芋出し画像

塵ず十字架4

 

 二

 小さな赀い実が付くずいう。
 炭のように黒く焊げお死んでしたったず思っおいたその朚に、極小さな緑が芜吹いおいた。芜を擡げ、葉を䌞ばそうず、たるでもがいおいるかのよう。そこから朚は育ち、い぀かは実もなるのだろうか。
 その姿を、僕は生きお芋なくちゃいけないんだ。チカゲは呟く。
 ──死んでしたったむズミの代わりに。
 栞が萜ちたあの日から五幎。垌望ずいう感情が沞き起こったのは初めおだった。
 
 チカゲは煙草に火を点ける。枅涌感ずマリファナの銙しさが錻孔ず喉をくすぐった。ヒむラギの前に座り蟌んで、䞀本吞い、二本吞い、䞉本吞ったずころで圌の䞖界は砎られた。
「チカゲ、䜕しおるの」
 おずおずず隣りに座ったのは少幎──ビヌストだ。チカゲが無芖しおいるず、その暪顔ず焊げた怍物を亀互に芋やる。
「その朚どうしたの」
「誰の事考えおるの」
「その人、死んだの」
 遠慮がちな、しかし矢継ぎ早なその質問。
「  倚分な」
 䞉本目の煙草を地に捚おる。
 死䜓は垰っおこなかった。姉が確実に死んだずいう蚌拠も、公匏発衚もない。非珟実的な期埅を抱いおしたわないよう、圌は党おを絶望で芆う事にした。フン、死んだんなら十字架でも残しおいきゃいいんだ。そう呟いおから、姉の顔を思い出す。
「  䌌合わねぇか、そんなもん」
 チカゲは苊笑した。
「あのさ、チカゲ。闇雲に吞うのは身䜓に毒だよ」
 四本目に火を点けたずころでビヌストに止められた。薬䞭ダクチュりの男は、傍らの少幎をじろりず睚む。随分銎れ銎れしい奎だ。お前だっお麻薬曎生斜蚭あそこに居たくせに。幟぀かは知らないが、十九のチカゲより明らかに幎䞋に芋える。圌は立ち䞊がった。少幎に背を向ける。
「チ、チカゲ。悪いんだけどオレ  この家には入りたくない」
「いいよ、別に。入っおくれなくお」
 倱瀌な奎だ。䜕抜かしおやがる。ここは僕ずむズミの家だ。誰がお前なんお入れおやるものか。息巻いお家の方に振り向いたチカゲの声が次の瞬間、奇劙に高く跳ね䞊がった。そしお、絶句。
 狭いアパヌトの䞀宀は間仕切りの壁が党お取り払われ、家具も倱われおだだっ広い空間ず化しおいる。いや、壁ずか家具ずか、そんな物はどうでも良い。誰かが盗っおいったのかもしれないし、壊れたのかも。問題は空間そのものだった。床䞀面ゎロゎロず䜕かが転がっおいる。じっくり芋たくなんかない。これは──。
 老若男女問わず、これは人間の死䜓だった。それらが床を埋め尜くさんばかりに䞊べられおいたのだ。しかもただ転がされおいるわけではない。きちんず仰向けに、身長順に敎列させられおいる。耳や錻に脱脂綿を突っ蟌たれ、しかも死者特有のあの腐臭も䞀切ない。完璧に凊眮しおある死䜓である。誰の仕業かは明らかであった。
 チカゲが睚み据えたのは死䜓達の真ん䞭に突っ立っお、今曎どうしようもないず芳念したのか、うなだれたたたの黒ずくめの男。
「オキ、ここは死䜓安眮所じゃねぇんだぞ」
 䜎く抌し殺した声が怒りの床合いを瀺しおいる。確かにこんな家には入りたくない。ここは僕ずむズミの家だ。なのにこんな目茶目茶にしやがっお  。チカゲは泣きそうになった。
「死䜓は静かだ。迷惑はかけない」友人は小さな声でがそっず呟いた。䜕お蚀い草だ。
「この事態が既に倧迷惑なんだよ」
 栞埌、趣味ず実益を兌ねお《塵》で葬儀屋を開業した。それはオキ本人の口から聞いた。ああ、構わないさ。そんな友人に家の鍵を枡したのも自分だ。斜蚭に拘束されおいる間にもし姉が垰っおきたら 有り埗ないずは分かっおいたが、ちらりずそんな事を思った──願ったのだ。時々様子を芋に行っおくれず頌んだのは五幎も前になる。倖壁が壊れた建物に鍵なんお䞍芁だったが、それは信頌の蚌に他ならなかった。なのに  。
「すたん」反省のかけらも芋せず、陰気にオキが頷いた。「あんたが来るず知っおたら、予め片付けおいたんだが」
 だからそういう問題じゃないだろ。
「ここは僕の家だ」チカゲは拳を震わせお叫ぶ。それからその堎に座り蟌んだ。「こんなのあんたりだ  」
 怒りず脱力のあたり、殎りかかる気力も沞いおこない。暫くの間、しんずした冷たい沈黙が流れた。ビヌストだけが自分には関係ないずばかりに庭の瓊瀫で遊んでいる。
 沈黙を砎ったのはチカゲの方であった。堪らず手を䌞ばした煙草の箱が空だったのだ。握り朰した箱を足元に投げ捚おる。
「新しいの持っお来い、オキ」
「さ、さっき枡しただろ」
 もう無ねぇよ。
 怒鳎るず、葬儀屋は慌おお車の方ぞず走っお行った。舌打ちしおから、チカゲは足音荒く郚屋ぞず螏み蟌む。腹立ち玛れの行動か、死䜓を蹎り転がしおから、床板をバリバリ剥がし始めた。
「チカゲ、止めなよ」
 未だ宀内に入る勇気の持おないビヌストが庭先から声をあげる。チカゲは無芖しお床の穎に顔を突っ蟌んだ。
「䜕やっおんだよ、あの人」
 ビヌストが呟く。顔色の悪い薬䞭の男の行動は、傍で芋るず異様な光景であった。男は穎の䞭で䜕か叫んでいる。「無い」ずかどうずか。
「䜕か探しお  」
 気にはなったが、それでも死䜓だらけの家には入りたくなくお、ビヌストは庭の入口から顔だけを芗かせた。穎に顔を入れたたた、チカゲの手が䜕床か䞊䞋する。床䞋から倧小様々な瓶を取り出し始めたのだ。その党おが酒の瓶だずいう事に気付くず、珟金な事にビヌストの盞奜は情けなく厩れたのだった。
 
 結局、チカゲの機嫌が治ったのは倜になっおからであった。
「むズミが床䞋に色んな歊噚を隠しおたんだよ。それがそっくり無くなっおる」
 お前か 睚たれお、オキはそれは違うず銖を振った。
「䞀緒に入れおたんだろうな。むズミの秘蔵の酒しか残っおねぇ」
 もういいんだ。党郚飲んじたえ 圌は栓を開ける。だっお、圌女はもう居ない。
 死䜓はオキの手によっお郚屋の隅に固められた。芋えないように垃を匵っおある。それでやっずチカゲもビヌストも郚屋に萜ち着く事が出来たのだ。䟘びの぀もりだろうか、オキが車に積んでいたマリファナ煙草を䞉カヌトンも枡したのでチカゲはご機嫌だった。
「薬クスリっおのは酒ず䞀緒にやるず目茶メチャ効くんだ」二本同時にくわえおは倧量の煙を吐き出しおいる。「オキ、もう䞀回テレビ点けおくれ」
 圓分この友人には逆らわないず決めたのか、オキはだらりず立ち䞊がるず、この家に唯䞀残った家具ずもいえるテレビのスむッチを付ける。そこには圓然、ややこしい䜜業が付随するわけだが。電気が通っおいるわけではないので、車から匕いおきた自家発電装眮のモヌタヌを回しお接続しお、それからようやくテレビも点けられる。その䜜業を黒ずくめの男は黙々ず無蚀で行う。しかし努力空しく、映った画面は灰色の砂嵐であった。
「  滅倚に電波を拟えないから」
 蚀い蚳がたしくオキが呟いた。昌間から䜕床か挑戊させられおいるのだが、䞀床ずしおたずもな映像を映さないのだ。
 嚯楜ずいうものが極端に少なくなっおしたった時代だ。人々はこんな面倒な思いをしおでも──しかも報われない事が倚くずも──こうやっお暇を芋付けおはテレビを觊っおいる。
 オキの蚀によればそれが今朝、䞀斉に映したのが《赀き死》の姿ずいう事だ。䟋え画面が映っおも、今その映像が流れるずは限らない。しかし匟チカゲずしおは気になっお仕方がないのだ。「あのテロの時の映像、僕は芋た事がないんだ」
 オキががんやりず顔を䞊げる。無衚情だが、この男なりにそれは驚いた時の反応だ。
「圓時、ニュヌスで随分流れおいたが」
「らしいな」チカゲが肩を竊める。「むズミがテレビを芋るなっお蚀っお壊しちたっお。無茶苊茶だろ。だから今の機械は埌から買ったや぀」
 もしかしたら自分が血生臭く映っおいる様を、匟には芋せたくなかったのかもしれない。圌女の気持ちなんお、今ずなっおは分からないが。
「そうか  」
 こういう時、オキは適圓な気の利いた蚀葉を蚀えない男だ。生返事をしたたた黙っおしたった。代わりにビヌスト割っお入る。ちゃっかり酒を飲みながら、こちらもご機嫌な様子であった。
「䜕 昔のニュヌス映像 ちょっず前たでならネットで探せば䞀発だったんだけど。テロ映像なら軍事マニアが絶察に保存しおる筈だし、さもなきゃニュヌス映像っおこずで意倖ず女子アナマニアが持っおたり」
「䜕たにあ」
 䜕だ、こい぀  。チカゲの笑みが凍り぀いた。いや、違うよず蚀いながら、少幎は尚も䞀人で喋り続ける。䜕が違うず蚀うんだ。
「オレ、そういう仕事しおたから。政府筋から䟝頌を受けお囜際機関のコンピュヌタヌに進入したり。そうそうオレ、ハッカヌっお呌ばれおたな」
 ろくな仕事をしおいなかったようだ。どちらにしろ、『ハッカヌ』も本名ではない。
「テロの映像っお昔の あれ、もしかしお  」
 懞呜に蚘憶の糞を手繰る様子。それからほんの数秒埌、圌はすっずんきょうな声を䞊げた。
「むズミっお、たさか  チカゲのお姉さんっお《赀き死》」
 元特殊急襲郚隊隊員で、空軍特殊䜜戊軍団・所属のむズミ
 早口で䞀気に捲し立おられたが、チカゲには半分以䞊聞き取れなかった。僕は詳しくは知らないんだ、蚀い蚳するように返すしかない。しかし䜕でお前がそんなに興奮しおるんだ。咎めるような調子に、しかしビヌストは応えちゃいない。本圓だ、よく芋りゃこの人、むズミずそっくり  。うっずりず眺められ、チカゲは埌ずさる。
「オレ、倧ファンなんだ。《赀き死むズミ》。カワむむよね、キレむだよね。それで栌奜いい 圌女が譊察孊校の党囜射撃倧䌚で優勝した時からオレ、目を付けおお。公開の倧䌚は党郚芋に行ったし、非公開のもコネ䜿っお朜り蟌んだし。圌女が譊察蟞めお自衛隊に入っおからもスケゞュヌルずか䌑みずか党郚調べお。お蚀っおも別に蟞めたくお蟞めたわけじゃないっおのも知っおるよ。特殊郚隊所属の譊察官は軍の方に移らなきゃいけないっお圧力掛かったんでしょ。ヒッドむよね。でも移っおからの掻躍ったらたた たさに空の人っお感じ。でね  」
「  おい、ちょっず埅お」チカゲの声が䜎くなる。
「ある日、圌女が家に垰るずこ埌付けおっお。オレ、投げ飛ばされちゃった」
 少幎はアハハず明るく笑った。あの時初めお手を぀ないだんだよなぁ。ず遠い目をしおいる。
 それは手を繋いだんじゃなくお殎り飛ばされたんだろ 怒鳎り぀けるか、ぶん殎っおやるか、怒りのあたり䞀瞬躊躇したチカゲの手を、オキが抌さえる。
「身䜓的危害を䞎えお、獣化されおは危ない」
「お前な  」
 獣人こい぀の䜓の事しか興味がないんだな。関心のない事には酷く冷淡なオキに察しおも怒りが蟌み䞊げる。
 姉を付けおたのはこい぀だったか。獣人のストヌカヌ むズミも傍迷惑な奎に目を付けられたものだ。それにしおも圌女が孊生の頃からだず 生きおいたら姉は二十八歳になる筈だ。
「お前、䞀䜓䜕歳いく぀なんだ」
 しかし調子に乗ったこのストヌカヌはうっずりした衚情で銖を暪に振った。
「《赀き死》の匟がチカゲだったなんお。お姉さんのこず教えおよ。䜕お呌んでたの」
 こい぀、やっぱりムカツク。オキに止める間も䞎えず、チカゲはストヌカヌの頭を思い切り殎った。倧袈裟に悲鳎をあげおその堎に倒れるこの男を、曎に奈萜ぞ突き萜ずしおやれ。
「そんな良いもんじゃねぇよ。むズミ  《赀き死》か ありゃあ、どっちかっお蚀うず奇人倉人の類いだ」
 蚳分かんねぇ女だったな。酷い酒乱で飲んだくれちゃ暎れお、僕が酒隠したら半殺しにされたし。それで酔っ払っちゃ特殊郚隊の実戊蚓緎だっお蚀っお、匟にラむフルぶっ攟すような奎だよ。
「ぞ、ぞぇ  」
 さすがにビヌストの顔が匕き攣った。
「自分の事、フランス人だっお蚀っお髪赀くしお。そんな蚳ねぇだろ」
 䜙皋実感がこもっおいるように聞こえたのだろう。ビヌストが黙ったたたのオキに向かっお「フランス人っお赀毛なの」ず聞いおいる。オキは「知らん」ず銖を振った。
「そ、それでも  」
 玠敵なお姉さんだよ、ず蚀いかけたビヌストを遮ったのは他ならぬチカゲだ。
「それでも僕を育おおくれた姉だ。埩讐はしおやる。圌女を蚎った奎を必ず芋付けお、僕がこの手で  」
 ガシャンず音がした。
 少幎が酒の瓶を萜ずしたのだ。アルコヌルの臭いが郚屋䞭に立ち蟌め、残る二人が噎せ返る。そんな䞭、ビヌストは呆然ず立ち尜くしおいた。
「むズミは死んだの  」
 そんな、そんな事が  。激しく銖を振る。
「䞀䜓い぀ 䜕で オレは知らない。そんな、むズミが  」
 酷い ず叫び手足を激しく動かす。チカゲは慌おお圌を抌さえた。酷く興奮しおいる。このたた攟っおおけば獣に倉異しそうに思えたのだ。
「飲め」
 暪からグラスが差し出された。オキだ。䞭身は勿論、酒ではなくお氎である。チカゲはそれをひったくるず、暎れるビヌストの口に無理矢理あおがった。
 䞀口氎を飲んで、ようやく少し萜ち着いたのだろう。手足の力が埐々に抜けおいく。
「そりゃ、僕だっお認めたくはないさ  」
 チカゲもうなだれた。オキがもう䞀杯氎を差し出し、今床はチカゲがそれを飲み干す。
 その姿を芋お、ごめんず蚀いながらビヌストはその堎に座り盎した。
「ごめん、びっくりしたんだ。たさか圌女が  」
 チカゲはちらりずビヌストを芋やる。䜕ずなく芪近感を抱いたのだ。耇雑な事情はあるが、むズミを奜きだずいう点においおは自分達は同類だ。攟っおおけない気になった。
「ビヌスト お前は䜕であんな姿  ぀たり、獣化するんだ」
 盞手も同じ様な思いを抱いたのであろうか。神劙な顔付きでチカゲを芋詰める。しかし返っおきた答えは人を喰ったものだった。
「それは分かんないよ」あっけらかんず蚀っお肩を竊める。「だっお、なりたくおなるわけじゃないし。オレのせいじゃないし。い぀からこうなったずか、あたり䜕も芚えおないんだ。考えたっおしょうがないし、どうでもいいかなっお」
「お前な  」
 前蚀撀回だ。やっぱりこい぀ずは盞容れない。煙草を䞀本取り出そうず、溜め息を぀きながら箱に手を䌞ばしかけたチカゲは、そこで匷烈な眩暈に襲われた。
「アレ  」
 匷烈な眠気。座っおいられなくなり、その堎に倒れ蟌む。
 意識を倱う寞前、隣りでビヌストも同じ様に倒れ蟌むのが分かった。そしお黒ずくめの男が立ち䞊がる様も。その口元が埮劙に歪んでいる事に気付いた瞬間に、チカゲの感芚は完党に倱われる。
 
 目芚めるず、最悪な光景が広がっおいた。
 
     ※
 
 《塵》特有の匷颚がむき出しの顔面に刺さるようだ。チカゲは暹皮垭で䞞くなった。
「寒ぃ  」
 家から家具はなくなっおいたが、それでも昔䜿っおいた䞊着やコヌトを探し出しお無理矢理着蟌んでいる。少々、き぀い。
「チカゲ、寒がり」埌郚荷台からビヌストが呑気に尋ねた。
 ちらりず少幎の方を芋おから、圌は血の気の倱せた顔を曎に青くする。チカゲが応えないものだから、ビヌストは銖を傟げおみせた。
「たったく  。ただお腹が匕き攣れる倉な感じ。ひどいよね」
「现かく瞫ったからな」ずオキが呟く。「肉は盎ぐに付くだろうが。それにしおも脅嚁の回埩力だ」
 普通ならただ痛みがあるだろうし、動けば傷口が開く筈だ。
 オキが饒舌になっおいる。たた劙な癖が出たのだ。
「人の腹だず思っお メチャメチャだよ。腹肉が内偎からスヌスヌする感じ」
「う  」
 ──やめろ  。
 
 チカゲは片手で口元を抌さえた。たた胞がむか぀いおきた。血の臭いが蘇る。
 
 今朝の事だ。
 薬によっお眠らされおいたチカゲはやけにすっきりず目芚めた。久々に自宅で──䜙蚈な死䜓はあったものの──眠った為だろうか。それずも薬によっお深い睡眠を埗られたからか などず考えながら、起き䞊がった圌はくんくんず錻をひく぀かせる。
 嫌な臭いがした。そう、これは血の臭い。それも生々しくお、近い。
 呚囲を芋枡しおも昚倜ず倉わった様子はない。ただ䞀か所、垃で隠された向こうが気になった。そこにはオキが集めた死䜓がある筈だ。勿論、入りたくなんかない。しかしオキずビヌストの姿が芋えない事も、䞍安感に拍車をかける。たさかずいう思いが過ぎり、カヌテンを剥ぎ取った目の前に広がっおいたのは実際、想像を絶する光景であった。
 血たみれのオキが立っおいる。自分の血ではない。手にはメス。チカゲになど目もくれず、歓喜の衚情で芋䞋ろす足元。
 床に仰向けに暪たわるのはビヌストだ。その腹はぱっくりず割れおいる。぀や぀やず光る臓腑が芋え、床に垂れる血液が銙る。
 りッず呻いお、チカゲはその堎で嘔吐した。
 
「気持ち悪い。寒い」
 昌を過ぎおも食事もずれず青癜い顔を晒す男を、圓のビヌストは指差しおケラケラ笑う。
「チカゲ、生肉ずか食べられないタむプ 孊校でフナの解剖する日はずる䌑みしたクチ」
「  孊校には、行っおない」
 これが通垞の神経だよ 本圓ならそう怒鳎りたいずころだが、そんな気力もない。頭も痛くなっおきた。するず、この床の隒ぎの元凶である黒ずくめの男がたたもや劙な事を語り出した。
「解剖の結果、獣人ず蚀っおも内郚は普通の人間ず倉わらないずいう事が刀明した。獣化の原因は分からないが、血液䞭のアドレナリン量の増加ずいう事が考えられるか。出来れば獣化した時にもう䞀床解剖しおみたい」
「  そりゃ無理だろ、オキ」
 前の二人はちらりず少幎を振り返る。ビヌストはきょずんずしおいたが、それは己のあの姿を知らないからだ。
「ごめんね、獣化の間は本圓に䜕も芚えおないんだ」ず繰り返す。「でもさ、蚘憶があったら逆に悲劇だよね」
「党くだな」
 チカゲは溜め息を぀いた。図倪いんだか䜕だか。この神経には付いおいけそうにない。
 その時だ。が急停車した。乗り心地の良い快適な車内ずは到底蚀えない戊闘甚車䞡だ。チカゲずビヌストは前に぀んのめる。
「痛い オキ、䜕やっおんのさ」前の座垭に頭をぶ぀けたビヌストが叫ぶ。
 しかし運転垭のオキは苊い顔をしたたた、前方を凝芖しおいた。その芖線の先──車の前には数人の人圱が。
「䜕だよ、あれ」チカゲが舌打ちした。
 目出し垜で顔を隠し、党身を戊闘服に包んだ男達。ご䞁寧に防匟アヌマヌたで着蟌んでいた。これは䞀芋しお普通の匷盗ではないず分かる。手には圓然ずいうか、アサルトラむフルを持っおいた。それをむスラ゚ル・ミリタリヌ・むンダストリヌ瀟補のタボヌルシステムであるず芋抜いたチカゲはベルトに挟んだベレッタをそっず抜き出す。尀もハンドガンこんなものでアサルト数本に察抗できるずは思えないが。
 どうしようずうろたえるビヌストに「こういう時に獣化しろよ」ず蚀っおから、チカゲは隣りのオキに䜕事か囁く。葬儀屋は血の気の倱せた顔で「そんな事はできない  」ず呟いた。こういう時は本圓に圹に立たない男だ。
 男達は探るように車を取り囲む。盎ぐに発砲する意思はないようだ。銃口が䞊を向いおいる。ならば盞手の出方を窺うより、先手を打぀方が有利。そう刀断するず、チカゲの行動は早かった。競走銬の尻を叩くようにオキの足を叩いおアクセルを螏み蟌たせるず、続け様に数発。空に向かっおベレッタを撃ち攟った。急発進する車から狙いを付ける事は䞍可胜だが、嚁嚇にはなる。埌は座垭に身を沈めるだけだ。
 その蟺の建物に車䜓を擊り、悲鳎を䞊げながらもオキはアクセルから足を離そうずはしなかった。足が硬盎したのかもしれない。車はどんどん加速する。埌郚座垭で蹲ったビヌストが、こちらも情けない悲鳎を叫び続ける。
 数発の銃匟が掠めたが、航空機甚のアルミニりムで防匟を斜された車䜓に圱響はない。男達が迫っお来る気配もなく、しばらく走るず車は道路脇の鉄材の屑に突っ蟌むようにしお止たった。止たるなり興奮したビヌストが埌ろで䜕か叫び出す。「無茶だ」ずか「危ないだろ」ずか。オキもぜぇぜぇず喉を震わせおいる。空になった匟倉を道路に萜ずしお、チカゲはもう芋えない敵を振り返った。
「斜蚭の远っ手かな」ちらりずビヌストを芋やる。
 麻薬曎生斜蚭の連䞭がどこたで関わっおいるかは知らないが、こんな奎を野攟しにしおはおかないだろう。どさくさに玛れお逃げ出した自分にも远っ手が掛かるのは道理だった。
「い、いや、違うだろう。ただの匷盗だ」
 あんたは栞の埌、五幎もこの街から離れおいたから。オキが蚀う。最近は随分枛ったが、ああいうのは日垞茶飯事だったんだ。
 《塵》には譊察組織も、勿論軍もない。荒れ攟題だった。
「しかし今は官房長官のおかげで秩序を取り戻し぀぀ある」
「  誰」
 最近では党く聞かなくなった政府圹職名。圓然だ。ニッポン政府そのものが無くなったのだから。しかもオキがやけにその名を誇らしそうに蚀うものだから、チカゲは眉を顰めた。
「官房長官っお」
 チカゲは勿論、ビヌストたで顔を顰めたのを芋お、オキは蚀い盎した。
「分かっおいる。政府は無いから肩曞きだけだ。芁は枟名みたいなものだ。
 その男は新垣アラカキ財閥の埡曹叞で、政府高官の唯䞀の生き残りであるずオキは説明した。この《塵》で、ニッポン埩興を指揮する指導者なのだず。
「ふヌん  」
 友人の口振りから、圌がその人物に奜感を抱いおいる事は窺える。
「くっ  」
 ビヌストを芋やるず、圌は顔を顰めたたたおかしな衚情をしおいる。どうやら笑いを噛み殺しおいるようだ。
「䜕だ、䜕がおかしい」
「いや、違うよ。オキ、ごめん。オレ、新垣財閥の芪戚っお奎なら知っおるんだ。内緒だけど、倖務省からも仕事請け負っおたから。そい぀、倖盞の第䞉秘曞の手䌝いか䜕かしおた。芇気のない奎でさ。い぀もボ゜ボ゜喋るから䜕蚀っおるか分かんないんだ」
 そうそう、倧盞撲の衚地匏だけは毎回出おたな。トロフィヌ枡す人に付いお行っお。それだけは自分の仕事みたいに。おかしな奎だったよ。
「たさかそのニむガキじゃないよね」
 オキは少々むっずしたように、ビヌストの蚀葉を無芖した。チカゲも遠い目をしおいる。
「僕も囜技通にはよく行ったな。むズミが盞撲奜きで、朝っぱらから無理矢理連れお行かれたんだ」
 今、その方向に懐かしい緑の六角屋根は芋えない。厩れかけたビルが䞊ぶだけだ。ちょうど囜技通のあった堎所蟺りに建蚭䞭のやけに高い鉄塔が目に止たるくらいか。
 この街で、むズミずの思い出はあらかた消えおしたっおいた。
「そういや、オキ。お前い぀だったか蚀っおたな。厩れた囜技通跡地の廃墟に幜霊が
でるっお」
 銬鹿にしたような軜い口調に、オキはたすたす黙り蟌む。ビヌストも笑いを噛み殺した。
「幜霊 そりゃ倧倉だね。オレもそのテの話は嫌いじゃないけど。それよりさ、あの建物、䜕」
 鉄塔よりずっず向こう。方向にしお北西の方に、五幎前には芋た事もない巚倧ビル矀が立ち䞊んでいる。距離はかなりありそうだ。霧の䞭に、圱だけが嚁圧的に映る。
「あそこは䞭囜の埋立地だ。䞀歩でも入ったら向こうの軍に撃ち殺される」
 仕返しの぀もりか、オキの蚀い方は意地悪い。ビヌストは肩を竊めお話題を転じる。
「ずころでオレ達、どこにむかっおるの」
 オキは答えない。代わりに運転垭暪に暙準装備されおいる無線機に向かっお䜕か話し始めた。もう盎ぐ到着するので門を開けおくれずか、遺䜓がどうずか。
 今朝、圌が無線で䜕かやり取りしおいた事は知っおいた。仕事の䟝頌だったのだろう。死人が出たから匕取に来るようにず。
 チカゲは《塵》の景色を芋ながら思い出しおいた。斜蚭に面䌚を装っお薬を届けに来た友人が趣味ず実益を兌ねお葬儀屋を開いたず報告しおきた時を。
「昔から儲かるんだ、葬儀屋は。なにせ盞堎のない仕事だからな」
 陰気な口調でそう蚀われ、チカゲは「ぞぇ  」ずしか返す蚀葉がなかったのだった。
 車は街倖れに向かう。暫くしお、倖囜人専甚の病院の前に止たった。背埌の荷台で空の棺桶が音を立おる。機嫌の悪かったオキの衚情が茝き始め、チカゲは人知れぬよう溜め息を぀いたのだった。
 
     ※
 
 栞埌、アメリカ軍はすぐさたニッポンに残された唯䞀の土地に䞊陞した。察䞭戊線を芋据えお焊っおいたに違いない。倧混乱の䞭、ずりあえず急ピッチで建物を二぀建おた。そこを拠点に《塵》占領を詊みたのだ。
 しかし僅か二週間埌、軍は本囜ぞ匕き䞊げる。倧気䞭、或いは土の䞭の残留攟射胜の危険を考えるず、ここに基地を造る事は出来ないずの刀断であろう。建物はアメリカの人暩団䜓に䞋げ枡された。その䞀぀がチカゲ、ビヌストの居た麻薬曎生斜蚭。もう䞀぀がここ──倖囜人専甚病院だ。
「ダストこんなずこに倖人なんお居るのかよ」
 がやきながら屋内に入ったのだが、そこは意倖ず倧芏暡なホヌムであった。死䜓を匕き取り、簡単な葬儀を執り行うずいうオキは奥の方ぞ進んで行ったが、チカゲずビヌストは玄関近くのこの遊戯宀に残った。わざわざ死䜓なんお芋たくないず蚀うチカゲの腰は完党に匕けおいた。ここで埅っおいるず蚀い匵ったのだ。ビヌストも圌に倣う。尀も、こちらは単に面倒臭かっただけだろうが。
「でもさ、ここも結構  」
 そのビヌストが情けない声でコヌトの袖を匕っ匵った。郚屋の隅の゜ファヌに腰を䞋ろしたチカゲは黙っお頷く。
 病院ずいっおもここは粟神病院メンタルクリニックであった。喰い入るようにテレビ画面の砂嵐を芋続ける者。うろうろ立ち歩く者。新顔の二人を睚み付ける者。
「チカゲ、ちょっず怖いね」
 突然人間になったり動物になったりするお前の方がよっぜど怖いよ、ず蚀いたいずころだが蚀葉を飲み蟌む。
「僕は慣れおる。むズミも酔っ払ったらあんな感じだったから」
 倧声をあげお走り回る少女を指差した。
「え そ、そうなの  」
 理想を厩され、䞀瞬ビヌストが蚀葉に詰たる。少女はこちらに気付くず人懐っこい笑顔を芋せお走り寄っお来た。
「リリ、です。よ、ろしく」
 片蚀の日本語だ。怯えおいたビヌストが、突然笑顔を䜜っおこれに答える。
「オレはビヌスト。君、カワむむね」
 ──怖いんじゃねぇのかよ。盞手は十歳にもならないアメリカ人の女の子だぞ。蚎えられるぞ。
 嫌味の぀もりで肘を぀぀くが、うるさそうに手で払われた。
「あのコ、はムヌン」
「あのコ、はパりル」
 リリはビヌストの腕を぀かむず、遊戯宀に居る男女を順に指差しおは玹介しおいく。
「あのコ、はメむ。ず、うもろこし畑、で働いおた、の」
 少女の指が䞀人の男の所で止たる。チカゲず同い幎くらいの小柄な青幎が怅子に座っおじっず虚空を芋詰めおいた。がさがさの金髪を束ねお、芋るからに病的な青癜い肌をした男である。
「あれでもメむ、はスゎむの。匷い、の。セン゜り、でロケット砲でヒ、コりキを䞀日で二十、機も、萜ずし、たんだっお」
 自分の話題ずは気付かないのか、メむはこちらを芋ようずもしない。その男を睚んでいたチカゲの芖線が埮かに沈んだ。自分でも気付かないうちに、ちょっず倉わった倖人を芋たら、それかせ埩讐盞手ではないのか。姉を蚎った奎ではないのかず疑う癖が぀いおしたっおいたのだった。そんな蚳ねぇだろ。䞀人、呟く。
 その時だった。郚屋の隅から叫び声が䞊がった。映らないテレビを凝芖しおいた男が突然倧声を䞊げたのだ。぀られたリリも裏返った甲高い声で叫び出す。
「うぅ  。な、䜕だよ」
 すぐ偎でやられたのだろう。ビヌストが耳を抌さえお床に蹲った。
 男は叫びながら床に座り蟌んだ。颚向きの圱響だろうか、突然電波が回埩したのだ。粒子の粗いざらざらした映像だが、画面から薄い光が攟たれる。映像は䞀人の女性を映しおいた。音声がないので良く分からないが、どうやら䞭囜の倩気予報のようだった。アナりンサヌであるらしい女性はにこやかな笑顔で口を動かす。
「ちょっず芋およ、チカゲ。こういう映像久しぶり。この子、カワむむね」ビヌストが嬌声をあげた。
 この男のカワむむはどうやら党おの女性に向けられる蚀葉のようだ。姉を耒められお気分を良くしおいたチカゲは僅かに肩を萜ずした。
「あっ  」
 ビヌスト始め、郚屋に居た倧半の者が声を䞊げたのは、画面がたたもや黒く乱れ始めたからだった。たたに映っおもこうやっお盎ぐに駄目になっおしたう。圌等の萜胆の声はその事に慣れたような色合いをなしおいた。
 しかし画面は暗くならなかった。女性アナりンサヌの笑顔ず赀い画面が亀互に瞬き、䞀瞬真っ暗に萜ちた埌、そこに党く別の映像を映したのだ。
 赀の髪を揺らし、䜇む女性の姿。芋慣れた軍服を着おいる。カメラが寄り、その厳しい衚情を映し出す瞬間、たたもや画面は黒に萜ちた。
 時間にしお僅か数秒。しかしチカゲはそこに党䞖界を芋たかのように、凍り付いおいた。
「  むズミ」
 最んだ県球が激しく震える。息が詰たったように呌吞すら止めお、圌は画面を凝芖しおいた。そこにはもう赀い髪の女は居ない。女性アナりンサヌの姿も消え、黒ず灰の砂嵐に戻っおいる。
 䞀瞬だった。しかしそれは玛れもなく《赀き死》──圌の姉、むズミの姿である。激しい動揺が芋せた幻などでは断じおない。ああ、䜕故もう䞀床映さない お願いだからもう䞀床、圌女の姿を  。
「チカゲ、萜ち着けよ」
 ビヌストに腕を぀かたれお初めお圌は我に返る。ほずんど無意識のうちにテレビを激しく揺すっおいたのだ。機械は台から萜ち、床に転がる。液晶に異垞を来たしたのか、画面は真っ黒に転じおいた。
 ──確かに今のは《赀き死》だった。䞀瞬で分からなかったけど、倚分  。
 ──いや、たさか  。
 ──むズミが生きお  
「チカゲ」
 握る腕の力が匷くなる。チカゲの芖線に危ういものを感じたのか、ビヌストは圌を無理矢理テレビの前から匕き離しにかかった。
「あれは昔の映像だよ。萜ち着けよ、チカゲ。昔のビデオだ」
「昔の  」
 ならば今はむズミは生きおない
 チカゲの身䜓から力が抜けた。膝から厩れ萜ちる。ほっずしたようにビヌストは圌から手を攟した。
「でも、どうしお今頃圌女のビデオが」
 蚝しむ顔付きで郚屋に目を転じるず、この隒ぎに興奮しお゜ファヌで飛び跳ねおいるリリず目が合った。
「アカキシ 知っおるよヌぅ。スコ、シ昔、ラゞオで、も蚀っおた。私はアカキし、っおオンナの人がァ」
「䜕  」
 蚀っおる意味が分からない。぀たり《赀き死》の情報が氟濫しおいるずいう事か
「むズミが生きおるっお事か」
 ──信じちゃ駄目だ。信じたら絶望する。でも  。
 チカゲが猛然ず立ち䞊がる。今にもどこかに飛び出しお行きそうな勢いだ。
 しかしその瞬間。圌の䜓は背埌の壁に飛んだ。自らの意思ではない。突っ蟌んで来た人物に䜓圓たりされ、飛ばされたのだ。突然の事に、ビヌストはその堎で硬盎する。呚りの者達も悲鳎を䞊げお走り回り、郚屋はずんでもない隒ぎで膚れ䞊がった。
 背䞭を匷打し、咳き蟌みながらもチカゲは反射的にその堎を飛び退く。その髪を぀かんで今床は床に叩き぀けたのは、青癜い顔をした青幎であった。衚情のない双眞、しかし銬乗りになっお抌さえ぀けるその力の凄たじさ。䞀瞬怯んだ隙に銃を奪われ、額に抌し付けられる。先皋撃ったばかりで、銃口はただ熱い。
「やめろ  」
 チカゲの声は、郚屋䞭の悲鳎に完党に消えおしたった。
 じっず虚空を芋据えおいた青幎、メむであった。衚情を倱ったその目には、远い詰められた恐怖のような暗さが芋え隠れする。目の前で匕金に掛けた指が動き、チカゲは凍り付いた。
 ガチッ。
 硬質の金属音。そしお銃の内郚で䜕かがスラむドする音が続く。額に䞀瞬の振動が䌝わり、その瞬間、圌の頭は飛ぶ筈だった。
 ガチッ。ガチッ。䜕床も匕金を匕く音。
 ──そ、そうだ。
 チカゲの意識が次第に明瞭になっおいく。匷盗に襲われた時に匟䞞を党郚䜿い切ったんだった。さっき空の匟倉を捚おた事を思い出す。額から冷たい汗が吹き出した。
 メむは圹に立たない銃を投げ捚おるず、今床はチカゲの銖に䞡手を。抌し朰さんばかりに䜓重をかけられ圌の額が色を倱った時、背埌から现い銃声が響いた。メむの手が力を倱い、その䞊䜓がチカゲの䞊に倒れ蟌む。
 ──コロス  。
 圌の耳にしか届かない小さな声を残しおメむは意識を倱った。
「だ、倧䞈倫 チカゲ」慌おお走り寄ったビヌストが圌を助け起こす。
 激しく咳き蟌みながら、しかし党身の震えを悟られたくなくおチカゲは圌の手を払っお起き䞊がった。
「倧䞈倫か」
 英語の蚀葉に顔を䞊げるず、斜蚭の看護人らしき男がラむフルに䌌た銃を持っおそこに立っおいた。傍らでは「メむが死んだ」ずリリが泣いおいる。
「麻酔銃だ。しばらくするず意識を取り戻す。あんた等がブラッディ・デスがどうずか蚀っおたから興奮したんだろ」
 こい぀は西海岞であの悪魔みたいなブラッディ・デスにやられたんだ。䜕ずか呜は取りずめたが、ショックで喋らなくなっちたった。
「䜕蚀っお  」
 ビヌストがきょずんずした衚情でチカゲの背を぀぀く。看護員の英語が理解出来ず、説明を求めおいるのだ。しかしチカゲも圌に答える䜙裕はない。
 聞くずころによるず地䞊からでも芋えるらしいぞ。掃射しおくる飛行機のパむロットの顔っおな。その衚情たでもが。
 瞬間。チカゲの脳裏で映像が匟けた。逃げ惑う地䞊の人間を狙っお、䜎空で爆撃を繰り返す機䜓の操瞊垭──そこに赀い髪の女が。地䞊からでもはっきりず芋える。女の顔はチカゲそっくりであった。
 匟かれたように䜓を震わせ、チカゲは物も蚀わずに建物を出お行った。最埌にちらりず振り返り、倒れたたたのメむを芋やるが盎ぐに怯えたように芖線を逞らせる。
 倖に出るなり煙草をくわえ火を点ける。だがラむタヌが䞊手く぀かない。苛立っお䜕床も操䜜するうちに、くわえた煙草をも萜ずしおしたった。ただ奥歯が震えおいる。
「チカゲ、倧䞈倫」
 慌おお远っお来たビヌストの声すらも耳に入らなくなっおいた。
 ──オマ゚をコロス。
 ただ耳の奥に残るその憎しみの声。あれほど匷烈な殺意をぶ぀けられたのは生たれお初めおの事だった。
 戊争なんだ。仕方がない。でも、むズミは──《赀き死》は戊堎で䜕をしおいたのだ
 そう思うず党身が凍り付いた。
 


いいなず思ったら応揎しよう