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私は、たぶん諦めることの意味がわからない

    カオルさんは、なんでそこまでやるんですか?

    最近、言われることが多くなった。

    別に、引き際が見えていないわけではないと思っている。

    〈ただ諦めが悪いだけでは?〉

    そうかもしれない。

    でも、私の中では、
    諦めることと、やめることは少し違う。

    やめたことはある。
    たくさんある。

    〈あるんじゃん〉

    でも、それは、終わったのではなく、
    まだ、私の中に残っている。

    そんな感覚がいつもある。

    やめたことは、消えるわけではない。

    やめたはずなのに、
    似たような場面で、同じ問いにぶつかる。

    しまったはずなのに、
    別の仕事の中で、また顔を出す。

    忘れたはずなのに、
    誰かの言葉で、急に輪郭を取り戻す。

    形を変えて、
    未来のどこかで、またこちらを見る。

    だから私は、それを簡単に諦めたとは呼べない。

    諦めることは、
    やめてしまうことではなく、
    未来に問いを受け渡すことなのかもしれない。

    〈言い方〉


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    D4G Worksについて
    私が運営する「D4G Works」では、
    デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
    詳しくはこちら → D4G Works公式サイト


    ※やめたはずのことが、あとから別の形で戻ってくることがあります。

    終わったのではなく、まだ問いとして残っていたのかもしれません。

    D4G Worksでは、そうした言葉になる前の違和感や感覚を、急いで結論にせず、構造として捉え直す伴走を行っています。

    → 言葉になる前のものを、構造として捉え直す


    ▼ 終わらないから、まだ書ける。

    ▼ 忘れたころに、問いは実を結ぶ。

    ▼ 答えではなく、問いを先へ送る。


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    デザイナー / D4G Works代表 猫も、AIも、介護も、牛丼も。だいたい何の話からでも、デザインを見つけます。 だいたい、違和感から考え始めます。

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