第4号|ADHDと分かって、人生の見え方が少し変わった
こんにちは。こぐまです🧸
ある日、突然、会社の先輩に言われました。
「こぐまさんって、トットちゃんみたいだよね」
長女、うつ病を経て、次なる生きづらさの根っこ。
今回は、わたしがADHDと診断されたお話です。
1. 「なんでわたしはこんなにできないんだろう」
前回の第3号で、わたしの仕事ぶりの話をしました。
仕事ができない。
エラーや失敗ばかり。
わたしが5回やってダメなところを、要領のいい同僚がやると1発で通る。
ちなみに、家事も整理整頓も苦手。
部屋はなんだかいつも汚い。
仕事は何とか遅刻せずに行けていましたが、友達との約束となると気が緩んで遅刻する。
夏休みの宿題は後半に一気にやるタイプ。
当たり前のように、テストも受験も直前で一気に勉強しました。
学生の頃は、それでも何とかなっていました。
でも社会人ともなると、自己責任。
「なんでわたしはこんなにできないんだろう」
ずっとずっと悩んでいました。
2. 気づけば、お金までうまく扱えなくなっていた
そして、うつ病になってからの話。
第3号では書きませんでしたが、わたしはお金の使い方もおかしくなりました。
うつ病になる前は、それなりに計画的にお金を使えていました。
貯金だってできていました。
それが、うつ病になってから、できなくなりました。
実家暮らしですし、大きなものをドカンと買うわけではありません。
少額、少額がどんどん積み重なっていきました。
主に推し活だったり、大好きなぬいぐるみだったり。
「我慢できないけど、少額だし」
そうやって、どんどん使ってしまう。
カードは、いつの間にかリボ払いへ。
カードのキャッシングも使う。
そして、いつの間にか消費者金融にも手を出しました。
お金を借りることへの抵抗感も、最初だけでした。
転げ落ちたら、一瞬でした。
そう。
わたしは、いつの間にか借金を抱えていました。
「完全に自分の頭がおかしくなったんだ」
当時は、本気でそう思っていました。
気がつけば、借金は3桁万円。
どうにかしようと思って、自己破産も考えました。
でも、家族に知られる可能性があることが気になり、わたしは任意整理の道を選びました。
そんなあるとき、わたしは交通事故に遭いました。
詳細は伏せますが、それなりの規模の事故でした。
今は精神以外はピンピン元気ですが、当時は死んでもおかしくなかったような状況で、結果的に慰謝料を受け取ることになりました。
その慰謝料で、任意整理のお金を全額返すことができました。
それでもお金は残りました。
「このお金は貯金として、絶対に手をつけないぞ!」
そう決めていました。
決めていたんです。
この記事を読んでいる画面の前のあなたなら、もうことの顛末は想像がつくはず。
そう。
使い切ってしまったのです。
いつの間にか。
さすがに絶望しました。
会社は副業がOKだったので、アルバイトをしてなんとか取り返そうとしました。
が。
あればあるほど使ってしまう。
なんなら、足りないくらい。
さすがに、自分の頭がおかしくなったんだと思っていました。
3. 「もしかして、発達障害なのでは?」
この頃には、もううつ病の診断はついていて、服薬しながら生活していました。
うつ病について。
精神疾患について。
当時、いろいろ調べました。
うつ病。
摂食障害。
躁うつ病。
パーソナリティ障害。
発達障害。
全部、一度は「自分がそうなんじゃないか」と疑いました。
摂食障害については、相談したことはありませんが、当時の自分の状態を振り返ると、思い当たるところもあります。
その中にあった「発達障害」。
ADHD。
ASD。
なんだか、特徴が自分に似ている気がしました。
でも、当時は今以上に発達障害への偏見が強かったように思います。
自分が発達障害であるとは、思いたくありませんでした。
何せ、中学生くらいまでは成績も良く、いわゆる優等生でした。
高校と大学は、自分の分相応ではないところを選んでしまって落ちこぼれだったけど、それでも友達はいたし、孤立もしていない。
「変だ」と言われたこともない。
だから、
「わたしは違う」
そう自分に言い聞かせていました。
でも。
ずっと心のどこかで、うっすら疑ってはいたのです。
4. 「こぐまさんって、トットちゃんみたいだよね」
そして、話は冒頭に戻ります。
職場の先輩から、ある日突然言われた言葉。
「こぐまさんって、トットちゃんに似てるよね」
その言葉は、人生で指折りに入るほど衝撃の一言でした。
先輩の名誉のために言いますが、決してマイナスの意味で言われたわけではありません。
その先輩は、「人と同じじゃない方が面白い」と思ってくれているタイプ。
割と何でも言い合える仲だったので、友好的な意味で言ってくれていました。
わたしのオタクな感性も、
「5歳児みたいだよね」
と笑いながら受け入れてくれていました。笑
ですが、
トットちゃんに似ているとは何事!!
トットちゃんと言えば、みなさんご存知の黒柳徹子さんの幼少期のあだ名。
黒柳徹子さんの幼少期を描いた自伝的作品で、原作は『窓ぎわのトットちゃん』。
2023年にはアニメ映画にもなっています。
(※この記事にはアフィリエイトリンクが含まれています。)
▼『窓ぎわのトットちゃん』を読んでみる

わたしが側から見ると、ああやって見えているとは思いもよらず、本当に衝撃でした。
そこで、休み時間に先輩と思い切って、ADHDのネット上のチェックリストを一緒にやってみることにしました。
注意ミス。
時間の見積もり。
過集中。
多動。
その他いろいろ。
自分では気にもしていなかったことまで、
「これも当てはまるよ!」
と、先輩にどんどんチェックを入れられていきました。
そして結果。
ADHDの疑いあり。
衝撃でした。
ASDのチェックではADHDよりも程度が低く出ました。
ただ、ネットのチェックリストだけでADHDやASDを診断できるわけではありません。
わたしにとっては、「もしかしたら」という可能性を、初めて具体的に考えるきっかけになりました。
5. ネットの記事を読み漁った
最初は、
「そんなはずは…」
と思いました。
でも、気になって仕方がない。
ネットの記事やSNSなどを、大量に見漁りました。
出てくる。
出てくる。
わたしと似たようなお困りごとやエピソードの数々。
幼少期のことも振り返ってみると、今の自分につながるような特徴はいくつもありました。
もし今の時代に子どもだったら、もっと早く「もしかしたら」と気づく機会があったのかもしれない。
そう思うこともあります。
そこで、わたしは当時の主治医に、次の診察で相談してみることにしました。
6. 「僕は君のことを発達障害と思わない」
当時わたしが通っていたのは、産業医もやっている、いろいろな科を診ている個人院でした。
先輩とやった、ネットのチェックリストの結果を主治医に見せました。
すると、
「僕は君のことを発達障害と思わない」
「納得できないなら、他院に行ってくれ」
「困るんだよね。ネット診断でこうやって決めつけて持ってくるの」
と言われました。
ちなみに、わたしが持って行ったのは、比較的しっかりした、医療機関への相談を想定したチェックリストでした。
それでも、診断にはつながりませんでした。
当時、わたしの友達に精神的に病んでしまった人がいて、その子の近況をたまたま聞く機会がありました。
その友達が、
「今通っている病院には『大人の発達障害診断します』って書いてあるよ」
と言っていました。
待合室で、大人で発達障害の診断を受けている人をちらちら見ることもある、と。
そのときの病院は徒歩で行けて、予約もしないで行けるところがとても手軽で良かったのですが、
背に腹はかえられません。
わたしは電車を乗り継ぎ、市をまたぎ、その病院へ行くことにしました。
7. そして、ADHDと診断された
新しい病院で相談したところ、わたしは無事?ADHDと診断されました。
診断がついた頃には、最初にネットのチェックリストをやってから2〜3ヶ月ほど経っていました。
だからこそ、
「わたしはADHDだったから、困りごとが多かったんだ」
「これで薬を飲めれば、変わるかもしれない」
「わたしがダメなのは、努力が足りないからじゃなかったんだ」
そんな気持ちでいっぱいでした。
正直、発達障害を検索し、疑う日々に疲れていたのもありホッとしました。
そして、
「やっぱりそうだったのか」
という気持ちもありました。
薬の費用が高いことには悩みましたが、自立支援医療や精神障害者保健福祉手帳3級も取得することができました。
今の病院には、とても感謝しています。
ASDについては、当時の主治医から、
「薬がないこと」
「わたしの場合はADHDの診断だけでも手帳取得につながっていること」
「ASDの検査には費用もかかること」
などを説明され、検査を受けるメリットがほとんどないという判断でした。
そのため、今もASDの診断はついていません。
家族には説明していますが、「個性」と言い切られて良いのやら、悪いのやら。
偏見を持たれるよりはいいのかな、と思い、その後はあまり追求していません。
8. ADHDと分かって、実際の生活はどう変わった?
薬については、わたしの通っている病院ではコンサータを処方しておらず、わたし自身も話を聞く限りでは自分に合うとは思わなかったので、ストラテラとインチュニブを処方してもらっています。
今はインチュニブを飲み始めて1年経たないくらい。
最近になって、金銭感覚が少しずつまともになってきた気がしています。
不思議です。
アルバイトは家の事情でできなくなったので、今はメルカリなどで副収入を得ています。
仕事面では、
「前より落ち着いた」
「仕事が早くなった」
と言われるようになりました。
ただ、わたし自身はそこまで人生が180度変わるような大きな変化は感じていません。
仕事に集中できるようになった、という感覚はあります。
感情の衝動性も抑えられて、以前のように腹が煮え繰り返るほど怒ることも減りました。
なぜか、病むことも前より減って。
自分でも、幾分おだやかになったと思います。
でも。
部屋はまだ汚いです。
遅刻癖も、まだ抜けません。
頭の多動は……こういう創作活動に向けられています。
今はChatGPTが受け止めてくれるので、考えすぎて時に疲れることもありますが、
まあ、よしとしています。笑
9. 「全部ADHDだった」わけじゃない
ADHDだと分かったことで、過去の出来事が全部説明できるようになったわけではありません。
うつ病になったことも。
仕事がうまくいかなかったことも。
人間関係で悩んだことも。
「全部ADHDだったんだ」
とは思っていません。
いろんなことが重なって、今の自分がいる。
それは、今でもそう思っています。
でも。
「わたしはもっと頑張れば、普通にできるようになる」
と思い続けていた私にとって、
「もしかしたら、頑張り方を変えてもいいのかもしれない」
と思えたことは、大きな変化でした。
10.「普通の人みたいに」ではなく、「わたしができるように」
これから、どうするのか。
どう生きていくのか。
まだまだ考えて、試行錯誤しなければいけないことがたくさんあります。
でも、これからは、
「どうすれば普通の人みたいにできるか」
ではなく、
「どうすればわたしができるようになるか」
を考えてみたい。
普通の人と同じ方法じゃなくてもいい。
人と同じようにできなくても、
自分に合う方法なら、できることがあるかもしれない。
そうやって、自分に合う働き方や生き方を探していく。
それも、
こぐまらぼの実験のひとつです。🧸🔬

