第3号|うつ病になって、「普通に働く」が難しくなった
こんにちは。こぐまです🧸
第2号では、わたしがいつから「頑張らなきゃ」と思うようになったのかを書きました。
「お姉ちゃんなんだから」
「ちゃんとしなきゃ」
「頑張れば、なんとかなる」
ずっとそう思って生きてきた私ですが、
あるとき、その「頑張ればなんとかなる」が、通用しなくなりました。
仕事に行けない。
起き上がれない。
お風呂にも入れない。
ごはんを食べることすら面倒くさい。
今まで「頑張ればできる」と思っていたことが、何ひとつできなくなりました。
わたしは、うつ病になりました。
1. 「これ以上、転職したくない」と思っていた
大学を卒業して、就活で失敗し続けていたわたし。
短いスパンで主に派遣社員や契約社員を渡り歩き、20代後半でいつの間にか当時6社目になっていました。
この間にも正社員雇用が1社ありましたが、仕事ができなすぎて、というより合わなすぎて、3ヶ月で契約を切られています。
そんなわたしが、割と大きな企業の子会社で働き始めました。
雇用形態は正社員。
年齢的にも、経験社数的にも、履歴書の残り行数的にも、
「これ以上、転職は重ねたくない!」
と意気込んでいました。
実家は関東。
そこから関東を出て、一人暮らしで仕事をすることになりました。
「関東から出て一人暮らしで仕事をすることになるけど、大丈夫ですか?」
そんな内容の内定の電話に、当時のわたしは3秒考えて、
「大丈夫です!」
と答えました。
この頃のわたしは、やる気に満ち溢れていました。
2. 「絶対に結果を出す」と頑張った
配属先は、過去の仕事に少し関連のある内容のチームでした。
先輩たちも優しく、
「絶対に結果を出すんだ」
と意気込んでいました。
ところが。
正式なチーム員になるための事前練習をしても、しても、続くエラー。失敗。
管理職の人までわたしの練習風景を見に来ました。
動き自体は問題なくできているはずなのに、なぜかエラーが出る。
そして、
「もうここのチームでは正式にチーム員にできない」
ということで、別のチームに所属することになりました。
この時点ですでに、他の社員から冷笑されるようなこともありました。
それでも、
「次のチームで成果を出そう」
と気持ちを切り替えました。
3. 頑張れば、なんとか仕事はできた
次に配属されたチームでは、なんとか仕事の結果を出せていました。
ひたすら頑張る。
1日にみちみちに仕事を詰め込む。
次から次へと必死に仕事をこなす。
そして、22時くらいに帰る。
そんな生活でした。
このチームでも、エラーは他の社員より多めでした。
それでも、なんとか許容してもらえる範囲で、失敗したときは頭を下げながら仕事をしていました。
「頑張れば、なんとかなる。」
この頃のわたしは、まだそう思っていました。
4. 「頑張る」だけでは乗り越えられなくなった
しかし、会社の代表が変わり、経営方針が急転換し、仕事の内容も大幅に変わっていきました。
扱うものに、今まで前例のない、まったく未知のものが増えたのです。
今までは、前例がたくさんあるものだったので、先輩たちが教えてくれたコツを活かして、なんとか乗り切ってきました。
でも今度は、自分で試行錯誤しなくてはいけない。
繰り返されるエラー。
なぜなぜ分析。
夜中までかかって仕事をすることも増えていきました。
わたしが5回やってもだめなものを、他の要領のいい社員がやったら1発OKが出ることもしばしば。
増えていく残業時間。
夜中まで仕事をしていた日は、
「もうやだ」
と会社で泣き崩れたりもしました。
進捗を聞かれて、
「頑張ります」
と答えたら、
「頑張りますじゃなくて、納期を教えろ」
と詰められる日々。
今思えば、それは仕事として当然の指摘だったのかもしれません。
でも当時のわたしは、どんどん追い詰められていきました。
5. 少しずつ、身体が動かなくなった
だんだん、身体が動かない朝が増えていきました。
部のミーティングで発表がある日。
身体が動かなくて休んだら、
「発表をしたくなかったんだ」
と冷笑されました。
いつでも冷笑される。
陰で悪口を言われる。
そして、だんだん物の名前や部員の名前が出てこなくなっていきました。
「なんか、おかしいな」
そう思っていました。
そんな日が続いたある日。
まったく身体が動かなくなりました。
病院に行って、診断されたのはうつ病でした。
診断書が出され、上司に話があると時間を取ってもらい、診断書を提出しました。
その日から、即休職となりました。
6. 「仕事を断る」という選択肢を知らなかった
会社としての言い分は、
「仕事を断らなかったから頼んでいた」
「無理だったら最初からそう言えば良かったのに」
「無理なら他の人に回した」
というものでした。
その日。
不出来な自分に、
「仕事を断る」という選択肢がある
と思っていなかったわたしは、世界がひっくり返るほど驚きました。
そして、
心のブレーカーが、ぶっつり切れる。
そんな感覚がありました。
7.最初の休職。そして復職
休職期間は、ひとまず半年ほど。
最初は、とにかく休みました。
途中から生活の記録をつけたり、図書館で業務時間分だけ本を読んだり、会社の近くまで通う練習をしたり。
ゆっくり寝る。
実家に甘える。
少し外出してリフレッシュする。
このときはまだ1回目の休職だったので、割と早い段階から復帰を目指していました。
最初のうちは抗うつ剤や睡眠導入剤が合う、合わないということもあり、それを試すのがなかなか大変だった記憶があります。
そんな日々を続けて、会社の産業医からも復帰の許可が出ました。
8.戻った会社に、机はあった。でも居場所はなかった
復帰するにあたって、ひとつ相談していたことがありました。
周りの社員たちに冷笑されていることは知っていたので、
「他のチームや部署に移してもらえないか」
と相談したのです。
でも、復帰時は同じ部署・チームという決まりがあり、その願いは叶いませんでした。
わたしがいた工場の内勤では、他社員の噂話や、言い方が悪いですが、人をバカにするような話や悪口がひっきりなしに聞こえてくるような職場でした。
また、先輩たちが参加する地域のイベントなどに参加できないと、評価が下がるような職場でもありました。
そんな職場だったので、冷笑されるのはわかりつつ、元の部署に戻りました。
戻った結果、
わたしの机はありました。
でも、
居場所はありませんでした。
無理な仕事は振らないようにと産業医から言われていたので、日々定時に帰れる程度の雑用をこなす。
仕事をもらいに行っても、
「仕事はない」
と言われる。
何をしているのかわからない、とくすくす笑われる。
そんな日々でした。
結局、他チームの仕事を手伝ったり、総務からの委託を受けたりしていました。
でも、2回目の休職はすぐにやってきました。
9. 2回目の休職
ある日、他チームの仕事を受け、エラーを起こし、労災事故につながってしまいました。
大ごとになり、工場全体に通達がいきました。
そのしばらく後。
メンタルの調子が悪い。
体の調子もそれに引きずられて悪い。
そう思いながらも、総務からの委託仕事をこなしていました。
立ち仕事でした。
その仕事中、突然倒れました。
涙が止まりませんでした。
そして、すぐに2回目の休職を言い渡されました。
2回目の休職のときは、1週間、自宅のベッドから起き上がれませんでした。
ベッドから這い出て、なんとかすぐ食べられるものを食べる。
そして、また寝る。
そんな1週間でした。
その後、やっと起き上がれるようになりました。
でも、
「もう2度目の復職はない」
と思いました。
実家へ帰ること。
そして、休職期間が終わったら退職すること。
それを決めました。
10. 実家に帰った、夏の日
うつ病のだるさと闘いながら、引っ越し準備をギリギリで進めました。
そして、休職期間が終わる8月のある日。
両親が迎えに来てくれて、実家へ帰りました。
夏の暑い日だったことを、今でもよく覚えています。
11.実は、もっと前から兆候はあった
ここで少し、時間を戻します。
うつ病の兆候があったのは、実は4社目の頃からでした。
毎週末、誰かと遊んでいないと気が済まないほど元気だったわたし。
それなのに、ある日突然、身体が鉛のように重くなりました。
会社でも身体を引きずって歩いて、
「今すぐここに寝転びたい」
と常に思っていました。
土日は寝て過ごす。
ハガキ1枚書けたら上等。
そんな状態でした。
あの頃からきちんと自分を顧みて、治療を受けていたら。
わたしの未来は違っていたのかもしれません。
当時のわたしはうつ病を疑って、初めて精神科へ行きました。
でも、抗うつ剤を飲むのが怖くて怖くて、結局、渡された薬を飲めませんでした。
今より10年以上前。
まだ、うつ病への理解も今ほどなかった時代でした。
そして何より、
自分をうつ病だと認めたくなかった。
精神科へ行ったのは、休職になるまで、その1回きりでした。
12. 「もっと頑張ればいい」では、どうにもならないことがある
今までのわたしは、
「できないなら、もっと頑張ればいい」
と思っていました。
でも、
頑張るための力そのものがなくなったとき、
その考え方ではどうにもならないことを知りました。
会社の退職手続きをしに行った日。
総務の先輩が言った言葉が、今でも忘れられません。
「こぐまさんは、ずっと仕事を100%で頑張り続けちゃったんだね。
でもね、実はみんな、誰も言わないけど、本当は30%くらいの力で仕事をやってるんだよ。
だからこぐまさんも、それで良かったんだよ、本当は。
どうか、これからは元気でね。」
あの言葉を聞いたとき、
「もっと頑張らなきゃ」
と思い続けてきた自分に、初めて別の見方があることを知った気がしました。
13. それから何年も経って
それから何年も経ちました。
今のわたしは、また会社員として働いています。
でも、
「普通に働けるようになった」
という感覚は、あまりありません。
今でも仕事で疲れる。
人付き合いで消耗する。
小さなことでつまずく。
じゃあわたしは、いつまで「普通にできるようになること」を目指せばいいんだろう。
14.「普通にできる」より、自分に合う方法を探したい
もしかしたら必要なのは、
「普通にできるようになること」
じゃなくて、
「普通じゃなくても働ける方法を探すこと」
なのかもしれない。
そう思うようになりました。
だからわたしは今、こぐまらぼでいろんなことを試しています。
AIを使ってみる。
この文章もChatGPTに提案や推敲などを手伝ってもらいながら書いています🤖
noteを書いてみる。
副業をやってみる。
失敗したら、それも記録する。
うまくいったら、それも記録する。
そして、
「普通に生きるのが苦手なわたしでも、自分に合う働き方は作れるのか。」
これも、こぐまらぼの実験のひとつ。
こぐまらぼの実験は、まだ始まったばかりです🧸🔬

