
40年間の末路 第30章 33年目の結婚記念日 ドキュメンタリー小説|自叙伝|50代
真那家族との決別から、仁美は再び引きこもり生活に戻った。
数週間後、長女の愛里からLINEが届いた。
「ママはもともと変だったけど、真那の件でさらにおかしくなってるよね」
母親になった愛里から見ても、仁美の奇行ぶりは首を傾げるほどだった。
「あんなことで絶交だなんて、小学生でもしないよ」
「私は直接関係ないのに、アレからママとはギクシャクしてる」
自分にとっては茉梨との浮気の件から17年間ギクシャクしている。
「ま、昔から気質は変わらないけどね」
「双子ちゃんが退院してもママがいなくて、真那も大変だから、私もできるだけ協力してるよ」
愛里と真那の家は車で十分ほどの距離だった。
「愛里も子ども二人抱えて大変だろうけど、よろしく頼むよ」
すると、愛里から思いがけない言葉が返ってきた。
「ママが真那に絶交宣言したんだから、パパもママに絶交宣言したら?」
スマホの画面をしばらく見つめていたら、目から鱗がポロリと落ちた。
仁美は不愉快なことがあるたびに、17年前の茉梨との浮気のことが、昨日の出来事のようにフラッシュバックして、浮気話にすり替え、まるで「水戸黄門の印籠」のように振りかざし責め立てた。
どんなに謝罪し家族のために償っても、一切認められず、精神的に追い込まれ一度は自殺未遂もした。それでも子どもたちのために仮面夫婦を続けてきた。
「離婚」という選択肢は頭の片隅に常にあったが、この囚人のような生活から一生抜け出せないと、どこかで諦めかけていた。
「パパも十分頑張って私たちを養ってくれたから、
そろそろパパも自由に幸せになってほしいの」
愛里のその言葉に、背中をそっと押され、暗黒の心に一筋の希望の光が差し込んできた。
これまでの償いを認めてくれた長女への感謝と同時に、努力がやっと報われた気がして涙がこぼれた。
その日から、仁美に離婚を宣告する時期とシナリオを娘二人と相談しながら考えた。
そして33回目の結婚記念日の2022年7月8日(金)を離婚を突き付ける日に選んだ。
毎年結婚記念日に、夫婦二人で外食に出かけ祝ってきた。
そして当日の夜、仁美を連れ出し、宇都宮のショッピングモール内にあるレストランで仁美の好きなオムライスを2つ注文した。
結婚記念日だというのに、目の前のオムライスからは、ただ湯気が虚しく立ち上っている。
仁美は好物のデミグラスソースが掛かった黄色いオムライスを、無言で口へ運んでいた。
僕たちの間にある重苦しい沈黙を破るように、僕はスプーンを置いた。
「真那とはまだ連絡を取っていないの?」
「私から連絡する理由もないし、真那から来ないってことは
反省していない証拠じゃない?」
「お前が意固地になって赦さないから、連絡できないんだよ」
「私が悪いっていうの?」
仁美の被害者意識だけは人一倍強い。
「真那がどう謝れば、赦してくれるの?」
「そんなの知らないわよ」
やはり仁美の中に答えはなかった。
和解を望んでいるのかどうかすらも、疑わしかった。
「お互い大人だし、家族なんだから歩み寄ろうよ」
「泥棒する人は家族じゃないわよ。
一生赦さないわ」
仁美は人を憎むだけで、赦し方を何も知ろうとしなかった。
「真那の件も、浮気の件も、一生赦さないなら、
もう家族でいる意味はないね」
と、ここで離婚話のカードを切った。
「何を言うの。パパには一生償ってもらうわよ」
仁美は急に顔を上げて、鬼の形相で僕を睨んだ。
「赦す気も仲直りする気もないのに、何のために一生償うの?
昔の事にずっと胡坐ばかりかいてないで、
お前も僕に縛られず、時計を進めればいい」
「私を見捨てるつもり?」
「全部人任せにして責任逃れを続けてきたツケだよ」
「パパなしでは生きていけないよ!」
さっきまでの強気な態度はどこへやら、仁美は子供のように顔をくしゃくしゃにして僕に泣きついてきた。
その瞬間、頭の奥で33年前のあの高円寺の夜がフラッシュバックした。
『あなたナシでは生きていけない!』
仁美が言った台詞をあの日から忘れることはなかった。
「親から自立する」と宣言したものの、仁美は高校卒業以降、寄生虫のような生き方はずっと変わらなかった。
仁美の時計の針は、あの夜から一秒も進んでいなかった。
「だから一度、婚姻関係を清算して、本当にお互いに必要なのか、
考える時間が必要だよ」
「清算って何よ」
「結婚前の状態に戻して、友達関係からやり直そう」
「過去を全部赦せってこと?」
「過去を赦して、お前自身の時計を動かせるなら、その時はまたやり直そう。
でも、ずっと赦すつもりもない僕を、ただ縛り続けるつもりなら……
もうお互いのために離れるべきだ」
「どうせ離婚したらすぐ新しい彼女でも作るつもりでしょ」
「離婚後二年間は再婚しない。やり直す気になるまで二年待つよ」
仁美が僕ナシでも生きていけるのか、もしくは仁美が改心するのか、一縷の望みを託して、見極め期間を設けた。
「そんなのあり得ない」
仁美は怒りで顔を真っ赤にして、スプーンをガシャン!と音を立て皿に置いき、右手でバン!とテーブルを叩いた。
周囲の客の視線が一瞬こちらに集まるのが分かったが、今の仁美にはそれすら見えていないようだった。
「アリかナシかはお前の心次第。
ただお互いに齟齬がないように調停離婚にしよう」
どうせ仁美は聞く耳を持たず、気持ちも変わるはずがない。
周囲の目を無視して僕は冷静にはっきりと意思を伝えた。
「勝手に決めないでよ」
「真那家族との決別を勝手に決めたのはお前だよ。
仲直りして孫の双子ちゃんの顔を見たくないの?」
「・・・」
仁美は不貞腐れたように視線を落とし、言い返す言葉が見つからず、ワナワナと唇を震わせてた。僕は構わず話を続けた。
「でも調停離婚に入る前に、最後の思い出作りのために、
仁美が行きたい場所へ二人で一泊二日の旅行に行こう。
一泊で行ける範囲なら国内どこでもいい」
「本気で言ってるの?」
「冗談でも脅しでもない。愛里も真那も了承済みだよ」
その言葉を聞いた瞬間、仁美の顔からサッと血の気が引いた。
味方だと思っていた娘たちにまで背を向けられていた事実に、彼女は愕然としたように目を見開いたまま、ワナワナと唇を震わせた。
そして、ガタガタと震える肩を落とし、長い沈黙のあと力なく俯いた。
33年目の結婚記念日に、ようやく言えた。
高校の図書室で最初に目が合ったあの秋から数えれば、もう38年が経っていた。実に長かった。
だが数日後に、新たな問題が浮かび上がった。
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