
キラキラ女子と作業服【最終章~第十話~】リスタート! 作業服を生まれて初めて着た日
長い回想をしている間に疲れてしまったのか、もう何日もベッドの中に入っていたかのような感覚になってくる。
持病の腰も痛くなってきたので、湿布を貼りたい。
慌ててスマホの管理画面を見て日付を確認してみると、丸一日は経っていなかった。はぁ。長い溜息をついた。
改めて床を見ると、運気アップカウンセラーをしていた頃の洋服が重なり合って、小さな山となっていた。
一つずつ拾い上げてみる。
”見栄えだけ ”に拘ってフリマアプリで買い集めた中古品ばかりの洋服は、未来永劫「もう必要ない」。
誰に聞かれるわけでもないから小声でなくても構わないが、静かな決意として美雨は言い放った。
拾い上げた服はゴミ袋に入れて行く。
「何だったんだろう」と、だんだんと肩が落ちてゆく感覚に囚われそうになったので、事務的に捨てて行くことにした。
一通りゴミ袋に入れた後は、体の重だるさがまるで違う。何だか憑き物が落ちた気分になってくる。
お腹も空いてきたので料理でもしようと冷蔵庫を開けたら、空っぽだった。
コンビニが近くにあるが、コンビニは高級品だ。仕方ない。面倒だけどスーパーまで買いに行くか。
美雨は鈍く痛む腰をさすりながら立ち上がった。
着替えるのは下半身だけ。スエットからジーパンにさっと早変わりする。これで外出準備は万全。
鏡は見ない。というより、そんな余裕はなかった。
外へ出ると、辺りは薄暗くなっていた。昼間はずっとベッドの中にいて真っ暗の中で過ごしているので、光に当たらない。
不健全だけど、やや薄暗いほうが落ち着く。
スーパーへ行く途中、見慣れた倉庫から人がまばらに出てきて「お疲れ様!」と元気よく自転車に乗って帰路に着く姿を眺めていた。
作業服を着ている人や私服姿の人が入り混じっている。
倉庫の入り口に貼り紙があり、そっと近づいてみると ”倉庫作業員募集! ” の文字がバーンと目に留まった。
美雨はスマホライトをつけ、貼り紙を撮影してからスーパーに行き、適当にお弁当を選んで、大急ぎで帰宅する。
途中でお茶を買うのを忘れたと気づき、戻ろうかと思ったが、なぜか「早く求人内容を見ないと!」と焦りを感じ「まぁ、いいか。今夜は水だけで過ごそう。その方が節約になるし」と冷静な自分もいた。
家に着くと、一目散にスマホのアルバムを開いて、貼り紙の求人内容を確認した。
作業内容はピッキング作業員。5kgくらいの重い物は持ちますが、未経験でも可とあった。
持病の腰痛の事が気になるが、それほど重くはないから大丈夫だろう、辛いようならコルセットをすれば何とかなるはず。
おそらく耐えられる、と自分に言い聞かせた。
ピッキング作業員? 聞き慣れない用語があったので調べると「出荷指示書に従って商品を取り出し、集めること」とあった。
これまで真っ当な職業は事務職しか知らないので、今一つ勘が掴めないが、未経験でも可とのことなので、ダメもとで応募してみようと、なぜか前向きになっている美雨だった。
買ってきたお弁当をレンジで温めている間も、気持ちは清々しい。
コップに水道水を入れて飲んだが、ミネラルウォーターよりも美味しく感じられた。
翌日、履歴書を書き終えると、面接の日取りを調整してもらえるようメールをすると、すぐに返信がきた。
面接は翌日だった。
美容院に行きたかったが、金銭的に余裕がないので髪を一つに束ね、メイクは清潔感を心掛ける。
手持ちのブラウスとジャケットにパンツ姿が、今では唯一まともな服。いざ出向くと応接室に通された。
作業着姿の男性が現れ、互いに挨拶し、一礼すると「もう求人は閉め切ろうと思っていたところなんだよ。あと一人だけ募集していたところなんだ」と、やや大きな声で笑顔を崩さず話を続けた。
一通りの業務内容を説明され、美雨の履歴書を見て「自宅から近いんだね」とだけ言ったかと思うと「いつから出勤できますか?」と、あっさり採用。
「えっ? 私は未経験なんですが、いいですか?」と思わず聞き返してしまった。
「大丈夫。すぐ覚えられるから」と、美雨を見る目は優しい。
「ありがとうございます!」と深々とお辞儀をし「明日から出勤できます!」張り切って答えた。
就活は不採用の連続だったのに。
拍子抜けするくらい、あっさりと決まった。
その日から半年後。
最初は気力も体力もきつかったが、徐々に慣れてきた。
美雨は作業服で通勤している生活を送っている。
作業服は上下合わせるとポケットが8箇所もあるので、ピッキングに必要な小道具は全て収納できてしまうのがありがたい。
カッターはもちろん、ガムテープまでポケットに入るのだから、かなり優秀だ。
それにサイズをワンサイズ上げて着ているせいか、ゆったりしていて動きやすく、冬場は寒さ対策にトレーナーを着こめば快適なはず。
作業服を着るようになってから、化粧はいらなくなった。髪も束ねたまま。
倉庫の中を動き回るから汗だくになって崩れてしまう。でも汗をかいたらすぐに顔を洗える。その快適さがたまらない。
一日中、動き回っているせいか、始めは持病の腰痛が気になったが、逆によくなってきたような気がする。
仕事を始めてから痛みは、ほとんどない。
作業服を着ると、ふと母親のことを思い出した。
母親も工場勤務で、化粧はせずに作業服で通勤していた。
今の美雨は、そっくりそのまま母親のコピーになってしまった。
それでいい、と思う。
家の中で父親の不誠実さに泣いてばかりいた母親のことはバカにしていたけれど、美雨も同じようにキラキラした 「運気アップカウンセラー」を、身の丈に合わないにも関わらず目指して行き詰まった。
母親と言えども愚かさはお互い様なはず。
作業服を着ている時間は、当時の母親に寄り添っている気がしてきた。
こうして日々の糧を自分で稼ぐようになってからは、もう布団の中に潜り込むことはなくなった。
最近では、以前ならコンビニは高級品で手が届かなかったけれど、今は違う。
仕事帰りにコンビニのスイーツを週に3回くらい買えるまでに成長したのだ。
貧困に喘いでいた頃から見れば、大出世と言ってもいいだろう。
太陽の光も眩しくは感じられなくなった。
さて。
今日はどんなスイーツを買おうかな?!
ー 完 ー
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↓ 第1話「リストラと絶望」↓