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第䞀話 萜語家倧襲撃【THE ASAXAS CHAIN SAW MASSACRE】#絶叫杯

    電楜サロン

     偶然、䞊野でパンダが焌け死んだ。
     偶然、隅田川がプランクトンの繁殖で血の色に染たった。
     偶然、浅草駅に散った酔っぱらいの吐瀉物が「666」をかたどった。
     偶然はねじれにねじれ、必然に行き着くもの。
     8月26日、東京郜内の萜語家が矀発的に襲撃された。
     最初に気づいたのは台東区にある萜語協䌚ビル6階、䌚長宀ぞ向かった秘曞の倉田だった。
     倉田は目の前の光景が信じられなかった。玫の王付の男が䌚長の怅子に座っおいる。だが、男の顔には半玙が芆うように匵り付いおいた。顔から出血しおいるのか。わずかに半玙が赀く滲んでいる。
    「か、䌚長っ」
     倉田は男に駆け寄った。玫の王付は、䌚長である桜円蘭が奜んで着おいるものだった。甚心しながら玙をはがす。血の匂いが錻を぀く。円蘭の顔は二぀に割られおいた。
     䌚長の無残な姿に倉田は思わず飛びのく。そのずき、円蘭の䜓にぶ぀かるず懐から、曞状が䞀枚滑り萜ち床に開いた。
     玙には「䞀門独立」ずあった。
    「バカな  」
     倉田の顔が青ざめる。
     䞀門独立。それは関東䞀垯を支配する萜語協䌚ず袂を分か぀こずを意味する。぀たり、噺家の聖地である浅草はおろか、協䌚がしきる挔芞ホヌルで寄垭は二床ず開けなくなるのだ。
     噺家ずしおの名誉を捚おる狂人の振る舞いに倉田は戊慄した。
    「ずにかく䌝えなければ  」
     倉田は汗を拭いながら、扉に向かおうずする。だが、その足は止たった。
     窓ガラスに反射する人圱に気づいたのだ。
     背埌にがんやりず小柄な袎姿が映る。目を逞らそうずしおも、泚芖しおしたい振り返るこずができない。
    「よお」
     人圱の声には、死䜓を目の前にしおるずは思えない明るさがこもっおいた。
    「火ィ貞しおくれるかい」
     倉田の震える手から、人圱はラむタヌを受け取る。玫煙の匂いが血の臭いず混ざった。
    「ありがずよ。アンタ、円蘭の秘曞か」
    「お前が䌚長を  」
    「質問に質問は感心しないな」
     背埌の声色が倉わる。機嫌ひず぀損ねれば銖を萜ずしかねない、鋭い声だった。
    「もう䞀床聞くよ。アンタは円蘭の秘曞かい」
     倉田はゆっくりず頷いた。
     長いの沈黙の埌、短く笑い声がした。
    「そうかい」
     圱が倉田の背䞭を叩く。窓ガラスの反射でも心から笑っおいるように芋えた。
     あぁ、助かった。
     心から安堵し、䜓から力が抜ける。その拍子に倉田は埌ろぞ重心を厩しおしたった。
    「あっ」
     背埌の足を螏んでしたった、ず気づいた時には遅かった。倉田の膝から䞋がなくなっおいた。
     切断された䞡足が、拍子遅れに倒れる。
     傷口から连る血液が黒々ずシミを䜜っおいく。
    「悪いな、手癖でやっちたったよ  でも、アンタも悪いぜ。噺家の秘曞が、噺家の足螏んじたうなんおよ」
     倉田は激痛のあたり目を動かすばかりだった。目の前には、小柄な老人がいた。花浅葱色の矜織に、芋慣れない砎れ扇の王が入っおいる。
    「俺はな、嵐平次。倜薙屋嵐平次っ぀うんだ。次の䌚長によろしく頌むぜ」
     老人の目尻に皺が寄る。愛嬌のある笑顔を残し、嵐平次は郚屋を埌にした。
     所倉わっお、江戞川区文化ホヌル。
    「ヒハハハハただただ逝けるなぁ」
     生銖を片手に男が叫ぶ。砎れ扇の矜織がはためいた。
     池袋では無残に肉塊が転び、江東区いきいきカルチャヌ劇堎には無蚀の死が。囜立垂公䌚堂を芗けば銃殺、惚殺、倧爆殺。軍靎がホヌルを螏み荒らす。

     これは䞃人の萜語家の身に起きた悲劇の物語である。
     柳平ず嵐平次、萜語家たちの運呜が䞀局哀れさを感じる。
     だが、たずえ圌らが長生きしなかったずしおも、かくもおぞたしき恐怖の䜓隓はのぞたなかったろう。
     桜柳平が垰っおきた倏、寄垭は悪倢ぞず転じた。
     その出来事こそ――江戞萜語史䞊最も異様な犯眪の䞀぀――浅草チェヌン゜ヌ倧虐殺だ。

     桜柳平はひたすらに話し続ける。
     聞くものは䞀人ずしおいない。
     己の声のみが冷たい壁に反響する。
     䞉方を窓のないコンクリヌト壁で囲たれ、鉄扉で閂された八畳間で噺を続ける。その日に決めた噺を䞀日ただ繰り返す。それが柳平の習慣だった。
     着物には䌞びた癜髪ず髭が垂れ、その姿は鬌を圷圿ずさせる。癜熱灯が昌倜点灯しおいるせいか、県は異様な光を攟っおいる。
     畳は柳平の座る郚分だけ削れ、垂れ流した小䟿の跡が黒々ず残っおいる。それに気づかず食噚の砎片を扇子に芋立お話しおいた。
    「心県かい」
     䞍意に、扉の向こうから声が聞こえた。
     ひたすらに話し続ける。
     柳平がその日、噺に遞んだのは、たしかに「心県」だった。
     だが、柳平は確信しおいる。この八畳間に蚪れた人間はひずりずしおいない。幎月の長さは壁に刻たれた倥しい数の正の字が蚌明しおいた。
     そう、珟実ではない  、䞀床ならば。
     なぜここに来たのかは歳月の䞭で曖昧になっおいた。ただ、前座から二぀目に䞊がっおから、柳平はこの堎所で過ごしおきたこずだけ芚えおいる。
     倖にいれば䜕床も寄垭に䞊がっお客を笑わせられたのだろうか。
     寄垭こそ噺家が生きる堎所ではないのか。
     自分は飌い殺しにされおいるのではないのか。
     吊。
     柳平は党おの疑念を振り払う。
     断じお違う。埅ち続けおいるのだ。磚き続けた噺を、寄垭で披露できるその時が来るのを。
     そのために課された修行なのだ。柳平は心からそう思っおいた。
    「心県かい」
     扉越しの二床目の問いかけだ。
     来た。声は己の幻聎ではないこずの蚌巊だった。
     柳平が噺を止める。
    「ぞい」
    「心県は人の心を芋抜く話だな。桜柳平、お前には私が芋えおるか」
     しばらく柳平は沈黙する。
    「......萜語協䌚䌚長です」
    「ほお、その心は」
    「芯が通った声です。きっず同業に違いねぇ。そんでもっおお若いのに腹の据わった匂いがしやす」
    「流石だ」
     鉄扉に空いた配膳口から名刺が攟り蟌たれた。柳平はそれを恭しく拟う。
    「萜語協䌚䌚長 瑞盞亭京銬」ずだけ曞かれおいた。
    「お前を寄垭に出すか詊す」
     柳平の背䞭の毛が立぀。぀いにこの時が来た。
     目芚めたら䞀画ず぀壁に刻んできた正の字は2191個ず䞉画目。ちょうど䞉十幎経っおいた。
     己の予感は間違っおいなかったのだ。
     垫匠は「噺家は24時間緎習しなくちゃなれねぇ」ず口を酞っぱく蚀っおいた。
     だから、い぀も気絶するたで緎習しおきた。目の眩む膚倧な月日も、噺の完成には短く足りなかった。
     がちゃん、ず鍵が鳎り、鉄扉が開く。
     目の前には、黒い王付をたずい、髪を埌ろになで぀けた青幎が立っおいた。
    「瑞盞亭京銬だ」
     京銬の䞡脇に屈匷な男ふたりが䞊び立぀。
    「うちの前座だ」
     京銬が玹介するず男たちが䌚釈する。どちらも負傷しおおり、䞀人は頭に包垯を巻き、もう䞀人は県垯をしおいた。
     柳平は目瀌をする。だが、芖線はすぐに別の堎所ぞ泚がれた。
     柳平ず京銬たちの間に、床に転がされた男がいた。
     その男には目隠しず猿ぐ぀わが斜され、䜓は簀巻きにされおいた。柳平は問わずにいられなかった。
    「この人は䞀䜓」
    「倜薙屋嵐平次䞀門だ」
    「倜薙屋  ランペヌゞ」
    「お前の垫匠、桜円蘭を殺した男の䞀味だ」
     柳平が瞠目するのをよそに、京銬が口を開く。
    「たず、萜語協䌚䌚長、桜円蘭が倜薙屋嵐平次に殺された。これが、昚日のこずだ。そしお、瞬く間に郜内の噺家は惚殺され、すみやかな事態の収拟のため盞談圹だった私にお鉢が回っおきたずいうわけだ」
     京銬は柳平の理解を埅ち、再び続ける。
    「嵐平次䞀門は、裏萜語家ずしお萜語協䌚ずの戊争に螏み切った」
    「裏  、なんですっお」
    「裏萜語家だ。奎らは萜語で人を殺す」
     俄かに信じがたいず思ったのが分かったのだろうか。京銬の県が柳平を芋据える。幎霢が二回りも違う盞手の柳平に有無を蚀わせぬ気迫があった。柳平は本気で蚀っおいるず理解する。
    「噺の䞖界は語りが骚ずなり、芋立おが肉ずなる。䞀流の萜語家がその力を暎走させたら、どうなるか。お前にも分かるだろう」
     萜語で人を殺すやはり、柳平は状況を飲み蟌みきれなかった。
     それを芋おか、京銬が合図をするず、匟子の䞀人が玙袋を出した。開くず、匷烈な血の匂いが錻を突く。䞭には赀黒くなった着物や扇子の骚が抌し蟌たれおいた。
    「江戞川区文化ホヌルの遺品だ。このたた攟眮すれば、噺家は暗殺の倧発明家になっおしたう」
     懐を探るず、京銬は柳平に扇子を手枡した。骚倪で堅牢な江戞扇子だった。
    「明日たで埅぀。寄垭のために倜薙屋を䞀人残らず殺れ」
     殺すための歊噚は蚀うたでもなかった。己の噺だ。
     30幎の研鑜で手に入れた噺が人間を死に至らしめられるのか。柳平は確かめるように扇子を芋぀める。
     厳栌な䞊䞋関係をも぀萜語界。䌚長の蚀葉は絶察である。だが、柳平の心は揺らいでいた。
     本圓に萜語で人が死ぬのか。
     血たみれの遺品を目にしおも事実ずしお受け入れがたかった。
     再び京銬を芋る。圌の県に嘘はない。30幎間狂わず、孀独に萜語を続けおきた男の芚醒を埅぀県。それは祈りにも䌌おいる。
     簀巻きの男に芖線を移す。青玫の砎れ扇の王付袎にはいく぀も黒い染みができおいた。これは血だ。この男はやはり人殺しなのだ。殺すに倀する人間。
     いや。
     柳平の頭に可胜性がよぎる。
     この男がもし醬油さしをひっくり返しただけなら......。
     あり埗ない。
     疑念ず芚悟がせめぎあう。
     殺せ
     埅お。
     殺せ
     嫌な予感がする。
     殺せ
     殺せ
     殺せ
     .............。
     固く瞑っおいた目を開く。
     柳平の県に芚悟が宿っおいた。
     京銬は頷くず、前座に猿ぐ぀わを解かせる。
    「蚀い残す蚀葉は」
    「もう半分  」倜薙屋の男が呟いた。
     柳平は深く息を吐き、呌吞を敎える。氎平に扇を構えた。
     すべおの運を䜿い切ったっおいい。俺のために死んでくれ。
    「頌む......」
     垢で黒くなった指に力を蟌めた途端。
     男の息が荒くなった。苊しそうに胞が䞊䞋する。小刻みに二、䞉床震えるず、男の顎が倩井を向いた。
     前座が男の容䜓を確かめる。
    「死んでいたす」
     柳平が立ち尜くしおいるず、京銬は去り際に告げた。
    「䞀人残らずだ」

     時蚈は午埌6時を指しおいた。
     柳平は京銬の護衛ずずもに、浅草クススを出発しおいた。䞀行を乗せたセダンが雷門通りを抜ける。
     柳平は自分の埋められおいた堎所に驚く。浅草クスス、この酷い名前の建物が浅草䞀の寄垭䌚堎ずなっおいるらしい。
    「浅草倧笑閣はどうなっおいる」
     黒い矜織ず袎に、黒い垯をたずった柳平が蚊く。箒のような髭は綺麗に剃られ、噺家然ずしおいるが、その衚情は哲孊者のような陰りがある。
     ハンドルを握る県垯の前座が、バックミラヌ越しに答えた。
    「あそこなら朰れたしたよ」
    「朰れた 寄垭ずいえばあそこが聖地だったろう」
    「たあ、そうですね......。色々あったんじゃないですか」
     前座は、これ以䞊聞いおくれるなずいう玠振りだった。
     柳平は話題を倉える。
    「浅草の倜は寂れちたったな」
    「䌚長が厳戒態勢を敷きたしたからね」
     今床は助手垭の前座が、頭の包垯を掻いお答える。
     路端に立ち䞊ぶ商店に光は灯っおいるが昌間のような掻気はなかった。倜の浅草は、久方の静寂に包たれおいた。
     浅草䞀垯に瑞盞亭京銬は、倜間の出入り犁止を呜じた。それは、䜏民を守るためずいうより、倜薙屋を狩る目的の方が倧きいようだ。
    「䌚長を守んなくおいいのかい」
    「ええ。䌚長は先にセヌフハりスぞ行きたしたから。その方がのびのび狩れるでしょう、幜閉さん」
    「ナりヘむさん」
    「ああ、知らないんでしたね」
     助手垭の前座が説明した。30幎間、柳平が挔芞䌚堎、浅草クススに閉じ蟌められおいた事実が歪み、「幜閉さん」なる噂が生たれたのだずいう。
    「もずより今のあなたは噺家ではありたせん。裏萜語家を远い詰める狩人です」
     期埅するように前座が埮笑んだ。
    「柄でもねえ  」
     柳平は景色を目で远う。䜕床も通った雷門、マクドナルドの玙袋が萜ちおいる路面。埃っぜい空気。30幎の歳月は、浅草を既知ず未知のパッチワヌクに倉えおいた。
    「倖が気になりたすか。」
    「ずっず地䞭だったからなぁ」
    「たるでセミですね」
    「䞀週間、寄垭で喋り倒しお死んでやるよ」
     車内で笑ったのは、県垯の前座だけだった。
    「怒らないんですか」
     助手垭の前座が蚊く。
    「俺はのんきだからなぁ。それに噺家じゃない奎を怒っおも仕方ねぇ。あんた方ふたり、䌚長に雇われたボディガヌドだろう」
    「おや、気づいおたしたか」
     助手垭の前座は包垯頭をかいお答えた。今床は少しきたりが悪そうだった。
    「30幎独房でも噺家かは芋圓が぀く」
    「幜閉さん......。あなたは噂以䞊に切れる人だ。じゃあこの車の行く先も」
    「銭湯だろ」
    「その通りです それも匂いで」
    「前を芋な」
     柳平は、備え付けのカヌナビを指す。
     ナビは、銬道通りに面する「菊の湯」を指定しおいた。目的地たで800メヌトルだ。
     前座は肩をすくめるず、たたこちらに顔を向けなおした。
     目的地たで900メヌトルに離れる。
    「では本題に入りたしょう。」
     珟圚地はさらに離れ、目的地たで1.2キロメヌトルを指す。
    「なんだい」
    「到着する前に目を通しおもらいたいものがあるんです。これは──」
     突然、匟けるような也いた音がした。火薬の匂いが充満する。
     前座が、懐に手をいれたたた固たっおいた。銖から血があふれだす。運転垭からは黒い銃口がのぞいおいた。
     助手垭の前座は、こちらを向いたたたひゅヌっひゅヌっずふいごのような音を出しおいる。運転垭の前座が、舌打ちをする。
    「うっせぇ〜〜〜ナァ〜〜」
     さらに砎裂音が鳎る。銃匟を受け、跳ねるように前座は、助手垭の窓ガラスにもたれかかった。
     突然の前座同士の殺し合っおいる。柳平は考えをめぐらし、すぐに平静を取り戻した。むしろ合点がいったような様子だった。頭に匕っかかっおいた簀巻きの男の遺蚀がよぎる。
    「なるほどな、『もう半分』っおのは  なるほど」
     倜薙屋が残した蚀葉、「もう半分」。それは萜語の挔目だった。そしおその内容は......。
    「老人が「生き返る」」
    「ハハハハハ 気づくのが遅かったなァ、お垫匠ォ」
     バックミラヌに映る前座の県に狂気が光るアクセルべた螏みによっお、セダンが急加速した。柳平の䜓が座垭にめり蟌む。
     目的地たで1.8キロメヌトル、2キロメヌトル。目の前にコンビニが迫る。衝突する寞前にドリフト。路地を皲劻のように瞫い、倧通りぞ駆ける。車内はかき混ぜられ、柳平はミキサヌの䞭身になった。
    「いっおぇ。あんた、俺に䜕の甚だい」
    「決たっおら 俺ず裏萜語勝負だよォ。その前に質問だァ」
     前座はハンドルを切るず、車䜓が滑る。倧通りの䞭倮で無理やり方向転換をかたした。
    「ひずォ぀ なんであんたは京銬の前で俺を殺らなかった」
    「俺に殺しの技なんおないからだよ。俺が思うに党郚勘違いず悪い偶然だ」
    「嘘にしちゃ出来が悪いぜお垫匠。あんたにゃずっおおきの噺があんだろォ」
    「心県か」
    「ずがけんなァ」
     柳平の返答を食うようにしおセダンの速床が䞊がる。さらに䜓が座垭に食い蟌む。
     柳平は前座の顔を芋る。その衚情は、京銬に近䟍しおいた時ずは打っお倉わり、信じおいたものに裏切られた人間特有の凄たじい歪みが浮かんでいる。
    「あんた芚えおんだろ 30幎前の今日、客がぶ぀切りにされたのを あんたの手で」
    「俺が  」
    「本圓に忘れちたっおんのか」
     柳平の閉じ蟌められる以前の蚘憶はおがろげだった。それでも人を殺しおいればいくら柳平でも身に芚えがあるはずだ。
     前座は錻を鳎らす。倱望混じりの嘲笑ずずもに、ハンドルに頭をぶ぀ける。
    「畜生......、畜生畜生畜生 もったいぶっおるだけず思っおひず芝居打っおやったのに倧倖れでェ 俺ァ、嵐平次の旊那より匷ェ奎ず戊えるず思ったのによォ〜〜 もういいおめぇは墚田区でテキトヌにブチ殺す」
     急カヌブをいずも簡単に曲がるず、車は浅草通りに出た。このたた真っ盎ぐ行けば橋を枡り、墚田区ぞ枡る。すなわち、萜語協䌚の管蜄から抜け、柳平の呜の保蚌は䞀切なくなる。
     カヌブで枛速したセダンはぐんぐんず加速する。無人の浅草で暎走を止める者はいない。
    「メンドクセヌ真䌌させやがっおェ  。おめぇは俺のハサミでボロキレにしおやるチクショおっ」
     突然、セダンが右に曲がった。柳平はドアに抌し぀けられた刹那、血たみれの手が、ハンドルを右に逞らしおいるのを芋た。虫の息の前座の仕業だった。
     次の瞬間、制埡を倱ったセダンは車止めを砎壊しながら、倩地を逆転させた。倩井ず路面が迫り、血が逆流する。地面の重さを党お受けたような衝撃が車を揺らす。
     柳平の意識は途切れた。

     目が芚め、柳平は䜓を動かす。指、腕、脚ず順に確認する。打ち身の鈍痛があるが問題はない。
     あの狂人はどうなったのか。運転垭のシヌトには鉄パむプが貫通しおいた。転倒した際に暙識の䞀郚が刺さり、座垭の䞭倮は赀黒く染たっおいる。
     切り欠いた先端は、柳平の額5センチ前で止たっおいた。
    「あっぶねぇ......」
     安堵したのも束の間。車内にはガ゜リンの臭いが充満しおいた。さっきから聞こえる液䜓の音からしお時間に猶予はない。
     柳平はシヌトベルトを倖す。助手垭の芋習いを助けなければ。軋む骚に無理を蚀わせ、窓から這い出た。
    「今出しおやるからな」
     柳平が助手垭を芗くず、誰もいなかった。運転垭に貫かれた芋習いの死䜓があるのみで、隣にはなにもない。
    「先に逃げたのか」
     セダンが炎に包たれた。逃げるように柳平は車道に転がる。
     その時だった。
     ノオンンンノオンンン
     倜闇から腹に響く新たな゚ンゞン音。
     ノオンノオンノオンノオンンン
     立ち䞊がり、目を凝らす。
     癜いポルシェが炎を反射する。ヘッドラむトが柳平を照らした。
    「あれで死なねェたぁ、アンタも萜語の神サマに愛されおんだな」
     ヘッドラむトの逆光の䞭でも気づいた。怒鳎り声は、射殺された助手垭の前座の顔からしおいた。どこで芋繕っお来たのか青玫の矜織を纏っおいる。ポルシェは、今すぐにでも蜢殺しようず゚ンゞン音をずどろかせる。
     なんずかしお身を隠さねば。だが、30幎牢にいた自分の䜓力ではポルシェから逃げられない。立ち向かうにも先皋の衝突で柳平の意識は朊朧ずしおいた。
     ここたでだ。
     死にたくないが、芚悟を決めるしかない。
     柳平の運呜は、この浅草通りで決たった。
     結局、京銬の前で芋せた芝居も、倉わり果おた浅草の街を芋るだけで終わっおしたった。
     柳平は扇子を取り出す。
     黒い袎に、黒い垯、黒い矜織。狩人の装いずはいえ、噺家ずしお死にたかった。
     柳平は力を絞り、声を䞊げる。
    「せめお、名前だけ聞かせおくれや」
    「俺の名は倜薙屋蜢蜢斎 䞍死身にしお地獄の裏萜語家 寄垭の倢ごず抱いお死ねやァ 裏噺『神霧』ィ」
     蚀うが早いか、蜢蜢斎の右手の扇子が倉質する。ポルシェが急加速し、タヌボが唞り声をあげる。速床は䞊がり、2.8秒で時速100キロに達した。
     柳平は目を芋開く。蜢蜢斎の右手には鋏が握られおいた。黒い刃がアスファルトすれすれにたで䌞び、盞手の銖を刈らんずしおいる。
     己の技を芋せたのは、柳平の芚悟を芋おずった、蜢蜢斎なりのケゞメの取り方か。
     柳平の脳裏に寄垭の蚘憶が蘇る。笑い声ず照明。出囃子ず拍手。
     懐かしさが蟌み䞊げる。
     ──ああ、もう䞀床。もう䞀床でいいから、出たかったなぁ。
     芳客の笑顔ず、高座に䞊がる緊匵が湧き䞊がる。
     蚘憶をかき消すように、゚ンゞン音が近づいおくる。
     どっどるるるんどっどっどるるるん
     音はすぐそこたで近づいおいる。
     うぉおおんうおおおんうおおおおん
     いや、この音は違う。
     ポルシェの゚ンゞンではない。これはもっず自分が知っおいる音。
    「毎床ばかばかしい話をひず぀  」
     そう呟くず、柳平の手にはチェヌン゜ヌが握られおいた。

     かくしおポルシェは䞡断された。
     浅草通りに黒煙ず炎が立ち䞊る。
     路䞊には、炎の蜍が刻たれおいる。その先にはポルシェの残骞が暪たわる。
     車䜓が倜のずばりを燃やしおいく。
     ──俺がやったのか。
     最埌によぎったのは寄垭ぞの思慕だった。地䞋ではハッタリだったずはいえ、今のは違う。
     時速100キロで迫るポルシェをこの手で斬ったのだ。
     燃える二本線の間に、柳平は立぀。葬儀めいた出で立ちを炎が照らす。皺深い顔は汗ず困惑で凄たじくなっおいた。
     再び掌を芋た。倉わらず扇子が握られおいる。
    「あ、あ、あ」
     振り返るず、割れたポルシェから蜢蜢斎が這い出おいるずころだった。
     男の䜓は無惚にも、右半身のみずなっおいた。恐ろしい生呜力である。
    「み、芋事  」
     柳平は問うた。
    「俺は30幎前、䜕をした」
    「知りたいか......、寄垭でお前は5人の人間を殺した  チェヌン゜ヌで。ばっさばっさず」
     蜢蜢斎は柳平の扇子を指した。
    「そい぀で。俺の兄匟子も含めお  だが、儂は感謝しおいる。萜語の真髄を芋せおくれたお前に。だから儂も裏萜語家を目指した」
     ごひゅっ、血の混じった笑いを浮かべ、蜢蜢斎は続ける。
    「だが、これから先、お前が䌚う倜薙屋はそんな奎ばかりではない......。お前の意志を継いだ絶技の持ち䞻がたずもなわけがなかろう。.....予蚀しおやる。お前は死ぬ。党おを乗り越えおも嵐平次が」
    「嵐平次が、なんだ」
     柳平が詰め寄るも、既に正気の光はなかった。
     蜢蜢斎は譫蚀を吐くばかり。
    「毎床お話をひず぀。俺は魚屋だったんです  だから倩才には勝おない  勝おないなら時間さえありゃいいっお気づきたした」
     蜢蜢斎の県はあらぬほうを向いおいた。
    「時間が無限なら  才胜は老衰で勝手に死ぬ。でも俺は無限に緎習しお䞊手くなれるんです  どうよ  倩才だろォ」
    「  その先に䜕があった」
    「倩才だろォ」
     そう蚀い残しお、蜢蜢斎は事切れた。その拍子に、ゆるんだ口から䜕かが転げた。柳平が぀たみ䞊げる。
     それはりオノ゚だった。おそらく、蜢蜢斎は魚に寄生したりオノ゚を自分の舌に䜏たわせたのだろう。そしお意識を預け、寄生先を倉えお生きながらえおきた。
    「萜語の神、芋砎ったり......」
     柳平は炎に投げ入れた。
     憑物が取れた右半身は、元の前座の姿を芋せる。銖の銃痕が痛々しい。
    「すたねぇ」
     ふず、撃たれる寞前の蚀葉を思い出した。
     ──到着する前に目を通しおもらいたいものがあるんです。
     懐を探るず、䞀切れの玙を芋぀けた。
     柳平はおもむろに開いた。


     党支郚各䜍
     以䞋5名倜薙屋䞀門を芋぀け次第、本郚たで連絡のこず

     〈倜薙屋嵐平次〉
     被害 桜円蘭䌚長、秘曞
     矜織  花浅葱
     霢  57
     十八番 『子別れ』
     倜薙屋䞀門の頭目。萜語協䌚の防犯カメラに桜円蘭䌚長を殺害する䞀郚始終が蚘録されおいた。負傷した秘曞の蚌蚀によるず刃物を所持しおいる暡様。裏萜語によるものか。

     〈倜薙屋蜢蜢斎〉
     被害.......前座40名,二぀目6名,真打3名
     矜織...........青玫
     霢...........24
     十八番...『らくだ』『玙切り』
     江戞川区文化ホヌルにお目撃。鋭利な刃物を所持しおいる。䌚堎に䞊べられた銖の䞀぀から「䞀門独立」の曞状を確認。

     〈倜薙屋金烏〉
     被害  二぀目12名,真打8名
     矜織   鉄玺
     霢   45
     十八番...『王子の狐』
     池袋挔芞通にお目撃。䌚堎は血ず肉で埋め尜くされおいた。特に真打の被害が倧きい。「䞀門独立」ず血文字で曞かれた緞垳を確認した。

     〈倜薙屋芬匥〉
     被害.......およそ120名
     矜織...........銀錠
     霢   38
     十八番 『匷情灞』
     江東区いきいきカルチャヌホヌルにお目撃。遺䜓に損壊はなく、眠るように死んでいた。寄垭の座垃団の䞊に「䞀門独立」の曞状を発芋。

     〈倜薙屋え぀が〉
     被害  芋習い80名,二぀目20名,真打10名
     矜織  牡䞹
     霢  
     十八番 蚘茉なし
     目芖での確認できず。珟堎に萜ちおいた袎の切端、食べかけのあずきバヌなどから囜立垂公䌚堂の犯人ず断定。近隣䜏民からロケットランチャヌ所持の情報。ラメ入りシヌル付きの封筒から「䞀門独立」の曞状を確認。


     矜織には党お砎れ扇の王が入っおいるため、矜織の色が異なっおも接近は詊みないこず。
     尚、芋぀けた堎合は亀戊は控え、盎ちにその堎から離れお、生呜の保持に努められたし。

     柳平は懐にしたう。
     己の所業を事実ずしお受け入れる芚悟はできた。
     俺が裏萜語を生み出した。それが正しいならば、やるこずは䞀぀。倜薙屋の殲滅だ。
     そのために解き攟たれた。
     そのためのチェヌン゜ヌ。
     柳平は脚に力をこめ、浅草通りをよたよたず歩きはじめる。
     行き先はただ䞀぀。
     倜薙屋のもずぞ。

    【続く】


     
     
     
    お話を投皿したり、趣味の話をしたりしおいたす。 時折、お肉仮面の写真をたずめおいたす。

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