ポケモンのメタモンの魅力を哲学的に教えて - くろが先生に聞いたこと
ポケモンのメタモンの魅力を哲学的に教えてください
森の奥にある小さな家。
夕暮れの光が木々の間から差し込み、窓辺では三毛猫の先生が湯気の立つ紅茶をすすっている。
その向かいでは、博士が分厚いノートを開いていた。
テーブルの上には、三枚のクッキー。
黒くつややかな長毛を揺らしながら、くろが椅子に飛び乗った。
くろ「先生、博士。今日はちょっと気になることがあるニャ」
博士「おや、くろさん。今日は何でしょう?」
先生「ふむ。顔を見るに、また妙に難しいことを聞きに来たようじゃのう」
くろ「ポケモンの『メタモン』って、なんであんなにかわいいの?」
先生「……」
博士「……」
くろ「?」
先生「博士よ」
博士「はい」
先生「これは難問じゃぞ」
博士「なるほど!?」
先生「下手に答えると、メタモンの本質を見失う」
博士「そんなに重大な問題なのですか!?」
くろ「ニッ」
博士は慌ててノートを開いた。
■メタモンは「何者にでもなれる」のに、「何者でもない」
博士「まず、メタモンの最大の特徴は『へんしん』ですね」
くろ「そう。ほかのポケモンの姿になれる」
先生「じゃが、ここに第一の面白さがある」
先生は眼鏡を押し上げた。
先生「メタモンは、何にでもなれる。
しかし、それによって『本当の自分』が消えてしまうわけではない」
博士「なるほど……」
先生「ピカチュウになってもメタモン。
ミュウになってもメタモン。
伝説のポケモンになっても、メタモンはメタモンじゃ」
くろ「つまり、姿と存在は同じじゃない?」
先生「そういうことじゃ」
博士「これは哲学的ですね!」
先生「人間も同じじゃよ」
くろ「人間も?」
先生「学校では生徒、家では子供、仕事では会社員、友人の前では友人。
いろいろな『姿』を持っておる」
博士「でも、それら全部がその人ですよね」
先生「そうじゃ。
だから『本当の自分とは何か』という問いは、案外難しい」
くろ「じゃあメタモンは、『自分が何者なのか』という問題を、姿を変えることで表現してるの?」
先生「うむ。しかも、本人はたぶんそんなことを一切考えておらん」
くろ「……」
博士「……」
先生「そこがまた良い」
くろ「ニャ~」
■なぜ「かわいい」のか
博士「では、哲学的な意味とは別に、なぜメタモンは直感的にかわいいのでしょう?」
先生「まず顔じゃ」
くろ「顔」
先生「目と口が簡単すぎる」
博士「たしかに……」
先生「人間は複雑な顔を見ると、『これはどういう感情なのじゃろう』と解釈しようとする」
くろ「でもメタモンの顔は……」
博士「『わからない』」
先生「そう。
あまりにも情報が少ない」
先生はメタモンの顔を真似して、口を横に伸ばした。
先生「……」
博士「先生、何をしているのですか」
先生「メタモンじゃ」
博士「ただの変な顔です!」
先生「失礼な弟子じゃのう」
くろ「ニッ」
先生「ともかく、あの単純な顔は、見る側が意味を補える余地が大きい」
博士「つまり、表情が少ないからこそ、こちらが感情を読み込める」
先生「そうじゃ」
くろ「嬉しそうにも見えるし、困ってるようにも見える」
博士「ちょっと間の抜けた顔にも見えます」
先生「そこに『弱そう』『親しみやすそう』『一緒にいたら楽しそう』という印象も加わる」
くろ「つまり、メタモンのかわいさには『余白』があるんだ」
先生「ほう」
博士「それは面白い表現です!」
先生「うむ。
かわいいというのは、必ずしも情報量が多いことではない。
むしろ『こちらが何かを足したくなる余地』によって生まれることもある」
■メタモンは「完全に真似できない」
くろ「でもメタモンって、変身しても完全に相手と同じになるわけじゃないよね」
博士「そうですね。作品によって描写は異なりますが、ゲームでは『へんしん』によって相手の姿や技などを再現します」
先生「ここにも面白いところがある」
くろ「何?」
先生「『完全なコピー』とは何なのか、という問題じゃ」
博士「なるほど!」
先生「仮にメタモンがピカチュウを完全にコピーしたとする」
くろ「うん」
先生「その存在は、ピカチュウなのか?」
博士「……メタモンですね」
先生「では、見た目も能力も記憶も完全に同じなら?」
博士「それでも……元のピカチュウと別の場所に存在している以上、別個体でしょう」
先生「そうじゃな」
くろ「じゃあ、完全に同じであることと、同一であることは違う?」
先生「その通りじゃ」
博士「これは『同一性』の哲学ですね」
先生「メタモンは、かわいい顔をしておるが、実は『私は誰なのか』『他者とは何が違うのか』『コピーは本物なのか』という、とんでもなく深い問題を抱えた存在なのじゃ」
くろ「メタモン……そんなこと考えてたの?」
先生「知らんにゃ」
博士「先生!」
先生「本人に聞いてみればよい」
くろ「へんしん!」
博士「くろさん!?」
くろは机の上で、メタモンのような顔を作った。
くろ「……」
先生「おお」
博士「……」
先生「よく似ておる」
くろ「ニッ」
■「自分らしさ」は形ではない
博士「しかし先生。メタモンの話をもっと深くすると、『自分らしさ』とは何か、という問題にもつながりますね」
先生「うむ」
博士「普通は、『自分らしさ』というものを、その人固有の特徴だと考えます」
くろ「顔とか、声とか、性格とか?」
博士「そうです」
先生「ところがメタモンは、姿を簡単に変えてしまう」
くろ「それなのに、メタモンらしさは残る」
先生「そうじゃ」
博士「これは面白いですね」
先生「メタモンは『何者にもなれるから自分がない』のではない」
くろ「むしろ、何者になってもメタモンである」
先生「そういうことじゃ」
博士「では……『自分らしさ』とは、固定された形ではなく、変化してもなお残る何かなのでしょうか?」
先生「それは一つの考え方じゃな」
くろ「じゃあ、変わってしまったら『自分じゃなくなった』ってことにはならない?」
先生「ならんじゃろう」
先生は紅茶を一口飲んだ。
先生「昨日の自分と今日の自分は、完全に同じではない。
考え方も、知識も、経験も変わる。
それでも『自分』だと思っておる」
博士「なるほど!」
くろ「メタモンは、それを極端にしたポケモンなのかも」
先生「うむ」
博士「姿が変わることを恐れるのではなく、変わっても存在し続ける」
先生「それもメタモンの魅力じゃろう」
■そして、最大のかわいさ
くろ「先生」
先生「なんじゃ?」
くろ「結局、メタモンがかわいい最大の理由は何?」
博士「哲学を全部まとめる質問ですね……!」
先生はしばらく黙って、窓の外を見た。
森の中では、夜の虫が鳴き始めている。
先生「……メタモンはのう」
くろ「うん」
先生「『こうでなければならない』という形を持っておらんのじゃ」
博士「……」
先生「強そうでなくてもよい。
格好よくなくてもよい。
立派な姿でなくてもよい。
誰かの姿になってもよいし、元の姿に戻ってもよい」
くろ「……」
先生「そして最後には、あの顔で『へにょ』としておる」
博士「先生、最後だけずいぶん俗っぽいです」
先生「哲学とは、最後にはおやつに戻ってくるものじゃ」
博士「そんな学説はありません!」
くろ「ニッ」
先生「じゃが、わしは思うのじゃ」
先生は少しだけ笑った。
先生「メタモンのかわいさとは、
**『存在するために、特別な姿を必要としないこと』**なのかもしれん」
博士「……!」
くろ「なるほど」
先生「何者かにならなくてもいい。
誰かと同じでもいい。
違っていてもいい。
変わってもいい」
博士「そして、どんな姿になっても『メタモン』なんですね」
先生「そうじゃ」
くろ「じゃあ……」
くろは少し考えた。
くろ「メタモンって、『自分らしくあれ』じゃなくて……」
博士「……」
くろ「**『自分が何者なのかわからなくても、存在していていい』**っていうポケモンなのかもね」
先生「…………」
博士「先生?」
先生「……うむ」
先生は眼鏡の奥で、少しだけ目を細めた。
先生「それは、なかなか良いところまで来たのう」
博士「先生、感動していますね?」
先生「しておらん」
博士「尻尾が揺れています」
先生「猫の尻尾は勝手に動くのじゃ」
くろ「ニッ」
博士「では、今日の結論をメモしておきます!」
博士は勢いよくノートに書き始めた。
メタモンの哲学
姿が変わっても、存在は消えない。
誰かに似ても、自分であることは失われない。
「自分らしさ」は固定された形ではなく、変化の中にも宿る。
そして、かわいさとは――
自分を証明するために、立派な姿を必要としないことなのかもしれない。
くろ「先生」
先生「なんじゃ?」
くろ「ところで、机の上にあった最後のクッキー知らない?」
先生「……」
博士「……」
先生「わしは知らんにゃ」
くろ「ニッ」
博士「先生、それは本当ですか?」
先生「たぶん大丈夫じゃ」
博士「何が大丈夫なんですか!?」
くろは何食わぬ顔で毛づくろいを始めた。
森の小さな家に、博士の慌てた声と、先生の笑い声が響く。
そしてその夜もまた、三毛猫の先生は最後のクッキーが消えた謎を解けないまま、弟子とご近所猫と一緒にお茶を飲んでいた。
――たぶん、これもメタモンと同じなのだろう。
何者であるかより、誰と一緒に存在しているか。
それが、ときには「かわいい」という感情の中にまで、静かに隠れているのである。
