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有言実行できた年【2024年振り返り】

    ケント

    迷いながらも前に進む。

    その先に見える違った景色に喜びを感じ続けたい。



    Bonne année!

    あけましておめでとうございます。
    ワーキングホリデーで2024年6月からフランスに来ています。
    無事にフランスで年を越すことができました。

    今は南仏プロヴァンスの町「サン=レミ=ド=プロヴァンス」(サンレミ)にある日本食レストランで働きながら、フリーランスのWebデザイナーとしても活動しています。

    年明け早々ではありますが、いよいよサンレミでの勤務が1週間を切りました。
    4ヶ月間という短い期間だったものの、いろいろなことが起こった4ヶ月でもありました。

    クリスマスが終わり、いよいよ新年。
    フランスでもクリスマスのイルミネーションは片付けられ、新年の清々しさを感じます。


    2024年振り返り

    さて、2024年は個人的にいろいろあった一年でした。
    毎月さまざまな出来事が起こり、その度に喜怒哀楽いろんな感情が駆け巡りました。

    一年を通して多くの挑戦をし、困難に向き合いました。
    今、ふと我に帰ると自分の限界を試すような瞬間が多かったことに気づきます。
    2025年心機一転がんばるためにも、そんな2024年の1年間を振り返ろうと思います。


    フランスに来た

    まず一番大きな出来事は、何と言ってもフランスに来たこと。
    思い立ってから実行までわずか1年ほどですが、大きな決断で実現できました。
    これまでも海外で生活した経験のある僕でも、今回はさすがに気が引き締まる思いでした。

    「本当にフランスに来てしまった。」
    パリに着いた時、これからのことを想起し、一時的にネガティブな思いを抱えてしまいました。

    友達をつくり、語学学校に通い、現地で働き。
    うまく意思疎通ができなかったり、文化の違いに困惑したり、ネガティブなこともたくさん経験しました。
    将来が見通せない状況や理想と現実のギャップに落ち込むことも多々ありました。

    それでも、毎日が新しい発見の連続で、ふとそれが強い喜びに感じることもできました。
    「自信を持って責任ある行動を移すことの大切さ。」
    自らの行動によってひとつこの世の本質に近づくことができたような気がします。


    フランス語の語学力の面に関して言えば、フランスに来てから大きく伸びました。
    日本では1年程度の独学しかしておらず、DELFという試験でA1(最低レベル)を取得するのが精一杯でした。
    しかし、語学学校での勉強や、実際にフランス人とフランス語を使って話し始めたことで、めきめき伸びた感覚があります。

    今でもまだカタコトでしか話せないし、フランス語は難しいと感じています。
    でも、少しずつ会話に乗れるようになってきた自分もいます。


    語学学校の期間が終わってからは、現地の日本食レストランで働き始めました。
    新たな職場では、不慣れな飲食の仕事に対する難しさを感じていました。

    職場全員が日本人。
    日本社会が嫌で海外に出てきたのに、日本的慣習の厳しさに再び直面することがありました。
    後悔に近い感覚も抱いたのは事実です。

    とはいえ、自分の適応力や柔軟性を実感する機会にもなりました。
    今ではレストランのキッチンからサービスまで基本業務は全てこなせるようになりました。


    30歳になった

    誰もが迎えるこの節目の年齢を、僕はフランスで迎えました。
    この数字の変化は自分自身を見つめ直す大きなきっかけになりました。

    20代の頃は葛藤が多く、「悩んで動く」の繰り返しでした。
    自分がどこへ向かっているのかも分からず、ひたすら目の前の目標に向けて走り続けた日々。
    而立の年を迎え、具体的な将来像が少しずつ見えてきた気がします。

    「これから何を大切にして生きていくのか?」
    今もこれまでの延長線を生きているものの、どこかワンランク上の観点で人生について考えるようになりました。

    30歳になるという事実には、ある種の怖さと期待が混じり合っていました。
    「もう若くはない」と思う反面、「これからが本番だ」とも感じています。
    自分の弱さや未熟さは常日頃感じるところですが、完璧でない「不完全さ」をも楽しむことも大事だと気づくようになりました。

    失敗が怖く、大きな決断ができないことが多かった20代。
    30代ではそれすらも受け入れる心の余裕を持ちたいです。

    これからも自分自身を深く知る旅を続け、自分を活かしながら、周囲への感謝を想い続けていきたいです。
    社会の中での自分の立ち位置を認識し、少しでも大人になれるように研鑽を続けていきます。


    彼女ができた

    SNSでは初出しの情報ですが、今年は彼女ができました。
    昨年末に知り合った女性と意気投合し、何度かのデートを経て付き合い始めました。
    しばらく恋愛はしないだろうと思っていたのに、そういう時ってなぜか恋人がすぐできたりするんですよね。
    僕がフランスに行くことを前提のお付き合いです。

    人との関わりは、本当にたくさんのことを学べます。
    特に、つらいことがあったときに精神的な支えがあるかないか、ということは大きな差だと思います。
    (この年になると、もう両親に相談することを躊躇ってしまう)

    ただ、この件は詳しく書くつもりはないので、個別にご連絡ください(笑)


    小さな幸せ

    大きな出来事だけでなく、小さいけれどハッピーな出来事もいくつかありました。

    フルマラソンでサブ4を達成した

    5度目の挑戦となったフルマラソン。
    2月に出た「さいたまマラソン」では、念願だったサブ4(4時間未満での完走)を達成することができました。

    いつか超えたいと思っていた目標です。
    運動が得意じゃなかった僕でも、頑張ればスポーツでも結果を出せる。
    そんな未知の喜びを味わえました。

    やればできる。
    自分に自信を持つきっかけにもなりました。
    ただ、目標を達成したことで少し燃え尽きてしまったのも事実です。。

    いつかまた走る時が来るでしょう。たぶんね。


    レーシックで視力が回復した

    3月、レーシックの手術を受けました。
    視力0.1で極度の乱視だった視力は、手術を経て2.0になりました!

    小学生の頃から目が悪く、メガネやコンタクトが欠かせませんでした。
    ずっとやりたいと思っていましたが、ついにその時が訪れました。

    見える!見える!!!!

    手術は10分という超短時間でした。それでも文字通り、世界が変わりました。
    視力が回復したことで、スポーツや旅行など、これまで以上に積極的に楽しめるようになりました。

    それだけでも十分ポジティブでしたが、同時に心の視界を広げるような効果もありました。
    生活が楽になったことで前向きな思考が生まれたし、いろんなものを直接見てみたいという気持ちになりました。

    人生のやってよかったことTOP3に入る出来事です。
    ちなみに手術は「宇宙にいるような体験」でした。
    グロいのでこれ以上は言いません。笑


    オリンピックのサッカーを観戦した

    8月、夏のオリンピックがパリで開催されました。
    僕は既にフランスには来ていましたが、パリではなくリヨンにいました。
    そのためパリオリンピックは無縁。そう思っていました。
    開会式は、初対面のフランス人やモロッコ人とバーでお酒を飲みながらのんびりパブリックビューイングを見ていたくらいです。

    しかし、オリンピックが始まると、リヨンでサッカーの試合を開催することが判明!
    準々決勝の試合を見に行こうとチケットを買った矢先、それが日本代表であることが判明!
    なんという奇跡!!

    当日、同じワーホリで来ている日本人の友達と決戦のスタジアムへ向かいました。
    会場には熱気と興奮が溢れ、はるばる日本から来たであろうサポーターが何人もいました。
    フランスにいるのにホームな感じ。なんか楽しいい!!

    ゴールが決まった瞬間の一体感は込み上げるものがありました。(結局オフサイドだったけど)
    残念ながら試合は負けてしまいました。
    けど、こうして貴重な瞬間に立ち会え、本当に嬉しく感じます。

    フランスへの渡航期間を考えていた頃、オリンピックを理由にずらすことも考えていました。
    結局パリじゃなきゃ大丈夫、なんて思っていましたが、まさか試合を観戦できるなんて。
    自分で正解を掴み取った感じがして、とても満足です。


    事件簿

    たくさんのハッピーがあった2024年ですが、ネガティブなこともありました。
    ここに記して供養したいと思います。

    家業が閉業した

    3月、僕の実家の家業が閉業しました。
    父と伯父の兄弟、そして既に亡くなっている祖父母は、東京・恵比寿で先代から続く住宅工事店を営んでいました。
    個人のお客さんや職人相手に仕事をし、いくつもの建築に関わっていました。
    しかし、時代の変化を始め、後継者不足、経済的な事情などの理由で、66年の歴史に幕を閉じました。

    家業は僕の人生に欠かせないもの。
    小さい頃からよく現場で仕事を手伝っていたし、公私混合でお世話になってきました。

    長年続いてきた会社が無くなってしまった。
    正直、いまだにこの事実を受け入れられていません。
    だから、喪失感のような感覚はないものの、寂しい気持ちは強くあります。

    4年前に亡くなった祖父は亡くなるまで50年近く社長業を営んできました。
    その姿を思い出す度に、自分もなんとかその意思を継ぎたいという思いがあります。
    我がホームは無くなってしまったけど、その思いを胸に、自分自身のビジネスを大きくしていきたい気持ちです。


    お金が減った

    フランスに来て以降、語学学校や家賃など出費が重なり、極度の金欠に陥ってしまいました。
    そして10月、普段クレジットカードの引き落としに使っているメインの銀行口座の残高がわずか3万円になってしまいました。

    これは僕の人生の中でも特に危機感を覚えた瞬間の一つです。
    不安な思いを抱き、どこか落ち着かない日々を過ごしていました。

    仕事に悩むことが多い僕ですが、なによりまずは働かなければ、という思いが強くなりました。
    悩んでいるくらいなら働く。その先に自己実現を見出す。
    少し考え方を改めるようになりました。

    とはいえ、浪費ではなく自己投資をしてきたのも確か。

    会社を辞め安定を捨てた25歳のあの日から5年が経ちました。
    自分の気持ちに正直になっている今の方が、どこかイキイキとしているのは間違いありません。

    これからもお金よりも自分を信じる。
    そのスタンスで生きていきます。

    ちなみに現在は、フリーランスの仕事の入金があったし、フランス側の銀行に給料を振り込んでもらったので、少しは回復しました。


    銀歯が取れた

    12月、キャンディーを食べていたら突然銀歯が取れてしまいました。
    フランスは歯医者の予約がとても取りづらく、引っ越しを控えていることもあるため、今もなお治療できていません。。
    日本を出る直前に歯医者で虫歯を治してもらったばかりだったのに。
    その期間、わずか半年。

    しかし、実はこんな経験は二度目。
    3年前にフィリピンに渡航したときも、現地に着いてわずか2週間後に銀歯が取れてしまいました。
    当時は急遽現地の歯医者を探し、治療をしてもらいました。

    毎日歯を磨いていてもこのようなことが起きてしまいます。
    今後はもっと自分の健康管理の重要性や、万が一のトラブルに備えることの大切さを認識していきたいです。
    フランスでの医療システムや手続きについて学ぶ機会にもなったため、異文化での生活の一部としてポジティブに受け止めることができたのも事実です。

    この経験を通じて「何が起こっても乗り越えられる」という自信を感じました。
    そんな自分に嬉しく感じました。(早く歯医者を見つけなきゃ)


    番外編:ヒッチハイクと奇妙な体験

    南仏プロヴァンスに来てから、移動手段としてヒッチハイクをするようになりました。
    僕が今住んでいるサンレミは田舎町で公共交通機関が乏しいため、移動がなかなか難しいものです。
    バスの本数は限られ、しかも夜はすぐに最終便が来てしまいます。

    旅をしたいし、いつもと違う人に会いたい。
    そんな僕は、最終手段としてヒッチハイクをすることにしました。

    最初はためらいがちで試していたものの、現在では通常の移動でも行うようになりました。

    この3ヶ月間でおよそ20回は乗ったと思います。
    道端で行き先を掲げる行為は恥ずかしさもあるし、先が見えない不安感もあります。
    それでも、乗せてくれる人はおり、その度に感謝の気持ちを抱きます。

    お金を払わずに僕が行きたい場所まで行かせてくれる。
    この善意を忘れずにこれからも生きていきたいです。


    乗せてくれる人々との出会いは、予想をはるかに超えるものでした。

    ある時はアルコールの匂いが漂う運転手に拾われ、助手席でヒヤヒヤしながら目的地を目指しました。
    またある時は、車内がパーティーのような雰囲気で、乗せてくれた若者たちと危なくも賑やかな時間を過ごしました。(怪しいにおいがした!)
    2日間に跨って2回も乗せてくれた人、遠回りをしてまで僕の目的地まで送ってくれた人、日本旅行の思い出をひたすら語ってきた人。
    本当にたくさんの出会いがありました。

    しかし、ポジティブなことばかりではありません。
    ヒッチハイクは必ずしも成功するわけではないため、予定が狂うこともあります。

    10月のある日、旅先から帰れなくなったことがあります。
    バスの乗り違いやヒッチハイクの失敗で、日が暮れてしまったことが原因です。
    翌日は朝から仕事のため、なんとか家に帰りたい。
    結局、レストランのオーナーに別の宿を提供してもらい、そこまでなんとかたどりつき、翌朝の早朝に出発したことで仕事に支障なく帰宅できました。

    またある日は、目的地への車をつかまえられず、電車に乗り損ねたこともあります。
    日曜日の朝はバスが走っていないことを知らずに電車を予約してしまい、またヒッチハイクもうまくいかず、駅まで着けなかったことが原因です。
    無駄になってしまった40ユーロ…
    あのときの失望感は忘れられません。

    僕自身、人見知りで自分から人に声をかけに行くのはとても苦手です。
    それでも、この環境で少しでも楽しい日々を送りたいという気持ちがこのような行動に繋がりました。

    ヒッチハイクというドラマ。
    改めて、この日常の小さな幸せを実感します。
    しかし同時に、トラブルの多いこのギャンブルはなかなか精神的にきついものがあったとも感じます。

    今後はたぶんもう当面はしないと思います。


    2024年まとめ

    2024年を一言でまとめると「有言実行」の一年でした。
    やりたいと思っていたことをちゃんと実行できた一年だったと思います。
    フランスに来れたのもそうです。
    決断することは多かったけど、行動できた自分はいます。

    しかし、失敗や後悔、葛藤などネガティブな思いもたくさん抱えました。
    今思ってもつらかったことはいくつもあります。
    その中で、自分なりの正解を目指して進めたことは良かったと思います。

    挑戦をするから学ぶことがあるし、充実感を得られる。
    そんな自分のスタイルはこれからも貫いていこうと思います。

    しかし、どれだけ決断しても、どれだけ行動しても、思い描いた理想はなかなか手が届かないものです。
    3歩進んでいるつもりでも、実際は1歩進んだかどうか。
    それでも、急がず焦らず、余裕を持って進んでいく。
    そういった心構えが必要だと実感しました。

    2025年の目標

    僕はいつも生き急いでしまいます。
    それでも、2024年は「余裕を持つ大切さ」を身に沁みて感じることができました。
    これからはその教訓を胸に生きていきたいと思います。

    昨年の年明けに書いたnoteでは、ストレスに耐えかねて悩んでいたことを綴っていました。
    あの頃と比べると成長したな、という実感があります。

    これらを踏まえて考えた2025年の目標は「幸福を感じる」こと。
    引き続き終わらない挑戦を続けつつも、できるだけ我慢しないように生きていきたい。ハッピーに生きていきたい。

    フランス語の勉強に時間を割いて、もっと話せるようになる。
    ワーホリが終わった後の生活を決め、具体的に動いていく。
    フリーランスの仕事を拡大するために、案件獲得にもスキルアップにも注力していく。
    まだまだしなければならないことはたくさんあります。

    それでも、もっと自分に優しく、心地よい生活をしていけるように。
    あまり自分を追い込んでも疲れるだけです。

    これからも僕は迷いながら生きていくのでしょう。
    それでもたぶん日々少しずつ前に進んでいるし、そんな自分に期待してもいいのでしょう。
    そして、その先に見える違った景色に喜びを感じられたら良いなと思います。


    本当のことを言えば、仕事も金銭面も安定させたい。
    それでもやっぱり挑戦して安定を捨ててしまうんだろうな。
    でも結局、その一瞬が楽しいと思えればそれでいいかも。

    今年が去年以上に面白い一年になりますように。
    これからも関わるすべての人への感謝の気持ちを忘れずに。
    今年もよろしくお願いします。

    これからもこの田舎町での生活は続きます。




    ↓ワーホリのきっかけなどはこちらに書いてます。

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    やってみて、考えて、言葉にする。日々の暮らしで見つけた小さな気づきを、自分なりの言葉でまとめています。 フリーランスとしてWeb制作・マーケティングに携わる32歳。フィリピン就職、ジョージアノマド生活、フランスワーホリを経て、大阪在住。旅と本と野球とお酒のために生きている。

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