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【安全保障OSを考える⑥】アルユースとは何か― 防衛・軍事への投資は、なぜ抜本的な技術革新につながるのか

    こんにちは。

    ここ数回にわたり、シンガポールエアショーを見学したインスピレーションから、安全保障に関するOSや歴史を整理してきました。
    (OS:Operating System、何を自然だと思い、何に違和感を持つかを決める前提のようなもの)
     
    前回は、防衛費を「コスト」だけでなく、「国家の基盤投資」として見る考え方について整理しました。

    特にRDT&Eは、研究、開発、試験、評価まで含めた、安全保障上の研究開発・実証予算であり、米国はこのRDT&Eに、年間1,400億ドル規模、円換算で20兆円規模の予算を投じています。
     
    もちろん、防衛費は税金で賄われているのですが、中には将来の技術優位を作るための研究開発・実証予算も含まれていて、それが研究開発費として日本の防衛費の内訳にも入っていますし、米国の場合はRDT&Eでした。
    そして日本においては、この数年で防衛費の研究開発費は1,000億円規模から5,000億円規模まで拡大しています。
     
    では、なぜ防衛・軍事の研究開発にここまでの規模を投資できるのでしょうか。
    なぜ軍事・防衛の研究開発の優先順位を高めているのでしょうか。
    これらは技術革新につながり得るものですが、それはなぜでしょうか。
     
    今回は、そのキーワードとして「デュアルユース」について考えてみます。


    1. デュアルユースとは何か

    デュアルユースとは、ご存じの方も多いかもしれませんが、軍事・防衛にも、民間にも使われる技術のことです。
    たとえば、衛星、通信、半導体、AI、サイバー、ドローン、量子技術などは、いずれも防衛にも民間にも関係します。
     
    ただし、ここで注意したいのは、デュアルユースを単純に「軍事技術が民間に転用される話」とだけ見ないことです。
    もちろん、防衛目的で育った技術が民間社会の基盤になることはあります。
    一方で、民間で発展した技術が防衛に取り込まれることもあります。
     
     
    技術開発は、強い需要があるところから先に進みます。ただし、国家が直接的に需要を作る領域は、意外と限られています。
     
    たとえば前回日本の歳出の内訳を示しましたが、社会保障費や地方交付税交付金なんかは、実は国家ニーズというより国民や自治体のニーズに対しての費用になります。
     
    一方で、義務教育や研究支援などに充てられる文教・科学振興費は、個人のための費用であると同時に、国家として必要な基礎能力を作るための費用でもあります。
    かなり単純化して言えば、読み書きができなければ、民主主義も、経済活動も、行政も成り立ちません。
    その意味で、教育は個人向けのサービスであると同時に、国家のOSを支える仕組みへの費用でもあるといえますよね。
    防衛費も国家ニーズによる費用になります。
     
    つまりデュアルユースとは、ニーズは国家・民間どちらかで生み出され、普及した技術がもう片方で使われるケースを指しています。
    これは防衛と民間の技術領域が、相互に入り込む構造を示しています。


    2. なぜ国が初期需要を作るのか

    先端技術は、最初から民間市場だけで成立するとは限りません。
    理由はいくつかありますが、
    ・技術的に難しい
    ・できたとしても値段が高く採算が合わない
    ・量産できない
    ・そもそも誰が買うか分からない
    ・研究段階で失敗する可能性が高い
     
    こういう段階では、民間企業だけで大きな投資をするのは難しいです。
     
    後で例を出しますが、1980年頃、まだスマホや携帯電話などのデバイスを持ち歩くことがなかった時代に、
    「GPSを開発しよう」と考える民間企業はほぼいないわけです。

    誰が使うか分からないし、スマホも携帯電話もないので誰が買ってくれる技術かもわからない、スケールする見込みのない前人未踏の技術を開発するのは、資本主義社会では実質不可能と言えるでしょう。
     
     
    しかし国家のニーズはあります。
    たとえば、部隊や艦艇・航空機の位置把握、精密な航法、時刻同期、作戦行動の調整などにおいて、衛星による測位は防衛上きわめて重要です。
     
    そこで国が、課題を設定し、資金を出し、研究と実証の場を作り、初期需要を作ることがあります。
     
     
    実は防衛・宇宙・安全保障の領域では、これが起こりやすいです。
    なぜなら、多少高くても国家の目線では必要な技術があるからです。
     
     
    小型であること、軽量であること、壊れにくいこと、遠くまで届くこと、安全に通信できること、正確に位置が分かること…
    こうした要求は、民間市場よりも先に、安全保障上のニーズとして出てくることがあります。
    政府需要があり、そこで国の費用から開発費や購入費を出すことによって、民間が誰も買わないにもかかわらず初期的な市場が形成されます。
     
    まだ高くて不確実な技術でも、国が必要だと判断すれば、研究開発が進み、実証が行われ、企業側にも投資する理由が生まれます。
    これが、防衛費が単なるコストではなく、技術や産業を育てる需要にもなり得る理由です。


    3. GPS:防衛目的の技術が社会インフラになる

    先ほども少し出しましたが、分かりやすい例はGPSです。
     
    GPSは、米国が運用する測位・航法・時刻同期のシステムで、
    現在は米宇宙軍が宇宙セグメントと管制セグメントを開発・維持・運用しています。
     
    今では、GPSなしの生活はほとんど考えにくいですよね。
    スマートフォンの地図、物流、航空・船舶、農業、災害対応、金融取引の時刻同期など…
    GPSは、単なる軍事技術ではなく、今では社会全体のインフラになっています。
     
    ここで重要なのは、防衛・安全保障上のニーズで整備された技術が、その後、民間社会の基盤になっていることです。
     
    これは、デュアルユースの最も分かりやすい形だと思います。


    4. ARPANET:研究ネットワークがインターネットへつながる

    次に分かりやすいのが、ARPANETです。
     
    ARPANETは、現在のインターネットにつながる初期の研究ネットワークです。
    DARPA公式も、1969年に4ノードのARPANETが稼働し、その後、より大きな「ネットワークのネットワーク」であるインターネットへ取り込まれていったと説明しています。
     
    ただし、これは「軍事需要からインターネットを発明した」と書くと少し違います。
     
    実際には、国防関連の研究資金、大学、研究機関、企業、研究者コミュニティが絡みながら、ネットワーク技術が発展していきました。
     
    つまり、国家の安全保障上の問題意識と研究資金が、研究者や大学を巻き込みながら、新しい情報インフラの原型を作った例として見る方が適切だと思います。
    ここでも、政府が課題と資金を出し、研究コミュニティが技術を育て、後に社会全体の基盤へ広がっていく構造が見えます。


    5. 半導体:政府需要が高価な新技術の初期市場になる

    半導体、とくに初期のIC、つまり集積回路も重要な例です。
     
    ICは当初、高価で、民間用途で大量に使うにはハードルがありました。
    しかし、宇宙船やミサイルでは、小型・軽量・低消費電力であることに大きな価値がありました。
     
    具体例として分かりやすいのが、Apollo Guidance Computerです。
    Apolloの誘導コンピュータには、Fairchild SemiconductorのICが大量に使われました。
    Computer History Museumによれば、Apollo Guidance Computerは1965年までに20万個のFairchild Micrologic回路を必要とし、当時最大級のICユーザーでした。
     
    もう一つは、Minuteman IIです。
    こちらは大陸間弾道ミサイルの誘導システムで、Texas InstrumentsやWestinghouseが関わったカスタムIC等が使われました。
     
    つまり半導体は、まだ高価で民間市場だけでは成立しにくい段階で、宇宙・防衛需要が初期市場になった例になります。
     
    政府が「高くても必要な需要」を最初に作ることで、結果として技術の信頼性が高まり、量産経験が蓄積され、その後の民間市場拡大につながっていきました。


    6. DARPA Grand Challenge:国が課題と実証の場を作る

    もう一つ重要なのは、国が単に研究費を出すだけではない、ということです。
    DARPA Grand Challengeは、その象徴的な例です。
     
    DARPAは、自動運転技術の発展を促すために、2004年にGrand Challengeを実施しました。
    砂漠地帯を自律走行する競技で、2004年は完走車がありませんでしたが、2005年にはStanford Racing Teamが優勝し、複数チームが完走しました。
     
    DARPA自身も、
    「この取り組みが自律走行車両の研究コミュニティとその後の開発マインドセットの形成に貢献した」
    と説明しています。
     
    ここで重要なのは、DARPAが「自動運転は大事です」と言っただけではないことです。
    国が未来の技術課題を具体的な競技や実証の形に落とし込み、まだ存在しない市場の前段階を作っているわけです。
     
    これは、単なる補助金の考え方とはかなり違いますね。


    7. 民間技術が防衛へ流れるケース

    一方で、最初に説明した通り、デュアルユースは防衛発の技術が民間へ広がるだけではありません。
    むしろ最近は、民間で発展した技術が防衛に取り込まれる流れもかなり強くなっています。
    ドローン、AI、サイバー、クラウド、衛星データなどが典型です。

    民間市場で急速に安くなり、性能が上がった技術が、安全保障の現場に取り込まれる。
    これは、防衛産業だけで技術革新を閉じられなくなっているということでもあります。

    たとえばドローンは、もともと軍事用途で発展してきた面もあります。
    しかし実際には民間用ドローンの普及が進み、撮影、測量、点検、農業、災害対応などに使われています。
    それに伴い、民間での研究開発が進み、安価で洗練されたドローン技術が生まれるようになりました。
    (民間で先にエコシステムができた形になります)

    そしてそれは、防衛・軍事の領域でも、戦場でも実際に使われるようになった技術です。

    つまり、デュアルユースは「軍事から民間へ」という一方向の流れではなく、民間と防衛の間を技術が行き来する構造になっています。


    8. 日本のデュアルユースケースを考える

    海外の例だけを見ると、デュアルユースは米国特有の話に見えるかもしれません。
    しかし、日本にも近い構造はありますので、紹介したいと思います。
     
    分かりやすいのは、宇宙です。
    宇宙開発というと、JAXAの科学技術や探査のイメージが強く、ロケットを打ち上げる、探査機を飛ばす、衛星を開発する、といった研究開発のイメージです。
     
    ただ、現在の宇宙はそれだけではありません。
    たとえば、スマートフォンの地図アプリやカーナビで使われる位置情報、物流や農業、建設、災害対応で使われる衛星データ、通信インフラや、気象観測、インフラ管理など、
    これらはかなり身近な宇宙利用です。
     
    内閣府のみちびき公式サイトでも、準天頂衛星システムは
    「GPSを補い、スマートフォンの地図アプリやカーナビなどで使われる位置情報を、より高精度で安定した衛星測位サービスにしていくもの」
    と説明されています。
     
     
    一方で、宇宙は安全保障領域でもあります。
    人工衛星は、通信、測位、情報収集、部隊運用、災害対応などに関わりますので、もし衛星が使えなくなれば、民間生活にも、防衛にも大きな影響が出ます。
     
    JAXAも、天気予報、災害監視、地図アプリなどを支える人工衛星は、今では欠かせないインフラだと説明しています。
    そのうえで、スペースデブリから衛星を守るためには、軌道を正確に把握する宇宙状況把握、つまりSSAが重要だとしています。
     
    さらに、宇宙はJAXAだけの話ではありません。
    防衛省側では、航空自衛隊の宇宙作戦団が、宇宙空間を作戦領域として活動する専門部隊として設けられています。
    宇宙作戦団は、宇宙領域把握などを任務とし、JAXAや米国などとの連携も重視していると説明されています。
     
    内閣府が政策を設計し、JAXAが研究開発や技術実装を担い、防衛省・自衛隊が安全保障上の運用ニーズを持ち、民間企業が衛星、通信、データ利用、ロケットなどの産業を作っています。
     
    宇宙は「研究開発」でもあり、「社会インフラ」でもあり、「安全保障領域」でもあり、まさに日本における分かりやすいデュアルユース領域の1つだと思います。
     
    もう一つ、日本の例として挙げるなら、トヨタの創業期も示唆的です。
    これはGPSやARPANETのような「防衛技術が民間化した例」ではありません。
    国家的な需要や政府の要請が、産業の立ち上がりに影響した例として見ることはできます。


    トヨタの自動車事業初期では、乗用車開発だけでなく、トラック開発が非常に重要でした。
    トヨタ産業技術記念館は、当時の政府からの要請を受け、豊田喜一郎らが乗用車の開発を一時中止して、急遽トラックの先行生産を決めたと説明しています。
     
    トヨタ公式も、1935年11月に導入されたG1トラックがトヨタで最初に販売された車両であり、トラックは戦後の日本経済復興でも重要な役割を果たしたと説明しています。
     
     
    ここで見えるのは、軍事そのものというより、「輸送能力」という国家的に重要な機能です。
    トラックは、軍事にも、物流にも、復興にも使われますので、人や物資を運ぶ能力は、平時の経済にも、有事の国家運営にも必要な機能です。
     
    このトヨタの例は、デュアルユースを「軍事技術の民間転用」とだけ見るのではなく、国家が必要とする機能が、産業形成に影響することがある、という視点を与えてくれます。


    9. 防衛、民間、実証がつながる技術革新の構造

    ここまでの例を構造として整理すると、デュアルユースには少なくとも4つのパターンが見えてきます。

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    こう見ると、技術革新は研究室の中だけで生まれるわけではありません。
     
    技術革新と一言で表現しても、既存の市場や技術の延長線上では見えにくい領域にある技術は、民間だけで大きな初期投資が行われにくくなります。
    特に、今までにない「抜本的な技術革新」については、不確実性が高く、初期市場も見えにくいため、国家ニーズに基づく資金や初期需要が極めて重要になります。
     
    国が課題を設定し、資金を出し、初期需要を作り、実証の場を作ることで、民間だけでは投資しにくい技術が育つことがある。
    そしてその中には、後から見ると、今までにない「抜本的な技術革新」につながるものもある。
    これが、デュアルユースの重要なポイントだと思います。
     
     
    DARPAが創設された話も前回書きましたが、安全保障とは、今ある国を守るだけではなく、将来の技術的な不意打ちを受けないようにすることでもある。
    その意味で、防衛・軍事への投資は、国家の未来の技術基盤を作る投資でもあるのだと思います。
     
     
    今回は、
    20年、30年前には多くの人が今の姿を想像していなかったであろう技術が、
    どのような国家ニーズや研究開発の中から生まれ、
    現在の日常や産業インフラにつながってきたのか、を整理しました。
     
    ここまで見えてくると、続いて、「日本はこの領域で何をしてきたのか?」が気になってきます。
     
    次回はこの疑問を紐解けるように、日本としての動きをまとめていきたいと思います。
     
    それでは。

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    証券会社、上場会社経営企画、スタートアップのマネジメント等経験し、現在は不動産仲介及び売買、事業承継コンサルティングの会社を経営しています。 トピックは絞らず、構造的な整理を中心に書いています。 趣味は釣り、アクアリウム、DIY、ゴルフ、など。 更新頻度は週2回~です。

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