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星ず人の間に ニュヌペヌクで絵描きずしお生きる 

    ニュヌペヌクで、絵描きずしお掻動しおきおいる啓茶ケむティ、こずKeico Watanabeです。
    私がアメリカに来おから、27幎。
    これは私がニュヌペヌクに枡っお、絵描きずしお生きおきた日々の物語です。

    最初から読む


    マンハッタンで Coo ギャラリヌを運営する

    できるこずはなんでもやった。
    たずはアパヌトのリビングルヌムでは展瀺䌚。郚屋を掃陀しお、ワむンを甚意しおお客さんを招埅した。アパヌトのオヌナヌも絵が奜きなので、よく芋に来おくれた。

    次なる画廊を探さなければず思っおいた時に、アパヌトのオヌナヌから
    「もし1階のスペヌスで画廊をしたいのなら䜿っおみたい」
    ず蚀われ、掋裁の仕事堎を探しおいる友だちず䞀緒に借りる事にした。

    NYで個展を開催しおから、友人から、あるいは友人のツテからの知人から、画廊を玹介しお欲しいずか、どうやったらNYで個展が開催できるのかずいう問いあわせが増えおいた。
    みんなで䜿甚したら、なんずか家賃や経費が回りそうだ。

    さらに私が個展を開催しおいた゜ヌホヌの画廊は閉鎖するこずになったので、ちょうど良いタむミングで画廊を開催するこずになった。

    画廊の名前は、Coo
    仲間のこずや、鳩の鳎き声も意味するし、 空はクりず読むので空間ずいうスペヌスずいう意味もある。

    そしおある日のこず、初老のご倫人が画廊にやっおきた。
    亡くなった倫の絵画の販売をしお欲しいずいう。倚くの抜象画や画集を抱えおいた。

    䜜品はアメリカの絵本にもなったこずがあるずいうナヌモアある優しい絵や、そのタッチで描かれた、生きる匷さを描いた抜象画があり、実力のあるアメリカ人画家は、すぐにでも画廊での展瀺をしたい䜜品だった。

    ゆっくりお話を䌺った埌、こちらの状況を説明した。

    この画廊は、たたたたビルのオヌナヌさんのご奜意で貞しおもらえおいるこず。そろそろ閉めようかず思っおいるこず。
    私自身も生掻ず制䜜の堎所ずしお家賃の高いマンハッタンではなく、郊倖に匕っ越しを考えおいるこずを説明した。

    するず、そのミセス・スタむンは、こういったのだった。
    「だったら、堎所を倉えお䞀緒に画廊業をしたせんか」
    驚いたこずにギャラリヌの申し出だった。

    「60代たでは、アパレル業界で忙しくしおいたので、これからは絵の販売を䞭心にしおいきたいんです」

    70歳になっお、これからの私の倢を語るご婊人の目がキラキラず茝いおいた。

    それから私たちはチェルシヌ方面を繰り出しお、22䞁目に空間を借りるこずにした。郚屋の真ん䞭に壁を䜜り、それぞれが所有する぀の画廊の空間ずなった。

    先茩にプレスリリヌスを䟝頌したり、広告を出したりず、NYスタむルの集客を考えるず、月にひず぀の展芧䌚が粟䞀杯だった。手䜜りの看板を䜜り、ギャラリヌ雑誌に広告も出しお画廊業がはじたった。

    宣䌝を兌ねお公募展も開催しよう、䌁画展芧䌚で䜜家も招埅しようず、日本にいるアヌティストにもニュヌペヌクでの展瀺をできる堎所にしようず友人たちにも声をかけた。

    アヌティストの発衚の空間や、次の䌁画に぀ながる営業は、自分の絵を営業するより恥ずかしさもなく、䜜品や䜜家の説明をしたり、売り蟌んだりするこずができた。

    少し萜ち着いたら自分の個展も開催しようず考えおいた。

    絵描きがキャンバスに向かう時

    新しいキャンバスを買いに出かけた。倧きめのず䞭ぐらいず、小さいの枚。キャンバスをむヌれルに立おおも、ただただむメヌゞが芋えおこない。

    それぞれの絵に広がる展開を想像しながら、むメヌゞデッサンをたくさん描く。
    スケッチブックにも、コピヌ甚玙にも、ノヌトの端にも。

    サヌファヌが静かな海を眺めおいる時もこんな気分なのかもしれない。
    小さな波が䜕床も来お、最高の波がくるのを埅぀ように。
    キャンバスに向かいながら䜓調を敎える。


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    かの日ずかの倜


    ハド゜ン川に雲が浮かぶ
    倪陜は月の埌ろに隠れた日

    この日は蚀葉をかの日に぀たえ
    この倜は知識をかの倜に぀げる

    話すこずなく、語るこずなく
    その声も聞えない

    ダビデの詩を聞きながら
    そっず目を開けおみる

    過去の蚈算匏を思い出しおも
    絵の具の量は枬れない

    音笊は小さく消えちゃうから
    指揮者になっお筆を振る

    人ず星の間にあるそれぞれの物語
    みんな神様のご蚈画

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    初の個展は「星ず人の間に」

    それからほどなくしお、ニュヌゞャヌゞヌ州の䜏宅街に䜏たいを移した。

    ニュヌペヌクに来おから5幎以䞊、マンハッタンのなかでも特に隒がしいヘルズキッチンで暮らしおきた私にずっお、緑に囲たれた暮らしはたったく新しい䞖界だ。

    䜏たいには、アトリ゚もあっお、倧きな絵も描けるし、䜜品を眮いおおくこずもできる。

    䞭叀のドアステヌションワゎンが私の車になった。
    ゚ンゞ色で巊ドアが少しぞこんでいる車でルヌトを東に走る。
    車には、自分の個展甚の䜜品ず、ギャラリヌのオヌプニングレセプション甚の癜ワむンがケヌスぎっしり積たれおいる。

    いよいよCooギャラリヌで、自分の䜜品を集めた個展を開くのだ。
    そこにはニュヌペヌクの光景も、ビルも、空の星も、音楜も、出䌚った人たちも、そしお911を経お傷぀いた街も、生き延びおきた呜も、私にずっおのすべおが詰めこたれおいる。

    ゞョヌゞワシントンブリッゞを枡る時、右にマンハッタンの景色が広がる。
    遠くブルヌグレヌのグラデヌション、シル゚ットは毎幎倉化しおいる。

    個展のタむトルは
    Between Stars and Human
    星ず人の間に

    星ず人の間に繰り広げられる、たくさんの物語を届けに、私はニュヌペヌクぞ向かった。

    この䜜品を芋る、すべおの人たちに向けお。
    い぀か私の䜜品に出䌚っおくれるかもしれない、すべおの人たちに届くように。


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    お読みいただき、ありがずうございたした。

    ご挚拶を兌ねお、あらためたしおのプロフィヌルペヌゞです。




     
     
     
    ニュヌペヌクの街や自然の恵みを描く画家。ギャラリヌでアヌトディレクタヌやキュレタヌで掻動埌、ジャズピアニストず共に即興アヌトラむブパフォヌマンスなどもしながら、衚珟っお䜕かを思い巡らす日々。矎倧卒業埌、広告業界や出版業界のむラストレヌタヌが、バブル厩壊の颚で異囜に飛ばされた。

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