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やる気が出ないときに必要な静けさ|④


    “ 余白 ”と“ 空洞 ”のちがい
    ── 静けさと無関心との境界線


    静けさとは、意識が澄んでいる状態。
    無関心とは、意識が閉じている状態。


    静けさの中では、
    音が深く響き、世界が細部まで見えてくる。

    無関心の中では、どんな音も届かない。


    静けさとは「開いている沈黙」。
    無関心とは「閉じた沈黙」。



    静けさは、感じるための余白。
    無関心は、感じることをやめたことによる
    結果としての空洞。

    心を整えるための静けさは、美しい。


    でも、傷つくのを恐れて心を閉ざした無関心は、
    やがて孤独を深くしていく。

    静けさとは、世界との距離をとることではなく
    世界に深く耳を澄ませる内側の姿勢のこと。

    開かれた沈黙


    いま起きていることを、
    そのまま受けとめる空間をつくること。

    そこでは、心が透明になり、
    呼吸の音が聞こえてくる。

    窓や扉を閉じて、
    世界を断ち切るためのものではなく、
    世界とつながり直すための“間”なのだと思う。


    だから、静けさの中に“温度”を残していたい。

    それが、生きているという証だから。


    もし今、
    何も感じない自分を責めているなら、
    それは“空洞”ではなく、
    まだ余白に戻れる途中かもしれません。

    ⸻


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    呼吸と身体の専門家|臨床もうすぐ30年 身体を通して、人生の見え方を変える。 呼吸・感覚・無意識から、自分の主導権を取り戻すためのnote。 初めての方へ ▶ 身体を知るための3つの入口 https://note.com/labo402/m/m921dacd5f7fa

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