
やる気が出ないときに必要な静けさ|④
“ 余白 ”と“ 空洞 ”のちがい
── 静けさと無関心との境界線
静けさとは、意識が澄んでいる状態。
無関心とは、意識が閉じている状態。
静けさの中では、
音が深く響き、世界が細部まで見えてくる。
無関心の中では、どんな音も届かない。
静けさとは「開いている沈黙」。
無関心とは「閉じた沈黙」。
静けさは、感じるための余白。
無関心は、感じることをやめたことによる
結果としての空洞。
心を整えるための静けさは、美しい。
でも、傷つくのを恐れて心を閉ざした無関心は、
やがて孤独を深くしていく。
静けさとは、世界との距離をとることではなく
世界に深く耳を澄ませる内側の姿勢のこと。
開かれた沈黙
いま起きていることを、
そのまま受けとめる空間をつくること。
そこでは、心が透明になり、
呼吸の音が聞こえてくる。
窓や扉を閉じて、
世界を断ち切るためのものではなく、
世界とつながり直すための“間”なのだと思う。
だから、静けさの中に“温度”を残していたい。
それが、生きているという証だから。
もし今、
何も感じない自分を責めているなら、
それは“空洞”ではなく、
まだ余白に戻れる途中かもしれません。
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