
ショートエッセイ:床屋で聞いたニュース

「沖縄では今日──」
小学生のころ、なぜか床屋でこのラジオニュースを耳にした。
「どうですか?いまのお気持ちは?」
沖縄の人々にインタビューしていた。
当時、あまり気に入ってなかった、坊ちゃん刈りにされながら。
「そうか、沖縄ってアメリカだったんだ」
鏡に映る自分の顔も、
床屋の椅子も、
軽快にハサミを動かす音も、
ちゃんと、記憶に残っていた。
...と思っていた。
「沖縄返還から、今年で54年が経ちました」
さっき、テレビのニュースで言っていた。
ん?ちょっと待って! 54年前?、3歳じゃん?
すぐさま、AIに聞いてみる。
〈それは、1978年の右側通行から左側通行へ変更された日だと思われます〉
情景は正確に残り、出来事のラベルだけがずれていた。
「沖縄の大きな歴史的ニュース」が
いつのまにか「沖縄返還」に貼り替わっていた。
過去にこれを書いた。
ショートエッセイ:お父さんのAI化(9月公開予定)
オマエも、人のこと言えないじゃないか。
お父さんがAI化しているのではなかった。
記憶するということ自体が、少しAIに似ていた。
正しい記憶ではなかった。
でも、床屋の椅子も、ラジオの声も、
9歳の私は、ちゃんとそこにいた。
AI化していたのは、
お父さんだけではなかった。
おわり
▼ 時間は、ときどき本人を置いていく。
▼ 覚えているのは、出来事だけではない。
▼ 途切れた像の中に、何が残っているのか。
