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土地はあるのに動かない —— 眠る不動産の構造

    こんにちは。
    前回は、「投資」という言葉が広すぎる、という話を書きました。
     https://note.com/kairos_ttnote/n/n8677a7df23da

    日本に眠っている現金を活用しようという政府の意向もあり、「貯蓄から投資へ」というスローガンの下、資産のアロケーション意識が高まってきています。
     
    現金だけで持つリスクを避けるために、資産を投資信託や海外資産に置き換える。
    これは、個人にとって合理的な資産防衛です。
    ただ、それだけでは社会の成長資金に直接つながるとは限らない。
     
    そんな話でした。
     
    今回は、それに関連する話として、もう一つの「眠る資産」について考えたいと思います。
     
    それが、土地です。
     
    先日、農業経営に関わる友人と話していたときに、
    「使われず、貸されず、抱えられている農地が多い」
    と嘆きのような話を聞きました。
     
    これは農地だけの話に限らず、例えば都心エリアの住宅地にある古い空き家や、誰も住んでいない木造住宅を見ても、似たような感覚になります。
     
    ちなみに、農林水産省の統計を見ると、日本の農地面積のピークは昭和36年の約609万haでしたが、令和7年には約424万haまで減少しています。
     
    この間、約116万haが拡張された一方で、工場用地・道路・宅地等への転用や荒廃などにより約301万haが「かい廃」され、差し引きで約185万ha減少したとされています。
     
    一方で、荒廃農地は約25.7万ha、そのうち再生利用可能なものは約9.8万haです。
     
    数値だけで見ると、食料自給率を大きく改善するほど「使われていない農地が大量に余っている」わけではなさそうです。
    しかし、農地基盤そのものが長期的に細る中で、残された土地がなぜ動きにくいのかを考える必要はありそうです。
     
    今回は、この「土地が動かない構造」についての考察をまとめています。



    1. 所有権が長寿化している

    医療の進歩により、長く生きられること自体は素晴らしいことです。
    ただ、その一方で、土地や不動産の意思決定という観点では、新しい難しさも生まれています。
     
    昔より寿命が延びれば、当然ながら所有者が土地を持ち続ける期間も長くなります。
    一方で、その土地を実際に使いたい世代、あるいは将来相続する世代には、まだ決定権がありません。
    このズレが、土地を動きにくくしている一つの要因と考えられます。
     
    しかも、相続予定者側も若いとは限りません。
    親世代が90代、子世代が60代、孫世代が30代というような構造になると、実際に地域で新しいことを始められる世代と、土地の意思決定権を持つ世代がかなりズレます。
     
    これは誰かが悪いというより、長寿社会によって生まれた構造問題です。
     
    そして高齢化が進むと、認知機能や意思決定能力の問題も出てきます。
    これは人権にも関わる非常に難しいテーマなので、軽々しく語れる話ではありませんが、
    所有者が高齢になり、意思決定に支援が必要になるケースでは、この「土地が動かない構造」はさらに複雑になります。


    2. 相続と権利関係が複雑化している

    相続人が複数いるケースもあります。
    その場合相続人それぞれの考え方も違いますし、それぞれで意思決定が必要になります。
     
    まだ相続人が複数であったり、名前や所在地が分かっているケースは良いですが、たとえば相続登記がされていない土地や、共有者が増えすぎている土地では、そもそも誰が意思決定できるのかが分かりにくくなります。
     
    土地があるかどうか以前に、意思決定者が見えないケース、あるいは、意思決定者が多すぎて合意が取れないといったケース。
    これでは、使いたい人がいても土地は動きません。
     
    つまり、土地の問題は、物理的な面積の問題だけではなく、権利関係の問題でもあります。


    3. 転用オプションへの期待がある

    農地として貸す場合、その価値は基本的に農業収益から逆算されます。
    農業で得られる収益には限界があるため、農地としての賃料や売買価格も、どうしても抑えられやすいです。
     
    一方で、もしその土地が将来、宅地、工場、道路、商業施設などに転用できるとすれば、話は大きく変わります。
    農地としては低い価値でも、商業施設や工場用地になれば、まったく違う価格になるかもしれない。
     
    そう考えると、所有者の頭の中には、将来の期待値が残ります。
    「いつか道路が通るかもしれない…」
    「いつか工場が来るかもしれない…」
    「いつか大型ショッピング施設ができるかもしれない…」
     
    「農地として貸せば低い賃料、転用できれば大きな価値」
    そう見える限り、所有者が「待つ」ことを選ぶのは、ある意味で合理的です。
    この期待値がある限り、土地は動きにくくなります。


    4. 農業として使う側の採算も厳しい

    もともと農業は、土地を持っている家が、自分の土地と家族労働を前提に続けてきました。
    また、本当に機械化が進むまでは農業機械も大きな技術更新は限定的です。
     
    土地をすでに持っていて、かつ道具や機械もある。
    長年築いてきた地域との関係もある(販路がある)。
    そのため、多少利益率が高くなくても続けられてきた背景があります。
     
    しかし、新規に入る人は違います。
    農業を始めるには土地だけでは足りません。
    設備や専用の大型農業機械、人手も必要です。
    また、販路も作る必要がありますし、天候による収穫変動リスクもあります。
     
    そしてつい最近まで農業していた土地、ではない場合、土づくりにも時間がかかります。
    そのうえで、土地は自分のものではないので、賃料がかかります。
      
    過去のトラックレコードが「土地持ち農家前提」でできているところに、これからの担い手には「ハードモードで経営してください」と言っているような構造ができてしまっています。
    これでは、農業に参入する側のハードルはかなり高くなります。
     
    若い世代が農業をやらないのが悪い、という話ではなく、単純に経済合理性として重いのです。


    5. 貸す側と借りる側の時間軸が違う

    土地を貸す側は、できれば自由度を残したいという力学が働きます。
    将来、転用の話が来たときに動ける状態にしておきたいはずですし、貸していても必要になったらすぐ返してもらえる状態が理想的です。
     
    一方で、借りる側は先に記載した通り相応の初期投資がかかる話ですし、安定化させるのにも時間がかかる話ですので、長期で使いたいという力学が働くはずです。
     
    そもそもここが噛み合いません。
    貸す側は自由度を残したい。借りる側は長期安定利用を求める。この時間軸のズレが、「貸せばいい」「借りればいい」を難しくしているのだと思います。


    6. 「土地は家が守るもの」というOS

    日本には、「土地は家が守るもの」という感覚がかなり強く残っている気がします。
     
    これは単なる精神論ではありません。
    戦前の日本には家制度があり、相続も、今のように個人の財産を法定相続人で分けるというより、戸主の地位と家の財産を次の戸主が引き継ぐ「家督相続」が中心でした。
    土地は、単なる個人資産というより、「家」を維持するための基盤の位置づけでした。
     
    なお、国税庁によると、日本の相続税は1905年に通行税と共に創設されたと説明しています。
    しかも当時は家督相続と遺産相続を分けて課税し、家督相続の方が税負担を軽く設定されていました。
     
    現代では相続税の支払いのために、相続した土地の一部を売却して資金を工面するなどの措置が発生するため「売買で動かす資産」としての性質が強いですが、当時は「家を維持するために継ぐ資産」としての性質が強かったことがうかがえますね。
     
    一方で、戦前の農村はすべて自作農だったわけではなく、地主・小作関係も大きく、土地を持つ人と耕す人が分かれているケースも目立ちました。
    しかし、戦後の農地改革によって地主制は大きく解体され、「耕す人が土地を持つ」という方向に転換しました。
     
    どちらも歴史的には合理性があったと思います。
    ただ、現代は自由に仕事を選ぶことができ、住む場所も選べる社会です。
    子どもは実家を出て働く場所は都市に移り、農業を継がないケースもあります。
     
    つまり、昔は土地・家・仕事が一体でした。
    しかし今は、住む場所、働く場所、相続する土地が分かれています。
    このOSの変化が、土地をさらに動きにくくしているのではないかと思います。


    7. これは農地だけの話ではない

    今回は農地を例にしていますが、これは農地だけの話ではないと思います。
    実際都心の住宅地を見ていても、古い木造住宅、誰も住んでいない空き家、相続人が複数いる土地、再開発期待で動かない不動産があります。
    誰かが使えば価値を生むかもしれないのに、所有、相続、期待値、感情、制度が絡んでいる上に、わざわざ動かす理由が所有者側にない、というのが実態です。
     
    このように、農地にも、空き家にも、都市の古い不動産にも、かなり似た構造があるのではないかと思います。


    8. 資産を動かすマインドセット

    前回は、現金が金融商品に置き換わるだけでは、本当の意味で社会の成長資金に流れているとは限らない、という話を書きました。
     
    今回の土地も同じで、持っているだけなら資産ですが、動かなければ社会の生産力にはなりません。
     
    もちろん、個人が自分の資産を守ることは大切です。
    家族に資産を残すことも大切です。
    ただ、守られたまま動かない資産が増えていけば、社会は少しずつ弱くなっていくのではないかと思います。
     
    だとすると、これからは「次世代」や「残すもの」の範囲を、少し広げる必要があるのかもしれません。
     
    次世代とは、自分の子どもや孫だけなのか。
    それとも、自分とは直接つながっていない、次にこの社会を生きる人たちまで広げるべきなのか。
     
    残すものも、現金や土地だけなのか。
    それとも、誰かが挑戦できる場所、住める場所、働ける場所、地域や社会の基盤まで含めて考えるべきなのか。
     
    資産が眠ってしまう背景には、所有、相続、制度、期待値、収益性など、個人の意思だけでは動かしにくい構造があります。
     
    だからこそ、まずは「資産を守る」だけではなく、「資産が何を支えているのか」まで考えることが必要なのではないでしょうか。
     
    それだけですぐに問題が解決するわけではありません。
    それでも、今のデッドロック状態を少しずつ解きほぐすための、一つの視点にはなり得るのではないかと思います。
     
    それでは。

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    証券会社、上場会社経営企画、スタートアップのマネジメント等経験し、現在は不動産仲介及び売買、事業承継コンサルティングの会社を経営しています。 トピックは絞らず、構造的な整理を中心に書いています。 趣味は釣り、アクアリウム、DIY、ゴルフ、など。 更新頻度は週2回~です。

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