経営を"作品"として捉えれば、クリエイターはもっと自由になれる
こんにちは。
KIPPOです。
初めましての方はコチラからどうぞ。
クリエイターって、生産性とか事務とか、人材育成とか、営業とか。
わかりやすく「創造」できないものを考えるのが、地味に苦痛だったりしませんか。
私がデザインを辞めた理由のひとつも、これでした。
でも、長く自分の力で仕事をしていきたいなら、いつかは経営という壁にぶつかるわけで。
どうせ向き合わなきゃいけないなら、ちょっと視座を上げてみるのはどうかと。
経営(法人)も、作品としてとらえてみる
まず、そもそもクリエイターやデザイナー、アーティストって、ビジョン(こうなったらいいな、っていう理想の未来)を目指すために、問題提起する作品を作ったり、問題解決するデザインをしたりするわけですよね。
だったら、ビジョンはそのままに。
それを実現するためのツールとして、法人があって、経営がある。
そう捉えればいいだけなんです。
つまり、
ビジョン=作品のコンセプト
法人=それを実現するための媒体 商品・組織・収支=作品を構成するディテール
こう置き換えると、生産性も、収支のバランスも、全部「作品の解像度を上げる工程」に変わったりします。
面倒な経営業務が、急に自分ごとになる感覚、わかる人には伝わるんじゃないかと期待しています笑
ジョブズが基盤の配置美まで気にした理由
スティーブ・ジョブズが、Macの内部の部品配置まで美しさにこだわった話、有名ですよね。
見えない場所なのに。
でもその美学に惚れた人たちが、結果としてMacを買っていくわけです。
これって、PCの話だけじゃなくて。
法人そのものに、同じ目線を向けられるはずなんですよね。
どんな商品・サービスにするか。
どういう美しいビジネスモデルにするか。
収支のバランスは取れているか。
これ全部、経営判断じゃなくて、クリエイションだと思えばいい。
死ぬほど見たくなかった収支が見れるようになった私の場合
正直に言うと、私自身、キャッシュフローとか資産の把握とか、まじで見たくなかったタイプです。
(だって、なんか責められてる感じしません?こう胃がぎゅっとなる感じというか。まぁ誰も攻めてないんですけどね笑)
でも個人も法人も、お金の流れを整えていくと、それはそれは美しいお金のエネルギーの流れが見えやすくなってきます。
(ついでにめちゃくちゃ安心という体感がセットです。)
美学を活用した投資法
さらに最近、とあるコミュニティで教わったワークをずっと続けています。
これが、自分の美学を可視化するのにめちゃくちゃ効くっていう。
やり方はシンプル。
何かを買ったら、1週間後くらいに振り返る。
「なんでこんなものに使ったんだろう」という自責でもなく、「これは絶対必要だったんだ」という正当化でもなく。
ただ、その商品やサービスが、自分をどのくらい喜ばせたか、安心感を与えたか。
つまり自分にとっての「快」を、パーセンテージで表すだけ。
例えば、最近でいうと犬たちとドライブ行った時、降りるのがめんどくさくてスタバのドライブスルーでカプチーノと水を買いました。
でも振り返って思ったんです。
「スタバなら間違いない」という世間のイメージや利便性に流されただけで、その時はローソンのカフェラテの味が合っていたな…と。
つまり、自分の「好き」という美学よりも、その場の楽さを優先してしまった。
だから、喜びは10%ぐらいでした。といった感じです。
(楽だったから快という捉え方もできます。)
で、そのとき大事なのが、どこが良かったのかまで見ること。
機能性が良かったのか。美しさが良かったのか。
もしくは、誰かの目とか、世間の価値観に、ただ流されてただけなのか。
お金って、価値との交換だから。
これを続けると、自分が何に価値を感じているのか=美学が、どんどん研ぎ澄まされていくんですよ。
美学が研ぎ澄まされると、「何にお金を使うか」という投資の精度が上がるじゃないですか。
道具選びから自己研鑽、事業へのリソース配分まで。
つまり投資の精度が上がるということは、法人や個人にとって、結果的に利益になりやすいということなんです。
こだわりを捨てるんじゃなくて、経営という作品にこだわる
以前、こだわりを「上限と下限」で管理する話を書いたんですけど。
今回の話は、その延長線上にあると思っていて。
こだわりを潰すんじゃなくて。
経営という、もうひとつの作品にこだわる。
視点をひとつ増やすだけで、面倒だった業務が、創作の続きになる。
そう思ったら、めんどくさいなという分野でもワクワクしてきますよね。
クリエイターやアーティスト気質の経営者の方、一度、自分の法人を「作品」として眺め直してみませんか。
きっと、今まで見えなかった愛着が、湧いてくるはずです。
KIPPO
