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ベースライン~65歳。だいたい最高|Vol.005(26/02/16)

    私の趣味は万年筆のコレクションと、
    万年筆を使って行う、書禅。

    紙にもこだわる。

    トモエリバーという、
    薄くて、
    にじまず、
    インクの発色と陰影が美しく出る紙。
    A5の5ミリ方眼ノート。

    そこに、漢字一文字
    「常」だけを、ひたすら書き続ける。

    1ページに448文字。
    156ページで69,888文字。
    それをもう10冊以上。

    誰に見せるわけでもない。
    売れるわけでもない。
    ただ、書く。

    現代の主役はボールペンだ。
    速くて、軽くて、失敗がない。

    万年筆は、
    もはや贈答品か、
    趣味人の道具だろう。

    だが、万年筆には「間」がある。

    ペン先が紙に触れた瞬間、
    インクがじわりと広がり、
    わずかに沈黙が生まれる。

    急げばかすれる。
    力めば滲む。
    焦れば乱れる。

    だから、呼吸が整う。

    「常」と書くたびに、
    常ならざる、
    自分の揺れが浮かび上がる。

    同じ字のはずなのに、
    今日の「常」は昨日と違う。
    心の波が、そのまま線に出る。

    ボールペンは正確だ。
    だが、万年筆は正直だ。

    隠せない。
    誤魔化せない。
    その日の自分が、全部出る。

    10冊を超えたノートの山は、
    時間の堆積だ。

    万年筆は、王様の座を失ったかもしれない。

    だが、静かに、王様の仕事をしている。

    速さではなく、
    効率でもなく、
    「常」を問い続けるという仕事を。

    今日もまた、
    トモエリバーの上に、
    一文字だけを置く。

    変わり続ける世界の中で、
    変わらないものを探すために。


     
     
    数年後にはデビューして半世紀になる。 続けてきたわけじゃない。 続いてしまったのだ、 というほうが近い。 やめる理由を探すより早く、 次の音が鳴ってしまう夜が、 四十六年分あった。 ここまで歩いてきて、 ようやく 「ここから先は、静かに書きたい」 と思える場所に辿り着いた。