メインコンテンツへスキップ
見出し画像

遊びは、いつ仕事になったのか 第十八回

    第十八回 芦ノ湖まで

    プライバシーなどなかった

    東京での暮らしは、同年代が、一人もいなかった。

    日々は、仕事と、寝ることの、繰り返し。住まいは、従業員が更衣室代わりに使っているマンションで、私は先輩二人と、そこに寝起きしていた。だから、朝になると、そこへ従業員たちが出勤してくる。

    女性の従業員が、三名。毎日、私の眠る部屋に、二十代の女性たちが、やってくるのだ。プライバシーなど、あったものではない。谷前さん、作間さん、そして、瑠璃さん。逃げ場のない近さのなかで、私たちは、毎日、顔を合わせていた。


    全肯定してくれる他人

    十九歳の私にとって、二十代半ばの瑠璃さんは、本来なら、恋愛の対象ですらなかったはずだ。

    けれど、本当にひょんなことから、人と人との繋がりというのは、できてしまう。若い男女なら、あり得る話なのだと、私は身をもって知った。何があったのかを、ここに書くつもりはない。それは、私だけの、ささやかな思い出だ。人に見せて回るようなものではない。

    ただ、ひとつだけ、書いておきたいことがある。

    同年代もいない。友達もいない。相談できる相手も、そばに一人もいない。仕事と睡眠だけで回る、究極に孤立した状況に置かれた若造が、生まれて初めて、自分を、絶対的に、全肯定してくれる他人に出会った。そのとき、心を持っていかれないなんてことは、あり得ない。渇ききった人間の前に、水が差し出されたら、飲むしかないのだ。それは、恋愛と呼ぶより前の、もっと切実な何かだった。


    削れかすが燃える

    瑠璃さんには、彼氏がいた。ただ、その頃、うまくいっていなかったらしい。

    いま思えば、私は、遊ばれていたのかもしれない。それでも、よかったのだ。一度知ってしまった、他の誰かが、自分の全てを受け入れ、認めてくれるという感覚。あれを知る前と後とでは、世界の色が、まるで違っていた。

    そして、その関係が、世間の倫理から外れているほど、辛さは深くなる。後ろめたさと、切なさと、離れがたさが、いちどきに押し寄せる。辛い気持ちが、心を内側から抉り、その削れかすが、勝手に燃えあがるのだ。そんな関係が、長く続くはずもなかった。私たちは、お互いに、忘れることにした。

    夏風邪を引いたような、と言えばいいだろうか。季節外れで、間の悪い、それでいて高い熱に浮かされる。そういう、辛くて、刹那的な、青春の記憶だ。


    芦ノ湖まで

    だから私は、四百ccのバイクを買った。

    休みの日には、まだ暗いうちに、寮を出た。目白の街がまだ眠っている時間に、私はバイクにまたがり、芦ノ湖まで、ただひたすら、ぶっ飛ばした。

    冬に差し掛かる頃で、とにかく寒かった。走っていると、その冷たさが、だんだんと身体の感覚を奪っていく。指も、頬も、感覚が薄れていく。いま思えば、あの凍える冷たさが、かえって、私のなかの生への執着を、無理やり呼び覚まそうとしていたのかもしれない。

    芦ノ湖に着くと、私は、バイクのエンジンに、グローブごと手を当てた。じん、と伝わってくる、その暖かさを、ただ感じていた。景色が見たくて、走ってきたわけではなかったと思う。湖など、ろくに見ていない。私はただ、凍えた手を、機械の熱にかざして、その温もりだけを、確かめていた。


    壊れる寸前

    そのころ、私が相談できる友達は、京都にしかいなかった。

    周りにいるのは、年上で、敬語で話す相手ばかり。県外に電話をかければ、十円玉が、湯水のように消えていく。溜まっていく鬱憤を、吐き出す先が、どこにもなかった。

    三河社長は、相変わらず、厳しく私を指導していた。あるとき、ぽつりと言われた。おい、仕事中に、そんなことしてるんじゃねえだろうな。それだけだった。豪放磊落に見えて、この人は、恐ろしく繊細な人だ。私の様子から、何かを察していたのだと思う。それでも、それ以上は、一歩も踏み込んでこなかった。あの、材料庫の反射から私のごまかしまで見抜く目が、私の異変に気づかぬはずがない。何もかも承知のうえで、あえて黙っていたのだ。いま思えば、あの一言が、私に、あの関係をやめさせる理由の、ひとつになったのかもしれない。

    私生活では、心をズタボロにして。仕事では、あの強烈な環境に置かれて。私は、自分でも気づかぬうちに、壊れる寸前まで、自分を追い込んでいた。

    けれど、当時の私は、そんなことは、何ひとつ分かっていなかった。なぜバイクを買ったのか。なぜ、凍える闇のなかを、芦ノ湖まで走ったのか。理由など、考えて動いていたわけではない。ただ、行き当たりばったりで、その日その日を、やり過ごしていただけだ。むしろ私は、そんな自分を、情けないと、卑下してすらいた。

    ——だから走っていたのか。

    正直に言えば、そのことに気づいたのは、たったいま、この一文を書き出した、この瞬間である。三十年以上ものあいだ、意味も分からずに抱えてきたあの寒さが、あのエンジンの熱が、いまになって、ようやく腑に落ちた。あれは、傷ついて凍えた心が、生きている自分を、必死に確かめようとしていた時間だったのだ。

    当時の私は、ただ、辛かった。それしか、分からなかった。


    (第十九回へ続く)


     
     
    続ける人の読書室、ケイです。 中小企業や個人事業の 「創業」よりも「継続」を取材して 物語を書いています。 派手な成功談も、 役に立つノウハウもありません。 それでも続けてきた人へ。 有料マガジン「マンスリーベストワン」毎月更新中 企業の創業ストーリー執筆も承ります DM歓迎

    あなたへのおすすめ