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政策×ビジネスを両輪に—未踏の市場に挑む、虎ノ門の拠点

    ノマド政策家のフィールドノート第5回


    虎ノ門ヒルズに、日本で初めての「ある拠点」が立ち上がった。

    カレンダーが真っ白だった朝から、7ヶ月が経っていた。「うまくいかなくても、私も働くから、大丈夫」と妻が言ったあの夜。大手町のうどん屋で「いつか、何か一緒にできるといいですね」と小菅さんと別れたあの昼。登記直後、I-OPEN PROJECT経由で宮城県庁から「政策道場のような取り組みを」と声がかかったあの一本のメール。三つが揃って、机の上のカレンダーに少しずつ色が差し始めた。

    2025年4月、その色がもっとも濃く差し込んだ場所に、私は立っていた。

    地下鉄の改札を抜けると、ガラス越しに不思議な光景が見える。
    スーツ姿の霞が関の官僚が、ノーネクタイのスタートアップ経営者と同じテーブルでコーヒーを飲んでいる。その隣では、地方自治体の職員がNPOの代表と名刺を交換している。少し奥のスペースでは、大企業の新規事業担当者が大学の研究者とホワイトボードに何かを描いている。
    ここは、虎ノ門ヒルズにあるクロスセクターで社会課題解決を目指す共創拠点「Glass Rock」。2025年4月に森ビルが開設したこの場所には、現在、企業・団体等約50社、個人会員約200名が集い、日々セクターを越えた対話を重ねている。私のもう一つの「現場」だ。

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    出典:Glass Rock Webサイト

    今回は、この連載で何度か名前を出しながら、まだ正面から語っていなかった場所——Glass Rockの話を書きたい。
    そして、ここで私たちが試みていることは、おそらく日本で初めての挑戦ではないか、という仮説について。

    2026年5月、Glass Rockは新しいフェーズに入る。政策とビジネスを両輪に据え、正面から社会課題を解くための拠点——そう言い切れる場所は、私の知る限り、この国にまだ存在しなかった。その空白に、いま椅子を一つずつ並べ始めている。


    "政策×ビジネス"という空白に、翻訳者が存在する理由

    日本には、大企業の新規事業開発を支援する拠点がすでにいくつもある。森ビル自身が運営する「ARCH Toranomon Hills」もその一つだ。社会課題をテーマにした拠点も、この10年で確実に増えた。
    では、「政策とビジネスを両輪に据える拠点」はどうだろうか。

    私が経済産業省を辞めてから、政策とビジネスの現場を行き来しながらずっと感じてきたのは、この二つの世界は、別々の場所・別々の言語で動いているということだった。政策の会議室に企業の人はほとんどいない。事業創造の拠点に行政の制度設計者は座っていない。それぞれの城で、それぞれの言語で、それぞれに真面目に仕事をしている。
    しかし、社会課題は城の中では解けない。川崎町にスーパーがないのは、政策課題であり、同時にビジネス機会だ。ケアラー支援が届かないのは、制度設計の問題であり、同時にサービスデザインの問題でもある。片輪ではカーブを曲がれない。両輪があって、初めて社会は前に進む。

    しかも、ただ同じ部屋に入れるだけでは両輪は噛み合わない。たとえば「成果」と言ったとき、ビジネスの人は売上や利用者数を思い浮かべ、政策の人はその先の「社会全体の仕組みがどう変わっていくか」を見ている。数年、時には十年単位の時間軸で、制度や市場の構造がどう動き、どこに持続性が生まれるか——そのマクロなレンズで景色を眺めている。同じ日本語を話しているのに、見ている景色が違う。
    違うことに気づかないまま行われる会話は、すれ違う。気づいている人が一人でも間にいれば、会話は噛み合い始める。Glass Rockが「共創コーディネーター」という役割を設けているのは、そのためだ。行政の「制度設計の力」、企業の「事業化の技術」、NPOの「現場の声」を、同じテーブルに乗せ、三者の言語が違うことを前提に、翻訳し、接続し、一つのプロジェクトとして形にしていく。

    第1回で書いた「セクターの間に立って、言葉と仕組みを翻訳している人」——その仕事の最前線が、ここだ。Glass Rockが挑んでいるのは、この翻訳の営みを、イベントでもプログラムでもなく、日々、人が集まり続ける常設の拠点として作ることだ。その常設性こそが、この国ではまだ前例のない要素だと、私は考えている。

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    政策とビジネスの共創をデザインする

    共創コーディネーターは、ひとりではない

    ここでどうしても書いておきたいことがある。Glass Rockの共創コーディネーターは、私ひとりではない。
    第2回・第4回で登場した小菅隆太さん——I-OPEN PROJECTのテーブルで隣に座り、今はKumanomicsのPRディレクターでもある——彼もまた、Glass Rockの共創コーディネーターを担っている。
    小菅さんは、過去に"週一官僚"として行政の現場に関わり、NPOの理事や企業のCXOとして実践にも携わってきた、いわゆるトライセクターリーダーだ。霞が関の会議と、企業の経営会議を、同じ月の中で渡り歩き、そして虎ノ門のフロアにも立っている人がいる——これは、なかなか得難い組み合わせだと思う。

    私と小菅さんは、役割が少し違う。私は、政策とビジネスをつなぎ合わせて"つくる"プロであろうとしている。構想を事業化の図面に落とし、制度と市場が同時に動くように設計する——いわばシステムの設計者側だ。
    小菅さんは、様々なセクターを"つなげる"プロ だ。人と人、場と場、異なる目的を持つ組織同士の結節点になる。廊下での立ち話から、イベントの合間の雑談まで、小菅さんは常に誰かと誰かの間に立ち、静かに橋を架けている。
    つくるプロと、つなげるプロ。この役割分担があってこそ、Glass Rockという場は成立している。私ひとりでは、場はこれほど速く回らない。

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    Glass Rockにて企業・行政等の多様なセクターをつなげる小菅さん

    Glass Rockの会場で、政策とビジネスが同時に立ち現れた日

    3月のある日、Glass Rockで一つのイベントが開かれた。
    東京大学公共政策大学院(GraSPP)と山梨県の連携プロジェクトの成果発表会だ。私が非常勤講師を務める「公共政策のデザイン」の講義で、学生たちが半年間、山梨県の政策課題——「ケアラー支援」——に取り組んできた。そのピッチの場である。

    本連載の第1回では、このピッチの骨格——「生活動線のなかに支援の入り口を置く」という発想と、山梨県庁担当者の「最後の1マイル」という応答——を書いた。今回は、その提案の中身をもう少し踏み込んで書きたい。なぜなら、この提案そのものが、まさにGlass Rockという場で起きていることの象徴だったからだ。

    学生たちが半年かけて掘り当てたのは、「ケアラー」という言葉のなかに、見えにくい層がいる、という事実だった。
    40代・50代の働き盛り世代。共働きで子どもを育てながら、同時に親の介護が始まる人たち。いわゆるビジネスケアラーと呼ばれる層である。本来であればもっとも支援に辿り着いていてほしい人たちが、実はもっとも支援から遠い場所にいる。

    なぜか。一つは、時間的・心理的な余裕のなさだ。平日の役所の窓口にたどり着く時間がない。もう一つは、日本の社会に根深く残る規範意識——「子が親を介護するのは当然」という考え方に縛られ、自分が助けを求めていい立場だと思えないことだ。さらに深刻なのは、自分がケアラーであるという自覚すら薄い人が多いという事実だった。支援制度がないわけではない。地域包括支援センターも、ケアラー向けのメニューもある。しかし、本人がそこに辿り着けない。「最後の1マイル」は、物理的な距離ではなく、心理的な距離として横たわっていた。

    そこで学生たちが目をつけたのが、理美容室だった。
    山梨県内の理美容室は、合わせて約3,600店舗。コンビニよりも数が多い、暮らしのすぐ隣にある社会インフラだ。40代・50代の働き盛りも、60代・70代の高齢層も、月に一度、二ヶ月に一度、必ず椅子に座る。そして鏡越しの会話には、独特の心理的な安全性がある。横並びで、鏡の中で目を合わせる距離感。家族にも職場にも話せない、親の介護の話がふとこぼれる場所として、理美容室は機能しうる。
    学生たちの提案は、この生活動線上の接点を、支援制度の入り口として設計し直すものだった。理美容師さんに短い研修を受けていただき、「ケアラーサポーター」として認定する。お客さんとの会話のなかで、介護の兆しに気づいたら、地域包括支援センターへ予約の橋渡しをする——無理に制度につなごうとするのではなく、「そういう窓口があるよ」と一声かけ、本人が望めば次の一歩に踏み出せる、そんな柔らかな導線を設計する。制度側が変わるのではなく、制度を現場に届ける経路の方を、民間の生活インフラの中に組み込み直す——そういう提案だった。
    ピッチが終わったあと、会場には確かな手応えの空気が流れ、議論が各所で続いた。私が会場の端で見ていて強く印象に残ったのは、この提案そのものが、政策とビジネスの同時出現だった、ということだ。

    行政が担うのは、制度設計であり、ケアラー支援の仕組みであり、地域包括支援センターの整備——政策の領域である。一方で、理美容室という民間の生活インフラを支援動線に組み込み、研修を設計し、認定の仕組みを回し、継続可能なかたちで運用するのは、ビジネスの領域だ。両輪が同じ図面の上に乗って初めて、「最後の1マイル」は埋まる。

    そしてこの提案は、その日の議論で終わっていない。山梨県庁ではこの発想を起点に、具体化の検討がすでに動き始めている。Glass Rockは、単に議論するための場ではなく、政策の実現に向けて一歩ずつ踏み出していく共創の場になりつつある。

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    Glass Rockでの東大生による発表

    第1回で私は、自分ひとりが翻訳者として川崎町に入っていく話を書いた。あれは、個人が背負う翻訳の話だ。この日Glass Rockで起きていたのは、それとは少し違う。場そのものが、政策とビジネスを同時に引き受けていた。Glass Rockがやろうとしているのは、この瞬間を、偶然ではなく設計で再現することだ。


    虎ノ門で生まれた対話が、川崎町で芽を出すまで

    もう一つ、Glass Rockを舞台にした動きを書いておきたい。
    第3回で書いた宮城県川崎町。あの記事では、行政・企業・住民の「三つの椅子を同じテーブルに置く」話を書いた。

    その川崎町から、先日、佐藤清隆町議がGlass Rockを訪ねてこられた。話したかったのは、町の子どもたちの探究学習だった。小学生・中学生が、地域の課題に自分の手で向き合う——そういう学びを、どう設計し、どう外部と繋ぎ、どう継続させるか。
    その日、Glass Rockにはちょうど、探究学習プログラムを展開している方を、お呼びして来てもらっていた。私たちが橋渡しをして、清隆さんとその方に同じテーブルに着いてもらうと、話はそこで一気に具体に降り始めた。「このやり方なら町で回せるかもしれない」「次のステップはこうしませんか」——私が想定していたより、ずっと先まで会話が進んだ。
    この動きは、JR東日本のWaaS共創コンソーシアムが進めている川崎町周辺の地域プロジェクトとも、確かに繋がっていく。まだ何かが決まったわけではない。事業の絵が引かれたわけでもない。ただ、川崎町と、事業者と、Glass Rockが、手を取り合いながら新しい動きを胎動させている——そういう段階にある。

    第3回の最後に、私は「線路はなくても、人と人がつながる"駅"は、つくれる」と書いた。Glass Rockは、その「駅」の一つだ。政策とビジネスの両輪を回すというのは、こういう小さな往復運動の積み重ねなのだと思う。

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    清隆さんと共に。虎ノ門にちなみ、虎ポーズを取るのが恒例。

    Social Innovation Sprint — 政策を、あらゆる人と共にデザインする

    2026年5月、Glass Rockで新しいプログラム「Social Innovation Sprint(SIS)」が本格始動する。
    このプログラムの出発点にある考え方を、一つだけ書かせてほしい。

    「政策」とは、行政だけのものではない。

    政策は、本来、より良い未来を実現するための社会のデザインそのものだ。国が決めるもの、自治体が決めるもの、という受け止め方が長く続いてきたけれど、これから先の日本で、そのモデルだけで社会を動かしていけるとは、私には思えない。政策を、あらゆる人と共にデザインする。そのための実践の場が、SIS だ。

    SISは法人会員を対象としたプログラムである。そこに自治体やNPOが加わり、政策の論点や現場の視点を場に持ち込む。企業の事業開発を真ん中に置きながら、政策と現場の解像度の高さをそこに引き込む、という設計である。

    構成は2週間ごとに全5回セッション、約2ヶ月半で1クール。参加者が自走する時間を確保しながら、重要な論点のたびに全員が同じ場所に戻ってくる。このSIS の特徴は、それぞれのプレーヤーが持ち込むものを別々のトラックで走らせないことにある。制度の試行と、事業の検証と、市場の輪郭と、必要なルールの提案が、同じ図面の上で一緒に描かれる。制度と事業と市場とルールが重なった交点から、社会実装までの道筋を持った事業コンセプトが立ち上がってくる——私たちはそう仮説を立て、2026年5月から実際のプロジェクトで検証していく。

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    Social Innovation Sprint

    SIS の通底テーマは、こうだ。社会課題 × ビジネス × 政策。 この3つを重ね合わせた交差点に、次の市場が生まれる。Glass Rockでは、その仮説を確かめる 。


    自治体がパートナーとして同じテーブルに着く — 虎ノ門を地域と国をつなぐハブに

    Glass Rockはもう一つの意味で新しい段階に入る。自治体が、パブリックパートナーとして 参加するようになるのだ。

    これまでGlass Rockの会員として活動してきたのは、主に企業、大学、NPO、個人などであった。そこに自治体が組織として加わる。これは単に会員種別が一つ増える、という話ではない。政策を現場で動かしている主体そのものが、同じテーブルの常連として加わる、という話だ。

    私たちはすでに30程度の自治体と対話を進めており、都市部・地方、北から南まで特性の違う自治体と関わるうち、Glass Rockは気づけば様々な地域をつなぐハブになり始めていた。パブリックパートナーという枠組みが整うことで、その結節点としての機能が、はっきりと場に組み込まれる。虎ノ門という都市のど真ん中が、地方の自治体にとっても「自分たちの足場の一つ」として使える場所になる。東京の虎ノ門で始まった対話が、東北の町や、関西の地場産業や、九州の自治体の現場と往復し始める。

    そして、ここが大きい。地域同士がつながるだけでなく、地域と企業・霞が関の行政・NPO・大学とが、同じテーブルでつながる。地方の課題は、地方だけでは解けない。企業の技術、国の制度、NPOの現場知、大学の研究——それらすべてを、地域に吸い寄せる磁場が要る。虎ノ門は霞が関の中央省庁に歩いて行ける距離にあり、大企業の本社機能が集中し、NPOのハブ機能もある。

    東京のど真ん中だからこそ、地方と世界をコネクトでき、政策とビジネスを両輪に据えての 挑戦が成立する。

    そしてこの土壌を日々育てているのは、Glass Rockのコミュニティマネージャーたちだ。メンバーの顔と名前を覚え、「あの人とこの人、つないだら面白いかも」という紹介を、毎日毎日、重ねていく。今では、ほぼ毎日のようにイベントが開かれているフロアになっている。共創コーディネーターも、Social Innovation Sprintも、パブリックパートナーも、この一人ひとりの関心を丁寧に束ねていく仕事の上にしか立たない。その種火を絶やさず育てる土壌があってこそ、場は成立している。


    あなたが抱えているものは、誰と同じテーブルに乗せたら動き出すか

    Glass Rockに来る人たちに共通しているのは、「自分の領域だけでは解けない課題を抱えている」ということだ。一人で、あるいは一つのセクターだけで抱えているうちは、解けない。しかし、同じテーブルに乗せた瞬間に、景色が変わることがある。理美容室がケアラー支援の入口になる。清隆さんの探究学習への問いが、事業者との対話の中で次のプロジェクトの種になる。
    政策とビジネスを、 両輪に据える。社会課題 × ビジネス × 政策の3つを重ね合わせる。 それ を、Glass Rockで日々試みている。日本にまだなかった場所を、一つ作ろうとしている。

    まだ挑戦の最中だ。うまくいっていないこともたくさんある。パブリックパートナーの制度設計にも課題が残っているし、Social Innovation Sprintの結果が市場として立ち上がるまでには時間がかかる。それでも、この場所に異なるセクターの人が集まり、対話が重なり、小さな種火が一つずつ形になっていく過程を見ていると、確信が深まる。社会の仕組みそのものをアップデートするには、政策だけでもビジネスだけでもなく、両者が同時に動く「場」が要る。その場を設計し、つなぎ、育てること——それが、ノマド政策家としての私のもう一つの仕事であり、2026年5月、いよいよ本格化する日本初の挑戦 だ。

    あなたが今抱えている「社会課題」をテーブルに乗せ 、誰と話せば動き出すだろうか?


    次回は、AIの話を書きたい。霞が関とビジネスと現場、三つの言葉を翻訳する責任は、最後は誰が負うのか。深夜の書斎で、AIから「あなたは連載で『一人ひとり』と書いてきた——だが、N=1の声を素材として消費する側に回っていないか」と問い返された夜のことを書く。元官僚の身体が、鏡の前で立ち止まる。AIで変わるもの、変わらないもの。その境目について。


    編集後記〜てのひら草子〜

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     妻の橋本みどりです。この度も、いち市民として感想を綴らせて下さい。
     虎ノ門という東京の中心地にある虎ノ門ヒルズGlass Rock。初めて伺った時、駅から入ってすぐにガラス張りの綺麗な施設が見えて、誰かがワークショップをしたのかな?というような掲示物が目に入りました。4階に上がると、オシャレなBARにも見えるようなカウンターがあり、全面ガラス張りで虎ノ門を見渡すことができるメインフロア、ミーティングに適した大きなテーブルがいくつかあって、半個室のウッディなワーキングスペースに、奥には鮮やかなグリーンのひとりがけソファが並び、ひらけている空間でありながらパーソナルスペースも保たれている。立ち入った瞬間ワクワクするような、気合いの入るような、でも落ち着いて仕事に向き合えそうな、そんな印象を抱いた覚えがあります。
     最初は何をしている場所なんだろうと思っていましたが、行政を含めた色々な立場の方が集まり、互いが抱えている問題を共有し、時には珈琲を飲みながら雑談の中でアイデアを出し合える場所だと知って感銘しました。
     お互いの利益のために協力するというような異業種交流は、きっとこれまでもあったと思います。が、単なる利益にとどまらず、行政やNPOの方が最初から参加することで、これまでより社会課題解決の核心に迫り、信頼性が高く、実行力が上がったものになるのでしょう。
     近年は、環境や社会問題を意識する市民が増えているし、たくさんある企業と差別化するには付加価値や存在意義の確立が必要だということをよく耳にします。若くして会社を興した知人が、"自分はお金をたくさん稼ぎたいだけなんだけど、結局は人のためになるビシネスじゃないと長く続かない"と、10年以上前に言っていたことが深く心に残っていて、こうした社会の動きを見ているとそれは真理だと感じています。
     自分のやりたいことのその先に、他の人も幸せになれることがあったら最高ですよね。

    ノマド政策家の妻 橋本みどり より


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    橋本 直樹(はしもと なおき)

    株式会社Kumanomics 代表取締役/ノマド政策家
    東京大学法学部卒業後、経済産業省に入省。国家公務員として初めて美術大学院に留学。米国パーソンズ美術大学にてMFA(美術学修士号)を修了。帰国後、知的財産権により社会課題を解決する「特許庁 I-OPENプロジェクト」の立ち上げなどに携わり、2023年に同プロジェクトでグッドデザイン賞を受賞。2024年、株式会社Kumanomicsを設立。組織の枠を越境する「ノマド政策家」として、企業と行政が共創し、ビジネスと政策を一体でデザインするプロジェクトを多数手がける。その他、虎ノ門ヒルズGlass Rock共創コーディネーター、東京大学公共政策大学院 非常勤講師などを務める。
    Web: https://kumanomics.jp/

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