
【創作短篇】立つ鳥跡を濁さず
彼は、自分の家を持っていた。
極めて一般的な、一軒家である。
彼には、妻と3人の子がいた。
仲睦まじい家族であった。
彼はある日、転勤を言い渡された。
「岡山に行くことになってしまったよ」
「岡山?けっこう遠いね…」
「一人で行ってくるよ」
「そう…」
子供たちのこともあり、妻は単身赴任させる気満々だった。しかし、子供たちはまったくそうは思っていなかった。
「パパと一緒がいい!」
「みんなで岡山に行く!」
「ママも一緒に行こ!」
「そうね…」
夫婦は考えあぐねていた。
岡山での初出勤まで1週間。ここは仙台。さあどうする。
何も決まらないまま、時間は刻一刻と過ぎていった
5日後、彼は言った。
「みんなで行こう」
「ほんとに?この家はどうするの?」
「売るかどうにかする。持ちっぱなしにはしない」
「向こうではどこに住むの?」
「とりあえず俺が借りたアパートかな」
「狭いじゃん」
「そんなこと言ったって。子供たちが行きたいって言うんだから仕方ないだろ」
「引っ越しの費用はどうするのよ」
「どうにかするよ」
「どうにかって、いまのうちの経済状況わかってんの?」
「わかってるよ、そのくらい」
「ほんとにわかってんのかね。まあいいよ、引っ越す準備するから」
「みんなで岡山行こう!」
「やったー!」
「桃太郎いるかな!」
「楽しみ!お友達たくさん作るんだ!!」
「準備で大変だよ、ほら荷物まとめて」
彼だけ先に向かうことになった。当然と言えば当然である。初出勤を延期するわけにはいかない。
1月11日、彼が発つ前夜。彼は、朝4時には出てしまう。
しばらく妻子の顔は見られなくなる。みんなでちょっとした夕食会をし、話したりゲームをしたりした。そして、みんな床についた。
1月12日朝3時に彼は起きた。妻子はもちろんまだ寝ている。
彼はスーツに着替え、その上からコートを着、たくさんの荷物を持って外に出た。
「行ってきます」
彼は、家に火をつけた。