SDMという言葉の前に、起きていること
現場で一緒に仕事をするスタッフたちや、サービスを利用していただいている方たちとの、気持ちや意思の共有のことをいくつかの記事の中で書いてきました。
SDM(Shared Decision Making)という言葉の元、まとめなおしてみました。
支援の場面では「どの選択が正しいのだろう」と考えることがあります。どの選択が適切なのか。どの関わり方がその人にとって良いのか。正解を探したくなる場面も少なくありません。
ただ実際には、その「正解」が今この場にあるとは限らないように感じます。
正解は、後からその人の人生の中で形づくられる
どの選択がよかったのか。どの関わりが意味を持っていたのか。それは後から、その人の人生の中で少しずつ形づくられていくものなのかもしれません。
そう考えると今この場で「これが正解です」と決めきることは、とても難しいことなのだと思います。
意思は、関わりの中で立ち上がる
そもそも人は最初から明確な意思を持っているわけではありません。「どうしたいのか分からない」という状態から始まることも多くあります。
その中で誰かと話したり考えたりする中で、少しずつ輪郭が見えてくる。ぼんやりしていたものが、関係の中で少しずつ形になっていく。
また一人で考えているだけでは見えなかったことが他者と関わる中で見えてくることもあります。似たような経験に触れることで孤立感がやわらいだり、「自分はそれは違う」と感じることで自分の感覚に気づいたりする。
そうした積み重ねの中で「こうしたいのかもしれない」という感覚が生まれてきます。
見えない文脈に「聞く」ことで近づく
ただそのプロセスはいつもスムーズに進むわけではありません。何を考えているのか分からない、行動の理由が見えない——そうした「意味不明」に見える状態もあります。
けれどそのときその人の中ではすでに文脈がつながっていることも少なくありません。ただそれが、まだ外からは見えていないだけなのかもしれません。
だからこそ「聞く」という関わりが大切になります。すぐに理解しようとするのではなく、分からないまま受け取り続けること。その余白の中で、少しずつ文脈に近づいていく。
関わりを重ねる中で、理解は少しずつ立ち上がっていきます。
チームの視点が、可能性を浮かび上がらせる
さらにそのプロセスは一人の中で完結するものでもありません。複数の視点が重なることで見えてくるものがあります。チームで関わることで、一人では見えなかった可能性や方向性が浮かび上がってくることもあります。
そうした中で、選択は一人で決めるものではなく、関係の中で形づくられていくものになっていきます。
SDMの本質は、言葉より前にある
振り返ってみると、こうした一連のプロセスは「共有意思決定(SDM)」と呼ばれている考え方に近いのかもしれません。
ただ現場では、その言葉を意識しているというよりも、「一緒に考える」という関わりの中で、自然と起きていることのようにも感じます。
一人でもなく、委ねるのでもなく
大切なのは正解を提示することではなく、その人が自分なりに選び、納得できる形で進んでいけるように、関係の中で支えていくこと。
一人で決めるのでもなく、誰かに決めてもらうのでもない。そのあいだで少しずつ形づくられていく意思決定。
それを後から「SDM」と呼ぶのだとすれば、私たちが大切にしてきた関わりもまた、その一つの形なのかもしれません。
今回は次の投稿を、SDMのもとまとめ直したものになります。
よかったら読んでみてください。
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