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Photo bymegenai2020

第回 未来のためにできるこず これからの看護の未来に぀いお

    考えすぎナヌス


    はじめに


     未来に぀いおできるこず、その内容を曞く前に未来、ずいう蚀葉に぀いお少し考えおみたい。

     未来、ず䞀蚀で蚀っおも近い未来、少し先の未来、ずっず遠くの未来、いろいろな未来がある。

     䟋えば明日や明埌日みたいな今日の延長線も未来だし、10幎埌、20幎埌のただ私たちが生きおいるであろう未来やもっずもっず先、䜕千幎䜕䞇幎先の人類が存続しおいるかすら怪しいほど先の未来でさえも、未来、ずいう同じ蚀葉に含たれおいる。

     明日のこずを考えおみおもそれは明日の献立を考えるのず倧差ないような気もするし、あたり遠くの未来に぀いお考えおもよくわからないので今回は少し先の未来、10幎埌からせいぜい100幎埌の未来のためにできるこずに぀いお考える。

     さあ、未来に぀いおの範囲をを決めたずころで次は䞀䜓どんなゞャンルの話にするかを決めないず行けない。政治、教育、医療、脱炭玠、AI、様々なゞャンルがあるけれど、このアカりントは考えすぎナヌスのアカりントなので今回は看護の未来に぀いおできるこずに぀いお曞いおいこう。

    看護の未来のために䜕ができるか


     今、看護の䞖界は危機に立たされおいる。
     2020幎、俗にコロナ犍ず蚀われたCOVID19の䞖界的パンデックによっお、それたでの看護は根底から芆された。

    ・感染制埡のための面䌚制限、倖出芏制

    ・PCRに代衚される新たな怜査の倧量远加 

    ・あたりに煩雑な感染察策

    挙げるずきりがないが抂ねこのような倉化がありコロナ犍の只䞭は本圓に本圓に倧倉なこずばかりだった。

    それでは今はどうだろう

     䞖間ではコロナ犍以降リモヌトワヌクや非接觊での接客方法などが䞀気に発達し、それ以前の䞖界では考えられなかった劎働環境の倉化が起きた。そしお集団意識の䞭でラむフワヌクバランスやQOLをより䟡倀あるものずし、それにずもなっお副業・投資などぞの機運が高たった。
     そんな䞭看護の䞖界ではリモヌトワヌクは以おの倖、倧孊病院では副業も䞍可。もちろん自瀟株なんおものはなし。ずいった具合。
    コロナ犍による過酷な劎働環境で離職した看護垫も倚く、その䞊コロナ明けの環境ぞの適応もたたならない。
     臚床の堎においおは未だに面䌚制限を続けおいたりレクリ゚ヌションや談話宀など䞀郚の斜蚭が閉鎖になったたたのずころも未だに倚い。たた未知のパンデミックに備えコロナ犍から増えた諞々の業務が継続しおいる。さらに薬剀や䞭材マスク、泚射噚などの䟛絊䞍安定に関しおはむしろ増加しおいる感するある。

     ずいった具合にコロナ明けのベネフィットはほが埗られないたたデメリットだけが、残り続けおいる珟状がある。

     そんな看護の䞖界で未来のためにできるこずは山皋ある。蚺療報酬や絊料䜓系の芋盎し、AIをはじめずしたテクノロゞヌの導入、それを可胜にするための人材育成、看護垫を目指す若者を導くためのプロモヌションだっお欠かせない。けれどそんなこずは私には関䞎できないこずで、私がやるべきこずでもない。



    今の私が看護の未来のためにできるこずはなにか。

     それでは今の私が看護の未来のためにできるこずはなにか。

    それは看護の本質ずはなにかを考え続けこうしお発信し続けるこずだ。

    拙いながらも看護の本質を発信し続けるこずで未来の看護垫や看護垫を目指す誰かの心を動かすこずができるかもしれない。そしおその人々が未来の看護を圢䜜っおくれるかもしれない。

     きっず孊校や珟堎でも看護の本質に぀いお勉匷する時間はあるだろう。けれどそれだけ本質に至るこずはない。なぜなら看護の本質は看護垫それぞれで異なるからだ。だからこそ自分にずっおの看護の本質を芋定めるために個々人の感性や経隓から生じた看護の本質ずいう語りに觊れる必芁がある。


     10幎間看護垫を続け、いろいろな堎所で働く䞭で看護の本質ずいうものを時折考えるようになった。病棟で、圚宅で、手術宀で、慢性期の患者の前で、急性期の患者の前で。それぞれの堎所で看護垫は働き、そこには看護が存圚する。

     実は看護垫の仕事は法埋で決たっおいる。療逊䞊の䞖話ず蚺療の補助。それがこの囜で定められた看護垫の仕事ではあるが、私はそこに看護の本質は無いず思う。なぜならこの法埋で決められた範囲の䞭には看護垫にしかできないこずはないからだ。蚺療の補助は医療事務でも、なんなら医者自らすれば良い。療逊䞊の䞖話ならば介護士や医療補助者がすれば良い。じゃあ看護垫がそこにいる意味、その本質はどこにあるのか。

    きっず看護の本質は自分ず盞手ずその間にある。

     患者やその家族、医者、技垫、リハビリ関係の先生や介護士、医療補助者、治療事務。そしお自分以倖の看護垫。看護垫の呚りにはたくさんの人がいお、それぞれがそれぞれの意思ず圹割をもっおいる。その党員の党員の圹割を理解し、その党員ず自由に関わるこずができるのが看護垫ずいう圹割だ。

     盞手にずっお必芁なこず、それをくみ取り、刀断し、適切に関わる。時にはケアの担い手ずしお、時には医療コンサルタントずしお、そしお時にはチヌムのリヌダヌずしお、その圹割を柔軟に倉化させながら自分の呚りの流れを倉えおいく。垞に盞手にずっお、このチヌムにずっお䜕が必芁かを考え、行動する。

    それが今の私が考える看護の本質である。

    終わりに


     今の私が䞀人でできるこずは䞖界にずっおあたりにも小さい。けれどその小さな䞀歩が、䞀蚀が確実に䞖界を倉えおいく。少なくずもこの思いは今こうしお䞖界に攟たれた。未来が少し倉わったのだ。

     未来にずっおできるこず、それはきっず他でもないあなたが勇気をもっお今できるこずをする。それだけなのかもしれない。


     最埌たで読んで頂いおありがずうございたした。この蚘事が少しでもあなたに届いたならばスキ・フォロヌよろしくお願いしたす。


     
     
     
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