
キラキラ女子と作業服【第1話】リストラと絶望
~ あらすじ ~
15年間、一般企業に事務職として働いてきた40歳の女性・主人公の美雨はストレスで腰椎椎間板ヘルニアを患う。
休職後に会社側からリストラを言い渡された。
再就職へ向けて就活するものの100社以上の不採用通知ばかりが届く。
不採用通知の山を眺めながら「どこの職場も雇ってくれないなら起業しよう!」と思い立ち「運気アップカウンセラー」としてSNSで集客する。
慣れないながらも美雨は「キラキラした私」という虚構を作りあげることに成功。
SNSでバズり、カウンセリングの相談者も途切れることなく増えていった。
しかし、ある一人の相談者からの誹謗中傷で人気が崩れ始める。
再び無一文となった美雨が辿り着いたのは、倉庫作業員のアルバイトだった。
初めて袖を通す作業服。
そこで美雨は、“取り繕わなくてもいい働き方”と出会っていく。
キラキラ女子と作業服【第1話】リストラと絶望
アパートの玄関ポストから郵便物がガサっと床に落ちる音で目が覚めた。
枕元のデジタル時計は午前11時11分を表示している。ゾロ目だ。
「何かいいことあるかも」呟いてはみるが、そんなわけがないと、すぐに思い直す。
無職の朝は遅くなりがち。そして希望も薄い。
美雨は持病の鈍く痛む腰をさすりながらベットから這い上がり、玄関へ向かった。
拾い上げた封筒には二週間前にエントリーした企業のロゴがある。
「また不採用だ」開封するまでもない。
履歴書と職務経歴書が送ったときと寸分違わぬ厚みが目視でも分かる。
これで102社目の不採用。
やれやれ。
すっかり慣れてはいるつもりだけど、目がどんよりと曇ってくる感覚だけは、はっきりと感じている。
朝昼兼用のトーストとインスタントコーヒーをキッチンで立ったまますませ、顔を洗い身支度を整える。
化粧はなし。簡単に髪をとかし、着替えてから眼鏡をかけマスクをし準備完了。10分もかからない。
行先はハローワーク。
通勤か? と思うほど何度も通っているので、求人検索や応募の申込みなどの流れで迷うことはない。
今日はどんな求人があるかな? と期待はするものの、今一つだなと肩を落とすことは、毎回同じ。
希望は前職と同じ事務職を探している。事務職は人気が高いので、ちょっとでも待遇のいい案件がくると高倍率になってしまう。
ハローワーク職員の情報によると20代から50代と幅広い層が殺到するので、どうしても競争率が高くなるとのことだった。
そんな高倍率な職場にエントリーするのは無謀だけど、希望はまだ捨てたくはなかった。
学歴やスキルが同じくらいなら40代より20代のほうが採用されやすいだろう。
40歳の身の上、仕事を選んでいる場合ではないのは頭では分かっている。しかし気持ちは再び失敗したくないので、じっくりと選びたい。
求人票を見て「ま、いいか」と思える企業が今日のところは一つだけあったので、ハローワーク紹介状をもらい帰宅する。
途中、小腹が空いたのでコンビニに寄ろうと思ったが、ダメダメと頭を振った。
無職の身の上にとっては、コンビニは高級品。
安いスーパー以外での買い物は絶対と言っていいほど、してはいけない行為だと、美雨の心の裁判官は耳元で囁くように訴えてくる。
家に着き、鞄を放り投げるようにして床に置く。
マスクを外し部屋着に着替えたら、パソコンの前に座り履歴書を作成する。
履歴書作成で毎回頭が痛いのは、志望動機の記入欄に何を書けばいいのか分からない。
求人票は待遇しか見ていないからだった。40代の再就職は大手の企業への応募は難しいから、必然的に中小企業となる。
102社も不採用通知を受け取ったけれど、どこの会社も美雨の情報が疎いだけかもしれないが「聞いたことがない企業」が、ほとんどだった。
「前職の事務経験を活かし、貴社に貢献したいと考えています」と、どこにでも通じるような志望動機となってしまう。
それ以外に書きようがなかった。ネットで調べれば、気が利いた文言はあると思うが、あまり立派な志望動機はわざとらしい。
葛藤したまま、先へと進めていく。細かいことを気にしていたら就活などできぬ。
不採用通知の山から1枚だけ履歴書を抜き取り、証明写真をそっと剥がす。
折れないように細心の注意を払いながら息を止めるようにして、きれいに剥がせたあとは小さな達成感を味えるのがクセになっている。
本来、証明写真の使いまわしは厳禁だが、バレなきゃいいだろう精神のほうが先立っていた。
何より、毎回、新品の証明写真を用意するとなると地味に痛い出費となってしまう。
履歴書を印刷して、プリンターから紙をすくい上げようとしたとき、指に鋭い痛みが走った。
痛いっ。紙で指を切ってしまった。
履歴書の隅には血の滲んだ跡が残っている。また、やり直しだと思いつつテッシュで指を包み、出血を止めた。
血の付いた履歴書を見て「私、何やっているんだろう」と美雨は自分のことを訝しく思った。
指の出血が落ち着いたところで、念のため消毒をしながらリストラされた過去を思い出した。
15年も一般事務職として大手の清掃管理業者に勤務した。
仕事内容はデータ入力がメインだったので、覚えるまでは大変だったが慣れてしまえば、目を閉じていてもできてしまうくらい簡単な内容だった。
しかし対人関係では、おそらく人並に気を遣っていたと思う。
同僚やお局とのトラブルにならないように、付かず離れずの付き合いや苦手な上司との交わし方。
振り返ればいつも人の顔色ばかり見て、言いたいことも言えなかったと思う。
ただ、それが会社員としての世渡り上手な在り方だと、自分に言い聞かせていた。
職場では、ニコニコ。家に着くとぐったり。おそらく他の同僚も多かれ少なかれ、美雨と同じだったと思う。
でなきゃ、これといった大きな対人トラブルもなく15年もの間、過ごせていないだろう。
けれども、体は正直だった。
ある日突然、腰が痛くて起き上がれなくなり、救急車を呼んだことがあった。
診断されたのは、腰椎椎間板ヘルニア。
入院や手術は必要ないとのことで安堵したが、今でも痛み止めと湿布が手放せない。
運動不足や加齢などの原因があるらしいが、美雨の素人見解では「ストレスが腰にきた!」と思っている。
一日中、座っていることが辛くなり休職願いをだしたところ、上司はパソコンを見ていた画面から目を離しチラリと見たかと思うと「休職したら復帰できないよ。もう帰っていいから」とリストラ宣告をあっさり言われてしまい、呆気に取られ何も言い返せなかった。
15年間の月日の答えは「もう帰っていい」。
美雨は企業にとっては使い捨ての駒でしかなかった。
悔しいけど仕方ない。企業にとって美雨は必要な人材ではなく、いつでも取換え可能な人材だったということだ。
気を取り直して、もう一度履歴書を印刷する。出血は完全に止まった。
今度は紙を汚さずに、使いまわしの証明写真を張り付け、切手を貼る。準備完了。
美雨は近所のポストまで部屋着のままサンダルを履き玄関を後にした。
↓ 第2話「残高の恐怖とネットに救いを求めて」↓