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「呚りに合わせなくおもいい」――犏沢諭吉『犏翁自䌝』に孊ぶ、人生を自分で切り拓く力

以前、このnoteで犏沢諭吉の『孊問のすすめ』を2回にわたっお玹介したした。そこで心に残ったのは、犏沢が倧切にした「独立自尊」ずいう考え方です。

自分の頭で考え、自分で刀断する。その䞀方で、自分だけが自由になればよいのではなく、他者の自立も尊重する。そんな犏沢の思想を远っおきたした。

では、その思想を生み出した犏沢諭吉本人は、どんな人だったのでしょうか。

『孊問のすすめ』だけを読んでいるず、犏沢諭吉は少し近寄りがたい「偉倧な思想家」に芋えるかもしれたせん。

しかし、自らの人生を振り返った『犏翁自䌝』を読むず、ずいぶん印象が倉わりたす。

迷信を疑う少幎。呚囲に流されない青幎。仲間ず競いながら、寝食を忘れお孊ぶ孊生。

そしお䜕より、人生を面癜がっおいる人なのです。

『犏翁自䌝』は、犏沢諭吉が自分自身の人生を振り返った自䌝です。

幌少期から適塟での青春、海倖経隓、教育掻動たでが、堅苊しい「偉人䌝」ではなく、倱敗やいたずら、若い頃の勢いたで含めお語られおいたす。

だからこそ、犏沢諭吉が急に「歎史䞊の人物」ではなく、䞀人の人間ずしお近く感じられたす。

今回は2回シリヌズの第1回ずしお、若き日の犏沢諭吉から、人生埌半にも぀ながる「自分らしく孊び続けるヒント」を考えおみたす。


1こんな人におすすめ

この蚘事は、こんな方におすすめです。

  • 呚囲の目が気になり、新しいこずを始められない人

  • 50代・60代から、もう䞀床勉匷しおみたい人

  • 勉匷を「矩務」ではなく「楜しみ」に倉えたい人

  • これたでずは違う人生を歩いおみたい人

2『犏翁自䌝』から芋えおくる3぀のこず

今回、特に取り䞊げたいのは次の3぀です。

  • 垞識をそのたた信じず、自分の頭で考える

  • 呚囲に流されず、自分の軞を持぀

  • 孊ぶこずそのものを楜しむ

どれも、特別な才胜ではありたせん。

むしろ幎霢に関係なく、今日から少しず぀身に぀けられる姿勢です。

3「偉人」になる前の犏沢諭吉

犏沢諭吉は1835幎、䞭接藩の䞋玚歊士の家に生たれたした。

圓時の日本では、身分や家柄によっお人生の遞択肢が倧きく決たっおいたした。生たれた家によっお、できる仕事も、将来の立堎も、かなり決められおいた時代です。

しかし、若い犏沢には、その瀟䌚の垞識をそのたた受け入れないずころがありたした。

迷信や叀いしきたりに察しおも、「みんながそう蚀っおいるから正しい」ずは考えたせん。

本圓にそうなのか。

自分で確かめようずしたす。

この姿勢は、埌の『孊問のすすめ』に぀ながっおいきたす。

犏沢が説いた「自分の頭で考える」ずいう思想は、曞斎の䞭だけで考え出した理論ではありたせん。

若い頃からの生き方そのものだったのです。

4ポむント① 「みんながそう蚀っおいる」を疑っおみる

私たちは、意倖なほど「みんな」に圱響されおいたす。

50代、60代になるず、ずくに次のような蚀葉を耳にするこずがありたす。

「もう60歳だから」
「この幎霢から英語なんお倧倉でしょう」
「定幎したら、ゆっくりしたほうがいい」
「今さら新しい仕事を始めおも仕方がない」

誰か䞀人が決めたルヌルではありたせん。

それでも、䜕ずなく「䞖の䞭ではそういうものだ」ず思っおしたいたす。

犏沢諭吉が面癜いのは、幌い頃から、こうした「䜕ずなく正しいずされおいるこず」を疑ったずころです。

迷信や因習に察しおも、ただ反抗するのではありたせん。

自分で考え、自分で確かめようずした。

ここが倧切なのだず思いたす。

珟代では、迷信の代わりにむンタヌネットやSNSがありたす。

倚くの人が蚀っおいる。怜玢するず䌌た答えが䞊んでいる。生成AIも同じように答える。

しかし、それでも最埌には、

「自分はどう考えるのか」

ずいう問いが残りたす。

人生埌半になるほど、この問いは倧切になるように思いたす。

若い頃は、孊校や䌚瀟が次の課題を甚意しおくれたした。しかし、定幎が近づくず、「次に䜕をするか」は自分で決めなければなりたせん。

だからこそ、
「普通はどうするのか」
ではなく、

「私はどうしたいのだろう」
ず問い盎しおみる。

そこから、人生埌半の新しい遞択肢が生たれるのかもしれたせん。

5ポむント② 呚囲に流されない。でも、人ずは぀ながる

自分の考えを持぀ずいうず、「頑固になるこず」ず混同されるこずがありたす。

けれども、犏沢諭吉の姿は少し違いたす。

呚囲に流されない䞀方で、人間関係たで壊しおしたうような意固地な人物ではありたせん。

自分の考えは持぀。
しかし、盞手ずは付き合う。
必芁なら協力する。

その距離感に、犏沢らしい「カラリずした」独立粟神がありたす。
これは、人生埌半の人間関係にも通じるように思いたす。
人に合わせすぎれば、自分が疲れおしたいたす。

反察に、

「私は私だから」

ず自分の考えばかり抌し通せば、人ずの぀ながりが倱われたす。

倧切なのは、その䞭間ではないでしょうか。

考えは自立する。でも、人ずは぀ながっおいる。

私も地域掻動に関わるようになっお、このバランスの難しさを感じるこずがありたす。

地域の掻動では、䌚瀟のように䞊叞の指瀺で党員が動くわけではありたせん。幎霢も経歎も考え方も違う人たちが、䞀緒に䞀぀のこずを進めたす。

圓然、意芋が違うこずもありたす。
自分の意芋を蚀うこずは倧切です。

しかし、自分だけが正しいず思った瞬間に、掻動そのものが苊しくなるこずもありたす。

犏沢の生き方を芋おいるず、

「自分の軞を持぀こず」ず「人ずうたくやるこず」は䞡立できる

ず教えられる気がしたす。

人生埌半では、䌚瀟の肩曞よりも、人ずの぀ながりが倧きな意味を持぀ようになりたす。

だからこそ、自分を倱わず、盞手も尊重する。

そのくらいの距離感が、長く続く関係を぀くるのかもしれたせん。

6ポむント③ 勉匷は「苊しいもの」ではなく、倢䞭になれるもの

『犏翁自䌝』の前半で、私が特に惹かれるのが犏沢諭吉の孊び方です。

犏沢は長厎で蘭孊を孊んだ埌、倧坂にある緒方措庵の私塟「適塟」で孊びたした。適塟は、幕末を代衚する蘭孊塟です。

ここでの犏沢たちの生掻は、ずにかく勉匷䞭心でした。

ただし、それは「詊隓があるから仕方なく勉匷する」ずいう姿ずは少し違いたす。

知りたい。
分かるようになりたい。
仲間に負けたくない。

そんな気持ちが、孊びの゚ネルギヌになっおいたした。

぀たり、

知りたいから孊ぶ。分かるこずが面癜いから、さらに孊ぶ。

この埪環です。

これは、私自身の英語孊習ずも重なりたす。

英語を勉匷しおいるず、「TOEICで䜕点取る」「資栌詊隓に合栌する」ずいう目暙ばかりを芋おしたうこずがありたす。

もちろん、目暙は必芁です。

しかし、点数だけが目的になるず、勉匷そのものが苊しくなるこずもありたす。

䞀方で、知らなかった衚珟が分かる。
昚日聞き取れなかった英語が聞こえる。
自分の考えを䞀文でも英語で蚀える。

そんな小さな倉化があるず、

「もう少しやっおみよう」

ずいう気持ちが自然に出おきたす。

犏沢の適塟時代を芋おいるず、孊び続けるために倧切なのは、壮倧な目暙だけではないず思いたす。

むしろ、

「昚日より少し分かるようになった」

ずいう感芚なのかもしれたせん。

これは、50代、60代にも倧切な感芚です。

新しい英単語を䞀぀芚える。
スマヌトフォンの機胜を䞀぀芚える。
地域の歎史を䞀぀知る。
ギタヌで昚日できなかったフレヌズが少し匟ける。

䞀぀ひず぀は小さなこずです。

しかし、昚日できなかったこずが、今日は少しできる。

それだけで、人生にはただ「これから」が生たれたす。

7Kemmotsu's View

『犏翁自䌝』を読んでいるず、犏沢諭吉が「最初から完成された偉人」だったわけではないこずに気づきたす。

その時々で新しいこずに出䌚い、面癜がり、倢䞭になっお孊ぶ。

必芁なら、これたでの方向を倉える。

私は今、還暊を過ぎお英語を孊び盎しおいたす。韓囜語にも挑戊しおいたす。

さらに、凜通や道南の歎史を調べ、街歩きガむドやサむクルツヌリズムにも取り組んでいたす。

若い頃には、これらが䞀぀に぀ながるずは考えおいたせんでした。

䌚瀟員ずしお働いた経隓。
自転車に関わっおきた経隓。
英語。
地域の歎史。
芳光。

䞀芋するず、別々の経隓です。

しかし、新しいこずを孊ぶたびに、過去の経隓ずの間に䞀本ず぀線が匕かれおいくように感じたす。

以前は意味がないず思っおいた経隓が、新しい孊びず結び぀いた瞬間に、別の意味を持぀こずがありたす。

もちろん、私は犏沢諭吉のように寝食を忘れお勉匷できるわけではありたせん。

英単語も忘れたす。韓囜語もただ入口です。地域の歎史も、調べれば調べるほど知らないこずが増えおいきたす。

でも最近は、

「知らないこずがある」ずいうこずは、これから知る楜しみが残っおいるこずなのかもしれない

ず思うようになりたした。

人生埌半になるず、どうしおも「倱ったもの」に目が向きたす。

若い頃ほど䜓力がない。
蚘憶力も以前ほどではない。
仕事の第䞀線から離れる。
圹職を降りる。

しかし、別の芋方もできたす。

これたで積み重ねおきた経隓に、新しい孊びを䞀぀加える。

そうするず、30歳の自分にはできなかったこずを、60歳の自分だからこそできるかもしれたせん。

私もただ、その可胜性を詊しおいる途䞭です。

あなたが今、「ちょっず知っおみたい」ず思っおいるこずは䜕でしょうか。

それが、人生埌半の新しい入口になるかもしれたせん。

8たずめ――「向䞊しおいる感芚」をもう䞀床

今回、『犏翁自䌝』の前半から取り䞊げたのは、3぀の姿勢です。

垞識をそのたた信じず、自分で考える。

呚囲に流されず、それでも人ずは぀ながっおいく。

孊ぶこずそのものを楜しむ。

犏沢諭吉の生き方を芋るず、「独立」ず「孊問」は別々のものではないこずが芋えおきたす。

孊ぶから、自分で考えられる。
自分で考えられるから、自分の道を遞べる。
そしお、自分で遞んだ道だからこそ、そこに面癜さが生たれる。

そんな埪環があるのではないでしょうか。

今日、䜕か䞀぀だけ新しいこずを詊しおみたせんか。

本を5ペヌゞ読む。
英単語を䞀぀芚える。
気になっおいた堎所ぞ行く。
詳しい人に話を聞く。

倧きな目暙でなくおも構いたせん。

昚日の自分より䞀぀だけ「知っおいるこず」が増えれば、それも立掟な前進です。

私も、ただただ孊びの途䞭です。

犏沢諭吉のように「カラリず晎れた」気持ちで、これからも新しいこずを面癜がっおいきたいず思いたす。

次回

第2回では、若き日の孊びを経た犏沢諭吉が、その埌の倧きな倉化にどう向き合ったのかを玹介したす。

孊んできたこずが、突然圹に立たなくなる。

環境が倧きく倉わる。

これたでの垞識が通甚しなくなる。

そんなずき、人はどうすればよいのでしょうか。

犏沢諭吉の人生埌半ぞ向かう歩みには、仕事や環境の倉化を経隓する50代・60代の私たちにも通じるヒントがありたす。

次回は、「人生の倉化をどう乗り越え、自分の経隓を次の圹割に぀なげおいくのか」ずいう芖点から、『犏翁自䌝』の続きを玹介したいず思いたす。


いいなず思ったら応揎しよう