【前編】統合失調症:世界が壊れた日/ディレクターズカット版
こんにちは、kazuです。
この記事では、私が統合失調症を発症してから入院、そして回復に至るまでの道のりを、できる限り詳しくお伝えします。
統合失調症は、幻聴や妄想によって現実と自分の考えが混ざり合い、行動や思考が大きく変わってしまう病気です。しかし本人にとっては、それが「病気」だと気づくまでに時間がかかることが多く、私もその一人でした。
この記事を読んでほしい方
• 統合失調症の症状がどのように現れるのか知りたい方
• 当事者のリアルな体験談を探している方
• 病気を経験した人の社会復帰までの道のりを知りたい方
• 家族や友人の病気に寄り添いたい方
• 福祉・医療関係者、およびこれらの職を目指す学生の方
私は大学院生活でのストレスが原因で発症し、その後も自分の状態を認められないまま幻聴や妄想に支配され、最終的にはイギリス留学を決意するという壮絶な体験をしました。
この記事では、そんな私の「病気の始まり」「行動の変化」「妄想の世界」を時系列に沿って紹介します。統合失調症を抱えている方やその家族、また医療関係者の方に、リアルな「当事者の心の動き」を知っていただければと思います。
⚠️この記事は以前書いた「統合失調症:世界が壊れた日」の内容を読みやすいように再編集したバージョンです。
統合失調症関連の実体験です。より理解を深めたい方はぜひ!おすすめです
1. 統合失調症との出会い
私の統合失調症との出会いは、大学院での忙しい生活の中で始まりました。
最大の原因はストレスでした。統合失調症を発症する前から、ハードな研究生活のために精神科で漢方薬などを使った不安の治療を受けていました。
案の定、無理が祟った結果、幻聴と妄想を発症。当時通っていた病院の医師に「統合失調症である」と告げられましたが、私はそれを拒否しました。
統合失調症には不思議な特徴があります。発症初期のほとんどの人が病識を持てないのです。私もその一人でした。
そして私は、病気を引きずったまま世間をさまよい続けることになります。金銭感覚も壊れ、徐々に私自身も壊れていきました。
そんな中、私はなぜかイギリスへの海外留学を決意することになります。
この【日本編】では、発症から症状を認められずに世間をさまよった日々、壊れていった私、そして日本での症状による不思議な体験を記録していきます。
2. 発症のきっかけと混乱の日々
パソコンに齧りつく毎日
「パソコンに齧りつく毎日」——それが大学院生活の現実でした。
課題にレポート、研究計画にプレゼン準備。朝から晩まで机に向かい、気がつけば深夜。体は鉛のように重いのに、頭の中だけがどこかギラついている状態が続いていました。
教授との毎週の指導、将来への不安とプレッシャー。研究に没頭する楽しさもありましたが、同時に限界も感じていました。
そんなある日、カフェでパソコンに向かって作業をしている時、突然激しいめまいに襲われました。世界がぐるぐると回るのです。
初めは気のせいかと思いましたが、徐々におかしいと感じ始めました。血圧は180を超え、立ち上がるのもやっと。深刻な病気だろうかとパニックになりました。
病院では「ストレス性の高血圧」と診断されました。しかし、なぜか「ただの体調不良ではない」というモヤモヤが心に残っていました。
周囲が「敵」に見え始めた
めまいと同時に、次第に人の言葉の意味が妙に引っかかるようになりました。
たとえば誰かが「〜やるよ」と言うと、なぜか「性行為をする」と変換されてしまう。「〜した」という言葉には「自分は相手より下なんだ」と無理やり意味を付けてしまう。
頭では分かっているのに、言葉が勝手に違う意味に聞こえてくるのです。
そして、ある日、研究室のドアを閉めた瞬間——
「死ね。けがらわしい奴らと付き合うな」
大学院の指導教授の声が、頭の中ではっきりと響きました。
実際に彼が言っているわけではありません。でも、確かに「聞こえた」のです。
それ以来、何をしていても教授の声が頭の中で付きまとい、怒鳴られ、罵られ、命令され続けました。
お風呂に入っていると、今度は母の声が聞こえました。「大丈夫よ、あなたならきっと乗り越えられる」。安心する言葉なのに、怖かった。だって母はそこにいないのに、声が聞こえるのですから。
この頃から、完全に現実と幻の境界線が崩れ始めていました。母親と教授の声が頭の中で喧嘩している——そんな状態になったのです。
これが統合失調症の陽性症状の始まりでした。
【用語解説】統合失調症の「陽性症状」とは?
統合失調症の症状は、大きく分けて「陽性症状」と「陰性症状」の2種類があります。
この章で述べた「幻聴」や「妄想」、物事を過剰に結びつけてしまう「連合弛緩」などは、陽性症状と呼ばれます。
• 幻聴:実際には存在しない声が聞こえる。多くの場合、本人に対して否定的・命令的な内容
• 被害妄想:周囲の人が自分を陥れようとしている、監視しているという強い思い込み
• 言語の過剰な関連づけ:普通の会話の中に特別な意味を見出してしまう状態
これらは「幻の体験」とされますが、本人にとってはまぎれもない現実です。
頭の中に響く、知っている人たちの声
陽性症状がさらにひどくなると、日常生活の中でいろんな人の声が聞こえてきました。
大学の教授、母親をはじめ、学生時代の恩師、友人——現実にはその場にいないはずの人たちの声が、まるで本当に耳元で話しかけられているかのように、はっきりと聞こえていました。
その声はいつも同じ内容ではなく、優しく褒めてくれることもあれば、厳しく貶したり怒ったりすることもありました。
特に困ったのは、声が「命令」してくる時です。
• 「今は笑え」
• 「今は怒るタイミングだ」
• 「相手の目を見続けろ」
• 「よせ」
• 「その位置に立っていろ」
• 「その角を曲がれ」
こうした指示に、私は無意識のうちに従ってしまうことが多くありました。声の主は私の知っている人たちで、しかも言葉には強い説得力があったため、抵抗できませんでした。
正直、この頃は自分でも「おかしい」と思いながら、どこがどうおかしいのかが分からなかった。ただただ、命令幻聴に従う日々でした。
【用語解説】「命令幻聴」について
命令幻聴とは、幻聴の中でも行動を指示されたり命令されるタイプの幻聴です。実際にその指示に従ってしまうケースも多く、行動や判断が幻聴に支配されることがあります。
3. 逃げ出した日常——飲み屋、恋、SNS、そして孤独
妄想に支配される日々
大学院での生活に限界を感じ、「幻聴」に支配され始めた私は、家にいることさえ苦しくなっていきました。また、大学組織に追われているという妙な感覚に襲われ始めたのもこの頃です。
「大学関係者に関わってはいけない」——そんな思い込みが支配していました。毎日が不安で、現実感がなく、自分が何者なのかもよく分からない。
気づけば、意味もなく家を飛び出し、街をさまよう日々が始まっていました。
とにかく、外に出ていなきゃ
どこかで「家にいたら、壊れてしまう」と思っていたのかもしれません。だから外に出る。とにかく歩く。そして、気がつくと深夜の飲み屋やバーに入り浸るようになりました。
妙な声が聞こえる怖い夜をやり過ごしたかったのかもしれません。ただお酒を飲むためではなく、「誰かに話を聞いてほしい」「自分の存在を確かめたい」という衝動に突き動かされていました。
「大学教授の組織に追われているんです。捕まったらいじめられる」
今思えば、本当におかしかった。飲み屋のお姉さんに向かって、「大学教授の組織に追われている」「僕はその中心におり、捕まったらいじめられる」と語っていました。
彼女たちは笑いながら「変わったお客さんだな」と受け流してくれていましたが、私の中ではすべてが”真実”でした。
さらに、何度か通ううちに「このお姉さんは自分に気がある」と思い込むようになります。テレパシーでつながっている、という妄想にも襲われました。会話しながらテレパシーを受信している、この人の本音が分かる——妄想とはいえ、不思議な感覚でした。
女性店員さんとLINEを交換しただけで「付き合っている」と思い、帰宅後に彼女との未来を妄想していました。もちろん、実際にはただの接客としての対応にすぎなかったのですが——
現実と妄想の境目が、完全に曖昧になっていたのです。
精神科での一言、「統合失調症かもしれません」
統合失調症の症状が出始めた頃、一度だけ精神科の先生にかかっていました。診察の中で「統合失調症の可能性がある」と告げられた時のことを、今でも覚えています。
しかし、当時の私はその言葉を絶対に受け入れたくありませんでした。
なぜなら、私の中では幻聴や妄想こそが現実であり、逆に「先生が分かってくれない」「世の中の方がおかしい」と感じていたからです。
次の診察の予約も入っていましたが、私は病院に行くことをやめてしまいました。先生がどんなに心配してくれても、頭の中では「先生は敵だ」「自分のことを理解してくれない」と決めつけてしまい、治療に背を向けてしまったのです。
さらに「先生は大学の手先だ!私を捕獲しようとしている!」そんな妄想に取り憑かれていました。やがて私は病院に行かなくなりました。
【解説】統合失調症と「病識の欠如」
統合失調症は、症状が進むほど現実感覚が歪み、「自分は病気だ」と気づくことが非常に難しくなります。これを「病識の欠如」と呼びます。
• 幻聴や妄想がリアルすぎて疑わない
• 周囲の助言が敵意に聞こえる
• 病院や医師への不信感が強まる
この状態では病気を自覚できず、適切な治療を受けるまで時間がかかることが多いのです。
SNSという”戦場”へ
医者は信じられない。でも、SNSは信じられた。
むしろ、SNSだけが「本当の自分を認めてくれる場所」だと思い始めました。
徐々に私は、Facebookに「教授が死ねと言ってくる」「世界が監視している」「死ね死ね死ね」と投稿するようになりました。支離滅裂でした。
昼夜問わず何度も投稿して、コメントや「いいね」がつくのを待っていました。自分が”選ばれた存在”である証拠を、SNSの中に探していたのです。何より、投稿してそれが誰かに見られているということが快感となりました。投稿するたびに私の頭の中はドーパミンで満たされていきました。
でも、ある日——
一人の友人からメッセージが届きました。
「最近の投稿どうしたの?投稿がおかしい。統合失調症とかじゃない?心配してるよ」
私はそのメッセージを見て、即座にブロックしました。「こいつも敵だ」と思ったからです。
【用語解説】「関係念慮」「誇大妄想」
• 関係念慮:周囲の何気ない言動や出来事が、自分と特別な関係があると感じる症状
• 誇大妄想:自分には特別な使命がある、世界を救う運命だ、などと考える妄想
4. 欲望と万能感の暴走——人の声、クレジット払い、そしてAmazon沼
家から逃げ、飲み屋で妄想に浸り、SNSにのめり込んでいた頃、私の頭の中には次々と新しい「声」が聞こえてきました。
それは教授のような威圧的な声ではなく、女性の柔らかい声——それが日常の中にまるでささやくように紛れ込んでくるのです。
「あの子が、君のこと見てる」
例えば、電車に乗っている時。すぐ隣に立っていた女性から「話しかけてほしそうな気配」を感じたり、「連絡先、聞いてくれたら嬉しいな…」という声が、頭の中にふわっと届くような気がしました。
コンビニや家電量販店の女性店員からも、同じような声が聞こえました。
ある時は家電量販店の女性店員さんに思い切って「連絡先を教えてもらえませんか?」と声をかけました。すると、名刺をもらいました。
「やっぱり……これは、“成功”だ」
そう思いました。実際はただ業務用に渡されたもので、恋愛感情とは何の関係もないのに、その行動一つ一つに意味づけと確信を与えてしまう——それが”妄想”の怖さでした。
「良い声」と「悪い声」に支配される日常
統合失調症の症状が強かった時期、私の頭の中では、まるで2つの世界が戦っているような日々が続くことがありました。
「悪い声」もあれば「良い声」もあり、その2つが交互に私の心を支配していたのです。
特に印象的だったのは、学生時代の先生や教授の声でした。
悪い声は、大学院の指導教授の声で、耳元でこう繰り返しました。
• 「死ね。」
• 「穢らわしい奴らと付き合うな。」
一方で、専門学校時代の恩師の声は、とても優しくこう励ましてくれました。
• 「大丈夫。」
• 「うまくいくよ。」
現実では誰もいない部屋で、またはアルバイト中でも、その「声たち」は一日中私の耳元で語りかけ続けていました。
良い声は心を支えてくれる反面、悪い声は心を傷つけ、何も信じられなくさせていきます。声たちに囲まれた私は、自分の感情すら自分のものではないように感じ、どんどん現実から離れていきました。
【解説】幻聴にはポジティブな声も存在する
統合失調症の幻聴は「命令」「悪口」「罵倒」だけではありません。実際には、以下のようなタイプもあります。
• 励まし型の幻聴:「頑張れ」「うまくいくよ」「大丈夫だ」
• 悪口・命令型の幻聴:「死ね」「つきあうな」「動くな」
• 行動をコントロールする幻聴:「今笑え」「今怒れ」「角を曲がれ」
どちらも本人には現実の音声と区別がつかず、日常生活や行動に大きな影響を与えます。
「買えば、成長できる」——Amazon中毒とカード地獄
次第に私は、物欲にも支配されるようになっていきました。
ある日、Amazonの「ほしい物リスト」を眺めていると——
「これ全部買えば、お前はもっと”上”の世界に行ける」
「欲求に素直になれ」
という声が聞こえてきました。
そうなると止まりません。
• ずっと憧れていた高額なフィギュア
• 着る機会のないブランドの洋服
• 誰かに勧められた(気がした)英語教材
とにかく片っ端から”ポチる”日々が始まりました。
もちろん、一括で買えるほどの金銭的余裕はありません。でも大丈夫。クレジットカードなら月々少額で済む。
「俺は未来の成功者だから、今のうちに投資すればいい」
完全な誇大妄想と浪費癖がタッグを組んでいました。
覚めた朝、残ったのは請求書
病状が少しずつ落ち着いてくると、現実のツケがじわじわと襲ってきます。
カード会社から届いた請求書を見て、思わず絶句しました。
総額、約30万円。
支払い不能。のちのち親に頼むことになるのですが、その時はリボ払いにして誤魔化していました。
それは、「万能感」が引き起こした具体的な現実被害の一つ。支払い用紙に並ぶ金額が、あの時の自分の異常さを無言で突きつけてきたのです。
それでも私は、まだ「これは病気ではない」と思っていました。
そして私は組織に追われていて、その呪縛から逃げるために海外に行く必要がある——元々、海外留学と海外の文化や英語に興味がありました。私は、妄想の組織から逃げるという口実で海外留学を決意するのです。
**“海外へ行けばすべてが変わる”**と思い込んで——
休学していた大学院を中退し、ロンドン留学を決意します。
日本編の総括——壊れゆく日常、出口のない迷路
大学院でのストレスをきっかけに、私は少しずつ現実感を失いはじめました。
最初はただの”疲れ”だと思っていた異常なめまいや高血圧。けれど、次第に”声”が聞こえ始め、自分の行動や思考が誰かに操られているような感覚に囚われていきました。
SNSでの奇妙な発信、身近な人たちへの妄想、そして現実感を伴った幻聴——
今振り返れば、確かに”統合失調症の陽性症状”が静かに、しかし確実に私の生活を侵食していました。
それでも当時の私は、自分が病気であることをどうしても認められず、「すべては周囲が間違っている」「自分だけが真実を知っている」と信じていました。
そして、もはや自分の居場所がこの国のどこにもないように感じる中、私は考えました。
• 「海外に行けば、自分は生まれ変われる」
• 「日本から離れれば、この声も妄想も消えるかもしれない」
• 「日本と海外の文化の違いを知れば、革命を起こせる」
“留学”という言葉は、もはや夢ではなく、「逃げ道」であり、「最後の希望」だったのです。
次章では、私が飛び込んだイギリス・ロンドンでの留学生活と、さらに深まっていった幻聴・妄想の世界についてお話しします。
後編へ続く
この記事は私の実体験に基づいて書かれています。統合失調症の症状や経過は人それぞれ異なります。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。
後編です。気になったらぜひお読みください
