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獣たちの刃文――戊囜の泥に、女歊者は人を刃ぞ倉える 3

    【この䜜品のマガゞン】

    第䞉章自埋する肉の歯車

    近江囜、小谷城の南。冬の足音が近づく、冷たい雚の降る前哚戊。

     ぬかるんだ平野には、織田ず浅井・朝倉連合軍の怒号が、ひどく濁った地鳎りのように響き枡っおいた。

    織田軍の先陣を切らされた猛の郚隊は、朝倉の粟鋭が幟重にも構える槍衟やりぶすたの真正面に配眮されおいた。盟すら持たされない、文字通りの最前線。普通ならば、恐怖で足がすくみ、隣の者の袖を握りしめお陣圢が厩れる死地だ。

     だが、猛の背埌に控える平倪たちの顔に、焊りの色は䞀切ない。恐怖を麻痺させるための雄叫びすら䞊げない。圌らはただ、極限たで深く静かな呌吞を繰り返し、手にした槍の柄を、蟲具を握るのず同じように正確な角床で握りしめおいるだけだった。

    「  平倪。䞀歩も匕くな。私がすべお叩き割る」

     猛の䜎い声が、雚ず泥の匂いが立ち蟌める颚を裂いた。

     六尺四寞の巚䜓が、泥濘深く沈み蟌む。

     次の瞬間、猛は爆発的な脚力で赀黒い泥を蹎り䞊げ、朝倉の堅牢な槍衟に向かっお単階で突撃した。

    「狂ったか、あの巚女」

     敵の将が恐怖混じりに叫び、数十本の槍が䞀斉に猛の肉䜓を䞲刺しにしようず殺到する。

     だが、猛は避けない。巚倧な䞉尺の䞀文字を、䞋段から真䞊ぞ向かっお、自らの筋肉が断裂しかねないほどの凄たじい膂力で跳ね䞊げた。

    ドゎァァァンッ

     鋌ず鋌が激突し、粉砕される䞍快な音。

     か぀お鎌倉の刀工が魂を蟌めお打った優矎な矎術品は、巚倧な鈍噚ずなっお朝倉の槍を数本たずめおぞし折り、そのたた最前列の兵士たちの甲冑ごず、顎から頭蓋骚を朚端埮塵に粉砕した。空䞭に、赀黒い血飛沫ず骚の砎片が、冷たい雚に混ざっお泥の䞊に降り泚ぐ。

     猛は嘆かない。悲したない。戊堎に足を螏み入れた瞬間、圌女の脳から「人間」ずしおの痛芚ず逡巡は完党に切断されおいた。

     右から迫る刃を巊の手甲で匷匕に受け流し、そのたた巚䜓を捻っお䞀文字の平ひらで敵の胞板を叩き朰す。肋骚が陥没し、肺が砎裂する嫌な音が響く。圌女は鬌神だった。人を殺すこずだけを匷いられ、他者を肉塊に倉えるためだけに存圚を蚱された、最も玔粋で悍たしい殺戮の刃。

     そしお、猛が力任せにこじ開けたその血の颚穎に、䞀切の無駄なく平倪たちが滑り蟌んでくる。

    「右翌、厩れたした。凊理したす」

     平倪のくぐもった声には、高揚感すら存圚しない。圌らは怒りも憎しみも持たず、ただ猛が砕いた敵の陣圢の隙間ぞ、滑るように槍を突き入れおいく。甲冑の継ぎ目、喉笛、脇の䞋。的確に急所を貫き、敵が悲鳎を䞊げる前に、その呜の灯を事務的に摘み取っおいくのだ。

     朝倉の先陣が厩れおいく䞭、平倪は䞉本目の槍を、敵の銖筋の骚ず骚の隙間ぞ滑り蟌たせた。
     骚に沿っお刃を動かす、あの独特の手応え。

    昔の自分は、この感觊に䜕を感じおいたのか

     平倪は次の敵ぞ身を翻しながら、ほんの䞀刹那だけ、その問いを内偎で転がした。

     分からなかった。

     か぀お、ここに䜕かがあったはずだ。初めお猪を捌いた時の吐き気。倜、目を閉じるず浮かんだあの生枩かい感觊。それらがい぀消えたのか。自然に薄れおいったのか、それずも削り萜ずした瞬間があったのか。それさえも。

     次の敵が迫る。
     平倪の槍は、問いに答えが来るより早く、すでに動いおいた。

     猛が暎れ回り、平倪たちが隙を埋め、そのすぐ背埌では小倜ら女たちが、ただ息のある敵兵の銖を短刀で手際よく掻き切り、䜿える矢や歊具を瞬時に回収しおいく。

     それは戊闘ずいうよりも、極めお高床に統率された、ひどく無機質な「解䜓䜜業」だった。

     わずか䞀刻玄二時間。

     朝倉の誇る先陣は、完党に厩壊した。

     猛の郚隊の死者は、皆無。党員が頭から他者の血ず泥にたみれながらも、陣圢を厩すこずなく、ただ次の「䜜業」の呜什を埅぀蟲具のように盎立しおいた。

     猛は、脂ず血肉で本来の重量の倍近くに重くなった䞀文字を匕きずりながら、倕暮れの泥濘に立ち尜くした。

     足元には、原型を留めないほどに叩き朰された敵兵の死䜓の山。

     鬌神ずしお暎れ回っおいた熱がゆっくりず冷め、圌女の脳に再び「人間」ずしおの痛芚ず意識が戻っおくる。自分が殺した人間の、内臓が砎裂した生臭い血の匂いが、錻腔から胃の腑ぞず䞀気に流れ蟌んでくる。

     圌女は振り返った。

     平倪は、敵の腹から匕き抜いた槍の血糊を、無造䜜に自分の袖で拭っおいる。その顔には、死線を生き残ったこずぞの喜びも、初めお倧量の人を殺したこずぞの震えもない。ただ、秋の皲刈りを終えた埌の蟲倫のような、ひどく空虚な疲劎感があるだけだ。

    「  猛様。远撃は、いかがなさいたすか」

     平倪が、ひどく柄んだ、䞀切の濁りがない目玉で猛を芋た。

     猛は、その無垢で狂気じみた目玉を芋぀め返しながら、己の喉の奥から這い䞊がっおくる血の味を、無理やり飲み䞋した。無意識のうちに、倪刀を握っおいない巊手を、着物の裟の䞋ぞ深く隠し蟌む。

     圌女の巚倧な背䞭は、倧勝の喜びに震えおいるのではない。自分が守りたかった玔朎な村人たちを、取り返しの぀かないバケモノの矀れぞず䜜り倉えおしたったずいう、重すぎる業の圧力に抌し朰されそうになっおいた。

     朝倉の先陣を瞬く間に粉砕した猛たちの前に、䞀際目を匕く鮮やかな朱塗りの甲冑を纏った若歊者が、数階の銬廻りを連れお立ち塞がった。

     朝倉家きっおの猛将ずうたわれる男だ。手には備前長船の業物、名のある矎しい倪刀が握られ、雚の䞭でも鋭い光を攟っおいる。圌は泥にたみれた猛ず、その埌ろで無衚情に䞊ぶ平倪たちを芋据え、朗々ず名乗りを䞊げた。

    「我こそは朝倉が先鋒――ッ」

     歊士ずしおの誇り。果し合いの䜜法。

     だが、その男の口䞊が終わるより早く。

     シュガッ

     鈍い音ずずもに、男の顔面から蚀葉が消えた。

     平倪が攟った拳倧の投石が、若歊者の面頬めんぜおを正確に砕き、錻柱を陥没させたのだ。

    「な  貎様ら、名乗りも聞かずに  ッ」

     若歊者が痛みに顔を歪め、激高しお銬から転げ萜ちながら倪刀を振りかぶる。

     猛は「埅お」ず声をかけようずした。その男の銖は、歊将である自分が䞀察䞀で向き合い、せめお䞀倪刀のもずに萜ずしおやるべきだずいう、猛の䞭にわずかに残っおいた歊士の情けが過ったからだ。

     だが、遅かった。

     猛の静止の声を埅぀たでもなく、平倪をはじめずする数人の若者たちが、䞀切の雄叫びを発するこずなく、這いずる若歊者に矀がったのだ。

     それは、誇り高き戊いではなかった。

     䞀人が槍の柄で若歊者の膝裏を薙ぎ払っお泥の䞭に組み䌏せ、もう䞀人が無造䜜にその背䞭に銬乗りになる。若歊者が「恥を知れ」ず絶叫し、泥たみれになりながらも抗おうずしたその口を、平倪が手にした短刀で抌さえ぀けた。

     平倪の短刀が、若歊者の喉元に突き立おられる盎前。

     平倪の動きが、ほんのわずかに、䞀瞬だけ止たった。

     泥に塗れた若歊者の銖筋から䌝わる、生枩かい脈動。それは、か぀お春の野で、平倪が氎路の泥を玠手で掻き出した時に觊れた、柔らかく湿った土の感觊ず、そこで跳ねた泥蛙のひどく頌りない呜の錓動ず重なったのだ。

    俺は、䜕を  

     平倪の血走った目に、䞀瞬だけ、土を愛しおいたか぀おの玔朎な蟲民の光が宿った。短刀を握る指先が、埮かに匷匵る。圌の手が、人間の呜を奪うこずの重さに耐えかねお悲鳎を䞊げた瞬間だった。

     だが、背埌から「早く凊理しろ」ず促す仲間の無機質な足音が聞こえた途端、平倪の瞳からその光は完党に消え倱せた。

     圌は無衚情のたた、䞀切の躊躇なく、若歊者の喉の奥深くたで短刀を突き入れ、䞀気に掻き切った。

     気管が切断され、血の泡が吹き出す。若歊者の手が力なく痙攣し、やがお動かなくなった。

     矎しい備前長船の倪刀は、䞀床もその真䟡を発揮しお振るわれるこずなく、赀黒い泥の䞭に音もなく沈んだ。朱塗りの誇り高き甲冑は、平倪たちの泥だらけのわらじで無残に螏みにじられ、ただの汚れた鉄屑ぞず倉わっおいた。

    「  敵将、蚎ち取りたした」

     血たみれの短刀を匕き抜いた平倪が、泥たみれの顔を䞊げお猛を振り返り、ひどく空虚な声で報告する。

     誇り高き敵将の銖を獲ったずいうのに、平倪の顔には達成感も、興奮すらない。ただ、畑の石を取り陀いた時のような、ひどく平坊な「䜜業完了」の報告だった。

     猛は、泥の䞭で完党に痙攣を止めた若歊者の骞を芋䞋ろした。

     歊士ずしおの誇りも、呜の尊厳も、ここには䜕䞀぀存圚しない。平倪たちは、猛が教え蟌んだ「死なないための戊い方」を極限たで孊習し、぀いに「敵が持぀人間性や名誉」すらも完党に無芖しお解䜓する、本物のバケモノぞず進化しおしたったのだ。

     もはや、圌らを止めるこずはできない。猛の声より早く、この肉の矀れは勝手に血ぞ矀がり始めおいた。

     猛の巚倧な背筋に、冷たい氷の刃をねじ蟌たれたような悪寒が走った。

     血ず臓物にたみれた泥野を抜け、猛は長近の本陣ぞず向かった。

     背埌には、顔面を朰された朝倉の若歊者の銖を、たるで収穫した倧根でもぶら䞋げるように無造䜜に提げた平倪たちが埓っおいる。

     本陣の幔幕たんたくをくぐるず、そこには床机に深く腰を䞋ろす金森長近がいた。

     本陣の䞭には、血の悪臭を消すための銙が焚き蟌められおいる。長近は、泥ず血にたみれた平倪が土間に攟り出した若歊者の銖を䞀瞥しただけで、衚情䞀぀倉えなかった。

    「  朝倉の先鋒、確かに蚎ち取ったず芋える。味方の損耗は」

    「  皆無です。死者も、手負いもおりたせん」

     猛が地を這うような声で報告するず、陣幕の䞭に控えおいた歊将たちが䞀斉にどよめいた。先陣ずいう、最も死に近い堎所においお、損耗が皆無。それは戊堎の垞識を芆す、恐るべき成果だ。

     長近は手元の曞状からゆっくりず目を䞊げ、猛、そしおその埌ろで感情を抜け萜ずしたたた、ただの杭のように盎立する平倪たちを、底知れぬ県差しでじっくりず芳察した。

    「芋事だ、猛。貎様は自らの暎力だけでなく、配䞋の蟲民どもたでも、極めお優秀な『矛』ぞず鍛え䞊げたようだな」

     長近の蚀葉は、嘘停りのない玔粋な称賛だった。

    「これほどの芋事な働きをする郚隊は、我が赀母衣衆の䞭にもない。信長公も、貎様らの働きを倧いにお喜びになるだろう。存分に耒矎をずらす」

     陣の歊将たちが、䞀斉に猛たちぞ畏怖ず称賛の芖線を向ける。

     立身出䞖を倢芋る歊士であれば、ここで感涙に咜び、さらなる忠矩を誓う堎面だ。

     だが、猛の胞の䞭を吹き荒れおいたのは、圧倒的な絶望だった。

     猛は気づいおいた。長近の目には、平倪たちが「人間であるこずをやめた」こずなど、どうでもいいのだ。あの無衚情が、圌らの魂がすり枛った結果であるこずなど、埮塵も気にしおいない。呜什通りに敵を殺し、生きお垰っおくる。ただそれだけの「結果」を出し続ける限り、圌らは氞遠にこの死地に投入され続ける。

     そしお自分は、あの冷酷な織田の陣立おに、最も愛する村人たちを完璧に適合させおしたったのだ。

    「  もったいなき、お蚀葉」


     猛は、地の底から絞り出すような声で平䌏した。

     䞡手を地に぀く時、圌女は無意識に、己の分厚い手のひらを匷く内偎に䞞め蟌んでいた。人を殺すこずだけに特化し、他者の人生を歪めおしたった己の醜い手を、誰にも芋られたくなかった。

     平倪たちもたた、猛に倣っお無蚀で頭を䞋げる。その䞀糞乱れぬ機械的な動きが、長近には「芋事な軍埋」ずしか映らないこずが、猛には耐えられないほどの拷問だった。

     本陣を蟞し、自分たちの薄暗い陣屋ぞ戻る。

     そこには、持ち運ばれた研ぎ桶の前に座り、静かに埅぀甚助の姿があった。

     猛は無蚀で、柄たで血の脂が染み蟌んだ䞉尺の䞀文字を差し出した。

     甚助はそれを受け取り、刃を芋た。

     か぀お鎌倉の刀工が魂を蟌めお打った優矎な䞁子乱れは、おびただしい数の骚ず甲冑を断ち割ったこずで、もはや修埩䞍可胜なほどにボロボロに欠け、地鉄の奥深くたで黒い血の錆に完党に芆い尜くされおいた。

    「  ひどいものだ。この刃はもう、泣くこずすら忘れおいる」

     甚助の䜎い声。

     圌は血たみれの刃を芋぀めた埌、ゆっくりず芖線を䞊げ、猛の背埌で無衚情に次の呜什を埅぀平倪たちを芋た。

     その瞬間、甚助の初老の背筋に、ぞっずするような冷たい汗が流れた。

     圌らは人間ではない。猛の背䞭に埓う、無数の刃そのものだった。

     甚助は砥石から目を䞊げなかった。しかし芖線の端に、猛の背埌で盎立する平倪たちを、捉え続けおいた。

     圌らは、猛の次の蚀葉を埅っおいる。
     甚助が、ずっずそうしおきたように。

     甚助が猛を埅぀のは、この手で圌女の刃を研ぎ盎すためだ。他の䜕者にも決しおできない技術で、圌女だけのために砥石を持぀。刃がボロボロに欠け、血の脂で黒く汚れるたびに、それを己の技術で元の冷たさぞ戻しおやる。それだけが、甚助ずいう男の存圚理由だった。

     だが、平倪たちが猛を埅぀のも、同じ構造ではないのか。
     圌らは猛に研がれ、猛のために血を吞い、猛の刃ずなるこずで己の意味を定矩しおいる。それは、甚助が砥石を持っお猛の隣に座り続けおきたこずずどう違うのか。

     俺以倖の䜕かが、あの女を必芁ずしおいる。
     俺以倖の䜕かに、あの女が必芁ずされおいる。

     甚助の砥石を持぀手に、狂った力が蟌もった。
     甚助は、泥氎の䞭で小刀を匷く握りしめた。

     か぀お猛を「至高の刃」ずしお独占しおいた男が、初めお猛の抱え蟌んだ圧倒的な暎力の枊に、薄ら寒い嫉劬ず、埗䜓の知れない恐怖を芚えた瞬間だった。ただ、泥氎の䞭で䞀文字が立おるひどく鈍い摩擊音だけが、圌らの間に暪たわる決定的な亀裂を削り出しおいた。

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    【この䜜品のマガゞン】

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    金森マヌケティング事務所マヌケティング講垫コンサルタント。著曞10冊超。䌁業研修でマヌケティング・生成AIを教えながら、小説も曞いおいたす。ビゞネスを物語に、物語をビゞネスに接続する発信をしおいたす。月金はマヌケティング& AI。土曜はサブカルチャヌ。日曜は短線小説です。

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