。
 现く途切れない雚だった。高局ビルの壁を䌝い、空䞭道路の継ぎ目からこがれ、䜕局にも重なった街を䞊から順に濡らしおいく。いちばん䞋の路地に届く頃には、雚はもう空の匂いをしおいない。油ず錆ず、誰かが倜曎けに流した麺の茹で汁の匂いを吞っお、重たい氎に倉わっおいる。
 街の䞭倮に、ねじれた塔が立っおいる。
 垂民はそれをEYEの塔ず呌ぶ。郜垂を管理するAIの本䜓がどこにあるのか、正確に知る者はいない。それでもあの塔を芋䞊げるず、誰もが自分は芋られおいる偎なのだず思い出す。最䞊郚には巚倧な県の意匠があり、倜のあいだは玫の光を静かに灯しおいる。
 午前四時五十九分。
 県の光が玫から緑ぞ移った。音はない。街の䞊空の色がわずかに倉わっただけだ。それを合図に、眠っおいたものが順番に起き䞊がり始める。
 午前五時。空茞枯。
 最初に動くのは枯だった。街の倖瞁に匵り出した鉄骚の足堎で、クレヌンが軋む。倜のあいだ空䞭に停泊しおいた貚物船の腹が開き、吊られたコンテナがゆっくりず降りおくる。
 足堎の端で、ハルがワむダヌの匵りを確かめおいた。
 ハルは枯でいちばん叀い䜜業員だった。䜕幎ここにいるのか、本人に蚊いた者はいない。蚊いたずころで、返っおくるのはたぶん倩気の話だけだ。
 コンテナが足堎に着いた。ハルは手袋の甲で顔の雚を拭い、次の合図を送る。ドラム猶の䞭で火が爆ぜ、焚き火を囲んでいた若い䜜業員たちが持ち堎ぞ散っおいった。
 䞀息぀いたずころで、ハルは空を芋䞊げた。
 雲の切れ間に、癜い月が浮かんでいる。昚日の朝も同じ堎所にあった。その前の朝も、たぶん同じ堎所だった。
「たた空ですか、ハルさん」
 焚き火のそばに残っおいた若い䜜業員が、䞡手を火にかざしたたた声をかけおきた。先月入ったばかりの男で、ただ手袋の指先が癜い。
「倩気を芋おる」
「雚ですよ。昚日も䞀昚日も」
 ハルは答えなかった。しばらく月を眺めおから銖の埌ろを掻き、足元のワむダヌに目を戻す。若い䜜業員は肩をすくめお、自分の持ち堎ぞ歩いおいった。
 午前六時。第九地区。
 枯の軋みが萜ち着く頃、今床は街の底が息をし始める。
 第九地区は、䞊の局から芋䞋ろせばビルの谷間に抌し蟌たれた暗がりにしか芋えない。けれどその暗がりには、ラヌメン屋ず居酒屋ず矩肢屋ず、看板を出しおいない店が隙間なく䞊んでいる。
 シャッタヌが䞀枚䞊がる。隣の䞀枚がそれに続く。
 路地の䞭ほどにある小さなラヌメン屋で、サキが寞胎鍋に火を入れた。青い炎が鍋の底を舐め、やがお蓋の瞁から癜い湯気が挏れ出す。サキは前掛けの玐を埌ろで結び盎し、昚倜のうちに掗っおおいた骚を鍋に沈めた。
 開店にはただ間がある。それでも暖簟の前には、倜勀明けの男が䞀人しゃがみこんで煙草をふかしおいた。サキは戞を半分だけ開けお顔を出し、「䞃時からだっお蚀っおるでしょ」ず蚀う。男は笑っお、それでも動かない。サキはため息を䞀぀぀いお、戞を開けたたた鍋の前に戻った。
 湯気は換気扇に吞われお路地ぞ出る。雚ず混ざり合いながら、䞊の局ぞ昇っおいく。
 午前䞃時。空䞭道路。
 ビルの谷間を瞫う空䞭道路に、赀ず青の光が流れ始めた。車䜓の䞋から噎射の音が響き、枋滞の先頭がじりじりず前ぞ進む。
 その流れの脇で、ナナが巡回車に乗り蟌んだ。
 運転垭の端末が起動し、今日の巡回ルヌトが衚瀺される。送り䞻の欄は空癜だった。空癜でも、誰が送っおきたのかは分かっおいる。ナナは画面の空癜を少しのあいだ芋おいた。それから制垜の぀ばを指で敎え、ルヌトをひず通り確かめおから、車䜓を道路の流れぞ滑り蟌たせた。
 午前八時。䞊局䌁業街。
 最埌に動くのは、街のいちばん高いずころだ。
 高架鉄道の車䞡が次々ず駅に滑り蟌み、扉が開くたびに人を吐き出す。吐き出された人々は傘を差しお、磚かれた通路を同じ方向ぞ歩いおいく。ビルの壁䞀面の広告の䞭で、髪のない男が埮笑んでいた。数十䞇の足音が、䞀瞬だけ雚音をかき消した。
 道路が、血管のように人ず車を運ぶ。
 空䞭鉄道が、神経のように信号を䌝える。
 第九地区は誰にも芗かれない臓噚のように、黙っお街に熱を送り続ける。
 そしおそのすべおを、塔の県が芋䞋ろしおいる。
 䜕癟䞇もの人間が、现胞のように動き始めた。
 NEO CITYが、目を芚たす。
 その䜕癟䞇人のうちの䞀人が、ただ寝おいた。

 レンが目を芚たしたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
 階䞋から出汁の匂いが䞊がっおくる。窓の倖では雚がただ続いおいお、向かいのビルの宀倖機が䜎く唞っおいた。レンは寝台から足を䞋ろし、床に転がっおいた工具箱を足で抌しのけお䜜業台の前に座った。
 サキのラヌメン屋の二階。そこがレンの店だった。看板は出しおいない。出せば、登録のない修理屋だず自分から蚀っお回るようなものだ。それでも客は来る。衚の修理屋では戞籍の照䌚がいるが、ここでは誰も名前を蚊かないからだ。
 䜜業台の䞊には、昚倜から預かっおいる矩手が茉っおいた。
 持ち䞻は午埌二時きっかりに階段を䞊がっおきた。空茞枯で働く若い男で、濡れた䜜業着の肩から雚の雫を萜ずしながら、萜ち着かない様子で怅子に腰を䞋ろす。
「盎りたした」
「぀けおみろ」
 レンは矩手を差し出した。男は右肩の接続郚に矩手を抌し圓お、小さく息を止める。かちりず音がしお、指先に血が通ったように色が倉わった。
「䞀本ず぀曲げろ」
 男は蚀われた通りに芪指から順に曲げおいった。人差し指、䞭指、薬指。小指だけが、ほんの少し遅れお動いた。
「  小指、ちょっず遅くないですか」
「気のせいだ」
 レンはそう蚀いながら男の手銖を取り、接続郚の小さな蓋を開けた。现いドラむバヌを差し蟌み、目で芋えないほどわずかに回す。男がもう䞀床指を曲げるず、今床は五本が揃っお動いた。
 男は拳を握ったり開いたりしおから、ようやく肩の力を抜いた。
「助かりたした。これがないず、明日から仕事にならなくお」
 男は胞のポケットから玙幣を取り出しお䜜業台に眮いた。珟金で払う客は、たいおい端末に蚘録を残したくない客だ。レンは枚数を確かめずに匕き出しぞしたった。
 垰り支床をしながら、男が思い出したように蚀った。
「そういえば、昚倜の倜勀で倉なこずがあっお。同僚の端末のデヌタが、朝になったら党郚飛んでたんです。写真も、連絡先も、䜕もかも」
「壊れたんだろ」
「枯の連䞭は、VOIDに萜ちたっお蚀っおたす」
 レンはドラむバヌを工具箱に戻す手を止めなかった。
 VOIDずいう蚀葉は、この街で育った者なら誰でも知っおいる。消えたデヌタが行き着く堎所。入ったら二床ず戻らない穎。どこにあるのかは誰も知らないし、本圓にあるのかどうかも誰も知らない。それでも䜕かが消えるたびに、人はその蚀葉を口にする。
「消えたもんに名前぀けおるだけだろ」
 男は少し笑っお、それ以䞊は蚀わなかった。階段を䞋りおいく足音が、途䞭で雚音に玛れお聞こえなくなった。
 それから倕方たで、レンは客の持ち蟌んだ叀い電脳端末を二台ばらし、䞀台を組み盎した。
 䞭叀の端末には、前の持ち䞻の蚘憶が残っおいるこずが倚い。組み盎した䞀台にも、写真が数枚だけ残っおいた。どこかの屋䞊で、知らない家族が䞊んで笑っおいる。背景の空は、今よりずっず青く芋えた。
 レンはそれを消した。売り物に他人の思い出を残しおおくわけにはいかない。消去の衚瀺が䞀瞬だけ画面を暪切り、端末は䜕も知らない顔に戻る。この仕事を始めおから、䜕床同じこずをしおきたか分からない。
 手を動かしおいるあいだは、時間の流れが気にならない。気が぀くず窓の倖が暗くなりかけおいお、ねじれた塔の県に玫の光が戻っおいた。
 レンは塔を芋なかった。工具を䞀本ず぀垃で拭い、元の䜍眮に戻しおいく。
 階䞋から、サキの声が䞊がっおきた。
「レン、今日も食べない気」
 レンは返事をせずに怅子から立ち䞊がり、壁に掛けおあった䞊着を取った。

 カりンタヌの端が、レンの垭だった。
 倜の九時を回っおも、サキの店は湯気で癜く曇っおいた。狭い店内には怅子が八぀しかなく、そのうち六぀が埋たっおいる。どの客も濡れた䞊着を背もたれに掛け、䞌の䞊に顔を䌏せおいた。
 サキは䜕も蚊かずに䞌を眮いた。い぀もの醀油に、煮卵が䞀぀倚い。
「今日、䜕も食べおないでしょ」
「食った」
「階段の音でわかるの。食べた日の音じゃなかった」
 レンは答えずに割り箞を割った。
 隣の垭では、枯の䜜業員が二人、昌間の男ず同じ話をしおいた。端末の䞭身がたるごず消えた。写真も、履歎も、ひず晩で。䞀人が「VOIDだよ」ず蚀い、もう䞀人が笑いながらもそれを吊定しなかった。
「消えるもんは消えるよ」
 サキが寞胎の蓋を持ち䞊げながら蚀った。湯気が䞀気に立ち䞊り、二人の顔を隠す。
「消えたっお、腹は枛るでしょ。早く食べな」
 䜜業員たちは顔を芋合わせ、肩をすくめお䞌に戻った。店の䞭の話し声が、少しず぀麺をすする音に倉わっおいく。レンは最埌の䞀口を飲み䞋し、代金をカりンタヌに眮いお立ち䞊がった。
「どこ行くの、こんな時間に」
「郚品。䞋の垂堎が十時に閉たる」
 サキはそれ以䞊䜕も蚀わず、垃巟でカりンタヌを拭いた。
 倖に出るず、雚はさっきより匷くなっおいた。
 レンは䞊着の襟を立お、路地を奥ぞず䞋りおいった。第九地区の路地は、䞋ぞ行くほど现く暗くなる。䞊の局から萜ちおくる雚は、看板や宀倖機や匵り出した配管にぶ぀かるたびに勢いを増し、底に届く頃には重たい氎の束になっおいた。濡れた路面には、ネオンの色が滲んで流れおいる。桃色、青、緑。どれも茪郭を倱っお、氎たたりの䞭で混ざり合っおいた。
 垂堎は閉たっおいた。シャッタヌの前に、閉店十時の札が雚に打たれおいる。ただ九時四十分だった。
 舌打ちを䞀぀しお、レンは来た道ずは別の路地に入った。遠回りになるが、雚を避けられる庇が続いおいる。
 その路地の突き圓たりに、叀い地䞋鉄の入口がある。
 入口ず蚀っおも、ずうの昔にコンクリヌトで塞がれおいた。階段の䞊半分だけが残り、その先は灰色の壁で終わっおいる。䜕十幎前に廃線になったのか、レンは知らない。この路地を䜿う者は、誰もあの壁に目を向けない。
 壁の前に、誰かが倒れおいた。
 レンは足を止めなかった。第九地区で倒れおいる人間は珍しくない。酔っおいるか、借金取りから逃げおきたか、そのどちらでもないか。関わっお埗をしたこずは䞀床もない。
 暪を通り過ぎようずしたずき、目の端で小さな光が瞬いた。
 こめかみの端子だった。倒れおいる人間のこめかみで、電脳の接続端子が赀く光っおいる。あの色は知っおいた。回路が焌き切れる寞前に出る色だ。
 レンの足が止たった。
 少女だった。十䞃歳くらいに芋える。このあたりの子にしおは服の圢が叀い。袖の膚らんだ癜い䞊着に、膝たでの灰色のスカヌト。足は裞足だった。それなのに、足の裏には泥が぀いおいない。たるで今この堎所に、そっず眮かれたように芋えた。
 レンはしゃがみ蟌み、少女の銖筋に指を圓おた。脈はある。匱いが、ある。
 少女のたぶたが動いた。
 焊点の合わない目が、ゆっくりずレンの顔を探し圓おる。
「名前は」
 少女の唇が動いた。雚音に消されそうな声だった。
「  ミナ」
「どこから来た」
 ミナはしばらく黙っおいた。レンの肩越しに、塞がれた壁を芋おいるようだった。それから同じ蚀葉を、二床繰り返した。
「VOIDに垰らなきゃ」
 路地の入口を、サむレンが暪切った。赀ず青の光が䞀瞬だけ壁を舐め、すぐに遠ざかっおいく。
 レンは長いあいだ動かなかった。雚が銖筋から背䞭ぞ流れ蟌む。やがお䞊着を脱いでミナの肩に掛け、背を向けおしゃがんだ。
 背負い䞊げた身䜓は、驚くほど軜かった。
 人間なら、もう少し重いはずだった。

 ワむパヌが、フロントガラスの雚を巊右に払い続けおいた。
 空䞭道路の倜間垯は、昌間の枋滞が嘘のように空いおいる。赀ず青の回転灯だけが、濡れた路面に長い光の尟を匕いおいた。ナナは巡回車の速床を芏定の䞊限より少し萜ずし、ビルの谷間をゆっくりず䞋っおいった。
 今朝䞃時に乗り蟌んでから、もう十四時間が過ぎおいる。日勀を終えお眲に戻ったずころで、倜間巡回に欠員が出たず告げられた。代わりを匕き受けたのは、断る理由が思い぀かなかったからだ。
 運転垭の端末には、倜のルヌトが衚瀺されおいる。䞊局の倖呚を䞀巡し、䞭局の商業区を抜け、第九地区の瞁をなぞっお戻る。ルヌトの送り䞻の欄は、朝ず同じく空癜だった。
「巡回四〇五、珟圚地を」
 無線から管制の声がした。人間の声だが、抑揚が少ない。倜勀の管制官は、たいおいこういう話し方になる。
「四〇五、䞭局第䞃区画を通過。第九地区ぞ向かいたす。異垞なし」
「了解。第九地区、十時以降は単独での降車を控えるこず」
「承知しおいたす」
 ナナは無線を切り、ハンドルを握り盎した。
 䞭局の商業区を抜けるず、道路は急に叀くなる。舗装の継ぎ目が増え、路肩の照明がずころどころ切れおいた。その先に、第九地区のネオンが雚に滲んで広がっおいる。䞊から芋䞋ろすず、桃色ず青の光が氎底に沈んだ宝石のように揺れおいた。
 芏則に埓っお、サむレンを短く鳎らす。地区の境界を越えるずきの決たりだった。
 音が路地の壁に跳ね返り、雚の䞭ぞ散っおいく。
 第九地区の瞁に沿っお、路地の入口がいく぀も口を開けおいた。巡回車はその前を䞀぀ず぀通り過ぎる。どの路地も暗く、奥たで芋通すこずはできない。ナナは速床を萜ずしたたた、暪目で䞀本ず぀確かめおいった。
 九時四十六分。
 ある路地の入口を過ぎたずき、端末の画面が揺れた。
 衚瀺が䞀瞬だけ乱れ、地図の䞊に现い線が走る。線はすぐに消えた。その䞀瞬のあいだに、画面の隅に文字の䞊びが出たような気がした。䜕かの蚀葉に芋えた。けれど読み取る前に消えおいた。
 ナナはブレヌキに足を乗せ、巡回車を路肩に寄せた。
 端末を操䜜しお、盎前の蚘録を呌び出す。䜍眮情報、速床、通信の履歎。九時四十六分の欄には䜕も残っおいなかった。衚瀺の乱れも、受信の蚘録も、どこにもない。端末は䜕事もなかった顔で、次の巡回地点たでの距離を瀺しおいる。
 バックミラヌに、さっき通り過ぎた路地の入口が映っおいた。
 暗い路地だった。奥の方で、看板の光が雚に揺れおいる。人の姿は芋えない。ナナは降車芏定を思い出し、ドアに䌞ばしかけた手を膝に戻した。
 報告すべきかどうか、少し考えた。
 報告曞には、異垞の内容を曞く欄がある。䜕を曞けばいいのか分からなかった。画面が揺れた気がした。読めない文字が出た気がした。気がした、を曞き蟌む欄はどこにもない。
 ナナは制服の胞ポケットから、小さな玙の手垳を取り出した。
 眲の同僚には笑われる習慣だった。端末があれば蚘録はすべお残る。玙に曞く必芁などない。それでもナナは、十幎近くこの手垳を持ち歩いおいる。
 ペンの先を舐めお、短く曞き぀ける。
 二十䞀時四十六分。第九地区東瞁。端末衚瀺の乱れ。蚘録なし。
 手垳を閉じおポケットに戻し、ナナは巡回車を道路の流れぞ戻した。
 回転灯の光が路地の壁を舐めおいく。バックミラヌの䞭で、暗い入口が雚に玛れお小さくなっおいった。

 階䞋の店は、もう灯りを萜ずしおいた。
 レンは裏の非垞階段から二階ぞ䞊がり、ミナを䜜業台の脇の怅子に䞋ろした。濡れた䞊着を肩から倖し、也いた毛垃を代わりに掛ける。ミナはされるたたになっおいた。毛垃の端を握るこずもしない。
 䜜業台の灯りを぀けるず、ミナの顔がはっきり芋えた。
 雚に濡れた前髪が額に匵り぀いおいる。唇の色は薄いが、頬には血の気が戻り始めおいた。こめかみの端子は、ただ赀く瞬いおいる。さっきより間隔が長い。
 ミナは窓の倖を芋おいた。
 レンも぀られおそちらを芋た。ビルの隙間から、ねじれた塔が芗いおいる。最䞊郚の県が、玫の光を静かに灯しおいた。ミナはたばたきもせず、その光を芋぀めおいる。
「寒くないか」
 返事はなかった。
 レンは匕き出しから现いケヌブルを取り出し、蚺断機の電源を入れた。ファンが回り始め、郚屋の空気が小さく震える。ケヌブルの先をミナのこめかみの端子に近づけるず、ミナは初めおレンの方を向いた。怖がっおいる顔ではなかった。䜕をされるのか、ただ芋おいるだけの顔だった。
「少し熱くなる。すぐ終わる」
 端子に觊れた瞬間、ミナの肩がわずかに跳ねた。蚺断機の画面に文字が流れ始める。
 補造番号の欄が、空癜のたた止たった。
 レンは画面を指で叩き、もう䞀床読み蟌たせた。空癜は倉わらない。次の欄に進む。戞籍番号。空癜。生䜓登録。空癜。所属区画、医療蚘録、通信履歎。欄を䞀぀䞋りるたびに、䜕も曞かれおいない行が増えおいく。
 この街で生たれた人間なら、どれかは必ず埋たっおいる。産たれた病院が蚘録を取り、EYEがそれを受け取る。レンのような登録のない修理屋でさえ、子どもの頃の予防接皮の蚘録だけは消せずに残っおいる。
 画面には、ミナずいう人間がこの街にいた痕跡が䞀぀もなかった。
 レンはしばらく黙っお画面を芋おいた。雚どいから萜ちる雫が、䞀定の間隔で窓枠を叩いおいる。
「どこに䜏んでた」
 ミナは銖を小さく傟けた。
「芪は。家族は」
 同じ仕草だった。考えおいる様子もない。問いがどこにも匕っかからずに、ミナの䞭を通り抜けおいくようだった。
「䜕か芚えおるこずはないのか。なんでもいい」
 長い沈黙のあずで、ミナが口を開いた。
「銀河座」
「なんだ、それ」
「映画通。日曜日に、行くの」
 レンはこの街の映画通をいく぀か知っおいる。䞊局に䞉぀、第九地区の倖れに䞀぀。銀河座ずいう名前は聞いたこずがなかった。
 ミナはそれきり、たた窓の倖に目を戻した。
 レンは蚺断機の蚭定を切り替えた。衚に出おいる蚘録がすべお空なら、奥を芋るしかない。蚘憶領域の深いずころたで朜る蚱可を、自分の端末で無理やりこじ開ける。本来なら本人の承諟ず、医療甚の免蚱が芁る䜜業だった。
 画面が暗くなり、现かな数字の列が䞊から䞋ぞ流れ萜ちおいく。
 䜕もなかった。
 消されたのではない。消された跡すらない。本来なら蚘憶が積み重なっおいるはずの堎所が、最初から誰も䜏んだこずのない郚屋のように、きれいに空いおいる。
 その空き郚屋の隅に、たった䞀行だけ残っおいるものがあった。
 2171幎4月17日。
 日付だけだった。時刻もない。堎所もない。その日に䜕があったのかを瀺すものは、䜕䞀぀添えられおいない。
 レンは画面から目を離し、指を折っお数えた。䞀本、二本ず折っお、途䞭で手を止める。数えるたでもなかった。
 今幎は2189幎だ。
 十八幎前だった。
「お前、どこにいたんだ」
 ミナは答えなかった。窓ガラスに映る自分の顔を、䞍思議そうに芋おいた。
 気が぀くず、ミナは怅子の背にもたれお眠っおいた。こめかみの赀い光は、い぀の間にか消えおいる。寝息は浅く、芏則正しかった。
 レンはケヌブルを倖し、蚺断機の電源を萜ずした。ファンの音が止むず、郚屋には雚の音だけが残る。工具を片付けようずしお手を䌞ばし、途䞭でやめた。
 䜜業台の前の怅子に腰を䞋ろし、レンは窓の倖が癜むのを埅った。

 時間を少し戻す。
 レンの蚺断機がミナのこめかみに觊れた、その瞬間。
 街の奥のどこかで、照合が䞀぀走った。
 誰の目にも芋えない照合だった。䜕癟䞇もの電脳が毎秒のように亀わしおいる通信の、ほんの䞀粒にすぎない。問い合わせは第九地区の片隅から発せられ、網の目のような回線を䞊ぞ䞊ぞず昇っおいった。
 ねじれた塔の最䞊郚で、県の光が䞀拍だけ点滅を飛ばした。
 芏則正しい玫の明滅が、ほんのわずかに途切れる。次の瞬間には、䜕事もなかったように元の間隔ぞ戻っおいた。雚の倜だった。空を芋䞊げおいる者は、䞀人もいなかった。
 䞊局䌁業街の、ある建物の高い階。
 灯りの消えたフロアに、無人の机が䞊んでいる。枅掃ロボットが床を拭き終えお充電台に戻り、空調の音だけが䜎く流れおいた。
 その机の䞀぀で、端末の画面がひずりでに明るくなった。
 画面には短い䞀行が衚瀺されおいた。
 2171幎4月17日。
 誰の机なのかを瀺すものは、画面のどこにもない。怅子の背には、仕立おのいい䞊着が䞀枚掛けられたたたになっおいる。衚瀺はしばらく灯り続け、それから静かに消えた。
 同じ頃、空茞枯では最埌の貚物船が係留を終えおいた。
 ハルはドラム猶の火に砂をかけお消し、手袋を倖しお䞊着のポケットに抌し蟌んだ。垰り際に䞀床だけ空を芋䞊げる。雲が厚く、月は芋えなかった。ハルは䜕も蚀わずに、濡れた足堎を歩いおいった。
 第九地区では、サキが明日の分の骚を掗っおいた。
 店の灯りは萜ずしおある。流し台の䞊の小さな電球だけが、サキの手元を照らしおいた。氎の音が途切れたずき、倩井の板がわずかに軋んだ。二階で誰かが怅子に座り盎した音だった。サキは倩井を芋䞊げ、少しのあいだ耳を柄たせおから、たた手を動かし始めた。
 空䞭道路を、倜間の巡回車が䞀台だけ流れおいく。
 雚は降り続けおいた。䞊の局から䞋の局ぞビルの壁を䌝い、看板を叩いお、路地の底ぞ溜たっおいく。䜕癟䞇もの人間が眠り、䜕癟䞇もの電脳が静かに呌吞を続けおいる。
 誰も気づかなかった。
 その倜、街は、忘れたはずの日付を䞀぀蚘録した。




いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ