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Photo bytakumienterprise

三冊の日記

    #創作大賞2025
    #エッセイ部門

    手元に三冊の日記がある。亡き父が残したものだ。
    まだ小学生だった頃の正月、父と近所の書店に行った。
    僕が選んだ本と一緒に、父は一冊の日記帳を買った。
    店を出ると父は言った。
    「俺が死んだら読め。親父がどんなことを感じながら生きていたかわかるから」
    前年、喘息発作で危篤状態になったこともあり、長く生きられないという覚悟からの言葉だったのだろう。
    僕はまだ死の意味が理解できる年ではなかったから、その言葉だけが心の中に残った。その年から3年間、父は日記をつけていた。

    僕にとって自慢の父親だった。Tシャツにジャケット、腹など出ていない。
    ジーンズにスニーカー、キャップにサングラス。
    いいものを着ているわけではないが、着こなしの上手な人だった。
    250ccのバイクに乗り、若い人とも対等に話す。
    小学生の僕に麻雀や競馬、女性の扱い方を教える。
    キャッチボールでは息子にキャッチャーをやらせ本気で投げ、腕相撲では僕に両手を使わせ、笑顔でひっくり返す。
    なにをやっても父は真剣に僕を受け止め、跳ね返してきた。

    そんな父の死はあっけなかった。
    深夜に帰ってきた僕を待つように病院へ行き、意識不明になって20日後、「きりがいいから」という口癖の通り50歳で、僕の22歳最後の日に逝った。
    日記のことは覚えていたがしばらく読む気にならず、父の作った小さな本箱に置かれたままになっていた。

    読んだのは、父の死後5年ぐらいたった頃だろうか。
    そこに書かれていたのは、僕の知っている父ではなかった。
    後悔と愚痴、生きている時はけして言葉にしなかった弱音。
    いつ来るかわからない発作への恐怖、苦しい思いをするなら死んでしまいたいという思いと、子供の成長を見るために生きていたいという矛盾。
    自分の人生ほどつまらなく、くだらないものはないということ。
    そして一番多く書かれていたのが、期待に応えてくれない息子、僕に対しての言葉だった。
    勉強しないこと、辛いことから逃げてばかりいること。
    それは自分に似ているからで諦めるしかない、でも出来れば自分のような人生を送ってほしくはない。
    好きなことを見つけ、その道を迷わず進んでほしい。
    成功しろとは言わない。
    ただ父の死を言い訳にするような人生を送らないでほしい。

    ごめんなさい。
    今も期待に応えられず、埋もれた息子はそうつぶやくしかなかった。
    でも僕はあなたの人生がくだらないとは思わない。

    ICUで意識不明のあなたに「一言でいいから話をさせろ」と、医者に食って掛かかり、それが無理だとわかると土下座をして頼んだ人がいたこと。
    いつも冗談ばかり言ってた人が、病室のあなたを見つめ黙って流し続けた涙。
    葬式の時、40歳を越えたごつい大人の男が、人目を気にせず号泣していた姿。
    火葬されるところを見たくないと、ひとりで飲み屋街へ消えていった人がいたこと。

    くだらない人生に、こういうエピソードはないでしょう。
    あなたはつまらないと思っていたかもしれない。
    男として思い描いていた人生は送れなかったかもしれない。
    でもいい父親だった、友に優しかった。
    それが人としてもっとも価値のあることではないですか?

    父は息子に越えて行けと願う。けれど息子は抜いたと思うことは一生ない。

    永遠に変わらない姿で、越えて行けと僕に背中を見せている。

    父との思い出エッセイ集【物語的起承転結版・最新版】

    以上のリンク。

    他のエッセイは、

    紘野涼のフリーハンド紹介 

    はこちらにあります。

     
     
    観察型コラムニスト/エッセイスト| 試合と日常の「流れ」を書く 「スワローズ観察日記R」 「紘野涼のフリーハンド」

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