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人生ちょっと寄り道中【30歳フランスワーホリ1年間の振り返り】

    ケント

    ずっと感じられる夢心地。

    僕は確かにフランスで生活してたんだ。



    Bonjour!
    2024年6月から2025年6月まで、ワーキングホリデーでフランスに滞在していました。
    1年の滞在期間を終え、日本に帰国……するはずだったのですが、現在は最後の悪あがきで、大西洋を越えた先、アメリカのカリフォルニアを旅しています。笑

    1年間過ごしたフランスを離れる時には、自然と寂しさが込み上げてきました。
    あっという間の1年でしたが、それでもとても密の濃い充実した日々でした。

    今回は、この1年間僕がどのように過ごしてきたかを振り返ってみます。
    フランスでの生活に興味がある方、ワーホリをしてみようか迷っている方にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。

    前回の記事でも書いたように、僕にとってフランスへのワーホリは大成功だったと思っています。
    30歳という節目の1年間をフランスで過ごし、心も体も大きく成長できたように感じています。



    はじめに

    まずは、いつも僕のnoteを読んでいただきありがとうございます。
    僕は日本を出発する前から、定期的にnoteでブログを更新してきました。
    主に、自分の行動に対する感情を客観的に綴ってきました。

    最初は、あくまで備忘録のような感覚で書き始めたものでしたが、回を重ねるごとに、少しずつ多くの方に読んでいただけるようになりました。

    ありがたいことに、感想のメッセージをいただく機会も増え、「勇気が出ました」といった、思いもよらぬお言葉をいただくこともありました。
    そういった反響があったからこそ、僕も楽しみながら更新を続けることができたのだと思います。

    改めて、いつも読んでくださっている皆さんに、心から感謝いたします。



    ワーホリのきっかけ

    フランスに来てから、多くの人に出会いましたが、同時に多くの人から同じ質問を受けました。

    「Youは何しにフランスへ?」

    実のところ、僕は何か大きな目的があってフランスに来たわけではありません。
    いくつかの要因が重なって、ワーキングホリデーでフランスに来ることを決めたのです。

    今から3年前、当時滞在していたジョージアから、日本人の友人2人と一緒にフランスを旅行しました。
    訪れたのは、パリ、モン・サン・ミシェル、ストラスブール、そしてドイツのフランクフルト。
    その旅があまりに楽しくて、ジョージアに戻ってからも、その後日本に帰ってからもしばらく余韻が抜けませんでした。

    パリを訪れたのは2回目でしたが、1回目の時よりも、2回目のほうがとても魅力的に感じました。

    初めて訪れたのは10年前の大学生のころ、ヨーロッパを縦断する旅の途中にパリに数泊しました。
    しかしそのときの印象は最悪。
    町中にゴミが散乱し、臭くて汚いというイメージしか残りませんでした。
    「花の都」と言われていたパリの現実とのギャップに、かなり落胆したのを覚えています。

    それが、コロナ禍を経て再訪したパリの街は全然ゴミがなく、驚くほど綺麗になっていました。本当にびっくりしました。
    その旅では、途中小さなトラブルがありましたが、フランス語を話せる友人が対応してくれたおかげで、なんとか乗り越えることができました。

    美しく生まれ変わったパリの街並み、英語ではない「フランス語」を話すことへの憧れ、そして楽しかったあの旅の思い出。
    気づいたら、またすぐにフランスを訪れたいと思うようになっていました。

    さらに、ワーホリの年齢制限が迫っていることもちらつきます。
    ワーホリといえばオーストラリアやカナダが定番ですが、「フランスもありかもしれない」と思うようになりました。

    ちょうどその頃、新しく入社した会社で働き始めて間もなかったのですが、どうにも自分に合わないと感じていました。
    結果、入社半年ほどで退職し、フランスに行くことを決めました。



    1年間の振り返り

    さて、この1年間について、まずはざっくりと時系列で振り返ってみたいと思います。

    • 6月中旬:パリ

    • 7月〜8月:リヨン(語学学校)

    • 9月〜1月上旬:南仏プロヴァンス(日本食レストラン)

    • 1月中旬〜6月中旬:パリ(日本食レストラン)

    僕はフランスでの1年間の滞在中に、合計で3回、拠点を変えました。

    フランスに来る前から、「リヨン」「南仏」「パリ」の3箇所で生活してみたいと考えていました。
    なぜなら、1年間で3つの地域に滞在すれば、この国のことを少しは理解できるのではないかと思ったからです。

    そこで、美食の街として知られるリヨン、多くの人を魅了する不思議な魅力のある南仏、そして僕がフランスに来るきっかけとなった憧れのパリ。
    この3箇所を自分の滞在先として考えました。

    ワーホリビザを申請する際に提出した計画表とは多少異なる部分もありましたが、結果的にはほぼ想定どおりの形で過ごすことができました。

    ちなみに、日本を出発する時点で決まっていたのは、最初に滞在するパリの宿と、1ヶ月間通うリヨンの語学学校、そしてその間の学生寮だけでした。
    それ以外のすべては、フランスに到着してから自分で決めていきました。


    パリ・のんびり期

    まず、入国して最初に滞在したのはパリ。
    ここでは、1週間半ほど日本人向けのゲストハウスに滞在しながら、のんびりとした時間を過ごしていました。

    日本にいた時から継続していたフリーランスの仕事を少しだけしていたものの、基本的にはゆったりとした毎日でした。

    ゲストハウスの他の宿泊者たちとすぐに仲良くなり、毎日のように一緒にお酒を飲んだり、パリの街を遊び歩いたり。
    結果的に、ここで出会った人たちとはその後も関係が続き、フランスを出国する直前までパリで遊ぶ仲間になりました。

    最初にこのゲストハウスを選んだのは本当に良い判断だったと思います。

    ちなみに、この「のんびり期」が生まれた理由は、フランスへの入国日を先に決めて航空券を予約していたものの、リヨンの語学学校の入学タイミングは月初が理想とされていたためです。
    その結果、少しだけ時間に余裕ができたので、その期間はパリでゆっくり過ごすことにしました。

    こうして1年間を振り返ってみると、このパリでの滞在がもっとも時間に余裕のある期間でした。
    この後の生活では、常に「次はどうしよう」と考えることが多かったため、少し慌ただしい日々が続いていました。

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    オリンピック仕様のパリ市庁舎


    リヨン・勉強と遊び期

    7月から2ヶ月間滞在したのは、フランス中部に位置する第3の都市・リヨンです。
    ここへは、語学学校に通うためにやって来ました。

    語学学校に行くことは日本にいるときから決めていました。
    少しでもちゃんとしたフランス語を学びたいと思っていたし、友達も作りたかったからです。
    学校選びから学生寮の手続きも含め、エージェントに頼まずにすべて自分で申請までしてから日本を出発しました。

    そもそも僕はほとんどフランス語を話せませんでした。
    日本では独学で少し勉強しており、出国直前にフランス語の試験「DELF」の一番下の級である「A1」を取得していました。
    そのため、学校でのコースはその一つ上の「A2」のクラスとなりました。

    学校でフランス語を学びながら、空いた時間は積極的に遊びにも出かけていました。
    同じ語学学校の生徒や、リヨンで生活している日本人のワーホリ仲間などとよく会っていました。
    ちょうどオリンピックのサッカー日本代表の試合がリヨンで開催されたため、みんなで一緒に観に行けたのは良い思い出です。

    リヨンは大きな都市でありながら、人との距離が近く、気軽に新しい人と知り合える街だと感じました。
    僕が住んだ3つの都市の中で、一番友達を作りやすかったのがリヨンです。

    当初は1ヶ月のみの滞在予定でしたが、仕事が見つからなかったこともあり、学校も寮ももう1ヶ月延長しました。
    ちなみに、僕はリヨンで誕生日を迎え、30歳になりました。

    2ヶ月間の勉強を経て、簡単な会話であればフランス語で話せるようになりました。

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    ローヌ川沿いでくつろぐ人たち


    南仏プロヴァンス・仕事と経験期

    日本人向けの掲示板で仕事を探し、無事に南仏の日本食レストランで働くことが決まりました。
    9月からは、南仏のプロヴァンス地域にある小さな町「サン=レミ=ド=プロヴァンス」(サンレミ)での生活がスタートしました。

    レストランの日本人オーナーには、送迎や家の契約など、生活にまつわるさまざまなサポートをしていただきました。

    ここでの生活は、基本的に仕事が中心でした。
    週5日、昼と夜の2回勤務で、体力的にも時間的にもハードな日々でした。
    仕事内容は、調理と接客の両方。
    慣れない料理の仕事、そして人生初のフランス語での接客には最初とても苦労しました。
    さらに、家からレストランまで片道30分、田舎道を歩いて通勤していたため、毎日くたくたになっていました。

    リヨンにいたころは友達と頻繁に会っていたこともあり、サンレミでは最初、そのギャップから孤独感を強く感じていました。

    それでも、週末には南仏のいろいろな街を訪れることができ、リフレッシュできました。
    アルルやエクサン=プロヴァンスといった素敵な街を巡ったり、マルセイユでは名物のブイヤベースを食べたり。
    旅先での時間が、心の支えになっていました。

    また、この時期にはヒッチハイクをしてみたり、車を運転して遠出をしたりと、貴重な経験をたくさんすることができました。
    働いていたレストランのオーナー夫妻には、ご飯に誘ってもらったり、イベントに誘ってもらったりと、本当にいろいろとお世話になりました。
    おかげさまで、充実した生活を送ることができました。

    南仏は自然が豊かで、晴れの日が多く、カラッとしていてとても過ごしやすい土地です。
    実際に暮らしてみて、多くの人が南仏に惹かれる理由がよくわかりました。

    ちょうどクリスマスシーズンを迎えたため、サンレミの小さなクリスマスマーケットも楽しめました。

    とはいえ、僕にとっては田舎ならではの不便さにはずっと悩まされました。
    パリに行きたかったこともあり、サンレミでの生活は年明けすぐまでの約4ヶ月間で終わりました。

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    サンレミの街並み


    パリ・仕事と充実期

    年明けから、再びパリでの生活が始まりました。
    仕事探しや住居探しは、これまでの経験を活かせたこともあり、思ったよりもスムーズに進みました。

    仕事は、老舗の日本食レストランで接客専門のスタッフとしての勤務。
    住居は、凱旋門やシャンゼリゼ通りにも近い17区で、部屋は個室。
    どちらも比較的自分の希望に沿った形で決まりました。
    とても運が良かったと思います。

    憧れていたパリでの生活が始まりましたが、最初のうちは気分の浮き沈みが激しく、少しナイーブな気持ちになることもありました。
    というのも、引っ越した直後は雨や曇りの日が続き、また都会ならではの冷たい人間関係に少し心が沈みがちだったからです。
    それでも、仕事に慣れ、自分の時間をうまく使えるようになるにつれて、そうした悩みは徐々に消えていきました。

    サンレミのレストランと比べると、パリのレストランの仕事はより専門的で、業務内容も明確でした。
    ただ、お店は常に満席状態で、お客さんの数も多く、どうすればより効率的に働けるかを常に考えるようになりました。
    フランス語だけでなく英語を使う場面も多く、頭をフル回転させながら働く毎日でした。

    友達作りは簡単ではありませんでしたが、職場の仲間と飲みに行ったり、フランスに来た当初に出会った仲間と遊んだりと、少人数ながらも楽しく過ごすことができました。

    また、日本人の友達が何人かパリに来てくれたこともあり、再会することができました。
    一緒にパリの街を巡ったり、レストランで美味しいフレンチを楽しんだりと、良い思い出ができました。

    加えて、1ヶ月弱のバカンスをいただき、中央ヨーロッパやモロッコなど近隣の国々へ訪れることができました。
    改めて、旅好きの自分には、自由に旅ができる刺激的な時間が一番だと思いました。

    パリでの生活を送るうちに、自分の中に新たな感情が生まれていきました。
    「今、自分は本当にパリに住んでいるんだな。」
    その実感は徐々に強くなっていき、大きな満足感につながっていきました。

    有名な観光地や魅力的なお店がすぐ近くにある。
    晴れの日も雨の日も、昼でも夜でも、いつでも美しいパリの景色を眺められる。
    そうした日々の中で感じる、少しばかりの優越感のようなものが、自分の心を満たしていたように思います。

    そのため、振り返ってみると、パリで過ごした5ヶ月間が、1年間のワーホリ生活の中で最も満足度の高い期間になりました。

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    晴れの日のセーヌ川



    やっておけば良かったこと

    これまではポジティブな面を中心に振り返ってきましたが、ここでは「少し後悔していること」や、「後悔とまではいかないけれど、事前に準備しておけばよかったな」と感じた点についてまとめてみたいと思います。


    語学力

    まず真っ先に挙げたいのが、フランス語力です。
    フランス語をどれだけ話せるかで、フランスでの生活は大きく変わります。

    僕は出発前にDELF A1を取得し、最低限の会話力はあるつもりでした。
    試験では口頭面接もあり、多少の受け答えは経験していました。
    しかし、実際に現地に来てみると、フランス人の話すスピードは思っていたよりもずっと速く、表現も複雑で、最初はまったく聞き取れませんでした。
    正直、A1レベルでは、パン屋でクロワッサンを買うのが精一杯です。

    もちろん、語学の勉強には終わりがありません。
    できる限り高いレベルを目指すことに越したことはありませんが、目安としては「A2レベルの文法をしっかり理解して、B1レベルの会話ができる」くらいが理想だと感じました。

    自分の考えや気持ちをきちんと伝えられるだけで、人との距離がぐっと縮まり、生活の楽しさも一気に広がります。
    また、仕事の面でも一定の語学力があると採用されやすくなります。
    ワーホリビザは立場的に弱く、基本的にはアルバイト的な職種に限られることが多いため、少しでもフランス語のレベルを上げておくと選択肢が広がります。

    さらに、ワーホリ終了後に他のビザへの切り替えを考えている人にとっては、語学力がビザ取得のハードルになるケースもあります。
    そういった意味でも、語学のレベルアップは必要だと思います。

    とはいえ、フランスでの生活において語学がすべてではありません。
    特に僕は多くの日本人に助けてもらったこともあり、日本語だけでも意外と暮らせてしまう側面もあります。

    ちなみに、英語がある程度通じるのはパリのみです。


    将来の人生設計

    当然のことかもしれませんが、やりたいことや将来のプランがある程度明確な人、あるいはワーホリ後の進路がすでに決まっている人の方が、ワーホリ期間をより有意義に過ごせると感じました。

    もちろん、「ワーホリ中に自分探しをしたい」「いろんな出会いや経験を通して将来を考えたい」というスタンスも素敵だと思います。
    実際、日々の暮らしや出会いから得られる価値観は大きく、僕自身、自分の視野が広がるのを実感できました。

    ただ、現実的に言えば、人はそう簡単には変われないし、1年間は想像以上にあっという間に過ぎてしまいます。
    だからこそ、出発前にある程度でも今後の方向性を考えておくと、気持ちに余裕を持って過ごせるのではないでしょうか。

    僕の場合、思い立ったらすぐに動いてしまうタイプで、フランスに来た時点ではその後のことは全く考えていませんでした。
    当初はそれでも楽しく過ごせていたのですが、ワーホリ期間の終わりが近づくにつれ、これからの人生について悩む時間が増え、不安や焦りも生まれました。

    これもひとつの経験として悪くはないですが、正直、落ち着かない日々だったのも事実です。

    特に僕のように「ギリホリ」で来る場合は、キャリアや人生設計について考える時期とも重なります。
    ワーホリがその転機になることも多いと思うので、ある程度の見通しを立てておくことが、後悔しないためにも大事だと感じました。

    とはいえ、「やりたい」と思ったなら絶対に挑戦すべきだと思います。
    たとえ迷って選んだ決断だったとしても、その決断が自分の人生を豊かにし、いつか「強み」に変わると信じています。


    やりたいことリストの作成

    小さな行動単位で、「フランスでやりたいことリスト」を事前に考えておくことはおすすめです。
    フランスでの非日常の生活を味わえるだけで充分ではあるものの、「これをやる」という指標があるだけで、日々の選択はぐっと前向きになります。

    「そもそも、なぜ自分はフランスに行きたかったのか?」
    その動機から逆算し、かつ自分の興味に従って、「フランスでしかできないこと」「この期間でしか味わえないこと」をリスト化しておくと、現地での時間がより濃く、意味のあるものになります。

    僕自身、フランスに着いて1ヶ月が経ったころ、この必要性に気づき、急遽リストを作成しました。(こちらを参照)
    おかげでいくつかリストに沿って行動することができました。

    この1年間を通じて、僕の中で大きなテーマだったのは、「偶発的なものを楽しみ続ける」という姿勢でした。

    予定外のことも、思わぬ出会いも、トラブルさえも、自分の中で前向きに捉える。
    そう意識することで、自然と気持ちが明るくなり、結果的に「この1年は成功だった」と心から思えるようになりました。

    他にも、
    ・フランス語を使って実際に仕事ができたこと
    ・ゴッホの足跡を辿りながら、彼の作品や生涯について深く調べたこと
    ・ニースの海でのんびり泳いだこと
    など、主体的に動いて実現できたことも多くありました。

    できなかったこともたくさんあります。
    でも、それも含めて納得できるし、何よりも「やりたいことを持っていた」ということ自体が、充実した時間をつくってくれたと感じています。



    さいごに

    僕は大学生の頃、海外ひとり旅にハマり、それ以降世界のいろんな場所を訪れてきました。

    韓国の漁港で現地のおじさんたちとチャミスルを飲み交わしたり、大雪のニューヨーク・タイムズスクエアで誰もいない世界の中心の景色を味わったり、ロンドンでハリーポッターの世界を深く体験したり、キューバで最高のモヒートを飲んだり。
    振り返ると、良い思い出は本当にたくさんあります。

    最初は怖かった国境越えのイミグレも、一人でドミトリーに泊まることも、繰り返すうちに全く気にならなくなっていました。

    社会人になってからも海外への思いは冷めることなく、25歳で思い切って脱サラ。
    フィリピンで英語を学び、そのまま現地で就職したり、はたまたジョージアでノマド修行をしたりと、流れに身を任せながら海外で生活する機会をつかんできました。

    それに比べると、今回のフランスでの1年間は、地に足のついた生活だった気がします。
    その分、ポジティブな考えも生まれやすく、少し余裕を持って日々を過ごせたように思います。

    よく「行動力があるね」と言ってもらえることがあります。
    しかし、その内実は計画も戦略もないただの思いつきの挑戦の連続です。
    「やりたい」と思ったから動いた。
    僕にとってはただそれだけでした。
    海外で働きたいと思ったからその機会を探しに行ったし、何かから逃げたくなったから逃げるように動いてきました。

    そうは言いつつ、行動に起こす前はいつも不安でいっぱいです。
    それでも退路を断って、動き続けてきました。

    この軸のない人生は、決して誇れるような立派なものではありません。
    それでも、少なからず面白がってくれる人がいたり、今では「ちょっとユニークな経験をしてきた」と自信を持って言えるようになりました。

    生き方に正解なんてありません。
    ワーホリをやったから正しいわけでもないし、やらなかったからといって間違いでもありません。

    でも、動けば景色が変わる。関わる人が変わる。考え方が変わる。
    その「変化」を楽しめるようになれば、きっと人生の面白さにも気づきやすくなるはずです。

    繰り返しますが、僕にとってワーホリでフランスに来たことは大成功でした。
    運が良かったこともあるし、良い人たちにも出会えました。
    そう思えたことが嬉しいし、それが今後生きてく上での一つの自信になる気がします。



    このnoteが、少しでも誰かの背中を押せるきっかけになれば嬉しいです。




    ↓ワーホリに行く前の抱負などはこちらに書いています。

     
     
     
    やってみて、考えて、言葉にする。日々の暮らしで見つけた小さな気づきを、自分なりの言葉でまとめています。 フリーランスとしてWeb制作・マーケティングに携わる32歳。フィリピン就職、ジョージアノマド生活、フランスワーホリを経て、大阪在住。旅と本と野球とお酒のために生きている。

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