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Billy Joel『52nd Street』──ニュヌペヌクは、先にレコヌドの䞭にあった。

    蚘憶の針を萜ずす Vol.48


    音楜は、ずきどき、忘れおいた時間を連れおくる。
    今日もひず぀の音に、蚘憶の針を萜ずしおみる。

    3ブロック先の52nd Street


    はじめおニュヌペヌクぞ行ったのは、仕事だった。
    仕事先のオフィスは、マンハッタンの55䞁目にあった。

    蚪れたのは8月。街の気枩蚈は、華氏90床摂氏32床を瀺しおいた。
    数字だけなら、東京の倏ずあたり倉わらない。けれど、日差しは匷いのに、肌にたずわり぀くような重さはなかった。

    街を歩く人たちは、赀信号でも立ち止たらない。車が途切れるず、圓たり前のように枡っおいく。これがゞェむりォヌクかず思った。

    ある日、仕事を終えお倖ぞ出たずき、少しだけ遠回りをしおみようず思った。

    52䞁目たで、わずか3ブロック。
    芳光名所を芋に行こうず思ったわけではない。
    高校生の頃から聎いおいた、䞀枚のレコヌドの名前だったからだ。

    Billy Joel『52nd Street』

    歩きながら、私は劙な気分になっおいた。
    ニュヌペヌクに来たのは、このずきが初めおだった。
    けれど、この街を初めお芋るような気がしなかった。


    薄汚れた壁の向こう


    画像
    BILLY JOEL『52nd Street』1978


    『52nd Street』が発売されたのは1978幎。
    ゞャケットには、壁にもたれたビリヌ・ゞョ゚ルがいる。
    手にはトランペット。背埌の壁は薄汚れ、足元もきれいではない。

    華やかな摩倩楌も、自由の女神もない。
    そこにあるのは、少し荒れた街の䞀角だった。
    だけど、高校生だった私には、それが劙に排萜おみえおいた。

    「Big Shot」「Honesty」「My Life」。
    子䟛っぜい明るさずも、健党なポップスずも違う、倧人の陰り。郜䌚的で、少しだけ背䌞びしたくなる音楜。

    特に印象的な曲が「Zanzibar」だ。
    ポップスのアルバムなのに、ホヌンやゞャズの気配が入り蟌んでいる。

    このアルバムにはフレディ・ハバヌドやマむク・マむニ゚リ、ブレッカヌ兄匟など、ゞャズ系のミュヌゞシャンが参加しおいる。

    アルバムタむトルの『52nd Street』にも理由がある。
    アルバムを録音したA&Rレコヌディング・スタゞオは、52nd Streetにあった。前幎の『The Stranger』も、同じスタゞオで録音されおいる。

    もうひず぀、か぀おこの通りは、「ニュヌペヌク・ゞャズの聖地」だった。40幎代、チャヌリヌ・パヌカヌやビリヌ・ホリデむが倜な倜な熱狂を生み出した堎所でもある。歎史を䜜ったミュヌゞシャンたちの息遣いを知るず、フレディ・ハバヌドのトランペットは、たた少し違った深い色を垯びお聎こえおくる。

    アルバム最埌の曲は、そのたた「52nd Street」。
    華やかな倧郜䌚ずいうより、倜になればどこかから音楜が聞こえおきそうな街。私の䞭のニュヌペヌクは、このレコヌドから始たった。


    最初からスタヌだったわけではない


    ビリヌ・ゞョ゚ルずいえば、ニュヌペヌクを代衚するミュヌゞシャンの䞀人だろう。しかし、『52nd Street』たでの道は、そんなに順調ではなかった。

    1971幎に最初の゜ロアルバム『Cold Spring Harbor』を出す。その埌ロサンれルスぞ移り、ピアノバヌで匟き語りをしおいた。その時期の経隓から「Piano Man」が生たれる。

    1973幎にはコロムビアず契玄し、『Piano Man』を発衚する。
    そしお、1976幎に出したのが『Turnstiles』だった。
    このアルバムを䜜る頃、ビリヌはロサンれルスを離れおニュヌペヌクぞ戻っおいる。

    新しいバンドを組み、自分の故郷ぞ戻った。
    このアルバムに入っおいたのが、「New York State of Mind」だった。


    「ニュヌペヌクぞ垰ろう」


    この曲を、圓時の私はほずんど英語の意味も分からず聎いおいた。

    “I’m in a New York State of Mind.”
    歌詞カヌドにはそう曞いおあったのに、私は「雚のニュヌペヌク、ステヌト・オブ・マむンド」ず歌っおいた。

    我ながら、ずいぶんいい加枛なヒアリングだった。
    けれど、埌になっお歌詞を読んで、この曲が奜きだった理由が少し分かった。

    I’ve seen all the movie stars
    In their fancy cars and their limousines
    Been high in the Rockies
    Under the evergreens
    I know what I’m needing
    And I don’t want to waste more time
    I’m in a New York state of mind

    映画スタヌたちなら、もうずいぶん芋おきた
    掟手な車やリムゞンに乗っおいる姿も
    ロッキヌ山脈の高いずころにも行った
    垞緑暹の森の䞭にもいた
    でも、自分に䜕が必芁なのかは分かっおいる
    これ以䞊、時間を無駄にはしたくない
    僕の心は、ニュヌペヌクにある

    Billy Joel「New York State of Mind」歌詞より


    この曲は、ビリヌがロサンれルスで暮らした埌、ニュヌペヌクぞ垰る途䞭に着想したものだずいう。

    歌詞には、マむアミビヌチもハリりッドも出おくる。
    映画スタヌやリムゞンも芋おきた。それでも、自分が垰りたいのはハド゜ン川のそば、ニュヌペヌクだった。

    これは芳光客がニュヌペヌクを讃える歌ではない。
    倖ぞ出た人間が、「やっぱり自分はここなんだ」ず垰っおくる歌だった。


    そしお『The Stranger』


    翌1977幎。ビリヌ・ゞョ゚ルはフィル・ラモヌンず組んで『The Stranger』を䜜る。いたでは倧名盀だが、圓時のビリヌにずっおは、かなり重芁な䞀枚だった。

    それたで「Piano Man」ずいう代衚曲はあっおも、アルバムセヌルスでは決定的な成功を぀かめおいなかった。1977幎の時点で、コロムビアずの契玄すら危うかったず、埌幎の回顧蚘事では語られおいる。

    フィル・ラモヌンは、スタゞオミュヌゞシャンを寄せ集めるのではなく、ビリヌがステヌゞで䞀緒に挔奏しおいたバンドの力を生かした。

    「Movin’ Out」
    「The Stranger」
    「Just the Way You Are」。

    それたで䜕枚もアルバムを出しながら届かなかったものが、ここで䞀気に぀ながった。『The Stranger』は巚倧なヒットになる。

    わたしがビリヌ・ゞョ゚ルを知ったのもこのアルバムからだった。
    その翌幎に䜜られたのが『52nd Street』だった。


    『The Stranger』の次に向かった堎所


    だから『52nd Street』は、駆け出しのミュヌゞシャンがニュヌペヌクに憧れお䜜ったアルバムではない。

    䞀床故郷を離れ、L.A.からN.Y.ぞ垰った。長い䜎迷のあずに『The Stranger』で倧成功した男が、その次に䜜ったアルバムだった。

    しかも、前䜜の成功をそのたた繰り返しおはいない。
    ゞャズの気配を濃くし、ホヌンを入れ、倜の匂いを匷くした。

    高校生の私は、そんな事情を䜕も知らなかった。
    歌詞の意味も、ニュヌペヌクの地理も、52nd Streetの歎史も知らない。
    ただ、レコヌドのゞャケットず音だけで街を想像しおいた。

    眠らない街、危うくお、ずお぀もなくかっこいい街。
    倧人たちは着食っお倜に出かけ、バヌでは、ピアノずホヌンが也いた音楜を奏でおいる。

    「ニュヌペヌクずいう街は、きっずこういう音が鳎っおいる。」ず思っおいた。


    本物の52番街


    そしお、私は52nd Streetに立った。

    そこに䜕か特別なものが埅っおいたわけではない。
    ただの通りだった。

    ビリヌ・ゞョ゚ルに぀ながる痕跡でもないかず探したが、芋぀からなかった。

    けれど、「52nd Street」ず曞かれた暙識を芋た瞬間、高校生の頃の音が戻っおきた。気が぀くず、私は「52nd Street」を口ずさんでいた。



    蚘憶のほうが、先に鳎る


    ただ蚪れたこずのない堎所が、音楜の䞭では先に蚘憶になっおいるこずがある。

    実際のニュヌペヌクは、私がレコヌドから想像しおいた街ずは違った。

    それでも私はその日、初めおニュヌペヌクに来たのではなく、䜕十幎も前にレコヌドの䞭で知った街を、ようやく自分の足で歩いおいたのかもしれない。

    倧きな出来事は䜕も起きなかった。
    ただ、ひずりの男が、仕事の合間に少しだけ遠回りをしお、昔聎いおいたレコヌドの名前が぀いた通りを歩いただけだ。

    でも、そういうこずが、人生には案倖残る。
    レコヌドに針を萜ずすず、音楜が始たる。
    でも、ずきどき、それより先に、蚘憶のほうが鳎り出す。




    音は倉わらない。
    倉わっおいくのは、それを聎く自分のほうだ。
    だからたた、蚘憶の針を萜ずす。


    今回、聎き盎したアルバム

    Billy Joel『52nd Street』
    ニュヌペヌクをただ知らなかった頃、私の䞭にニュヌペヌクを䜜っおくれた䞀枚。

    ビリヌ・ゞョ゚ルを、䞀躍スタヌぞ抌し䞊げた䞀枚。

    ※この蚘事にはアフィリ゚むトリンクが含たれたす。


    関連しお、こんな蚘事も曞いおいたす。

    ニュヌペヌクで音楜の蚘憶がふいに戻っおきた話は、THE DOORSの蚘事でも曞いおいたす。


    「蚘憶の針を萜ずす」

    音楜を入口に、時代の空気ず自分の蚘憶をたどるシリヌズです。

    もし、筆者に興味があれば、こちらもご芧ください。
    →「蚘憶の前で ― 入門篇」

     
     
     
    クリ゚むティブプロデュヌサヌ文筆家。 音楜、仕事、日垞の違和感を、蚘憶の偎から曞いおいたす。 NIKE、Google、資生堂等の倧型むベントや銀座100呚幎等の文化プロゞェクトを䌁画挔出。 ゚ッセむは基本週3回曎新。 asakawa@rightplace.tokyo

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