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愛が共生する生態系 ⓭ 雷鳥



    :| 雷鳥
      ptarmigan molting


     朝の光に包まれたシーツの中。葦野はぼんやりと目を開けた。鼻先に黄色い金平糖のようなミモザが転がっている。いつも通りの花くずにまみれた寝室。ミモザの甘い香りに混ざるようにコーヒーの匂いが漂っていた。シーツの隣はまだ暖かく、抜け殻のように穂高の体温が残っていた。

    「あれ……」

     葦野の腕の中には、穂高の温もりの代わりに、白と土色の混ざるやわらかな塊がポテっと置かれていた。それは数日前、彼が穂高の誕生日に贈ったニホンライチョウのぬいぐるみだった。本物のライチョウさながらの不格好な愛らしさを持つそれを、枕元へ優しく退ける。
     台所から聞こえる音に耳を澄ませて、葦野は身体を起こした。

    「あ……おはよう、岳」

     台所で振り向いた穂高の姿に、葦野は思わずまばたきを繰り返した。葦野が脱ぎ捨てたままのメリノウールのカーディガンは、葦野よりも幾分か線の細い彼の肩の上で、袖を持て余していた。柔らかなベンガラ色が、まるで冬から夏羽へと色を変えるライチョウのグラデーションを思わせる。
     さらに、穂高のシャツには、独特なタッチの鳥のイラストがプリントされていた。畦地桜太郎の描くライチョウだ。北アルプス限定のシャツで、彼が新宿の山鈴で見つけてつい買ってしまった、と照れくさそうに話していたのを思い出し、葦野の口元が弧を描いた。

    「……かわいいね」
    「え、何が?」

     穂高はコーヒーカップを差し出しながら、小さく首をかしげた。葦野の目には、今も寝床にぽつんと残されたあのぬいぐるみと、目の前の男が完全に重なって見えていた。一方穂高は、こだわりのコーヒーをこの男のために淹れてやろうという意気込みで、自分自身がどんなに愛おしい姿をしているかなどは全く分かっていない様子だった。葦野はくふくふと笑った。

    「泉が。カーディガン着てるの。あと、その雷鳥のシャツも」
    「ああ……寒くて、つい。勝手に借りた。ごめん」
    「ううん。むしろ、ずっとそれでいてほしいくらい」

     葦野がそう言うと、穂高は少しだけ眉をひそめた。けれどその目元はやわらかく、朝の光に透ける色素の薄い髪を静かに見つめていた。二人の間を、スマホのラジオアプリから流れる流行の音楽が場違いに流れていく。

    「……泉、見すぎ」
    「岳だって見てる」

     カップを置いた穂高の手が冷えていた。葦野はその傷だらけの指を両手で掬い取り、ゆっくりと自分の唇を押し当てた。手の中で強張る感覚に視線を向けて眉を下げる。穂高は無表情を突き通してはいるものの、次第に熱を持ち始める目元に意識が向き始める。

    「おはよう、泉。今日も、すごくかわいい」
    「もう……。こんなおじさんを捕まえて……きみは僕をどうしたいんだろうね」

     わざとらしく溜息をつき、そんなことを言いつつも穂高は逃げなかった。カーディガンの裾をぎゅっと握りしめて、自分を隠すようにして、照れくさそうに笑った。
     葦野の胸の中を縦横無尽にふわふわと柔らかな白い鳥が舞う。惚れた弱みだ。同い年の男がこんなに愛おしいなんて。

    「こうしたい」

     葦野は手を伸ばして、恥ずかしがる彼の体をすっぽりと包み込んだ。十センチ以上の身長差が難なく穂高を覆い隠してしまうと、穂高は腕から逃れようと抵抗した。じゃれ合っているだけではあるものの、山男の本気に近い力だ。葦野は負けじと腕に力を込めて閉じ込める。喉の奥から「ぐぐぐ」と声が出た。

    「ライチョウみたいな鳴き声」
    「? そうなの?」

     葦野の腕の中で穂高は不意に動きを止めた。その切れ長の瞳が挑発的に葦野を見上げる。その熱を持った視線に、葦野の耳がじわりと赤く染まる。走り出しそうになる鼓動を押さえながら、穂高の挙動を見守るように首を右へ左へと傾けた。穂高が「キツネみたい」と、ご機嫌に笑う葦野の癖だった。

    「……岳だって、可愛いよ。すごく」
    「えっ……ウワア!?」

     穂高はスッと細く息を吸うと葦野の胸元に潜り込んだ。次の瞬間、葦野の長身が軽々と宙に浮く。穂高の肩に獲物のように担がれ、背負われるのとは違う腹部の圧迫感に葦野は思わず悲鳴を上げた。落ちないように長い手足を縮ませてしがみつく。

    「なに、なに……!? 急!なにこれ!」
    「う、うるさ……」

     騒ぎ立てる葦野を抱えたまま穂高が寝室の扉を開けると、朝の光を浴びた花材たちが賑やかに二人を迎え入れた。
     葦野をベッドに降ろすと、穂高は一仕事終えたような清々しい顔で笑った。自分のことを「かわいい」などと言って、猫のように撫でる男を黙らせて満足していた。
     一方、未だ状況へ理解が及んでいない葦野は、息を整えながら寝そべることしかできなかった。
     静かに頬を寄せる穂高の呼吸が、葦野の鼓動と重なる。それは言葉が無くても成立する言語のようだった。葦野は目の前の男の妙なタフさに呆れながらも満足げにため息をついた。

    「泉、せっかくコーヒー淹れてくれたのに」
    「今日のは、冷めても美味しいんだよ」

     窓の外では神社の掃き掃除の音がリズムを刻み、小春日和の風がレースのカーテンを揺らしている。
     二人がこれから迎えていく穏やかな朝の繰り返しを、その風と、枕元でつぶらな瞳を輝かせる、綿のニホンライチョウだけが知っていた。






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    生き物メモ

    ニホンライチョウ

    ( Lagopus muta japonica Clark, 1907 日本雷鳥 )

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    キジ目キジ科ライチョウ属に分類される鳥。

    ライチョウは北半球北部に分布しており、
    日本の高地に分散して生息するニホンライチョウは分布南限。
    氷河時代の生き残り動物の一つ。国の特別天然記念物で絶滅危惧種。




     
     
    自給自足作家 オリキャラふたりの生活を書いてます💐 三度の飯と野鳥が好き。 普段は絵を描きながら自然の中で仕事をしています。 趣味はドライブ、編み物、登山 ※No unauthorized use or reproduction. ※ 禁止→絵や文の使用、AI利用、転載

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