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バグ修正で終わった一週間は、失われた週なのか(耳ビジnote部)

技術職の週報でもっとも多い悩みは、「予定していた開発が進まず、バグ対応で一週間が終わってしまった」というものだ。そして報告書にはこう書かれている。

「バグ修正に追われました。予定の開発ができませんでした!」

この一文では、上司は何も判断できない。システムがいま危険な状態にあるのか、それとも些細な不具合が重なっただけなのか。本人が的確に処理したのか、右往左往していたのか。どちらも読み取れない。情報量がゼロに近い報告は、たとえ事実であっても評価の対象にならない。

必要なのは、まず重要度別の分類である。致命的なバグ一件に十二時間を費やしたのか。軽微なバグ六件に一時間ずつ使ったのか。作業時間は同じ十二時間でも、この二つはまったく別の週だ。

前者はシステムの根幹に問題を抱えている可能性があり、後者は運用の細かい歪みが表面化しているにすぎない。上司が知りたいのは総時間ではなく、その内訳が示すシステムの状態である。

次に根本原因の分析だ。「設定ファイルの記述漏れ」「テスト環境と本番環境の差異」「想定外の同時アクセス」。原因を言語化した瞬間、バグは「起きてしまった事故」から「特定された課題」に変わる。

そしてもっとも重要なのが再発予防策である。修正しただけなら作業報告にとどまる。だが「デプロイ前チェックリストに設定ファイルの確認項目を追加した」「パフォーマンステストの自動化について検討を開始した」まで書けば、品質管理のプロフェッショナルによる報告になる。同じ一週間が、まったく違う評価を受ける。

ここでClaudeが効く。指示はこうだ。

「以下のバグ対応記録を、重要度別に分類し、根本原因と再発予防策をセットで示す週報にしてください。作業時間の内訳も併記してください」

そのうえで、手元のメモをそのまま貼りつける。

「金曜の夜に決済画面が落ちた」「原因はたぶん設定ミス」「月曜に別件、表示崩れ」。こんな断片で構わない。整理されていないほうがむしろいい。整理はClaudeの仕事だからだ。

返ってくるのは、重大度別に分類され、それぞれに原因の推定と予防策の候補が並んだ構造化レポートである。ただし、そのまま提出してはいけない。予防策が現実的かどうかを判断できるのは、現場を知る本人だけだ。推定原因が的外れなこともある。

それでも「叩き台から削る」のと「白紙から書き起こす」のとでは、必要な労力がまるで違う。混乱した一週間を言語化する作業は、疲労の残る金曜の夕方にはあまりに重い。その重さを肩代わりしてくれる相手がいるだけで、週報の質は変わる。

補足を一つ加えるなら、予防策の欄には「検討中」と書いてよい。すべてを解決してから報告する必要はない。課題を認識し、対策の方向性を持っていることが伝われば、それで評価される。むしろ未着手の課題を隠さず出しておくほうが、後で問題が再発したときに「報告済みの既知の課題」として扱われる。

バグ対応は「邪魔な仕事」ではない。システムの品質を守る、もっとも重要な仕事の一つである。書き方を変えるだけで、それは正当に伝わる。


※9月8日から毎日お届けしてきたまとめ記事を、ここにひとまとめにしました。耳ビジnote部のみなさんの記事に、どの日からでも会いに行けます。気になる日をのぞいてみてください。

09月08日 https://note.com/kbito/n/nebebf3bf7544
09月09日 https://note.com/kbito/n/n4f02b9cc5890
09月10日 https://note.com/kbito/n/n6eb77717b562
09月11日 https://note.com/kbito/n/nbb02de2a6260
09月12日 https://note.com/kbito/n/n3874a8e1f0da
09月13日 https://note.com/kbito/n/naeac34951f1e
09月14日 https://note.com/kbito/n/n262369e3aa4d
09月15日 https://note.com/kbito/n/n9946100d3b07

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尾藤克之(コラムニスト・作家/日本初のClaude実用書出版) 記事が「役に立った」「面白かった」と思っていただけたら、チップで応援いただけると嬉しいです。いただいた応援が、次の記事を書くエネルギーになります。これからも読んでよかったと思える記事をお届けします。