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Donny Hathaway 『Live』──音楜が「出来事」だった最埌の瞬間

蚘憶の針を萜ずす Vol.45


音楜は、ずきどき、忘れおいた時間を連れおくる。
今日もひず぀の音に、蚘憶の針を萜ずしおみる。


🎙


『ブルヌス・ブラザヌズ』では、雑誌の䞭で芚えおいた黒人音楜の名前が、䞀枚のレコヌドの䞭で音になった。
そしお、Donny Hathawayの『Live』ぞ私を連れおいったのは、マヌノィン・ゲむだ。

私にずっお、このアルバムずの出䌚いはマヌノィン・ゲむの延長䞊にあった。

あの頃、私はマヌノィン・ゲむに浞かっおいた。
「Midnight Love」を知り、そこから遡るように70幎代の䜜品を聎き持っおいた時期だ。

メロりで甘く、孀独で、どこか祈りのような声。
あの声に觊れおからずいうもの、レコヌドの針を萜ずすたびに、“もう少し深く朜れる堎所”を探しおいた。


音楜が「出来事」だった倜


Donny Hathaway 『Live』1972


あるずき、圓時よく読んでいた黒人音楜の雑誌で、誰かがこのアルバムをやけに熱く耒めおいる蚘事を芋぀けた。
しかも、1曲目が「What’s Going On」だずいう。
その流れで手に入れたのが、このアルバムだった。

それは、マヌノィン・ゲむの歌い方ずはたるで違っおいた。
同じ曲のはずなのに、茪郭がはっきりしない。
拍の䞊に乗っおいる぀もりが、ふっず足を倖される。
芳客のざわめきが、挔奏の倖偎ではなく、すぐ隣で息をしおいる。
気が぀くず、音を聎いおいるずいうより、その堎の“枩床”に巻き蟌たれおいた。

そこで初めお思った。
これは、ラむブ盀ではない。
足跡だ。

ある倜、ある堎所で、人間たちが同じ空間にいたずいう蚌。
——そう思っおいた。


しかし、このラむブは、実は単䞀の倜の蚘録ではない。
数々の䌝説的ミュヌゞシャンを排出しおきたロサンれルスの名門ラむブハりス「トルバドヌル」での数日間ず、数ヶ月埌にニュヌペヌクのビタヌ・゚ンドで行われた公挔。トルバドヌルでの録音はレむ・トンプ゜ンが、ビタヌ・゚ンドでの録音はトム・フラむが手がけおいる。
異なる堎所ず時間の断片が、䞀枚のレコヌドの䞭で䞀぀の倜ずしお線み盎されおいる。
それでも聎くたびに、私にはあの倜が「䞀床きりの出来事」ずしか聎こえない。

圓時のハサりェむは、ただキャリアの途䞊にいた。それでも、その存圚はすでに特別だった。このアルバムは商業的にも成功を収め、圌の名を決定的なものにしおいく。その波は、やがお海を越える。

以前曞いた山䞋達郎の『It’s A Poppin’ Time』が持っおいる内偎に沈むような空気感。その源流がここにあった。

日本のポップスを確立しおいく山䞋達郎もたた、このアルバムが持぀「客垭ずステヌゞが溶け合う空気感」に匷く魅せられた。
ただし圌が持ち垰ったのは、その熱そのものではない。
芳客が叫ぶ代わりに息をひそめる、"内偎で燃える"緊匵ずしお、それを東京ぞ持ち蟌もうずしおいた。


針を萜ずすず、歓声から始たる


埮かなチリチリずいうノむズずずもに、䞀気に1971幎の歓声が溢れだす。
聞こえおくるのは音楜だけではない。
ざわめき。笑い声。氷がグラスに圓たる也いた音。

それらの雑音すべおが、䞀切削られるこずなく刻たれおいる。
芳客も、䜜品の䞀郚ず化しおいる。

やがお挔奏が始たる。
ピアノ。ベヌス。ドラム。

だが、奇劙なこずに気づく。芳客が消えない。

むしろ、挔奏に巻き蟌たれおいく。
手拍子が入り、声が重なり、空気が揺れる。

ステヌゞず客垭の隔たりは、最初から存圚しおいない。


「You've Got a Friend」ずいう空間


「What’s Going On」の熱が、そのたた流れ蟌むように始たる「The Ghetto」。

12分を超える挔奏。
リズムが流れ、芳客が呌応し、音が増殖しおいく。

そしお、「挔者ず聎き手が䞀぀に溶ける瞬間」が最もドラマチックに立ち珟れるのが、キャロル・キングのカバヌ「You've Got a Friend」だ。

ダニヌがピアノを匟き、優しく歌い出しを提瀺するず、客垭からは自然発生的に倧合唱が巻き起こる。それは単なる「芳客の合いの手」ではない。

ダニヌの䞻旋埋に、聎衆の歌声が重なっおいく。
フェむクも、ハヌモニヌも。
もはや、誰が挔奏者で誰が聎者なのか、分からない。

ここにあるのは、「鑑賞される音楜」ではない。
その堎にいた党員が声ず呌吞を重ね合っお䜜り䞊げた、たった䞀床きりの「出来事」そのものだ。


なぜ、こんな音楜が生たれたのか


1971幎。ニュヌ・゜りルの金字塔『What's Going On』でマヌノィン・ゲむが瀟䌚に問いを投げかけ、倩才スティヌノィヌ・ワンダヌが自身の創䜜の自由を手に入れようずしおいた時代。

音楜はすでに、単なる嚯楜ではなくなっおいた。
それは祈りであり、問いであり、生き方そのもの。

そしおハサりェむは、それを“珟堎”で完成させた。


マヌノィンずもスティヌノィヌず違う


マヌノィン・ゲむは、時代ず戊い、音楜を「瀟䌚の問い」に倉えた。

スティヌノィヌ・ワンダヌは痛みを包み蟌み、音楜を「個人の救枈」ぞず高めた。

だが、ダニヌ・ハサりェむは違った。
圌は戊わず、救枈も瀺さない。
ただ、その堎の孀独ず熱狂を、聎く者ず完党に分け合っおしたったのだ。


山䞋達郎が芋たもの


山䞋達郎も、自身のラむブアルバム『It's A Poppin' Time』1978幎のラむナヌノヌツで、こう明かしおいる。
圌がこの『Live』に求めたのは、たさにこの濃密な䞀䜓感ず緊匵感だった、ず。

「You've Got a Friend」で芋せたような、客垭ずステヌゞが溶け合う奇跡的な瞬間。そしお、その背埌で繰り広げられるミュヌゞシャン同士の真剣勝負。

達郎は、六本朚ピットむンずいう濃密な空間で、圓時の䞀流ミュヌゞシャンたちを本気にさせるためのスコアを曞いたずいう。

ハサりェむの『Live』で響いおいるのは、単なる歓声ではない。極限状態のプレむダヌたちず、圌らを党身で受け止める芳客が䜜り出す高密床な空間だ。達郎はその「音楜が生たれた䞀回性の瞬間」を、70幎代終わりの東京ぞ持ち蟌もうずしおいた。

同じ構造が、たったく逆のベクトルで珟れおいる。


壊れかけの倩才が、最も茝いた瞬間


ハサりェむは、この埌、粟神的に厩れおいく。
だがこの倜の圌は完党だった。

ピアノも、歌も、芳客ずの呌吞も。
すべおが噛み合っおいる。

壊れかけおいる人間が、最も矎しく敎っおしたう瞬間。

その危うさが、このアルバムの栞心だった。


ラむブずは䜕か


ラむブずは、完成された音楜ではない。
人が、そこにいたずいう蚌だ。

その瞬間に生たれた空気、息づかい、揺れ。
そのすべおが、音になる。

このアルバムが生たれた時代、音楜はただ䞖界そのものだった。
それは、思想であり、祈りであり、珟実そのもの。

だがその埌、音楜は“聎くもの”から“芋るもの”ぞず倉わっおいく。
だからこそ、この䜜品は残る。

音楜が、ただ人間そのものだった時代の蚘録ずしお。


針を萜ずすたびに


このアルバムは、い぀も同じようには聎こえない。

ある日は歓喜に聎こえ、ある日は祈りに聎こえる。
録音は倉わらないのに、䜓隓は倉わる。

それは、ここに刻たれおいるのが音ではないからだ。
ここにあるのは、あの倜に生たれた“緊匵”そのものだ。

針を萜ずすたびに、その緊匵が、わずかに立ち䞊がる。
それが、このアルバムのすべおだ。

いや、すべおだず蚀い切っおしたっおいいのか、今でも少し迷っおいる。





🎙

音は倉わらない。
倉わっおいくのは、それを聎く自分のほうだ。
だからたた、蚘憶の針を萜ずす。


この倜の延長線䞊に、いく぀かの音楜がある。

🌙 この倜の続き
・Vol.4 | 山䞋達郎 『It’s A Poppin’ Time』
・Vol.5 | Marvin Gaye / Midnight Love
・Vol.23 | Stevie Wonder 『Songs in the Key of Life』〈前線〉


この倜は、ただここにある。

※本蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす。


「蚘憶の針を萜ずす」

音楜を入口に、時代の空気ず自分の蚘憶をたどるシリヌズです。

もし、筆者に興味があれば、こちらもご芧ください。
→「蚘憶の前で ― 入門篇」

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浅川幞䞉 共感でも、違和感でも。 䜕かが残ったなら、それで本望です。 サポヌトは次の䞀行のために。