
白い紫陽花(掌編小説)
夜明けの雨音で目が覚めた。
布団から出ると、梅雨時の湿気がまとわりついてくる。
「今日も雨か」
気怠い体をおして外に出た。
少し歩くと、思い出の小径に出た。
優子と歩いた小径だ。
小雨降る中、ピンクの紫陽花が両側で揺れている。
「この紫陽花の花言葉って知ってる?」
小径を通るたびに、優子は言った。
「さあ」と言う僕に、「強い愛情なんだって」と言って、恥ずかしそうに笑った。
「紫陽花って、移り気とか浮気とかの花言葉じゃないの?」と聞くと、
「和気あいあいっていうのもあるよ。それにピンクだから特別なの」と言って口を尖らせた。
そっぽを向く頭を軽くポンポンして、「怒るな、怒るな」と笑いあった。
優子がいなくなったのは去年の今頃のことだ。
交通事故だった。
1年経っても、優子の抜けた穴は埋まらない。
体を湿らす五月雨が、穴から滑り落ちて小径へ逃げていく。
できた水たまりは、いつまでも僕を映している。
僕の心は乾いたままだ。
ふと、気配を感じた。
隣に優子がいる。笑いながら僕を見ている。
「優子」
僕は手を伸ばしたがさわれない、すぐ近くにいるのに。
僕はまた歩き始めた。優子も並んでついてきた。
優子が何か話しかけているが、声が聞こえない。
聞き取ろうと顔を近づけると、紫陽花を指さした。
去年と同じピンクの紫陽花。
後ろには、色の抜けた白の紫陽花が続いていた。
「あれ?」確か、ここはピンク色が続いていたはずだった。
見ると、僕たちが通り過ぎた端から、色が抜けていた。
優子を見ると、相変わらず僕に何か話しかけている。
「頑張って」
優子の口は、笑いながらそう動いていた。
そして気配が消えた。
いつのまにか、雨はやんでいた。
雲の間に青空が見え、覗いた太陽が水たまりに映る。
小径の紫陽花は、全て色が抜け白く変わっていた。
白い紫陽花の花言葉は「一途な愛情」。
優子の思いは受け取った。
僕は、空を見上げた。
雲はほぼなくなり、青空が広がっていた。
僕は、空に向かって背伸びをした。