「一緒に考える」——余白とリスクをどう共有するか
長年、精神疾患や発達特性を持つ方たちの就労や生活の支援をしていますが、就職はしたいけどどこから始めたらいいかわからず、「どうしたいですか?」と問われてもどうしていいかわからず、「分からない」という返事が返ってくることがあります。
働きたい気持ちはあるけれど、どの選択がいいのかも分からない。そうした状態の中で、動けなくなってしまうことも少なくありません。
選択肢の提示だけでは、選べない
そのとき支援の中で行われがちなのが、選択肢を提示することです。働き方やサービスの情報を並べ「どれにしますか」と問う。ただそれだけでは、選べないまま終わってしまうこともあります。
なぜなら、その人の中でまだ意思が形になっていないからです。情報だけではなく、その人の内側で何かが動き出す必要があるのです。
「考える」とは、内側を見ていくこと
「一緒に考える」とは、その人の中で何が起きているのかを見ていくことでもあります。なぜ迷っているのか。どこに不安があるのか。どんな経験が重なっているのか。そうしたことを、急がずに少しずつ言葉にしていく。
その過程の中で「やってみたい」「少し怖い」といった感覚が見えてきたとき、はじめて選択が現実的なものになります。選択肢が情報から、その人の内的な欲求へと変わるのです。
人によって異なる「試す」の形
ただこのときどれくらい試してみるのか、どれくらい余白を持てるのかは人によって異なります。トライアンドエラーの中で学べる人もいれば、ひとつの経験が大きな負担になる人もいます。
就労支援の中でIPSの考え方に触れると「まずやってみる」という関わりに不安を感じることもあります。「失敗したらどうするのか」といった声が出てくるのも自然なことです。
「やる・やらない」ではなく「どのような形で」
だからこそ大切なのは「やるかやらないか」を決めることではなく、その人にとってどのような形なら試せるのかを一緒に考えることなのだと思います。
どの程度のリスクなら受け止められるのか。うまくいかなかったときに、どう支えられるのか。そうした前提を共有することで「やってみる」という選択は現実のものになっていきます。
余白そのものを共有する
「一緒に考える」とは答えを出すことではなく、その人の中で答えが育っていくプロセスに関わること。
その中には、どれくらい試すのか、どれくらい守るのかといった余白そのものを共有していくことも含まれているのかもしれません。
支援者と本人が同じリスク観、同じ試行観を持つのではなく、その違いを認識した上で、「では、どのような形なら一緒に歩めるのか」を探り出す。その営みの中に「一緒」があるのかもしれません。
このテーマについては、こちらでも書いています。
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