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遊びは、いつ仕事になったのか 第十六回

    第十六回 センスとは、量だ

    絵を描け

    あるとき、三河社長から、絵を描くように言われた。

    菓子を作るには、色味やセンスが要る。社長は、そう考えていたのだと思う。あの恐ろしい職人の口から「絵を描け」という言葉が出てきたのは、少し意外だった。ともあれ、言われたからには、やる。私は休日になると、よく絵を描くようになった。

    描いたのは、自分の手や、マンションから見える景色だ。普段の暮らしのなかで、絵を描こうなどとは、まるで思わない私が、言われるままに、鉛筆を動かしていた。


    東京には山がない

    その、絵を描こうと窓の外を眺めていたときに、ふと、あることに気づいた。

    東京には、山がない。

    目白は高台で、晴れた日には、マンションから富士山が見えるほどだった。逆に言えば、視界を遮る山が、近くにひとつもない。そのことに気づいた瞬間、私は、なんとも落ち着かない気持ちになった。

    考えてみれば、私はずっと、三方を山に囲まれた土地で育ってきた。西院の家から、西大路通を北に見れば、大文字山がある。四条通を西に見やれば、愛宕山がある。その向こうは、峠を越えなければ、人も住んでいない。きっちりとした境界の内側に、自分がいる。その感覚が、無意識のどこかに、ずっと潜んでいたのだ。

    守られている、という感覚、と言えばいいだろうか。京都の鬼門には、比叡山がどっしりと構えている。実家の角の家も、鬼門にあたる部分が斜めに切り落とされ、そこに神棚が置かれていた。信じているとか、信じていないとか、そういう話ではない。ただ、境界に守られているという、その安心感が、身体に染みついていた。

    東京には、それがなかった。どこまでも遮るもののない空の下で、私は、自分がむき出しの異郷に立っていることを、じわじわと感じていた。漠然とした不安。絵を描くという慣れないことが、はからずも、私に、自分が故郷から遠く離れていることを教えていた。


    言われて描いても、分からなかった

    もっとも、絵のほうは、長くは続かなかった。

    言われるままに描いてはみたものの、何が良くて、何が悪いのか、私には、まるで分からなかった。上手いのか下手なのか、どう直せばいいのか、手がかりひとつ掴めない。分からないまま描くのは、ただ苦しいだけだ。結局、私は、絵をやめてしまった。

    社長が、なぜ絵を描けと言ったのか。その真意も掴めないまま、私は、言われたことの表面だけをなぞって、放り出した。当時は、それだけのことだった。ただ、あの人が口にした「センス」という言葉の、本当の意味。それにたどり着くには、このあと、ずいぶんな遠回りが必要になる。当時の私は、まだそのことを知らない。


    センスとは、量だ

    あれから、ずいぶんな時が経った。

    子供に手がかからなくなった頃、私は、家の近所のバーに、よく行くようになった。あるとき、ウイスキーを飲んでみたくなった。店の壁一面に、ずらりとウイスキーが並んでいる。マスターに、どれがおすすめかと聞いても、好みはどうですか、と返される。だが、一種類飲んだだけでは、旨いのか不味いのかすら、分からない。

    そこで私は、店にあるウイスキーを、右から順に、片端から飲んでいくことにした。数ヶ月かけて、ひととおり飲んだ。すると、どうだろう。これは旨い、と思えるものが、数本、はっきりと分かるようになっていた。

    ワインも、同じだった。あるワインバーを紹介されて行ってみたが、最初は、良し悪しも、どう旨いのかも、さっぱり分からない。その店では、月に一度、休みの日にワインのセミナーが開かれていた。私はそこに通い、数年がかりで、いろいろなワインを飲んだ。そうしてようやく、自分の好みが、くっきりと分かるようになった。

    この経験から、私は、ひとつの考えに行き着いた。センスとは、量だ。いや、量を体験しないことには、生まれっこない感覚なのではないか、と。

    自分のなかに基準を持って、物の良し悪しを見分けるには、良いものも、悪いものも、そこそこのものも、とにかく大量に浴びるしかない。その積み重ねのなかで初めて、優劣がつけられ、良い組み合わせが見えてくる。チョコレートも、アイスも、焼き菓子も、きっと同じだ。数えきれないほど見て、食べて、組み合わせて、初めて、自分の基準ができていく。

    そこまで考えて、私は、あの三河社長のことを思い出した。

    社長は「絵を描け」と言った。けれど、社長自身が絵を描いているところを、私は一度も見たことがない。そのかわり、社長には、画家の友人がいた。よく一緒に、食事をしていた。

    ああ、そういうことだったのか、と、いまになって思う。社長が本当に伝えたかったのは、絵を描く技術ではなかったのかもしれない。良いものに触れつづけろ、量を浴びろ、そうやって自分の目を作れ——そういうことだったのではないか。当時の私は、「絵を描く」という表面だけをなぞって、その奥にあるものを、まるで掴めずにやめてしまった。

    段取りが九割、という仕事の背骨も。若い者に旨いものを食わせる、という遊びの流儀も。そして、量が目を作る、というこの一事も。あの恐ろしい師匠が私に手渡そうとしていたものの大きさに、私は、何十年もかけて、少しずつ気づいていくことになる。


    (第十七回へ続く)


     
     
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