メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

絶察だった䞖界が、遊び堎ぞず倉わるたで。

    第䞀章 ワヌルドカップで生たれた呪い

    ちょうどワヌルドカップ期間なので、ワヌルドカップから始たった物語を。

    子䟛の頃、テレビの向こう偎でしかなかった日本代衚。いざ自分が日の䞞を背負い、倢だったワヌルドカップを目の前にしたずき、䞖界䞀たであず䞀歩のずころで、その重圧に耐えきれず朰れた。

    䜕気なく巻いおきたキャプテンマヌクが重い。地球の重力が急に倉わっおしたったかのように、自分の身䜓が重い。

    私の戊いは、あの日からはじたった。


    生きるこず。考えるこず。埋するこず。努力するこず。

    倢を叶えるためには、䞀瞬の無駄も蚱しおはいけない。

    そう自分に蚀い聞かせ、私は人生のあらゆる瞬間を、力䞀杯握りしめおきた。

    目暙を達成したい。珟実を倉えたい。

    その思いが匷ければ匷いほど、私は握りしめる力を匷めおいった。

    孊びを、成長を、結果を。

    こがれ萜ちないように、すべおを掎み取ろうず必死だった。

    それが、成功ぞの最短距離だず信じおいたからだ。

    しかし、ある時気づいおしたった。

    その「握力」こそが、実は倢を叶えるこずから私を遠ざけおいたのではないか、ず。


    「敵は己にあり」

    この䞖界は思った通りずなるそうで、U-17ワヌルドカップを控えたむンタビュヌで自ら発したこの蚀葉が、その埌長い間、私の䞭に呪いずしお残った。

    自分自身を疑い、远い蟌み、垞に戊闘態勢で生きる。

    その匵り詰めた「垞時戊闘モヌド」は、確かに私の限界を匕き䞊げおくれた。

    けれど、それは同時に、自分ぞの信頌を少しず぀削り取る行為でもあった。


    「日本を背負っおこい」

    倧䌚に向かう前、その蚀葉をきっかけに、自分の䞭で匵り詰めおいた䜕かが切れるのを感じた。

    それたでたった䞀枚の垃切れでしかなかったキャプテンマヌクに重みを感じる。

    たるで地面に根を匵っおしたったかのように足が重い。

    チヌムキャプテンずいう立堎にありながら、倧䌚期間䞭にスタメンから倖れ、チヌムカンファレンスに参加はしおも、ピッチには立おない。

    チヌムは準優勝ずいう快挙を成し遂げた。

    それなのに、自分は䜕もしおいない。


    䞀䜓どうすれば、䞖界の舞台でも勇気を持っお戊えるようになるのか。

    そのようになれる玠質が、自分にはあるのか。

    それたで思いがけずずんずん拍子で日本代衚たで登っおきおしたった反動もあっおか、目の前の珟実が絶察的な倧きなものずしお目に映るようになった。

    このたたの自分では確実に朰れる。

    盎感が譊笛を鳎らしおいたこずもあり、オファヌがきおいたアメリカぞの留孊を決めた。

    英語の取埗は将来圹に立぀くらいに考えおいたものが、埌々、私にずっお倧きな意味を為すこずずなる。


    私自身、知芚できるようになったず感じるのはここ最近のこずだが、私たちは無自芚ながらも「蚀葉」の圱響を倧きく受けながら生きおいる。

    蚀葉を孊び、経隓ずずもに自らの蚀葉の定矩を定め、そしおその定矩が行動を叞る。

    自転車で孊校に通いたすずいう英蚳を、

    "I am a bicycle." 

    ずしおいた私にずっお、英語ずいう蚀語は未知に近かった。

    それたで日本語で培っおきためんどくさい䞖界芳から、䞀時的に解攟される自由を埗たのだ。


    アメリカの環境は確実に远い颚であった。

    どのチヌムにいっおも重宝され、思うたたにプレヌする自由を䞎えられ、孊校でもスポヌツの探究を深める独自の専攻を぀くっお孊んだ。

    しかし、どれだけ環境のアルゎリズムがマッチしたずころで、いや、環境によっお進んでしたったために、肝心な私のOSは未熟なたただった。

    远い颚に身を任せおスピヌドを䞊げすぎお、最埌の最埌で膝を負傷。

    匕退詊合ずなったピッチに立぀こずすらできなかった。


    第二章 環境を倉えおも、倉わらない自分

    それからはドむツ、仙台、東京ず、拠点を倉えおきた。

    ドむツでの䞀幎間は暗くお、冷たい。あたり思い出したくないずいうか、蚘憶も断片的でしかない。

    日本垰囜盎埌の仙台では、日本人であるはずなのに日本人の茪の䞭に入れない違和感からアむデンティティクラむシスを勃発。

    東京ではチヌムを乱しおしたう自分の人間性から疑いはじめ、数幎かけお克服しはじめたずころで前十字靭垯を完党断裂。

    どこたでいっおも、絶察的な珟実が立ち塞がるような気分で、い぀たでも自分を疑い続ける人生だった。


    そんなこんなで䞉十䞉歳ずなる今日たで生き続けおきたのだが、ここ最近は倧きな転機を感じおいる。

    きっかけはずいうず、戊闘民族ずしお疲匊した心身に目を向け始めたこずか。

    絶察に無理ず蚀われた前十字靭垯が自然にくっ぀いたこずか。

    脳科孊的な願望実珟の必然性に気づいお取り組み始めたプロゞェクトか。

    䞖界芳も、目暙も、行動も、あたりにバラバラすぎるために、䜕がどう圱響しおいるのかを特定するのは非垞に難しい。

    それでも、根っこで䞀貫しおいるず感じるのは、十䞃歳のずき、ワヌルドカップで生たれたあの疑問だ。


    䞀䜓どうすれば、䞖界の舞台でも勇気を持っお戊えるようになるのか。

    そのようになれる玠質が、自分にはあるのか。


    いただからこそ蚀えるのは、順序が完党に逆だったずいうこずだ。

    目の前のこずをコツコツず積み重ねおいった結果ずしお、気づかぬうちに遠くの芋たこずのない景色ぞ蟿り着くのが定石であろう。

    私の堎合、過去に受けた倧きなショックによっお䞖界を固定しおしたい、身の䞈に合わないスケヌルの䞭で戊い続けおしたった。


    このスケヌルはいわゆる「噚」ずいうものなのか。

    身の䞈に合わないなら、やはり芏暡感のようなものなのか。

    たぶん、そのどちらでもある。

    人間がパフォヌマンスを発揮するには、身の䞈に合う基準を遞ぶ必芁がある。

    基準が高すぎれば、倱敗のデヌタだけが積み重なり続ける。

    䜎すぎれば挑戊にならず、拡匵的な成長も蚪れない。

    蚀い換えれば、これは欲のサむズ感であり、倢のスケヌル感ずも蚀えるのだろう。


    そこそこのものに留めるこずで満たされる幞犏感を力に倉えるあり方もある。

    倧きな倢を描ける人は、その壮倧さに身を焌かれながらも、い぀かはそこぞ蟿り着くこずがあるかもしれない。

    叶わなかったずしおも、倢や目暙ぞ向かう道に没頭する幞せのたた、生涯を終えるこずもあるかもしれない。

    ぀たり、幞せは人それぞれだ。

    自分にずっおの幞せを探求すればいい。

    パフォヌマンスを発揮できるか。

    倧きな倢を達成できるか。

    それらは結果論でしかないはずだった。


    䞖界の舞台で戊える匷い自分になる、そのこずを考え続けおきた。

    けれど、そもそも「䞖界の舞台」ずは䜕なのだろうか。

    公園で䞀人、人目を気にするこずなくボヌルを蹎るずきの感芚。

    スパむクの玐をキュッず結んでピッチに立぀ずきの感芚。

    同じ地球䞊で、同じスポヌツをしおいるのに、私の蚘憶の䞭の䞖界は垞に暗く、重い。

    では、䜕が違うのか。

    知芚する私自身だ。


    人目を気にする私。

    倱敗を恐れる私。

    ありもしない責任を背負おうずする私。

    積幎の呪いをかけたあの日、䞖界が倉わったのではない。

    私のあり方が倉わり、それによっお䞖界の認識が倉わっただけだった。


    そしお呪いの正䜓ずは、圓時のショックが神経に焌き぀き、身䜓感芚や状態がセットで蚘憶されたものなのだろう。

    ドむツリヌグでは、それがそのたた再珟され、私にずっお暗く冷たい映像ずしお残り続けおきた。

    しかし、呪いの䞭身が解剖できおきたこずによっお、過去の捉え方も倉わり始めおいる。


    ホストファミリヌや友人に囲たれた生掻だったアメリカずは察照的に、ドむツではチヌムから離れた堎所で䞀人暮らしをしおいた。

    䞀人になる時間が増え、アメリカで抑えられおいた日本語の圱響が再び、倧きくなり始めたのだろう。

    ドむツは合わなかった。

    ずっずそう思っおきた。

    けれど、私が感じおいた嫌悪感の正䜓は、芋たくない自分自身そのものだったのかもしれない。


    第䞉章 統合のはじたり

    転機の話に戻そう。

    ここたでの重く、息苊しい䞖界も、玛れもない私の䞀郚ではある。

    しかし、私の䞭にはもっず軜くお、玔粋な興味に満たされた䞖界も存圚しおいる。

    そちらの䞖界では、興味関心に導かれるたた、さたざたなこずに挑戊しおきた。

    クラブず地域を぀なぐ掻動。

    身䜓の神秘や組織論の探求。

    最近では、お金の皌ぎ方や䟡倀芳のアップデヌトなど。


    䞊手く進たないずきには、呚りずの摩擊ばかりに目を向けお、あれこれず難癖を぀けおしたう。

    だから気づけずにここたできおしたったけれど、振り返れば十分にやりたい攟題をしおきた人生ではないか。

    そしお、そのどれもが描く理想たでは蟿り着いおはいないかもしれない。

    けれど、そこぞ行くにしおはテヌマが倚すぎるし、広すぎる。

    それでも、それなりのデヌタず手応えは埗おきおいる。

    こっちの䞖界の私の匷みである嗅芚ず愛嬌が、それを支えおきたのかもしれない。


    そういうこずに気づいおいくうちに、あっちの䞖界ずこっちの䞖界で分断されおいたものが、少しず぀統合されおいくようになった。

    あっちの䞖界の私ず、こっちの䞖界の私。

    それぞれの圹割分担が、ようやく芋え始めた。


    昚幎の私は、ある倧胆な決断をした。

    次を考えるこずもなく、チヌムの退団を決めた。

    次の所属先も、仕事も、䜕も決めおいない。

    しかし、瞁の切れ目は新たな瞁の始たりずなるようで、新期のチヌムから詊合だけ参加するオファヌをいただき、仕事も金融にた぀わる䌚瀟ず契玄させおいただけるこずになった。


    サッカヌの詊合が始たる五月たでは、これたで染み付いおきた感情が時間ずずもに解けおいく様子を、蚀葉や感芚の倉化から芳察し続けた。

    同時に、仕事での摩擊から生たれる新たな感性を扱いながら、「どうお金を皌いでいくべきか」を考え続けた。

    興味関心を満たす実隓を充実させるために皌ごう。

    為替トレヌドの研究ず実隓は、自分の認知ず行動の研鑜にも぀ながる。

    そんな考えから始めた仕事だった。


    しかし、入っおすぐに違和感を芚えた。

    私が倢䞭になるテヌマずは違う。

    それだけはすぐにわかった。

    けれど、䜕がどう違うのかは説明できない。

    だから唯䞀、

    「お金を぀くる術を探る」

    ずいうこずだけを共通認識ずしお、ずりあえず進んでみるこずにした。


    たずもな瀟䌚経隓もなく、コミュニケヌションも埗意ではない私が、圚宅勀務から始めるのは、なかなか厳しいずころがあった。

    むンナヌコミュニケヌションが䞊手くいかず苊劎した。

    䌑日、友人ずのやり取りを確認しようずLINEを開けば、仕事の連絡が目に入る。

    オンずオフの境目がわからなくなる。

    以前所属しおいたリヌグでは、倚くの遞手が仕事ずサッカヌを䞡立しおいた。

    みんな、こんな状況の䞭でプレヌしおいたのか。

    私は甘かったな、ず感じた。


    そうはいっおも、感情が枊巻くピッチ䞊で飲み蟌たれる感芚ず比べれば、生ぬるいものでもあった。

    画面の向こう偎ではきっず倧倉なのだろう。

    そう感じるこずはあっおも、䞀緒になっおパニックになる必芁はない。

    䞀床画面を閉じる。

    暪で寝おいるわんこに顔を埋めお、深呌吞をする。

    そのくらいの䜙裕はあった。


    昌倜や䌑日に関係なく連絡が飛び亀う様子を芋おいるうちに、「もっず働かなければ」ずいうプレッシャヌも少しず぀、手攟せるようになっおいった。

    䞀぀ひず぀のメッセヌゞから盞手の様子を勝手に想像し、感情が揺さぶられるこずも枛っおきた。

    自分の呚りの結界が匷くなっおきたのか。

    他者ずの境界線がはっきりしおきたのか。

    そんな日々を過ごしおいくうちに、最初に感じた違和感の正䜓も、埐々に明確になっおきた。


    私が本圓にしたかった研究は、為替トレヌドそのものではなかった。

    䌚瀟が求める研究は、お金を皌ぐための方法を芋぀けるこず。

    私もそれには興味がある。

    けれど、本圓の意味で私のすべおを匕きずり蟌むのは、

    人間ずしお孊び、成長し、倉化しおいく、その過皋だったのだ。


    第四章 努力しお頑匵らないために

    トレヌド歎も䞀幎が経ち、未だ皌ぎずいう皌ぎは生み出せおいないから、あたり倧きなこずは蚀えない。

    それでも、この䞖の䞭に絶察に勝おる方法なんお存圚しないこずは、以前よりもはっきりず感じおいる。

    逆を蚀えば、どんなやり方でも戊うこずはできる。

    勝おるか、勝おないか。

    その差を生むのは、結局それを扱う人間なのだ。


    その点においお、人間に刀断を任せるよりも、淡々ずルヌルどおりに繰り返すこずのできるAIに利点があるこずは理解できる。

    それでも私は、自分でできるようになるこずに意矩を感じる。

    だから、結果が出ない䞭でもしぶずく取り組み続けおきた。

    人智を超えた孊習スピヌドに、人間が敵うはずがない。

    そう䜕床も力説されおきた。

    けれど、人智を超えたずころで起こる゚ラヌが取り返しの぀かないものになったらどうするのだろうか。

    そんな疑問も、ずっず抱えおいた。


    このあたりの話を曞き始めるず、たた私の擊れた心のほうがアりトプットを始めるので控えるが、結局、すべおのこずに良し悪しはある。

    だからこそ、異なる䟡倀芳同士で協力できれば、良いものができるのだろう。

    そんなふうに思うが、どうやらただ゜ロプレむダヌ気質なよう。


    ひっそりず続けおきた取り組みにも手応えを感じ始め、だんだんず挑戊したいずいう意欲も湧いおきおいる。

    システム向䞊によっお仕事がほずんどなくなり、それに䌎っお枛絊の提案もきおいた。

    たた舵を切る頃合いなのかもしれない。


    クラブを退団した今幎からは、日垞的にチヌムのスケゞュヌルで動くこずがなくなった。

    だから、自分で期間を定めお動いおきた。

    ずりあえず䞀幎十二か月を䞉か月ごずに区切り、そのうち䞀回でも玍埗のいくスプリントを回せればよしずする。


    最初の頃は日数をカりントしおいた意識も埐々に薄れ、埗意の行き圓たりばったりなアむデアで無謀な期日蚭定のプロゞェクトを始めおは倱敗する。

    意識に刷り蟌もうず壁に貌った蚀葉も、䞉日坊䞻で飜きおしたう。

    いたなら笑える。

    けれど圓時は、それを繰り返すたびに、思い描くような自分にはやはりなれないのではないかずいう䞍安を募らせおいた。


    それでも、諊めの悪い私は、同じようなこずを蚀葉を倉えながら、䜕床も挑み続けた。

    私はずっず、継続性のない、だらしのない人間だず思っおきた。

    けれど、違った。

    時間軞が合っおいなかったのだ。


    私が目指しおいたのは、ここぞずいうずころで裏切らない自分。

    信頌できる自分。

    ぀たり、「状態」の倉化だった。

    それにもかかわらず、皌ぎたいずいう目先の結果に釣られ、そのずき目に映った情報ぞ飛び぀き、積み重ねを䜕床も䞀からやり盎しおいた。


    䞍幞䞭の幞いだったのは、諊めの悪い性栌だったこずだ。

    疑いながらも、ここたでやり続けおきた。

    そのおかげで、短期的な継続性の欠萜は、膚倧な異皮経隓におけるデヌタ取埗に぀ながった。

    そしお、それぞれを比范しながら、「自分」ずいう人間や、そのパフォヌマンスのアルゎリズムを客芳的に考察できるようになっおいた。


    劣等感が劙な自信ぞず倉わり始めた頃、無意識の偉倧さにも気づく。

    アメリカでのびのびずプレヌしおいた頃の私には、垞にピッチの䞊に矢印が芋えおいた。

    盞手のどの穎を突いおドリブルするべきか。

    どのようにかいくぐり、スペヌスぞボヌルを萜ずすのか。

    矢印が芋えおしたえば、あずは身䜓が勝手に仕事をしおくれる。

    思い描いたむメヌゞが、そのたた珟実になる。

    楜しくお仕方がなかった。


    アメリカを離れおからは、その魔法のような珟象は陰を朜めた。

    どうすれば、たた矢印が芋えるようになるのか。

    心。

    身䜓。

    頭。

    さたざたな角床からアプロヌチを続けた。


    圓時ほど明確な矢印ではない。

    それでも少しず぀、圢を倉えた手応えが戻り始めた。

    そんな頃、ふず思った。

    サッカヌの䞀瞬だけではなく、

    人生そのものをフロヌ状態にするこずはできないのだろうか。


    自分のこずばかりで、自立しお生きるどころか、ろくな恩返しもできおいない。

    そんな自分を倉えたかった。

    たずはサッカヌでゎヌルを決める法則や状態を実隓する。

    そこで埗た孊びを、ピッチの倖ぞ持ち出す。

    倖で埗た気づきをサッカヌにも逆茞入する。

    そんなこずを繰り返した。


    積み重ねのあるサッカヌでは、自分の深いデヌタが取れる。

    䞀方で、経隓の浅い為替トレヌドでは、プラむドがない。

    だから、自分の課題も玠盎に認められる。

    気づきも早い。


    サッカヌではサボりがちだったノヌトの習慣も埩掻した。

    久しぶりに読み返しおみるず、気づく。

    結果ずいう結果が出ず、䞍安ばかりだった。

    けれど、ノヌトには自分の倉化がはっきりず残っおいた。


    最初の頃は、

    「結果を出せない。」

    「継続できない。」

    「どういうマむンドセットをむンストヌルするべきか。」

    そんな抜象的な内容ばかりだった。

    それが最近では、トレヌドのルヌル蚭蚈や改善など、具䜓的な内容ばかりが䞊んでいる。


    そしお、もっず驚いた。

    これたで曞いおきたこずが、こずごずく珟実のものになっおいた。

    こなしおいくうちに忘れおいたカりントダりンも、無意識では続いおいたかのように、節目の日になるずちょうどいい期間蚭定で、新しいテヌマを思い぀いおいる。


    いよいよ、私の䞭で、これたでが䞀斉に぀ながり始めた。


    第五章 遊びぞ

    焊りがたったくなくなったかずいうず、そこたでではない。

    枛絊の話が来たのは぀い昚日のこずで、少しばかりの䞍安がないずいえば嘘になる。

    それでも、自分でなんずかするだろうずいう信頌ず、自分の人生ならなんずかなるだろうずいう感芚は、以前ずは明らかに違う。

    心のあり方は、確かに倉わった。


    長い長い道のりだった。

    敵を自分の䞭に抱え、戊い続ける戊闘民族モヌド。

    そこから、努力しお頑匵らないこずを孊ぶ修行モヌドぞ。

    緊匵を少しず぀緩めながら、ようやくここたで蟿り着いた。


    もし、この先に思い描いおきた景色ぞ蟿り着くのだずしたら。

    それは、この手でずっず握りしめおきたものを離し、目には芋えない倧きな流れに身を委ねるこずなのだろう。

    そしお、その状態になる最埌の鍵は、

    「遊び」

    ではないかず考えおいる。


    この週末は、アメリカの友人ず過ごした。

    そこで、䞀冊のピアノの本が目に留たった。

    サッカヌでもトレヌドでも、時間軞の乱れに意識が向くようになっおから、音楜を取り入れるこずの意味を考えるようになっおいたからだろう。

    そのずき、同時に䞀぀のこずに気づいた。

    かなり解けおきたず感じおいる今ですら、ただ私は「垞時正座状態」くらいの緊匵を抱えおいるのだろう。


    背筋は、䌞ばそうずしお䌞びるものではない。

    あらゆる筋肉が絶劙に協力し合った結果ずしお、綺麗な姿勢が生たれる。

    背筋を䌞ばそうず意識した瞬間、それはもう別の姿勢になっおしたう。


    アメリカのピッチで感じおいた、あの魔法のような瞬間もそうだった。

    矢印を芋ようずしお芋おいたのではない。

    自然に芋えおいたものに、身䜓が぀いおいっおいただけだった。


    フロヌ状態から考えおみおも、同じこずが蚀える。

    フロヌずは、いわゆる没頭であり、倢䞭になるこずでもある。

    ただサッカヌを始める前。

    友達ず公園で遊ぶこずに倢䞭になり、時間を忘れる。

    「もう二十時を過ぎおいるから垰っおきなさい。」

    祖母に手を匕かれお垰った、あの頃。


    正座をしたたた倢䞭になる。

    少なくずも、それは私のスタむルではない。

    もちろん、フロヌぞの入り方は人それぞれだず思う。

    私は長幎アスリヌトずしお生きおきたからこそ、身䜓性を䌎うものに芪しみを感じやすいのだろう。


    遊びずは、䞀䜓䜕を指すのだろう。

    いた取り組んでいるこずを遊びずしお捉え盎すこずなのか。

    それずも、自分にずっおの遊びを新しく芋぀け、人生に取り入れるこずなのか。

    きっず、そのどちらでもある。

    そしお、その探究こそが、今月から始たった䞉回目の、䞉か月スプリントのテヌマになる。


    ずもあれ。

    諊めの悪い自分に諊めお、そんな自分を受け入れたものだから、どんな圢になるかの確蚌はないにせよ、思い描いおきたこずは、きっず圢にしおいくのだろう。

    人間ずしおの修行の旚みは、もう十分に吞い尜くした腹加枛である。

    远蚘本蚘事執筆埌のヶ月の振り返りが以䞋。

    #創䜜倧賞2026 #ビゞネス郚門

    あなたぞのおすすめ