🌱100歳現役プロジェクト_健康・疾病予防🔯第3回 飲酒と三大疾病――「少量なら健康によい」は本当か
【プロローグ――お酒は百薬の長なのか】
若葉「先生、『酒は百薬の長』って言いますよね。ということは、健康のために毎日ちょっと飲んだほうがいいんでしょうか」
健先生「健康診断の問診票に『健康維持のため晩酌しています』と書く勇気は、なかなかのものですね」
若葉「でも赤ワインは心臓によいとか、日本酒は血行がよいとか聞きます」
健先生「お酒には、なぜか飲みたい人に都合のよい医学情報が集まりやすいんです」
若葉「医学界にも居酒屋派閥が?」
健先生「ありません。ただし、昔の研究結果が一人歩きしていることはあります」
今回のテーマは、飲酒と、がん・急性心筋梗塞・脳卒中という三大疾病との関係です。
長年、「少量の飲酒は心臓によい」「まったく飲まない人より適量飲酒者のほうが長生きする」という話が語られてきました。
しかし、現在はもっと慎重に考える必要があります。
【最初に結論――健康のために酒を飲み始める必要はない】
健先生「先に結論を言いましょう。健康のために飲酒を始めることは勧められません」
若葉「百薬の長、いきなり失業ですね」
健先生「文化的な言葉としては現役です。医学的な処方箋としては採用されていません」
現在の考え方を簡単にまとめると、
がんについては、少量でも一部のがんのリスクが上昇します。
心血管病については、少量飲酒に利益があるように見える研究はありますが、飲酒そのものが原因となって心臓を守っているとは証明されていません。
多量飲酒や一度に大量に飲む行為は、高血圧、脳卒中、不整脈、心不全などのリスクを明らかに高めます。
米国心臓協会(AHA)も2025年の科学的声明で、少量~中等量飲酒と心血管病の関係について研究結果は一貫せず、健康効果を目的として飲酒することを勧めていません。(professional.heart.org)
つまり、
「少量なら健康によい」ではなく、「少量でもゼロリスクではない。ただしリスクの大きさは飲酒量、病気、性別、体質などによって異なる」
と考えるほうが現在の医学に近いのです。
【なぜ「少量の酒は身体によい」と言われてきたのか】
若葉「でも先生、昔は『少し飲む人のほうが心筋梗塞が少ない』って研究があったんでしょう?」
健先生「ありました。そこがこの話をややこしくしています」
過去の観察研究では、飲酒量を横軸、病気や死亡のリスクを縦軸にすると、
まったく飲まない人より少量飲酒者のリスクが低く、その後、飲酒量が増えるにつれてリスクが上昇する
という形が見られることがありました。
これが、いわゆるJカーブです。
若葉「Jの左側が下がっているから、『ちょっと飲めば健康になる』と」
健先生「そう解釈された時代が長かったわけです」
しかし観察研究には難点があります。
酒を少量飲む人は、所得、食生活、運動習慣、人間関係、医療へのアクセスなどが非飲酒者と違う可能性があります。
さらに「飲まない人」の中に、
病気になったため酒をやめた人
が含まれている場合があります。
この人たちは元々健康状態が悪いため、非飲酒群全体の病気や死亡の割合を押し上げます。
若葉「つまり、『酒を飲まないから病気になった』と思ったら、『病気だから酒をやめていた』可能性がある」
健先生「そうです。原因と結果の向きを間違えると、乾杯の回数だけ増えてしまいます」
近年の遺伝的解析などでは、軽度~中等度飲酒による心血管保護効果が明確に確認されていません。WHOも、低量飲酒による一部の利益らしきものより、がんなど他の健康リスクを含めて考える必要があるとしています。(IRIS)
【がん――アルコールは発がん物質である】
若葉「三大疾病の一つ目、がんではどうでしょう」
健先生「ここは比較的はっきりしています。アルコール飲料は発がんリスクと関係します」
国際がん研究機関(IARC)はアルコール飲料を、ヒトに対して発がん性があることが確認されているグループ1発がん物質に分類しています。
アルコールは少なくとも、
口腔がん
咽頭がん
喉頭がん
食道がん
肝がん
大腸がん
女性の乳がん
などとの因果関係が確認されています。WHOは、がん予防という観点では安全と断定できる飲酒量はないとしています。(世界保健機関)
若葉「でも酒の種類によって違うんじゃないですか。赤ワインなら……」
健先生「赤ワインだけ発がん物質が玄関で靴を脱いで帰る、という仕組みはありません」
問題になる中心は、酒に含まれるエタノールです。
アルコールが体内へ入ると、
エタノール → アセトアルデヒド → 酢酸
という流れで分解されます。
この途中で生じるアセトアルデヒドにはDNAを傷つける作用があります。
つまり、ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキーと名前が違っても、アルコールを含む以上、基本的な問題は共通しています。
若葉「ラベルは違っても、中にいるアルコールさんは同一人物」
健先生「変装はしますが、身元は同じです」
特に日本人を含む東アジア人には、アセトアルデヒドを分解する酵素ALDH2の働きが弱い体質の人が少なくありません。
少量の酒ですぐ顔が赤くなる人は、その一つの手がかりです。
『顔が赤くなるけれど飲んで鍛えれば強くなる』という考え方は勧められません。
【少量でもリスクが上がるがんがある】
厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、日本人の研究結果をもとに疾病別の飲酒量が整理されています。
たとえば、食道がんや高血圧などには、少量からリスク上昇が認められる研究結果があります。
大腸がんについても、男女とも純アルコール150g/週程度からリスク上昇が示された研究が掲載されています。(厚生労働省)
ここで重要なのは、
「この量までは安全」という境界線ではない
ということです。
若葉「150gまでは無敵モード、という意味じゃないんですね」
健先生「身体には料金所のような『ここから有料』という線はありません」
あくまで、研究で統計的なリスク上昇が確認された量の目安です。
【急性心筋梗塞――少量飲酒は心臓を守るのか】
若葉「では心筋梗塞です。赤ワインが血管を守る話は?」
健先生「これが一番誤解されやすいところです」
少量~中等量飲酒者で、虚血性心疾患や心筋梗塞が少なかったという観察研究は存在します。
しかし、
アルコールそのものが心筋梗塞を予防している
と断定できるほどの証拠はありません。
AHAは2025年、軽度~中等度飲酒には心血管上の利益を示唆する観察研究がある一方、遺伝学的研究などでは明確な保護効果が確認されておらず、健康のために飲酒を勧める根拠にはならないとしています。(professional.heart.org)
そして飲酒量が増えれば話は変わります。
アルコールは、
血圧を上昇させる
中性脂肪を増やすことがある
不整脈を誘発する
心筋そのものを障害する
体重増加につながる
睡眠の質を悪化させる
といった経路から、心血管病に悪影響を及ぼす可能性があります。
若葉「心臓によいと思って飲んで、血圧が上がったら話が逆ですね」
健先生「健康食品なら返品したくなるところですが、アルコールには返品制度がありません」
特に高血圧がある人では、少量~中等量でも血圧へ悪影響を与える場合があります。AHAも、すでに高血圧がある人では1~2杯程度の飲酒でも血圧を悪化させる可能性を指摘しています。(American Heart Association)
【脳卒中――酒は血液をサラサラにするから大丈夫?】
若葉「酒は血液をサラサラにする、と聞いたことがあります」
健先生「健康情報で『サラサラ』という言葉が出てきたら、一度ブレーキを踏みましょう」
脳卒中には大きく、
脳の血管が詰まる脳梗塞
と、
脳の血管が破れる脳出血・くも膜下出血
があります。
大量飲酒は、特に高血圧を介して脳卒中の危険を高めます。
また一度に大量に飲む一時多量飲酒・いわゆる binge drinkingは、血圧変動、不整脈、脱水などを通じて心血管系に負担をかけます。
厚生労働省のガイドラインに掲載された日本人の研究では、脳卒中についても飲酒量とリスクの関係が示されています。特に出血性脳卒中では、女性では少量からリスク上昇がみられる研究結果も掲載されています。(厚生労働省)
若葉「『少し酒を飲めば血液がサラサラになって脳梗塞予防』というほど簡単ではない」
健先生「人体は居酒屋のメニューほど単純ではありません」
【実は三大疾病をつなぐのが高血圧】
飲酒を三大疾病という視点で考えると、特に重要なのが血圧です。
高血圧は、
心筋梗塞
脳卒中
の非常に重要な危険因子です。
厚生労働省のガイドラインでは、高血圧について少量の飲酒からリスクが上昇する研究結果が掲載されています。(厚生労働省)
若葉「酒そのものだけを見るのではなく、血圧への影響も見る必要がある」
健先生「そのとおり。健康リスクは単独犯とは限りません。だいたい共犯者がいます」
飲酒量が増えると、
飲酒
↓
血圧上昇
↓
動脈への負担
↓
心筋梗塞・脳卒中リスク上昇
という経路も考える必要があります。
【「男性40g、女性20g」なら安全、ではない】
若葉「ところで『男性40g、女性20g』という数字を見たことがあります」
健先生「ここも非常に重要な誤解ポイントです」
厚生労働省では、1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上になると「生活習慣病のリスクを高める量」としてきました。(健康日本21アクション支援システム)
しかしこれは、
男性なら毎日39gまで安全
女性なら毎日19gまで健康的
という意味ではありません。
若葉「上限速度40kmだから39kmなら事故が起きない、という話ではない」
健先生「よい例えです。しかも身体には速度計が付いていません」
疾病によっては、それより少ない量からリスクが上昇します。
したがって、この数字を**『健康に良い飲酒量』『安全量』として使わないこと**が大切です。
【飲酒量は「何杯」より純アルコール量で考える】
健先生「では、お酒との付き合い方を数字で考えてみましょう」
厚生労働省は、お酒の量そのものではなく、含まれている純アルコール量を見ることを勧めています。
計算方法は、
飲んだ量(ml)×アルコール度数×0.8
です。
たとえば、
5%のビール500mlには純アルコール約20g
が含まれます。(厚生労働省)
若葉「『ビール一本だけ』ではなく、中にアルコールが何g入っているかを見る」
健先生「そうです。『一杯』は医学的にはかなり大ざっぱな単位です。居酒屋によってグラスの大きさまで違いますから」
缶や瓶の表示を見て、自分が一週間にどの程度の純アルコールを摂取しているのか、一度計算してみるだけでも飲酒習慣が見えやすくなります。
【毎日少しずつなら大丈夫なのか】
若葉「一気飲みが悪いなら、毎日ちびちび飲めばいいんですね」
健先生「若葉さんは、私の説明から必ず飲める道を探しますね」
一度に大量に飲むよりは、一時多量飲酒を避けることは重要です。
しかし、
毎日飲むことが健康法になるわけではありません。
飲酒量は積み重なります。
さらに、毎日飲酒する習慣は「少量だったはずが少しずつ増える」という問題もあります。
厚生労働省は、健康に配慮した飲み方として、
・あらかじめ飲む量を決める
・飲酒前や飲酒中に食事をとる
・飲酒の合間に水を飲む
・一週間のうち飲まない日を設ける
・短時間の多量飲酒を避ける
ことなどを挙げています。(厚生労働省)
【「休肝日」があれば大量に飲んでも帳消し?】
若葉「じゃあ月曜から木曜まで休肝日にして、金土日にまとめて飲めば……」
健先生「健康管理をポイントカード方式にしないでください」
休肝日を設けることには、飲酒量を管理し、習慣化を防ぐ意味があります。
しかし、休んだ日数と引き換えに大量飲酒してよいわけではありません。
特に短時間に大量のアルコールを摂取する飲み方は避けるべきです。
週の総量と、一回に飲む量の両方を見る
ことが大切です。
【こんな人は特に慎重に】
アルコールの影響には個人差があります。
同じ一杯でも、年齢、性別、体格、遺伝的体質、病気、薬によって影響は違います。
特に、
・少量で顔が赤くなる人
・高血圧がある人
・肝疾患がある人
・がんの治療中または治療後の人
・不整脈や心臓病がある人
・脳卒中の既往がある人
・糖尿病などの生活習慣病がある人
・複数の薬を服用している人
・高齢になりアルコールの影響を受けやすくなった人
などは、一般的な「適量」という言葉だけで判断せず、医師や薬剤師に確認することが重要です。
薬の種類によってはアルコールとの相互作用があります。
自己判断で薬を減らしたり、薬を飲む日は酒を優先したりしてはいけません。
【飲めない人は、飲めるようになる必要がない】
若葉「私はそんなに飲めないんですが、健康のために赤ワインくらい練習したほうが……」
健先生「その練習科目は履修しなくて結構です」
現在飲酒していない人が、
心筋梗塞予防
血行改善
ポリフェノール摂取
などを理由に飲酒を始める医学的理由はありません。
赤ワインに含まれるポリフェノールを取りたいなら、アルコールを飲まなくても食品から摂取できます。AHAも健康効果を目的とした飲酒開始を勧めていません。(www.heart.org)
若葉「ブドウは食べればいい」
健先生「健康のためにワインを飲まなければならないほど、ブドウは不親切ではありません」
【では、お酒は完全に悪者なのか】
若葉「ここまで読むと、お酒を飲むこと自体が悪いように感じてしまいます」
健先生「そこも極端に考える必要はありません」
酒には、食文化、祝い事、人との交流、楽しみという側面があります。
医学が言っているのは、
『酒を楽しんではいけない』ではなく、『健康によいから飲む、という説明は現在の科学では支持しにくい』
ということです。
そして健康リスクという観点では、
飲む量が少ないほどリスクも小さくなる方向
にあります。
WHOは、「少ないほどよい、飲まないならそのままでよい」という方向性を示しています。(世界保健機関)
若葉「つまり、お酒を薬として飲むのではなく、飲むなら嗜好品としてリスクを理解して飲む」
健先生「それが大人の付き合い方でしょう」
【今日からできること】
飲酒習慣がある人は、いきなり完璧な禁酒を目指さなくても構いません。
まず次のことから始められます。
・自分が一週間に何日飲んでいるか確認する
・一回の純アルコール量を確認する
・飲む前に「今日はここまで」と量を決める
・水を一緒に飲む
・空腹で飲まない
・一週間の中に飲まない日をつくる
・宴会でも短時間の大量飲酒を避ける
・血圧を定期的に測る
・眠るための酒にしない
特に大切なのは、
「適量だから大丈夫」と思考停止しないこと
です。
若葉「禁酒か大酒か、二択にしなくていいんですね」
健先生「健康づくりは裁判ではありません。有罪か無罪かではなく、リスクを少しずつ減らしていく作業です」
【三大疾病から見た飲酒の結論】
三大疾病ごとに整理すると、考え方はこうなります。
がん
アルコールは明確な発がん要因であり、少量でも一部のがんのリスクは上昇します。がん予防だけを考えれば、飲酒量は少ないほど有利です。
急性心筋梗塞
少量飲酒による保護効果を示唆する研究はありますが、因果関係は確立していません。健康のために飲酒を始めることは推奨されません。多量飲酒は高血圧、不整脈、心不全などを通じて心血管リスクを高めます。
脳卒中
多量飲酒や一時多量飲酒はリスクを高めます。特に高血圧を通じた影響が重要で、脳出血・脳梗塞の双方を考える必要があります。
そして三つに共通する結論は、
「健康のために酒を飲む必要はない。飲むならリスクを理解し、少ない量で付き合う」
ということです。
【エピローグ――百薬の長の正体】
若葉「先生、今日から『健康のための一杯』とは言わないことにします」
健先生「何と言うんです?」
若葉「『好きなので、リスクを理解したうえで一杯』」
健先生「医学的には、ずいぶん正直になりました」
若葉「でも乾杯くらいはしていいでしょう?」
健先生「もちろん。ただし健康に乾杯するなら、飲み過ぎないところまでが乾杯です」
若葉「二杯目からは?」
健先生「健康ではなく、本人の判断に乾杯ですね」
「少量なら健康によい」という魔法の量を探すより、自分の飲酒量を知って少し減らす。
100歳現役を目指すなら、そのくらい現実的な付き合い方が長続きします。
この記事は一般的な健康情報を解説するものです。症状、検査結果、薬、治療については、自己判断せず医師や医療機関へ相談してください。
