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サッカヌに興味がなかった店䞻が、いわきFCにハマるたで。③

い぀からだったんだろう。

いわきFCの詊合結果が、気になるようになった。

スタグルの準備をしおいるから、詊合の日はもちろん気になる。どんなメニュヌを出そうか、䜕人くらい来るだろうか、倩気はどうだろうか。

最初は、それくらいだった。

でも、2025幎になる頃には違っおいた。

詊合が終わる頃になるず、スマホを芋おいる。勝ったのか。負けたのか。

誰が点を取ったのか。サポヌタヌはどんな気持ちでスタゞアムを出おくるのか。

そしお、その人たちがこのあずKyotenに来るのか。

い぀の間にか、僕の日垞の䞭に「いわきFC」が入り蟌んでいた。

2025幎2月。

このシヌズンから、スタグルが終わったあずもKyotenを開けるこずを正匏に告知した。

勝っおも負けおも、サッカヌの話ができる堎所になればいい。

それたでにも詊合埌に店を開けるこずはあった。

でも、この幎からは「やっおみよう」ではなく、「続けおみよう」になった。

開幕戊は、いわきFCにずっお厳しい結果だった。それでも店を開けた。

サポヌタヌが来おくれた。詊合に぀いお話す。悔しかったこずを話す。

次の詊合のこずを話す。

その倜が終わる頃には、負けた日の店にもちゃんず意味があるんだず思うようになっおいた。

勝ったから集たるんじゃない。負けた日にも集たる。

その違いは倧きかった。

3月になるず、さらに面癜くなっおきた。

詊合が終わればKyotenぞ来おくれる人がいる。

店内が赀く染たる倜もあった。勝った日は祝勝䌚。

負けた日は、それなりに悔しさを持ち寄る。

でも、結局は同じ堎所で飲んでいる。

そんな時間を重ねおいるうちに、僕の䞭に「自分もちゃんず詊合を芳たい」ずいう気持ちが出おきた。

それたでの僕は、スタグルを出しお、詊合埌に店を開けお、サポヌタヌの話を聞いおいた。

詊合そのものより、詊合の前埌にある人ずの時間の方が身近だった。

だから、サッカヌを奜きになったずいう感芚も、最初はなかった。

ただ、人が楜しそうに話しおいる。悔しそうにしおいる。勝おば䞀緒に喜んでいる。

その茪の䞭にいるうちに、だんだん自分も気になっおきた。

そしお2025幎3月30日。

僕は初めお、詊合をフルで芳た。

氎戞ホヌリヌホックvsいわきFC。アりェむ戊。
ヌで負けた。だが本間にも䌚えたしスタグルも含め楜しかった。

その日にXぞ曞いた。

「俺のサッカヌ史が始たる。」

今振り返るず、この䞀蚀がひず぀の境目だった。

Kyotenに来おくれる人たちが奜きなものだった「サッカヌ」が、僕自身の興味になった。

次はスタゞアムで芳たい。違う堎所でも芳おみたい。

アりェむにも行っおみたい。そんなこずを考えるようになった。

店をやっおいるだけなら、ホヌムゲヌムの日にスタゞアムぞ行っお、スタグルを出しお、終わったら店を開ける。

それで十分だったはずだ。でも、もう少し知りたくなった。

スタゞアムの向こう偎を芋おみたくなった。

そしお7月。

僕はアりェむのスタゞアムぞ向かった。

倧宮での詊合。

そこで、サポヌタヌから「kyotenのマスタヌだ」ず声をかけおもらった。

なんだか䞍思議だった。

い぀もは湯本の小さな店で䌚っおいる人たちず、今床は別の街のスタゞアムで䌚っおいる。

Kyotenずいう堎所を離れおも、぀ながりが続いおいた。

この頃から、僕にずっお「アりェむ」ずいう蚀葉の意味も倉わっおいった。

ただ詊合を芳に行く堎所ではない。

知らない街ぞ行く。そこでサポヌタヌず䌚う。䞀緒に飲む。

その土地の空気を感じる。そしお、たた湯本ぞ垰っおくる。

店にいるずきずは違う景色を芋るこずで、逆にKyotenずいう堎所のこずも考えるようになった。

湯本には䜕があるんだろう。

詊合のあず、もっず人が歩いおいたら面癜いんじゃないか。

ナニフォヌムを着た人が枩泉街を歩いお、どこかで飲んでいる。

そんな景色が普通になったらいい。そんなこずを考えるようになった。

そしお7月12日。

この日はKyotenを開けなかった。

その代わり、僕自身がお客さんになっお、サポヌタヌず飲みに行った。

そのずき曞いたのが、「俺も䞀緒にお客ずしおサポ仲間ずしお飲みたい」ずいう蚀葉だった。

これも、今考えるず倧きな倉化だったず思う。

店䞻だから迎える。店䞻だから話をする。それだけじゃない。

たたには自分も客になっお、同じテヌブルで飲みたい。

サポヌタヌず䞀緒に詊合を振り返りたい。

そんな気持ちが、はっきり出おきた。

この日はRootsでわいわい

店をやっおいるず、どうしおも「店偎」ず「お客さん」ずいう線ができる。

でも、サッカヌを通じお、その線が少しず぀曖昧になっおいった。

もちろん、僕は店䞻だ。

でも、サッカヌの話をしおいるずきは、ただのサッカヌ奜きな䞀人のおっさんでもある。

それが、なんだか心地よかった。

その埌も、詊合があるたびにいろんな人がKyotenぞ来おくれた。

勝った日には、祝杯をあげる。負けた日には、悔しさを吐き出す。

アりェむから来たサポヌタヌもいる。

い぀ものお客さんもいる。初めお来る人もいる。

サッカヌをきっかけに集たっお、い぀の間にかサッカヌ以倖の話をしおいる。

僕が最初に思っおいた「詊合埌に飲める堎所」ずいうものも、少しず぀圢を倉えおいた。

ただ飲むだけじゃない。その日にあったこずを持ち寄っお、誰かず共有する。

それがKyotenの倜になっおいった。

2025幎の倏には、僕自身が「街の䞭での存圚意矩をりラ湯本でい぀も考えおる」ず曞いおいる。

この蚀葉は、今のKyotenを考えるうえでも残っおいる。

店を続けるこず。お客さんに来おもらうこず。

矎味しいものを出すこず。もちろん、それは倧事だ。

でも、それだけじゃない。

湯本ずいう街の䞭で、この小さな店に䜕ができるのか。

誰かが来お、誰かず出䌚っお、たた別の堎所ぞ぀ながっおいく。

そんな堎所になれたら面癜い。

いわきFCずの出䌚いは、そのこずを考えるきっかけにもなった。

そしお秋。

いわきFCず過ごす時間は、さらに濃くなっおいった。

9月には、勝ったあずにKyotenを開けお、DJを入れた倜もあった。

11月には、詊合埌にたくさんのサポヌタヌが来おくれた。

シヌズンが終わる頃には、詊合のない時期にも䜕かできないかず考えるようになった。

もう「詊合の日だけの関係」ではなくなっおいた。

11月7日。

僕はXに、「いわきFCず出䌚っおサッカヌにハマった」ず曞いた。

考えおみれば、本圓にその通りだった。

僕がサッカヌを始めたわけでもない。

昔から熱心に芳おいたわけでもない。

ただ、店をやっおいた。

スタグルに出た。そこでサポヌタヌず出䌚った。詊合埌に店を開けた。

䞀緒に飲んだ。話をした。

その繰り返しの先に、い぀の間にか「自分もサッカヌを芳たい」が生たれおいた。

そしお、2025幎11月。

僕はnoteを曞き始めた。「裏湯本で店をやりながら、いわきFCずサポさんず出䌚ったこずなど曞いおいきたす」そう曞いた。

今こうしお、その続きを曞いおいる。

2023幎に初めおスタグルに出たずきは、こんなこずになるずは思っおいなかった。

ただの出店だった。それが、店で人ず出䌚うきっかけになった。

その人たちず詊合埌に飲むようになった。そしお僕自身がスタゞアムぞ行くようになった。

アりェむぞ行くようになった。サポヌタヌず䞀緒に飲むようになった。

気づけば、いわきFCはKyotenの日垞の䞀郚になっおいた。

でも、2025幎の終わりは、ただ途䞭だった。

この頃には、詊合のない冬にもサポヌタヌが集たるようになっおいた。

「シヌズンが終わったから、しばらく䌚わない」ではなく、

「シヌズンが終わったから、じゃあ䜕をやろうか」になっおいた。

2026幎。

Kyotenの倜は、さらに倉わっおいく。

詊合のある日だけではない。新䜓制発衚の日。

むベントの日。アりェむサポヌタヌが湯本ぞ来た日。サッカヌを芳る日。

サッカヌに぀いお語る日。

そしお、サッカヌを知らない人も䞀緒に笑う日。

僕が「サッカヌのある店」を䜜ろうず思ったわけじゃない。

人ず出䌚っお、話しお、飲んでいるうちに、そこにサッカヌがあった。

そしお、そのサッカヌが、今床は湯本の街ぞ぀ながっおいく。

次の話は、そんな2026幎の話。

スタゞアムの倖に、もうひず぀の堎所ができるたで。

次回は

KyotenずいわきFCの関係は、たた少し倉わっおいく。

詊合の日だけじゃない。
スタゞアムの倖でも、人が集たり始めた。

その先にあったのは、湯本の小さな店が「もうひず぀の堎所」になっおいく時間だった。続く


次に読むなら
スタゞアムの倖に、もうひず぀の堎所ができるたで。
自分がサッカヌを芳るようになったあず、今床はKyotenそのものの景色が倉わっおいきたした。https://note.com/kyoten385/n/n81df41c42066

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