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「AIを使わないと不安、使っても不安」――作業療法士16年目が、AI時代の不安との付き合い方を考えてみた

    ※この記事はAmazonアソシエイトなどのアフィリエイトリンクを含みます。
    「AIを使わないと、置いていかれそうで怖い」
    「でも、使ったら使ったで、自分の頭が退化していく気がして怖い」
    最近、両方の気持ちを抱えている人が増えていると感じる。
    私の周りでもそうだ。職場の同僚は「AIってよくわからないから怖い」と言う。SNSを開けば「AIを使えない人は時代遅れ」という空気が漂っている。一方で、「AIに頼りすぎると人間が考えなくなる」という警告もよく目にする。
    使っても、使わなくても、不安。
    これがAI時代の、いちばん厄介な現実だと思う。
    私は作業療法士16年目、特養勤務のHSP・ISFJだ。仕事では毎日のようにAIを使っている。記事の下書きも、研修資料の作成も、ICT系のトラブル解決も、AIなしでは今の働き方は成り立たない。
    でも、最初からそうだったわけじゃない。
    2年前、私もAIが怖かった。
    今日は、「AIを使わないと不安、使っても不安」という時代を、どう生きていけばいいのか。作業療法士として、HSPとして、7歳の娘の父親として、私なりに考えてきたことを書いていきたい。

    2年前、私もAIが怖かった

    正直に書く。
    私がAIを本格的に使い始めたのは、2年前のことだ。最初はChatGPTだった。
    それまでは「AI」と聞くと、漠然と怖いイメージしかなかった。使ったデータを学習されて、いつか人類がAIに支配されるんじゃないか――今思えば笑ってしまうような不安だけど、当時の私は本気で考えていた。
    スマホをいじるのが好きだったから、調べものでAIを使い始めたのが最初だった。AndroidスマホにShizukuを連携させてワイヤレスデバッグで解像度をいじったり、Termux内にUbuntuを入れてスマホでLinuxを動かしたり。普通の人にはまったく必要ない遊びだけど、そういうマニアックなことをAIと一緒に進めていた。
    ハルシネーション(AIが事実と違うことをもっともらしく答えてしまう現象)も多くて、うまくいかないこともたくさんあった。「AIって、思ったより万能じゃないんだな」と気づいたのも、この時期だった。
    そこからnoteを書き始めて、本格的にAIを使うようになった。
    今、振り返ってみる。
    2年前の自分に「AIに支配される心配は、しなくていいよ」と言える。でも同時に、「AIは万能じゃないから、頼りすぎるとそれはそれで困るよ」とも言う。
    不安だった気持ち自体は、間違っていなかった。
    新しいものに対して警戒するのは、人間の自然な反応だ。HSPなら、なおさら強く感じるはずだ。情報量が多すぎる、未知のものへの慎重さ、変化への適応に時間がかかる――それはHSPの特性そのものだから。
    だから、もし今あなたが「AIが怖い」と感じているなら、その感覚は大事にしていい。怖いと感じるのは、丁寧に物事を受け取れている証拠でもある。
    ただ、その怖さの中身を、一度ほどいてみてもいいかもしれない。

    「使わない不安」と「使う不安」、それぞれの正体

    AIに対する不安は、大きく2種類ある。整理してみる。
    ひとつ目は、「使わないと取り残される」という不安。
    世間ではAIの話題で持ちきりだ。仕事の効率化、副業の自動化、画像生成、動画編集。誰もが何かしらのAIツールを使っている。自分だけが取り残されているような感覚に襲われる。
    特にHSPは、SNSで他人の充実したAI活用を見るたびに「自分も何かしなきゃ」と焦りやすい。情報を深く処理する特性が、ここでは負荷になる。
    ふたつ目は、「使うと自分が退化する」という不安。
    文章を書くのが好きな人なら、AIに頼ることで自分の文章力が落ちるんじゃないかと心配になる。考える作業をAIに丸投げしたら、自分の頭で考える力がなくなるんじゃないか。仕事をAIに任せたら、自分の存在価値がなくなるんじゃないか。
    両方とも、わかる。
    私自身、両方の不安を経験してきた。
    でも2年使い続けて、ひとつだけ確信していることがある。
    AIは「自分の代わり」じゃなく「自分の延長」として使うのがいい。
    代わりにしようとすると、退化する。自分が考えなくなる。判断を委ねたくなる。
    でも「延長」として使えば、自分の手が届かなかった範囲に手が届くようになる。自分が10時間かけてやっていたことが2時間で終わる。残りの8時間を、自分にしかできないことに使える。
    この違いは、使ってみるとはっきりわかる。

    私が特養で、毎日AIをどう使っているか

    具体例を出した方がイメージしやすいと思うので、私の現場でのAI活用を書く。
    まず、申し送りの整理だ。
    ケアカルテで申し送り内容を整理する時、自分が仮で打った文章をClaudeにまとめてもらう。長くて読みにくい文章を、要点だけ整理してもらうイメージだ。
    ここで一番大事にしているのは、個人情報は絶対に載せないこと。利用者さんの名前、具体的な疾患名、家族構成。そういう情報はAIに渡さない。自分が下書きした抽象化された文章だけを、整理してもらう。
    念のため、AIの「学習」設定も基本的にオフにしている。自分のデータが学習に使われないようにする設定だ。多くのAIツールでこの設定はできるから、仕事で使うなら必ずチェックしてほしい。
    次に、ICT系のトラブル対応。
    特養は専属のSEがいないから、ネットワークが繋がらない、機器が動かない、といったトラブルは私が対応することが多い。一人で解決できない時は、関連するマニュアルやドキュメントをNotebookLMに読み込ませて、解決策を提示してもらう。
    NotebookLMは、自分が指定したソース(資料)からしか答えを生成しないAIだ。だから事実とは違うことを答える「ハルシネーション」が起きにくい。これは医療・介護の現場では特に重要な特性だ。
    そして、褥瘡委員会の資料作成。
    私は褥瘡委員会の委員長をしている。議事録をまとめた後、配布資料を作る必要がある時、NotebookLMで資料を吸い出してそのまま使ってしまうこともある。これで作業時間が3分の1になった。
    それから、研修資料。去年あたりから、これにもかなりAIを使うようになった。
    ここで一つ、誤解されたくないことを書いておく。
    私は特養に来てから、ほとんど残業をしていない。これは以前のnote記事「『頑張ることが美徳』は幻想だ」にも書いてきた、自分の働き方の軸だ。
    ただ、年数が経つにつれて、仕事量は確実に増えてきている。書類業務、各種委員会の運営、職員の指導、新人研修、ICT系のサポート。一つひとつの仕事は増え続けている。
    その中で、定時で帰る生活を維持できているのは、AIに助けてもらっているからだ。
    たとえば研修資料。以前は文字だけのスライドを必死で作っていた。今は、AIに構成の壁打ちをしてもらい、関連する画像もAI側で作成できる。資料を作る時間が短くなっただけじゃない。クオリティそのものが、明らかに上がった。
    書類業務に追われていた時間が減った。その分、利用者さんと向き合う時間が増えた。
    ここで誤解してほしくないのは、AIが「私の仕事を奪った」のではない、ということだ。
    AIが代わりにやってくれているのは、「事務作業のうち、人間がやらなくてもいい部分」だ。
    そして、AIが私に返してくれたのは、「人間にしかできない仕事に集中できる時間」だ。
    これが、私がAIに対する不安を手放せた一番大きな理由だと思う。

    作業療法士として、AIに残してほしくない領域

    ここから、作業療法士としての視点で書く。
    AIにはできない、人間にしか残せない領域がある。私は現場でそれを毎日感じている。
    人と人との距離感、表情の機微を読み取ること。
    これは絶対にAIにはできない。
    利用者さんが「別に何もない」と言いながら、目が泳いでいる瞬間。声のトーンがいつもより半音低い瞬間。返事のタイミングが、わずかに遅れる瞬間。
    そういう「言葉にならない違和感」を拾えるのは、人間の脳――特にHSPの脳だ。私たちが普段、勝手に消耗してしまうこの感受性は、AI時代になっても代替されない。むしろ、価値が上がっていく領域だと思っている。
    亡くなる10日前まで、野球の話で笑ってくれた、私の小学校の同級生のお父さん。
    「森下打ったよ」と声をかけたら、口元がわずかに動いた。
    あの瞬間は、AIには絶対に作れない。AIはデータから「最適な声かけ」を提案できるかもしれない。でも、4年間関わってきた時間の重みは、データに換算できない。
    「ちゃんと話を聞いてもらえなかっただけなんだ」と語った利用者さんに、ただ寄り添って散歩した時間。
    「最後に何かしてあげたい」と思って、Netflixに登録してまでWBCを一緒に観た時間。
    そういう時間こそが、AIには絶対に渡せない、人間の領域だ。
    そしてここに、ひとつ深く共感した記事がある。
    私がnoteでフォローしているなりこさんが、医療・介護の現場とテクノロジーについて書いた記事だ。
    医療や介護の現場は、いま引き返せない分かれ道に立っている。
    「システムに人間を合わせるのか」、それとも「人間のためにシステムを使いこなすのか」――この問いに、現場の一人ひとりが答えを出していかなければならない。
    なりこさんは記事の中で、こう書いていた。
    「効率化して浮いた時間を、目の前の人の物語を聞くために使うこと。」
    これが、AI時代の医療・介護の答えだと、私も思う。
    事務作業やルーティンワークを徹底的にAIに任せる。それは、人間にしかできない「意味のない雑談」や「言葉にならない想いを受け止める時間」を取り戻すための闘いだ。
    効率という刃で心を削るのではなく、効率を盾にして温もりを守る。
    私の言葉で言えば、「AIに書類を任せて、私は人間と向き合う」。これが私のAIとの付き合い方の、いちばん深いところにある考えだ。

    ※「効率化して浮いた時間を、目の前の人の物語を聞くために使うこと」――この記事の核となる視点を、なりこさんが見事に言語化されています。医療・介護に関わる方、AI時代の働き方を考えたい方に、ぜひ読んでほしい一本です。

    7歳の娘とAI

    少し角度を変えて、家庭の話も書いておきたい。
    7歳の娘がいる。これからAIと共存する社会で生きていく世代だ。
    私は娘とAIの関係について、特に「嫌な雰囲気」を持たないようにしている。
    AIを禁止することは、たぶん意味がない。これからの時代、AIが空気のように存在する社会で育つ子どもに、「AIは危ないから触らせない」と言うのは、車社会で「車は危ないから外に出るな」と言うようなものだ。
    だから我が家では、AIを「一緒に遊ぶもの」として扱っている。
    水平思考ゲームをAIと一緒にやる。「私はだれでしょう?」クイズをやる。人狼ゲームをAIに混ぜてやる。飼っているウサギの調子が悪い時には、Geminiに症状を聞く。
    娘には音声入力でAIに話しかけさせている。文字を打つよりも、声で会話する感覚で。
    ここで意識しているのは、AIを「答えをくれる便利な辞書」にしないこと。
    「答え」を聞くんじゃなくて、「一緒に考える相手」として接する。AIに「これってどう思う?」と聞いて、AIの答えを聞いて、それを娘と話し合う。
    そうすると、娘の頭も動く。
    AIが何を言ったかより、「AIはこう言ってるけど、お父さんはどう思う?」「あなたはどう思う?」という対話が生まれる。
    たぶんこれが、AI時代の子育てで大事なことの一つだ。
    考える力を奪うのは、AIじゃない。「AIに答えを求める使い方」だ。

    不安なまま、使い始めていい

    ここまで書いてきて、何か新しい結論があるわけじゃない。
    ただ、ひとつだけ伝えたいことがある。
    不安なまま、使い始めていい。
    私自身、2年前は不安だらけだった。今でも、AIの進化が速すぎて「ついていけているのかな」と感じる瞬間はある。
    でも、使ってみないと、自分にとってAIがどういうものなのかわからない。
    「使わないと取り残される」という不安に駆られて、慌てて使い始める必要はない。
    「使ったら自分が退化する」という不安で、頑なに使わない必要もない。
    自分のペースで、自分が「これは助かるな」と思うところから、少しずつ使ってみればいい。
    私の場合は、最初はマニアックなスマホいじりだった。次にnoteの記事の下書き。次に職場の書類整理。次に研修資料。
    少しずつ、領域を広げてきた。
    途中で「これはAIに任せちゃダメだな」と感じた領域もある。利用者さんとの対話、看取りの場面、家族との会話。そういう「人間の領域」は、絶対にAIに渡さない。
    この線引きは、使ってみないとわからない。
    だから、まずは小さく始めてみてほしい。
    文章の誤字脱字チェックでもいい。レシピを聞いてみるでもいい。子どもとクイズをやるでもいい。何か一つ、「これは便利だな」と感じられる体験を作る。
    そこから、自分にとってのAIとの距離感が見えてくる。

    最後に――不安は、丁寧さの裏返しだ

    AI時代の不安は、たぶんしばらく消えない。
    技術は進化し続ける。ニュースは「AIに仕事を奪われる職業」を煽り続ける。SNSでは「AIを使いこなす人」と「使えない人」の格差が話題になる。
    そんな中で、HSPは特に消耗する。情報量が多すぎる。変化のスピードが速すぎる。
    でも、思い出してほしい。
    不安を感じるということは、あなたが世界を丁寧に受け取っているということだ。
    AIを怖がるあなたは、ものごとを軽々しく扱わない人だ。AIに頼りすぎる自分を心配するあなたは、自分の頭で考えることを大切にしている人だ。
    その感覚は、AI時代こそ、いちばん必要なものだと私は思う。
    AIはツールだ。包丁と同じだ。
    包丁を怖がる人は、料理が苦手なんじゃない。「これは人を傷つけるかもしれない」と知っている、想像力のある人だ。だから慎重に使う。だから安全に使える。
    AIも同じだ。怖がる人ほど、最終的に賢く使える。
    だから、不安を抱えたまま、ゆっくり付き合っていけばいい。
    便利なところは便利に使う。違和感を感じたら距離を取る。自分の頭で考える時間は、ちゃんと残しておく。家族と過ごす時間は、AIに渡さない。
    AIに振り回されるんじゃなくて、AIと一緒に歩いていく。
    それくらいの距離感が、AI時代を健やかに生きるための、ちょうどいい付き合い方なんじゃないかと、今は思っている。
    明日も特養で、私は利用者さんの隣に立つ。
    書類の半分はAIに手伝ってもらいながら、残りの時間で、誰かの「森下打ったよ」を一緒に喜ぶ。
    それが、私がたどり着いた、AI時代の作業療法士としての答えだ。


    プロフィール

    作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ|中学からテニス継続|7歳娘の父|アドラー心理学13年実践|106kgから77kgへ減量|うつ・対人恐怖を経て、薬なしで生きられるようになった現場ベースの発信を続けています。


    📌 ハッシュタグ

    #AI #ChatGPT #NotebookLM #作業療法士 #働き方 #HSP #生き方 #エッセイ

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