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Marvin Gaye『Midnight Love』──父芪に撃たれる前に残された、最埌の声

    浅川幞䞉

    蚘憶の針を萜ずす Vol.5


    Marvin Gaye / Midnight Love 1982幎10月


    珟代のR&Bやポップスの骚組みを䜜ったずも蚀われる、80幎代デゞタル・゜りルの金字塔。

    音楜史に燊然ず茝く名盀でありながら、そこには、実父に撃たれお䞖を去る盎前のマヌノィン・ゲむの「最埌の声」が刻たれおいた。

    今回は、私がこのアルバムに出䌚ったあの倜の蚘憶の針を、静かに萜ずしおみたい。


    ふず出䌚った倜のゞャケット


    私が19歳、圓時䜏んでいた仙台にはもう冬の気配が蚪れおいた。
    買ったばかりのスタゞアム・ゞャケットを着蟌み、原付バむクで街に出る。
    ふず立ち寄ったレコヌド店の新譜コヌナヌで、䞀枚のゞャケットに目がずたった。

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    Marvin Gaye / Midnight Love1982

    倜の摩倩楌を背に、リラックスした衚情で頬杖を぀く黒人男性。
    その目は優しげで、どこか悲しげでもあり、䞍思議な魅力に惹かれおそのたた賌入しおしたった。

    正盎なずころ、高校時代から゜りルやブルヌスに倢䞭で、「黒人音楜にはちょっず詳しい」ず自負しおいた私だが、この時たでマヌノィン・ゲむずいう存圚を知らなかった。

    今でこそ、ブルヌノ・マヌズSilk Sonicや珟代のR&B、あるいは日本のシティポップの源流をたどれば必ずその名に行き着く「䌝説」ずなっおいる。しかし、圓時はスティヌノィヌ・ワンダヌの党盛期、日本では“゜りルスティヌノィヌ”ずいうむメヌゞが匷かった。
    同じ幎の暮れにはマむケル・ゞャク゜ンが『スリラヌ』を発衚。
    ゜りル・ミュヌゞックが完党に垂民暩を埗た時代だった。

    そんな華やかな朮流の䞭にあっお、マヌノィンは地味に芋えたのかもしれない。

    しかし、それが私の黒人音楜の聎き方を倉えおしたうほどの出䌚いになるずは、そのずき想像もしおいなかった。


    針が萜ちた瞬間


    針が萜ちる──。

    ドラムマシンずシンセサむザヌの無機質な音が、静かにリズムを刻みはじめる。そこに重なるように、マヌノィンの衚情豊かなノォヌカルが滲み出す。

    甘く、孀独な声。
    脆く、深く、寂しげな歌声。

    その瞬間、私は完党にマヌノィンの䞖界に取り憑かれた。

    🎧 Marvin Gaye – Sexual Healing

    タむトルを盎蚳するず “性的な癒やし” だが、マヌノィンが歌っおいるのは肉䜓を通した魂の回埩だ。

    When I get that feeling I want sexual healing
    「あの感芚が戻っおくるずき、僕は“セクシャル・ヒヌリング”が欲しい。」

    Sexual Healing歌詞より

    いやらしい曲なのに、䞋品ではなかった。
    性的な欲望を歌っおいるはずなのに、どこか祈りのように聞こえた。

    圌自身、長幎の薬物䟝存やう぀を抱えおいた時期の䜜品であり、身䜓を愛でるこずで「人間ずしおの生の実感」を取り戻そうずする切実な歌だった。

    それからずいうもの、私はマヌノィンに取り憑かれたように、圌の過去のアルバムを次々に探し求めた。
    特に自己プロデュヌスを始めた70幎代以降の䜜品――
    『What’s Going On』『Let’s Get It On』『I Want You』。

    針を萜ずすたび、あの声の"奥"に䜕があったのかを、確かめずにはいられなかった。

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    マヌノィン・ゲむの䞻なアルバム

    銃声のニュヌス


    あの声に取り憑かれおいた頃だった。
    ある日、信じられないニュヌスが飛び蟌んできた。

    「マヌノィン・ゲむ射殺」

    1984幎4月1日。
    ロサンれルスの実家り゚スタン・ハむツ地区で、父・マヌノィン・ゲむ・シニアが息子を銃で撃ち、即死が確認されたずいう。

    圓時のニュヌス抂芁

    「えっ  」

    その情報をどこで芋たのかは芚えおいない。
    ネットもない時代だ。音楜雑誌の片隅だったかもしれない。
    ただ、あの日の衝撃だけは、今でも鮮明に芚えおいる。
    あのずき、なぜか“自分のこずのように”感じた。

    もっず知りたい──。

    私は倢䞭で情報を集め、関連曞を読み持った。

    マヌノィンの生い立ち、モヌタりン時代の栄光、自己プロデュヌスぞの挑戊、そしお業界を远われるたでの経緯。
    波乱に満ちた人生の茪郭が少しず぀芋えおきた。

    しかし、最倧の疑問である「なぜ実父に殺されたのか」ぞの “答え” はなかった。
    本を読むたびに、私は同じ堎所で立ち止たった。
    憎しみだったのか、嫉劬だったのか、それずも信仰ず䞖俗ずいう、もっず倧きな察立の果おだったのか——どれだけ資料を集めおも、その境界線だけは最埌たで芋えおこなかった。

    だからこそ、この声は、いたも残っおいるのかもしれない。


    父ず息子の物語


    マヌノィンの父は厳栌な牧垫であり、家庭内では支配的で暎力的な存圚だった。幌い頃から息子を頻繁に殎打し、その恐怖がマヌノィンの心に深い傷を残したずいう。

    ──牧垫が、我が子を殎る。
    その䞀文を読むたびに、私はどうしおも立ち止たっおしたう。信仰ず暎力が、同じ手の䞭に同居しおいたずいうこずだから。

    成功しおからも父は息子の音楜を「䞖俗的で眪深い」ず嫌悪し、決しお誇りに思うこずはなかった。

    「息子の成功を祝うどころか、父は圌の生き方を恥じおいた。」

    デノィッド・リッツ『Divided Soul: The Life of Marvin Gaye』より


    事件の日。
    母ず父が口論しおいたずころにマヌノィンが仲裁に入る。

    しかし蚀い争いは激化し、マヌノィンが父を突き飛ばした。
    盎埌、父は寝宀から拳銃を持ち出し、息子の胞を撃った。

    “If I could take it back, I would. I didn’t mean to do it.”
    もし取り消せるならそうしたい。殺す぀もりではなかった。

    逮捕埌に父が語った蚀葉


    父は過倱臎死眪で起蚎され、有眪刀決を受けたが、高霢ず病気を考慮され服圹は免陀されたずいう。

    ──服圹免陀。
    眰の重さず、眪の重さが、どうしおも釣り合っおいるずは思えなかった。
    そしお、3幎半埌、老人斜蚭で肺炎により亡くなった。

    晩幎のむンタビュヌで、圌は静かにこう語っおいる。

    “I loved my son. I didn’t mean to do it.”
    息子を愛しおいた。あんなこずをする぀もりじゃなかった。

    晩幎、父のむンタビュヌにお

    やりきれない。

    父ず息子、信仰ず音楜、愛ず暎力――
    そのすべおが矛盟の䞭で絡み合い、䞀人の倩才を䞖界から奪っおしたった。

    そしお『Midnight Love』は、圌にずっお最埌のオリゞナル・アルバムになった。


    “今日”ずいう氞遠ぞ


    圌の埩掻を、もっずも鮮やかに䞖間ぞ印象づけたのが、1983幎のNBAオヌルスタヌ戊だった。

    ロサンれルスのザ・フォヌラム。
    開幕セレモニヌで、マヌノィンは囜歌「The Star-Spangled Banner」を歌った。

    通垞の囜歌斉唱ずはたったく違っおいた。
    シンセベヌスが刻むグルヌノに合わせ、圌はアメリカ囜歌を、たるで愛の歌のように歌った。

    それは、远攟され、傷぀き、ベルギヌたで逃れるようにしお録音した男が、もう䞀床アメリカの衚舞台に立った瞬間だった。

    マヌノィンは、アメリカに蚱されたのではない。
    むしろ、アメリカずいう堎所そのものを、自分の声で包み盎しおみせたのだず思う。

    このずきの映像を芋返すたびに、胞の奥がざわ぀く。

    最初は少し戞惑っおいた遞手や芳客が、次第にそのグルヌノに身を預けおいく。やがお䌚堎党䜓が、倧きなひず぀のうねりずなっお、マヌノィンの歌声を受け止めおいく。



    過去ぞ戻る声


    NBAオヌルスタヌの囜歌斉唱が、マヌノィンを再びアメリカの衚舞台ぞ抌し戻した出来事だったずすれば、モヌタりン25呚幎蚘念匏兞は、圌が自分の過去ず向き合った倜だった。

    モヌタりンずの確執の末にアメリカを逃げるように離れ、ベルギヌで録音したこのアルバムは、マヌノィンにずっお“魂の垰還”でもあった。

    『Sexual Healing』で悲願のグラミヌ賞を獲埗した圌は、やがおモヌタりン25呚幎蚘念匏兞のステヌゞに立぀。

    それは、もうひず぀別の意味を持぀垰還だった。


    マヌノィンにずっおモヌタりンは、栄光の堎所だった。
    同時に、窮屈さを感じ、ぶ぀かり、やがお離れおいった堎所でもあった。

    そのステヌゞに戻り、ピアノの前に座っお『What's Going On』を歌う前に、圌は“昚日”ず“今日”に぀いお語った。

    芚えおいる

    “昚日”は熱く、“昚日”は痛みを抱えおいた。
    けれど“昚日”こそが、“今日”の生たれた堎所なんだ。

    “今日”は25幎の登攀、築き䞊げ、扉を開き、叀いルヌルを壊しおきた歳月。
    “今日”はたた、ラブ゜ングの時代でもある。

    男ず女の歌、怒りず抗議の歌、優しさの歌、
    そしお長い間攟眮されおきた傷の歌でもある。

    螊るための歌、行進するための歌、飛ぶための歌、愛し合うための歌。
    愛し合うための──歌。

    音楜は玔粋で、シンプルで、時に激しく、魂のこもったものだ。
    玄束ず決意に満ち、ひず぀の心ず人間性を持぀ものだ。

    愛する人たちぞ──“今日”こそが、“氞遠”の生たれた堎所なのです。

    モヌタりンの25呚幎蚘念匏兞でのマヌノィンの蚀葉

    その蚀葉は、単なる蚘念匏兞の挚拶ではない。
    自分を生んだ堎所。自分を瞛った堎所。自分が壊しおきた叀いルヌル。
    そしお、やがお自分が远われた堎所。

    そのすべおを前にしお、マヌノィンはもう䞀床、自分の過去に手を眮いた。

    マヌノィンに出䌚っおからもう40幎。
    既に圌が亡くなった歳を倧きく超えおしたっおいる。

    私はいたも、レコヌドの針を萜ずすたびに、マヌノィンの声に「今日ずいう氞遠」を感じおいる。

    これからも聞き続けるだろう。





    📀関連蚘事

    マヌノィンの声がどこから来たのかに぀いおは、こちらで少し詳しく曞いおいたす。
    🎧Marvin Gaye ─ 愛ず祈りの旅〈前線〉

    『Midnight Love』にたどり着くたでの愛ず厩壊の時間に぀いおは、こちらで曞いおいたす。
    🎧Marvin Gaye ─ 愛ず祈りの旅〈埌線〉

    マヌノィンが開いた扉を、スティヌノィヌがどう受け継いだのか。そんなこずも別の蚘事で曞いおいたす。
    🎧Stevie Wonder 『Songs in the Key of Life』〈前線〉─音楜が「䞖界」だった時代





    ※本蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす。

    最埌たで読んでいただき、ありがずうございたす。
    この音が、どこかあなたの蚘憶にも響いたなら──
    「スキ」や「フォロヌ」で教えおください。

    その小さな共鳎が、次の音を玡ぐ力になりたす。


    ✒筆者関連シリヌズ

    ※この文章は、「蚘憶の針を萜ずす」ずいうシリヌズの䞀篇です。
    気になった䞀枚から、針を萜ずしおみおください。

    もし、筆者に興味があれば、こちらもご芧ください。
    →「蚘憶の前で ― 入門篇」


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    クリ゚むティブプロデュヌサヌ文筆家。 音楜、仕事、日垞の違和感を、蚘憶の偎から曞いおいたす。 NIKE、Google、資生堂等の倧型むベントや銀座100呚幎等の文化プロゞェクトを䌁画挔出。 ゚ッセむは基本週3回曎新。 asakawa@rightplace.tokyo

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