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世にも奇妙な小噺 ~始期(4/4)~

あらすじ

あの子どもは、本当にこの家に棲む「座敷わらし」なのだろうか。三度目の訪問で、可奈子はこれまで抱えていた疑問を道子にぶつける。五十年間ほとんど姿を変えず、照夫には一度も見えなかったのに、なぜ道子の前には現れ続けてきたのか。問いを重ねるうち、可奈子は、道子とあの子の間にあるものが単なる怪異ではないことに気づき始める。やがて可奈子が帰ったあと、道子は長い年月そばにいたその存在と向き合い、ある決意を静かに伝える―。

第一話はこちらから


 ※

 可奈子は佐藤さんの家へ車を走らせていた。最初の訪問からは一か月が経っている。

 佐藤さんには、二週間前の訪問の時にまた来ることを伝えていた。

 可奈子は信号がかわるのを待ちながら、この前佐藤さんから聞いたあの子どものことを考えていた。

 五十年間ずっとあの家にいる、襖の奥にいたあの子ども。何度思い返しても奇妙な話だと可奈子は思った。

 佐藤さんの前にふと現れてはすぐ消える。そしてずっと姿が変わらない―。

 佐藤さんも夫の照夫さんも、あの子どものことを座敷わらしだと言っていた。

 だが、可奈子には、あの子どもをただの座敷わらしと考えることにどこか引っかかるものがあった。

 佐藤さんがあの子に向ける親しみや、夫を亡くしてから急に姿を見せるようになったことを思い返すと、あの子どもはこの家にいるというより、まるで―。

 この二週間、仕事中も可奈子の頭からあの子どものことが離れなかった。散々考えたものの、結局、あの子が何者なのか答えは出ないままだった。

 もう一度あの子どもに会ってみたい。そう思う可奈子を見透かすかのように、信号が青に変わった。

 可奈子は逸る気持ちを抑えるようにゆっくりとアクセルを踏み込み、交差点を左折した。

 ※

 いつものように佐藤さんの家の庭に車を停め、可奈子はチャイムを押した。

「いらっしゃい」

 佐藤さんはいつもと変わらない様子で可奈子を迎え入れた。

 可奈子は玄関を上がると、右手にある脱衣所へ続く廊下をちらりと見た。

 家の中は、最初に来た時と変わらず片付いていた。ローテーブル上のカレンダーに目をやると、七月九日の日付に赤のボールペンで丸が付けられている。

 可奈子は以前のように、襖を正面にして座布団に腰を下ろした。襖は開いていない。

 そのあと可奈子はまわりをぐるりと見渡した。背後にはソファが置かれ、リビングと縁側を隔てる障子は閉じられている。どこにも人影らしきものは見えない。足音や誰かに見られている気配も感じ取れなかった。

 だが、今もあの子どもはどこかにいるのだろうかと想像すると、可奈子は急に落ち着かなくなってきた。

 そわそわしながら待っていると、佐藤さんがリビングに入ってきた。お盆にはお茶とメロンがのせられていた。

「おいしそうだったからつい買っちゃったんだけど、食べきれないのよ」

「そんなにお気遣いいただいてすみません」

「いいのよ。熟れてるといいんだけど」

 可奈子は四分の一にカットされたメロンをスプーンですくって口へ運んだ。

「甘くておいしいです」

 そう言うと、佐藤さんはにっこり笑った。

「よかった。外れだったらどうしようかと思ってたのよ」

「普段のお買い物は、まとめてされるんですか?」

「そうねえ。いつも三日分ぐらい買い込むわ。一人だと、それぐらいで十分だから」

「最近かなり暑くなってきましたけど、夜は眠れてますか?」

「ええ。暑い日はちゃんと冷房つけてるから大丈夫よ。昔はもったいないって我慢してたけど、今はもうそんなこと言ってられないものねえ」

「無理しないでくださいね。家の中でも熱中症になりますから」

「ほんとねえ。この歳になると、暑さまで気をつけないといけないんだから嫌になるわ」

 佐藤さんは苦笑しながら、メロンをひと口すくった。

「そういえば、病院へは行かれましたか?」

「ええ。忘れずちゃんと行きましたよ」

 佐藤さんは卓上カレンダーの丸印へ目をやった。

「先生にも、特に変わりないって言われたわ」

「それなら安心しました」

「そういえば病院といえば、この前話した隣の芝崎さんも退院されたみたいよ」

「そうなんですか。よかったですね」

「まだあまり外には出てないみたいだけどね。でも、家に戻れたならひとまず安心よ」

「近所の方が戻ってくると、少しほっとしますよね」

「そうねえ。みんな年取ってきたから、誰かが入院したって聞くと他人事じゃないもの」

 佐藤さんはそう言って、残っていたメロンをゆっくり口へ運んだ。

 そこで、会話がふっと途切れた。

 可奈子はすでに、見回りという当初の目的は達成したと結論づけていた。

 本来なら、あとは少し世間話をして帰ればいい。

 それでも可奈子は、間を埋めるようにメロンへ手を伸ばしながら、何度か襖のほうへ視線を向けていた。

「今日はあの子来てるかしら?」

 佐藤さんがふいに尋ねた。可奈子の視線に気付いていたようだ。

「え?」

 可奈子は思わずメロンをすくう手を止めた。

 反射的に部屋の中を見回してから、「いえ、来てないみたいです」と答えた。

 佐藤さんは「そう」とだけ言った。

「佐藤さんは、あの子どもを見ましたか?」

「今日は見てないねえ。最後に見たのは三日前ぐらいかしら」

 あの子を見られないかもしれないのは残念だと思った。だが、まだ聞きたいことはあるー。

「あの……」

 可奈子はスプーンを皿に置いた。

「この前のお話、ずっと気になっていたんです」

「あの子のこと? まあ確かに、変な話よねえ」

「あの子ども、五十年間ずっといるのに、ご主人には一度も見えなかったんですよね」

「ええ、そう言っていたわ」

「それで、ご主人が亡くなってからは、よく姿を見せるようになったと」

「そうよ」

「……それってなんだか、この家にいるというより、佐藤さんのところに来てるみたいだなって思って……」

「……そうなのかしらねえ」

 佐藤さんは少し伏し目がちに答えた。

「佐藤さんは、あの子のことを座敷わらしだと思っているんですか?」

「昔はそう思ってたこともあったけどねえ……」

 可奈子は首を傾げた。

「昔は、ですか」

 少し間を置いてから、もう一度尋ねた。

「じゃあ……あの子は、誰なんでしょうか」

 それまで考え込んでいる様子だった佐藤さんが、ふっと顔を上げた。

「……あの子は、私の子なんです」

「私の子、ですか? でも、確か佐藤さんにはお子さんはいらっしゃらなかったんですよね」

「ええ。いませんよ」

「それじゃあ……」

「でも、あの子は私の子なんです」

 佐藤さんは穏やかな声でもう一度言った。

 可奈子は言葉を失った。

 確かに、五十年もの間一緒にいれば、家族同然のように感じるかもしれない。

 だが、果たして本当にそういう意味なのだろうか。

 真意を確かめようとして佐藤さんの顔を見た。穏やかな表情を崩さないが、その瞳はそれが冗談や偽りではないと語りかけていた。

 もう一度問い返しかけて、可奈子は言葉を飲み込んだ。

 それが佐藤さんが出した結論なのだと自分に言い聞かせるほかはなかった。

 ※

「今日はご馳走いただいてありがとうございました。次は一か月後くらいにまた伺おうと思っていますが、よろしいですか?」

「ええ。また来てもらえると嬉しいわ」

「わかりました。それではまた一か月後に伺います。何かお困りのことがありましたら、いつでも相談してください」

 可奈子は「失礼しました」とお辞儀をして玄関を出た。

 車へ向かう途中、何となく振り返ると、その光景に目を見張った。

 リビングの障子に、人影らしきものが映っている。

 可奈子は思わず「あっ」と声を漏らした。

 一瞬、確かめに戻ろうかと思った。

 だが、すぐに前へ向き直ると、「またね」と小さくつぶやいて車へ乗り込んだ。

 ※

 佐藤さんは可奈子の車が道路へ出るのを見届けると、玄関を閉めた。

「さて……」

 リビングに戻ると、和室の襖を開けた。

「お姉さん、もう行っちゃったよ」

 佐藤さんの視線の先には、あの子どもがいた。いつもと変わらず、紺地に赤い絣模様が入った着物に、黄色い兵児帯を巻いて座っていた。

 佐藤さんはそのまま子どもの横に座った。子どもに逃げる様子はない。

 佐藤さんは子どもの横顔をじっと見つめた。

「こうして一緒に座るのは、半年前以来だねえ」

 優しく語りかけながら、佐藤さんは仏壇へ目を向けた。照夫の遺影の傍らには、赤い前掛けをつけた小さな地蔵が置かれている。

 しばらく、和室には何の言葉もなかった。

 庭の方から鳥の声が聞こえ、やがてそれも遠ざかっていった。佐藤さんは遺影を見つめたまま、膝の上で指を組み直した。

 どれくらいそうしていただろうか。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「あんたに、お願いがあるんだ。……お父さんの様子を、見に行ってきてくれるかい」

 返事はなかったが、佐藤さんは続けた。

「お父さん、生きてる間にあんたの顔を一度も見られなかったからねえ。会えたら、きっと喜ぶよ」

 写真の中の照夫は、いつもの少し不愛想な顔でこちらを見ていた。

「お父さん、ああ見えて寂しがり屋だったから。向こうでも一人でぶつぶつ言ってるかもしれないよ」佐藤さんは小さく笑った。

「わたしのことなら、心配いらないよ」

 今度は隣にいる子どもへ顔を向けた。

「あんたがいてくれたおかげで、もう大丈夫さ」

 佐藤さんはしばらくその横顔を眺めていた。

「最初に会ったときは、本当にびっくりしたよ。どこの子だろうって、家中探し回ってねえ」そのときのことを思い出したのか、佐藤さんの口元がわずかに緩んだ。

「いつからだったかねえ。あんたは私に会いに来てくれてるんだって、そう思うようになったんだよ」

 佐藤さんは一度目を伏せた。

「あんたが来るたびに、今度こそ何か話してくれるんじゃないかとか、笑ってくれるんじゃないかとか……そんなことばっかり考えてた」

 膝の上に置いていた手が、ゆっくりと子どもの方へ動いた。

「でも、来てくれるだけでよかったんだよ。お母さん、本当に嬉しかったよ」

 そう言うと、佐藤さんは子どもの肩へそっと手を置いた。

 畳の上へ差し込んだ午後の光が、少しずつ形を変えていた。

「またいつか、どこかで会えるといいね」

 佐藤さんは子どもの顔を見つめたまま、静かに続けた。

「その時は、あんたの笑った顔見せておくれ」

 そういうと、子どもはそっと体を傾けた。

 佐藤さんは何も言わず、その体を受け止めた。子どもはそのまま、佐藤さんの膝の上へ頭を預けた。佐藤さんはその小さな頭へ手を添えた。

「今まで見守ってくれて、ほんとにありがとう」

 髪を撫でる手が、ゆっくりと何度か往復した。

 やがて子どもは、佐藤さんの膝に頭を預けたまま、静かに目を閉じた。

 佐藤さんは何も言わず、ただ小さな頭を撫で続けた。

 風のない和室には、午後の光だけが静かに差し込んでいた。仏壇に置かれた地蔵の赤い前掛けが、かすかに揺れた。

 佐藤さんはしばらくそのまま、膝の上に手を置いていた。



終

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