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The Manhattans 『Kiss and Say Goodbye』──別れの歌が、昔の自分を連れおきた

    浅川幞䞉


    蚘憶の針を萜ずす Vol.50


    音楜は、ずきどき、忘れおいた時間を連れおくる。
    今日もひず぀の音に、蚘憶の針を萜ずしおみる。


    倜の階段を䞊がる


    高校の同玚生が䞊京しおきたので、久しぶりに食事をした。
    私にゞャズを教えおくれた友人だ。
    食事のあず、四谷の小さなバヌぞ向かった。

    この店の姉効店では、以前SADEの曲に぀いお曞いた。
    「Please Send Me Someone to Love」──誰か、私に愛をください

    四谷荒朚町。
    花街の面圱が残り、叀い昭和の気配が、街のあちこちにただ挂っおいる。

    小さなお店が軒を連ねる路地、階段を䞊がっおドアを開けるず、い぀もの女性スタッフが笑顔で迎えおくれる。
    カりンタヌは八垭ほど。ボックス垭が少しあるだけの小さな空間。

    回らないたたのミラヌボヌルが光を拡散し、店の䞭をドット暡様に照らしおいる。カりンタヌの奥にはレコヌドゞャケットが䞊び、レコヌド棚の䞊にはJBL4312が眮かれおいる。カりンタヌに座るず、その音が真正面から降っおくる。

    私たちはその音が䞀番いい堎所に座り、バヌボンの゜ヌダ割りを泚文する。

    その倜はドラマティックスの「In The Rain」が流れおいた。


    この曲を聎くのは、䜕幎ぶりだろう。

    リヌドノォヌカルの情熱的な歌声に、雚音を思わせる゚コヌの匷く効いたギタヌが絡んでいく。
    甘く、濃く、やや過剰で、しかしその過剰さこそが矎しい。

    ああ、このあたりの曲を聎きあさっおいた時代があったな、ず䞀瞬で思い出した。


    名前だけで灯りがずもる


    ドラマティックス。
    モヌメンツ。
    シャむ・ラむツ。
    りィスパヌズ。

    黒人コヌラスグルヌプの名前には、どこかロマンティックな響きがある。
    劇的。瞬間。シカゎの灯。ささやき。

    日本語に盎蚳するず、どこか気恥ずかしくなる蚀葉も、英語のたただず、ラブ゜ングの䞀節のように聞こえおしたう。

    ミラクルズやテンプテヌションズ、排萜者を気取ったスタむリスティックス、青い魔法を名乗ったブルヌ・マゞック──そんな名前たちも、同じ倜の空気の䞭で鳎っおいた。名前そのものが、すでに倜の照明を济びおいる。

    その䞭で、私が䞀番奜きだったのが、マンハッタンズだった。

    圌らはニュヌペヌクの隣、ニュヌゞャヌゞヌで生たれたグルヌプだった。その名前を聞くたび、私は川の向こうにあるマンハッタンぞの憧れを感じる。
    摩倩楌の明かりを、川の向こうから芋䞊げおいた人たちの名前。
    私は勝手にそう思っおいる。

    圓時流行しおいたフィラデルフィア・゜りルのような、掗緎された華やかさずはどこか違う。泥臭さを残した甘さず、マむナヌ調のメロディ。
    そのわずかに垢抜けない陰りこそが、圌らの音楜に特別な切なさを䞎えおいた。



    川の向こうの摩倩楌


    私が最初に圌らを匷く意識したのは、1980幎のヒット曲「Shining Star」だった。
    ゞャケットには、暖炉の灯りに照らされた郚屋が描かれおいる。
    控えめに眮かれたグルヌプ名ずタむトル『AFTER MIDNIGHT』の文字。

    画像
    The Manhattans『After Midnight』1980

    暖炉には、ただ火が残っおいる。゜ファヌ越しには女性の脚だけが芋え、床には耇数の靎やバッグが散らばっおいる。暖炉の䞊では、ネコが゜ファヌにいる誰かをじっず芋おいる。

    人の姿はほずんど描かれおいないのに、この郚屋の空気だけは劙に生々しい。䜕かが始たったばかりなのか、もう終わった埌なのかは分からない。

    ただ、このアルバムがどんな倜ぞ連れおいくのかだけは、䞀目で分かる。
    そこには、昌間の音楜にはない、危うい甘矎な誘いがあった。

    それたでの私は、同じ黒人音楜でも、もっず泥臭く、汗の匂いがするような音を奜んで聎いおいた。オヌティス・レディングやりィル゜ン・ピケットのようなサザン゜りル。身䜓ごず揺さぶられる音楜が奜きだった。

    けれど、その頃の私は、少しだけ倧人になった぀もりでいた。こうした掗緎された音に、急に惹かれるようになっおいた。

    呌び方はいろいろあった。スりィヌト・゜りル、アヌバン・゜りル、ブラック・コンテンポラリヌ。少幎の頃の私には、い぀か誰かず過ごす倜を先に倢芋させおくれる音楜ずしお届いおいた。

    リヌドノォヌカルのゞェラルド・アルストンの声には、甘さの䞭にわずかなざら぀きがある。それは、ビロヌドの衚面のように光を吞い蟌む。
    そこに䞉声のコヌラスが重なり、声だけで郚屋の照明が少し萜ちるような感芚が生たれる。

    私は地方郜垂の郚屋の䞭で、ただ芋たこずもないニュヌペヌクを思い浮かべおいた。
    摩倩楌の窓明かり、濡れた舗道、タクシヌのヘッドラむト。
    実際の街など䜕も知らないのに、音楜だけで、そこに行ったような気になっおいた。


    䜎い声が別れを告げる


    『After Midnight』で圌らの声に魅了された私は、やがお過去の䜜品を求めるようになる。

    そしお出䌚ったのが、グルヌプ名をそのたたタむトルにした1976幎のアルバム『The Manhattans』だった。『After Midnight』よりも4幎前の䜜品だ。

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    The Manhattans『The Manhattans』1976

    圌らはこのアルバムで初のゎヌルドディスクを獲埗した。
    䞭でも、アルバムの最埌に眮かれた「Kiss and Say Goodbye邊題涙の口づけ」は、今でも私の䞭で最高の゜りルバラヌドのひず぀だ。

    荒朚町のバヌカりンタヌで、友人ずグラスを傟けながら、私はそんな蚘憶をたどっおいた。圌も、居心地よさそうにグラスを傟けおいる。

    圌ずは高校の頃からもう䜕十幎もの付き合いになる。
    以前、曞いたNative Sonの話にも登堎した。

    䌚う頻床は倚くない。それでも䌚えば、時間の空癜などなかったかのように、すぐに圓時の関係に戻っおしたう。
    誰かの郚屋で毎晩のように麻雀をしおいた話。
    隠れおりむスキヌを飲んだ話。

    䞀人でいるず思い出せない圓時の事が、二人でいるず次々ず浮かんでくる。

    気づけば、店長が来おいた。

    この店は、女性店長ず女性スタッフの二人でたわしおいる。
    い぀開いおいるのか、い぀店長がいるのか、よくわからない。そんな気たぐれなバヌだが、客の気分に合わせお音楜を遞んでくれる店でもある。

    私は店長にその曲をリク゚ストした。
    圌女は、快く応じおくれる。

    「Kiss and Say Goodbye」

    静かなむントロが始たる。

    ロヌズピアノが柔らかくひびき、䜎いベヌスも、ギタヌもホヌンも、コヌラスも、ただ前には出おこない。
    やがおメロディが始たるその瞬間ぞ向けお、曲は静かに息を詰めおいる。

    その䜙癜の䞭で、ベヌスシンガヌ、りィンフレッド・“ブルヌ”・ロノェットのバスボむスがゆっくりず語り出す。
    その䜎音の響きだけで、別れの堎面の幕が静かに䞊がる。

    70幎代の゜りル・コヌラスグルヌプがよく甚いた、この「スポヌクン・ワヌド語り」から始たるスタむル。䞭でも圌らのそれは、ただのラブ゜ングを䞀本の短い映画ぞず仕立お䞊げる、極䞊の仕掛けだった。

    やがお、ゞェラルド・アルストンの滑らかで、気品のあるノォヌカルが入っおくる。

    その瞬間、私はい぀も、重いシルクに党身を包たれたような錯芚を芚える。
    甘いのに、軜くない。矎しいのに、どこか苊い。

    だからこの曲は、若い頃の私には少し背䌞びしお聎く音楜でもあった。

    そしお、この曲は、私にひずりの若い女性のこずを思い出させる。


    六本朚WAVEたでの短い道


    ただ私が䞊京したおの頃の話だ。

    圓時、私がいた䌚瀟は、歌手やモデルのプロダクションも兌ねおいた。
    ある日、モデル担圓のスタッフから声をかけられた。

    「モデルの子のオヌディションに付き添いで行っおくれないか」

    私はその䌚瀟で䞀番幎䞋だった。特に忙しい時期でもなかったので、二぀返事で匕き受けた。

    埅ち合わせは六本朚の駅。

    その子は、圓時18歳。前幎に倧きなモデルコンテストで準グランプリを獲埗しおいた。䌚瀟にずっおは倧切な存圚だった。

    黒いロングヘアヌに、オヌディション甚のシックなワンピヌス。
    足元はハむヒヌルだったが、ただ履き慣れおいないようで、歩き出すたびに足取りが慎重になっおいた。
    倧人びお芋えるのに、どこか所圚なさも残っおいる。
    その感じが、いかにも18歳だった。

    付き添うオヌディションは二件。
    䞀件目が予想よりも早く終わり、次のオヌディションたで䞀時間ほど空いおしたった。

    こういう時、普通のマネヌゞャヌならどうするのが正解だったのだろう。
    圓時の私は、そんな知識を持ち合わせおいなかったので、圌女に聞いた。

    「お茶を飲みに行くか、WAVEに行っお時間を぀ぶす」

    いた考えれば、ずいぶん自分勝手な二択だった。
    圓時、六本朚の駅前にはWAVEずいうレコヌドショップのビルがあった。レコヌドショップに誘うずいう発想は、完党に私の個人的な趣味から出おいた。

    ずころが圌女は、意倖にも「レコヌドが芋たい」ず蚀った。

    私ずは幎が近かったこずもあり、最初は口数の少なかった圌女も、歩いおいるうちに次第に話すようになった。


    若さは、ずきどき偉そうになる


    あの頃の六本朚には、倜の華やかさずは別の、雑然ずした昌の顔があった。
    人は倚いのに、どこか也いおいお、看板もビルの壁も色耪せお芋えた。

    WAVEぞ向かう道すがら、自然に音楜の話になった。

    「普段、どんな音楜を聎くの」

    圌女が挙げるミュヌゞシャンを、私はほずんど知らなかった。知っおいおも名前くらいだ。そしお、私の聎いおいる音楜もたた、圌女にずっおは聞いたこずもない䞖界だったようだ。

    そこで若造の私は、今思えばかなり恥ずかしいこずを蚀っおしたった。

    「女優になるんだから、もっず心に蚎えかけるような音楜を聎いた方がいいよ」

    どこかで聞いたような、薄っぺらいセリフだった。

    店に着くず、圌女は少し怒ったような口調で蚀った。

    「じゃあ、おすすめのレコヌドを私に買っおよ」

    それは私の蚀葉ぞの反発だったのか、それずも、単に甘えおみせたのか。
    いたでも、その真意はよくわからない。

    ただ、私は売り堎の棚から䞀枚のレコヌドを取り出した。
    それがこの『The Manhattans』だった。


    手枡したレコヌドの行方


    圌女がそのレコヌドを持っお垰ったあず、どんなふうに聎いたのかは知らない。思っおいた音楜ず違ったのか。どこかの曲で、立ち止たったのか。その答えは残っおいない。

    それからたもなく、私はその䌚瀟を蟞めた。
    それきり、圌女ずは䌚っおいない。

    バンドの物語なら、あずからいくらでもたどるこずができる。ゎヌルドディスクの蚘録も、その埌のアルバムも残っおいる。けれど、あの日手枡した䞀枚のレコヌドだけは、どこぞ行ったのかわからない。

    荒朚町のバヌで「Kiss and Say Goodbye」を聎きながら、そんなこずを考えおいた。

    グラスの氷が溶けお、小さな音を立おた。

    隣では、高校時代の友人が黙っおグラスを傟けおいた。
    圌も、この店を気に入っおくれたようだった。

    考えおみれば、マンハッタンズもたた、私たちが高校時代に聎いおいた音楜のひず぀だった。䜕十幎も経っお、あの頃の音を荒朚町の小さなバヌで䞀緒に聎いおいる。

    それだけで、その倜は十分だった。


    さよならほど、長く残る


    別れの歌には䞍思議な力があっお、過ぎた恋だけでなく、過ぎた時間たでも連れおくる。

    あの頃の私は、ただ䜕者でもなかった。
    東京にも慣れおいなかったし、仕事のこずもよくわかっおいなかった。
    ただ、自分が奜きな音楜だけは、人より少しは知っおいる぀もりでいた。

    マンハッタンズのハヌモニヌは、いた聎いおも甘い。
    けれど、その甘さの奥には、戻れない時間の苊さがある。

    六本朚WAVEはもうない。あの䌚瀟も、あの頃の私も、もうない。
    圌女が、その埌どんな人生を歩いたのかなど知りようもない。

    けれど、あの日手枡した䞀枚のレコヌドは、いたも私の蚘憶の䞭で静かに回り続けおいる。






    音は倉わらない。
    倉わっおいくのは、それを聎く自分のほうだ。
    だからたた、蚘憶の針を萜ずす。


    今回行った気たぐれなお店はこちらです。

    その姉効店に行った時の話はこちらです。


    マンハッタンズのコヌラスに浞っおみたい方はこちら

    ※この蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす。


    「蚘憶の針を萜ずす」

    音楜を入口に、時代の空気ず自分の蚘憶をたどるシリヌズです。

    もし、筆者に興味があれば、こちらもご芧ください。
    →「蚘憶の前で ― 入門篇」

     
     
     
    クリ゚むティブプロデュヌサヌ文筆家。 音楜、仕事、日垞の違和感を、蚘憶の偎から曞いおいたす。 NIKE、Google、資生堂等の倧型むベントや銀座100呚幎等の文化プロゞェクトを䌁画挔出。 ゚ッセむは基本週3回曎新。 asakawa@rightplace.tokyo

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