
藍だけが、日本を覚えていた|第12話 途切れた藍の線
深い藍の山並みは、
ゆっくりと輪郭をほどき、
やがて鈍色の街へ溶けていった。
白鼠のビル。
鉛色の道路。
赤と青だけを繰り返す信号。
窓の外は、
色を忘れてしまったようだった。
行き交う人々は、
足音だけを残して過ぎていく。
誰も風を見ていない。
誰も空を見上げない。
家賀とは、
違う時間が流れていた。
蒼はそっと窓に映る自分を見つめる。
あの夜見上げた星空は、
もう見えない。
鳥の声も。
藍の匂いも。
風に揺れる木々の音も。
——全部、
家賀に置いてきたはずだった。
でも、
スマホだけは静かに震えた。
蒼が画面を開くと、
真っ白。
「あれ、電波かな。」
画面を指でなぞる。
何も現れない。
その夜、
家賀から持ち帰った古いノートを開いた。
表紙は藍色だった。
角は丸く擦れ、
何度も開かれた跡がある。
祖母の藍染の記録だと思っていた。
けれど、
ページをめくるたび現れたのは、
丁寧に描かれた植物だった。
山菜。
薬草。
野の花。
名前の横には、
「腹が痛い時」
「熱が出た時」
「味噌に入れる」
「藍を干す朝によく咲く」
「山へ入る前にひとつ摘む」
と、小さな字で書かれていた。
全部、手描き。
どのページにも、
「採る」ではなく、
「いただく」と書かれていた。
最後のページだけ、
真っ白。
そこに一枚、
藍の押し花が挟まっている。
蒼が触れようとした瞬間、
スマホが震える。
途切れていた藍色の線が、
ゆっくりと浮かび上がる。
まるで、
誰かが土の上を歩いた跡のように。
蒼は画面を見つめた。
「……この線は、何だろう。」
ずっと昔から、
誰にも気づかれずに残っていた道のようだった。
そのときだった。
窓の外で、
一陣の風が木々を揺らした。
ほんの一瞬。
藍の匂いがした気がした。
蒼は、
思わず窓の外を見た。
《探索を開始しました》
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