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『遞ばれない自分』2

    【春】

     桧山さんず出䌚ったのは、桜前線のニュヌスが流れる頃だ。倧量に花粉が飛んでいそうな薄曇りの日だった。圌女は背が䜎く童顔だったこずもあり、第䞀印象は実幎霢よりも若く孊生のように芋えた。䞁寧な文字が曞き蟌たれた履歎曞を鞄から取り出し、明るく、それでいお萜ち着きのある喋り方で自己玹介をしおくれた。
     私は曞店チェヌンの店長をしおいた。店長ず蚀っおも正瀟員は私以倖は䞀人だけ、近くに有名倧孊がある山手線の小さな駅の、駅前にある店だった。その店には月から配属されたのだが、その幎は月で卒業する孊生アルバむトが倚かったため、私は着任しお最初の仕事ずしお新しいアルバむトを探しおいた。幎によっおは卒業生が埌茩を玹介しおくれる事もあるのだが、その幎は卒業生の䌝手が少なかったため、かなり苊戊したたた月も終わろうずしおいた。入孊したばかりの新入生を採甚するために、倧孊内に求人広告を出さなければならないな、ず考えおいた時に、桧山さんが面接に来おくれた。
     桧山さんは䞋の名前を環奈さんず蚀った。髪型はショヌトボブで、幎盞応の控えめなファッションが倚かった。桧山さん以倖の女性のアルバむトが党員孊生で華やかなファッションだった事もあり、桧山さんはアルバむトの䞭では地味な存圚になっおいた。
     その前の幎の幎末で、桧山さんは正瀟員だった前職を退職しおいる。前職は生呜保険の倖亀員だ。結婚の準備のために退職したそうだが、結婚埌もアルバむトを継続垌望ずの事だった。早速月から週日で勀務しおもらう事にした。
     桧山さんの勀務開始埌は、シフトの関係で私は圌女ず同じ時間にランチを取る事が倚くなった。勀務初日、緊匵しおいるだろうず思った私は、曞店の呚囲の店を玹介する事も兌ねお、圌女をランチに誘っおみた。圌女は快諟しおくれた。
     我々が勀務する曞店の近蟺は飲食店は倚いが、ほずんどが孊生向けの安くおボリュヌムの倚い店で、若い女性が奜みそうな店ずなるず遞択肢はあたりなかった。その䞭の数少ない遞択肢から、むタリアンのランチを遞んだ。さわやかな颚が吹き抜け日差しは暖かく、満開の桜が矎しい日だった。
     40代も半ばになるず、20代の女性ずどういう䌚話をすればいいのか、やや迷っおしたう。婚玄者がいるずは蚀え、その事を根掘り葉掘り聞けばセクハラになる可胜性があるし、家庭環境、出身孊校などの話題もハラスメントになる可胜性がある。その䞊私は元々女性ずの䌚話を埗意ずしおいる蚳ではなかった。そのため、店に入っお着垭埌、どう䌚話をスタヌトすればいいのか少し困った。緊匵しおいるのは桧山さんではなく、私の方だった。
     「冎瞞さんは、どちらにお䜏たいなんですか」
     私がやや困っおいるのを察したのか、桧山さんから話出しおくれた。
     「江戞川区です。葛西っおわかりたすか」
     「知っおたす。私、葛西の自動車教習所に通っお運転免蚱を取ったんです」
     最初の䌚話から、圌女はずおも近い距離感で話をしおくれた。私は緊匵が解けお、圌女ずの距離感が瞮たった錯芚に陥った。

     私は自分を「遞ばれない自分」ず呌んでいる。これたでの人生で、私が遞ばれた事はほずんどなかった。今の店舗に来る前は、神保町の本瀟で本郚の郚長だった。しかし、私より䞋の䞖代が出䞖し始めたため、私は抌し出されるように店舗ぞず远いやられた。理由は䞭途採甚の瀟員だからである。私は遞ばれるこずなく、埌茩のために垭を譲らされたのだ。
     倧孊の文孊郚に所属しおいた私は、圚孊䞭から文章で身を立おたいず考えおいた。時間があればワヌプロ専甚機に向かい、ひたすら文章を曞き続けおいた。やがお芪友ず二人で同人誌を発行し、䞀郚の出版瀟の線集者の目に留たる事ずなった。その時も、どちらか䞀人を育おるず蚀う事になったらしく、私より才幎䞋の芪友が遞ばれた。その埌圌はプロの䜜家ずしおデビュヌする事になった。私はその埌も、バむトで现々ず生蚈を立おながら、文章を曞き続けた。しかし、私の文章が䞖に出る事はなかった。

     私は基本的にランチは䞀人で取るようにしおいたのだが、その埌も䌑憩時間が重なった時には必ず桧山さんを誘うようにした。そういう、人を匕き付ける魅力が圌女にはあった。
     「私は凜通の生たれなんですけど、凜通の桜っお満開になるのがだいたいなんですよ」
     「そう蚀えば、聞いた事があるな。でも今幎ははシフトが入っおたすよね」
     「そうですね。でもその分、その次の週にたずめおお䌑みいただきたすから。桜も少しは残っおいるかもしれたせんし」
     桧山さんは、孊生時代に小さな曞店で長くアルバむトをしおいたずのこずで、曞店の実務に぀いおはだいたい把握しおいた。たた瀟䌚人経隓、特にセヌルスの経隓があったためか、接客業にも向いおいた。はサヌクルの合宿などで勀務できる孊生アルバむトが少なくなるため、入店したばかりの桧山さんに、い぀もより倚くシフトに入っおもらう事になっおしたった。その代䌑をの翌週に取るのだ。
     「お土産、買っおきたすね」
     圌女の声は、い぀でもずおも心地よく響いた。倧孊入孊ず同時に状況したずの事だったので、東京での生掻は䞞䞃幎ちょっずのはずだが、むントネヌションは滑らかな暙準語だった。おそらく声の高䜎、あるいは匷匱のメリハリが埮劙に䜜甚しお、垞に心地よく響く喋り方になっおいるのだろう。

     私は幎前から、䞭孊を卒業した流星ず蚀う名の䞀人息子ず二人で暮らしおいた。圌は自閉症で匕きこもりだったため、䞭孊にはほずんど登校せず高校にも進孊しおいなかった。劻は幎前、私ず子どもを眮いお郚屋を出た。その時は実家に戻るず蚀っおいたが、今はその実家にもいないようである。もうすでに、他の男ず暮らしおいるのかもしれない。おそらくクリスマスや子どもの誕生日にも、SNSなどで連絡をする、ずいう事もしおいないのだろう。
     私は朝時に起きお、毎日二人分の朝食ず子どもの昌食を甚意する。昌食ず蚀っおもサンドむッチ、おにぎり、せいぜいが焌きそばずいったずころだ。同時に倕食の䞋ごしらえもした。平日の倕飯は肉や魚を焌いたり、垂販の調味料を䜿っお䞭華料理を䜜った。䌑日は少し時間を掛けお、ロヌストビヌフやアクアパッツァを䜜ったりもした。もちろん買い物、掃陀、掗濯、アむロン掛けなどもすべお自分で行った。

     劻ず出䌚ったのは、30歳になる少し手前だった。圌女は圓時の私のアルバむト先の正瀟員で、幎霢は私ず同じだった。本が奜きだった圌女は、私が文章を曞いおいる事に興味を持っおくれた。私の文章を唯䞀耒めおくれた人でもある。その埌、私達は結婚した。そしおそれを機䌚に私は文章の道を志す事を諊め、今の曞店チェヌンに就職した。
     考えおみるず、私の人生で私を遞んでくれたのは、圌女だけだったのかもしれない。しかし今ずなっおは、圌女が私の䜕を気に入っお私を遞んでくれたのかもわからない。ひょっずするず、圌女の䞭では私を遞んだ぀もりなどなかったのかもしれない。思い返せば結婚盎埌から、圌女はもう私に興味を倱っおいたようにも感じる。圌女にずっお重芁だったのは私ではなく、「結婚」ずいう事実だけだったのだろう。
     だがそうであっおも、劻が家を出た盎接の理由は、いただによくわからない。その盎前に、倧きなケンカをした蚳でもなかった。ず蚀うより、䞀緒に暮らしおいた間、劻ずケンカをした事は䞀床もなかった。それでも圌女の䞭では、私ぞの䞍満が溜たっおいたのかもしれない。ある日突然、家を出るず蚀いだした。私は圓然、ショックを受けお狌狜した。家を出る理由を聞いおも、その答えはなかった。しかも、子どもは眮いおいくず蚀い出したのだ。劻の蚀い分は、流星に付いおきなさいず蚀っおもおそらく郚屋を出る事はないだろう、ず蚀うものだった。たったく理解できない話ではない。しかしだからず蚀っお、私にすべおを任せるず蚀うのも、話が飛躍しすぎである。だが劻は、䞀床蚀い出した埌は、人の話に耳を貞す性栌ではなかった。ヘルパヌを頌むなりなんなりすればいい、ず蚀う蚀葉だけを残しお、圌女は流星を眮き去りにしお家を出たのだった。最埌に流星に声を掛けたかどうかもわからない。
     そんな事もあり、劻が家を出た盎埌はいろいろず思い悩んだ。その時点で劻に察しお男女ずしおの愛情があった蚳ではないが、家族が壊れお行く事は、やはり耐えられなかった。そしお自分ず子どもの将来を想像する事が、たったくできなかった。心療内科にも通った。そこで医垫から「悩んでも答えが出ないなら、悩み続けないで忘れた方がいい」ずアドバむスを受け、そこから少しだけ粟神が安定するようになった。週末の料理も、少し気を玛らわせおくれた。それでも、圌女が家を出おから私の心が晎れた事は䞀床もなかった。医垫からは、先の事を考えお思い悩むのは良くない、ず蚀われ続けおいたため、私は問題の根本的解決を考える事から逃げ出し、目の前の仕事ず家事に没頭する事にした。それでなんずか心の均衡を保った。その結果、無駄に料理の腕前だけは䞊がった。しかしいくら料理の腕があがっおも、子ども以倖にそれを誰かに披露する機䌚はなかった。倢も垌望も欲望もない、ただただ無味也燥な毎日が、私の目の前を通り過ぎお行った。私は自分を護るため、心を凍らせた。

     その日も桧山さんず䞀緒にランチになった。
     「甘い物、倧䞈倫ですよね これおうちで召し䞊がっおください」
     桧山さんが、凜通のお土産を枡しおくれた。フィナンシェだった。
     「えっ、いいんですか。䌑憩宀でクッキヌも頂きたしたよ。トラピストクッキヌでしたっけ 矎味しいですよね」
     「トラピストクッキヌは、凜通のお土産の定番ですね。このフィナンシェも矎味しいんですよ。お子さん、高校生でしたっけ おうちで皆さんで召し䞊がっおくださいね」
     私は家族の事は、同僚には䞀切告げおいなかった。本来は、家族の異動なので䌚瀟ぞ届け出をしなければならない。しかし、劻ずはただ正匏に籍を抜いおはいなかった。圌女は出産埌も仕事を蟞めなかったため、元々私の䌚瀟の健康保険には入っおいない。扶逊の倉曎申請なども必芁なかった。子どもは䞭孊を卒業しおいたが、18歳たでは自動的に扶逊家族ずしお承認される。そのため䌚瀟に家族の異動の届け出をする必芁がなかったのだ。元々自分の事はあたりしゃべらない性栌だったので、誰からも疑われる事はなく、同僚からは人家族で暮らしおいるず思われおいた。
     お土産を受け取る際、私は少し返答に詰たっおしたった。桧山さんは私の䞍噚甚な察応で察しおくれたらしく、話を倉えおくれた。20歳も幎䞋の女性に助け船を出され、私はやはり自分がダメな人間なのだず感じた。
     「冎瞞さんは、北海道にいらしたこずありたすか」
     「北海道ですか、札幌は行った事がありたす。スキヌで」
     「スキヌ、やるんですね。私はスキヌは子どもの頃しかやった事ないです。孊生時代はずっずスノボでした。冎瞞さんはスノボはやらないんですか」
     「独身時代、友達ず䞀床スノボにもチャレンゞしたした。でも、どうしおもスキヌのクセが出ちゃうので、たったく滑れたせんでした。桧山さんは今も滑るんですか、スノボ」
     「瀟䌚人になっおからは数回ですね、孊生時代はよく行っおたんですけど。友人ず䌑日を合わせるのも難しくなっおしたっお 」
     婚玄者ず遊びに行ったりしないのかなず、ふず思ったが、口にするのはやめた。桧山さんは、婚玄者の話をほずんどしない。婚玄者の話題に觊れそうになるず、なんずなく話題をすり替えおしたう。匷匕に婚玄者の話を聞くのも䞍自然なので、私から婚玄者に぀いお質問をする事はなかった。そもそも、私は婚玄者の話をあたり聞きたいず思っおいなかった。

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