後編2026年【PO:H水戸戦】終わりのような、始まりのような─それでも、いつもと同じように
※この記事は後編となります。前編をお読みでない方はこちらからどうぞ。
◆26秒の衝撃
前半キックオフ!の掛け声と共に長崎ボールで試合が始まる。
一旦、ボールをエドゥアルド選手まで下げる。
そこから右サイドに展開した。
私はこの間、練習で見たビブスの件を確認しなきゃな、と少しの間、メモをした携帯電話に目を落とした。
ただ、またピッチに目を向けると、中央でマテウス選手が競り合っていた。
そのボールを左サイドにいる高畑選手が回収する。
少しづつ水戸のゴールに近づいている。
──携帯を見ている場合ではない。
今は応援せねば。
「高畑!」と声を上げた瞬間にそのボールは笠柳選手の元へと渡った。
私は、「翼!いけー!」と声をあげる。
笠柳選手は得意のドリブルで切り込んだ。
そこからゴール前にクロスをあげる。
──その位置にいたのはマテウス選手だった。
そのヘディングは水戸のゴールネットを揺らした。
先制点だ!
スタジアムはとんでもない歓声に包まれた。
ここまでわずか26秒だった。
私もうわーと叫びながら、周りのサポーターさんとハイタッチをした。
この時、私の脳裏にはあの光景が浮かんでいた。
──オレンジのバンド、ピンクのビブス。
こんな劇的な偶然があるのかと思った。
そして、ヴィジョンに映し出されたマテウス選手を見て気がついた。
指にテーピングを巻いている。
──万全じゃなかったんだ。
それでも点をとってくれた。
やっぱりマテウス選手が長崎のキングだと思った。
ただ、当たり前だが、これで水戸は攻勢を強めることは自明の理だ。
長崎はあと、89分34秒耐えなければならない。
私は無失点を望んでいるが、最近の長崎はもう1点取らないと安心できない。
私は、今、得点をしたばかりなのに、できるだけ速やかに点を取ってほしいと願った。
◆キャプテンの仕事
3分、先ほど得点をもたらしたピンクのビブス組が今度はピンチだ。
高畑選手と鍋島選手が守備に行くが突破される。
江川選手も前に行くが交わされる。
これはまずいぞと思っていたら、山口蛍選手が猛然と走り込んでいた。
本来ならば山口蛍選手は右ボランチだが、左サイドのSBの背後の位置までボールを取りにいき、ブロックしてボールを取り返した。
──さすがの危機察知能力だ。
そこから鍋島選手にパスをする。
高畑選手に一旦預けたがそのボールをまたワンタッチで鍋島選手に戻す。
いいテンポで前進したが、鍋島選手が水戸からファールを受け、長崎ボールとなった。
キャプテンがルーキーのサポートをしているように見えて、頼もしいなと思うと同時に、キャプテンも大変だと思った。
13分、あれ?と思った。
確かボランチは右が山口蛍選手で左が鍋島選手だったはずだが、逆になっている。
後でDAZNを見返したら、先ほどと同じように山口蛍選手が江川選手のカバーで左サイドに行っていたためだと分かった。
相変わらず、山口蛍選手の守備範囲はとんでもないことになっている。
長崎は右側からボールを持ち上がろうとパスを回している。
一度エドゥアルド選手まで戻したが、鍋島選手にボールが渡る。
その瞬間、関口選手が走り出した。
鍋島選手が関口選手の前方に向けてパスを出した。
ただ、そのパスは大きくなってしまい、水戸のゴールラインを割った。
だが、私はこれは鍋島選手のいいチャレンジだと思った。
お互いに連携があってくれば、きっと得点に結びつくプレーになるだろう。
──期待の持てるいいプレーだと思った。
30分、関口選手がドリブルしながら右サイドを駆け上がる。
一度、中にいる長谷川選手にボールを預ける。
そのボールは山口蛍選手に渡り、ワンタッチでまた関口選手に預ける。
ただ、そのボールを水戸に取られそうになる。
そこを倒れ込みながらも何とか踏ん張り、長谷川選手にボールを渡す。
関口選手の粘り強いところがよく分かるプレーだ。
長谷川選手はまた山口蛍選手にパスをし、そのままミドルシュートを打った。
しかし、その時、山口蛍選手は滑ってしまい、シュートは威力なく水戸のGKに吸い込まれた。
山口蛍選手は悔しそうというよりもやっちゃったなーという表情をしていた。
今まであまり見たことがない表情だ。
私は、まぁ、一応、リードしているので、少し安心感があるのかなと邪推した。
そのわずか3分後、エドゥアルド選手が長崎ゴール前で水戸側にクリアしたボールをマテウス選手が競り合う。
ただ、その瞬間、顔を押さえて倒れ込んだ。
試合が一時中断する。
私は心配した。
──大丈夫なのか。
ただでさえ指の件があるのに。
エドゥアルド選手と山口蛍選手が付き添っている。
ただ、しばらくすると立ち上がって歩き始めた。
──とりあえず大丈夫なようだ。
私は一安心した。
35分、長崎が水戸側でパスを回していたのだが、水戸にボールを奪われてしまった。
山口蛍選手と翁長選手が守備が戻る時間を稼ぐ。
だが、マテウスレイリア選手に抜け出されてしまう。
しかし、そこにぴったり江川選手がマークについている。
長崎のゴール前までボールが持ち込まれるが、江川選手がノーファールで守り切った。
1対1では絶対に負けない、江川選手の責任感が感じられるプレーだ。
私は「よしよし!湧清ナイスー!」と叫んだ。
後でDAZNで見たときに、あまりにも江川選手が満足げな顔をしていたので、申し訳ないが思わず笑ってしまった。
42分、後藤選手のゴールキックをマテウス選手が競り合う。
しかく、そのボールを水戸に奪われてしまう。
また、奪い返そうと翁長選手が体を寄せる。
後ろに下げさせたところを山口蛍選手が奪いに行く。
その体を当てに行った時の衝撃で転び、ピッチの上で1回転しているのが見えた。
日本代表、そしてJ1優勝チームのキャプテンまで上りつめた人がピースタのピッチの上を転げ回っている。
私はこのシーンを見たとき、移籍した時のコメントを思い出した。
「誰よりも走り、泥臭く頑張る。」
──それを体現しているのだ、長崎に来てからずっと。
私は今更ながら、山口蛍選手が長崎のキャプテンで本当に良かったなと思った。
そのまま時間が過ぎ、スコアが変わらぬまま、前半終了の笛が鳴った。
何とか今のところは虎の子の1点を死守している。
──ヒリヒリする戦いだ。
もう一点取れれば安心できるんだけど、と思いながら、でもリードしている現状に少し安堵しながら、ハーフタイムに突入した。
◆それぞれのハーフタイム
彼を含むサブの選手たちは中央まで行き、スタメンの選手たちを労う。
それから、ピッチでサブの選手たちのアップが開始される。
彼は中村選手とパス交換をしている。
中村選手がメンバーに入るのはこの百年構想リーグでは初めてだ。
彼と一緒に中村選手のプレーも見られると嬉しいな、と思っていた。
私は啓正会さんのオレンジのバンドの交換依頼をしていたことを思い出し、Xで確認する。
──交換の旨のコメントがついていた。
私は、喜び勇み、お礼と試合後に交換をお願いするポストを送った。
笠柳選手は得点ばかりか、私に照山選手のバンドまでもたらしてくれた。
本当にありがたい限りだ。
しばらくすると、ヴィジョンから案内が流れた。
長崎ヴェルカの優勝報告会だ。
選手たちがピッチに下りてくる。
長崎サポーターからは「GO!GO!ヴェルカ!」の掛け声が自然発生した。
V・ファーレン長崎と長崎ヴェルカを掛け持ちで応援しているサポーターは多い。
こちらの応援もお手の物だろう。
皆で優勝を祝った後、選手たちがピッチを一周してグリーティングを行う。
本当に素人みたいな感想で申し訳ないのだが、私の前を選手たちが通った時(おっきいな!)と思った。
後藤選手や波多野選手も背が高いが、そんな選手がごろごろいる。
サッカーとはまた違った迫力があるんだろうなぁと思いながら、拍手で見送った。
ちなみに、このころにはもう、サブの選手たちは練習を終えてピッチを引き上げていた。
彼が走ってピッチを去るところを見ながら、私は今日、彼のプレーが見られるかは試合展開的に五分五分だな、と考えていた。
スタメンの選手たちが1人、また1人とピッチに出てくる。
後半は長崎のゴール裏側のエンドだ。
選手たちを近くで応援できる。
私はまた彼の代わりに胸のエンブレムを握りしめた。
──後半キックオフだ。

◆残り時間は45分
47分、1分間くらいずっと水戸が長崎のゴール前でパスを回している。
1度、山口蛍選手がクリアしたのだが、また、水戸にボールを回収されてしまった。
水戸は長崎の右サイド側から突破しようとしている。
一旦、中央に送られたボールはそのままループ気味のパスで長崎のゴール前に送られた。
その下には水戸の選手がいるのが見えた。
(まずい!やられる!)
ヘディングを打たれた。
だが、後藤選手がはじき返した。
ナイスセーブ過ぎる。
そのボールは江川選手がクリアして、何とかこのピンチをしのいだ。
──今日も神後藤は健在だ。
私は練習の時のことを思い出した。
シュートが飛んでこないのが一番いいと。
今、自分があの時考えたことを心底実感した。
60分、長崎が交代を発表した。
高畑選手から米田選手、そして、鍋島選手からピトゥカ選手だ。
鍋島選手のプレーはここまでとなったが、中盤でいいプレーを随所に見せていた。
これからも楽しみだなと思いながら私は拍手した。
──この交代で、あと残りの交代枠は「3」となった。
70分、長崎の攻撃だ。水戸陣地でパスを回している。
ただ、攻め急いでいる感じはしない。
むやみにせめてボールを失うよりも、ボールを保持することを優先しているように見える。
しばらくボールを動かしていたが、スイッチが入ったのか翁長選手が長谷川選手をクロスエリアに走らせるパスを出した。
そのパスに追いつき、長谷川選手が中央にいるマテウス選手にパスを送る。
その瞬間、水戸の選手が3人ほど群がってきた。
水戸とは去年も対戦している。
──マテウス選手を自由にさせたらどうなるか、彼らは良く知っている。
ただ、マテウス選手はリフティングで難なくあしらってそのボールをピトゥカ選手に渡した。
ちなみに現地にいたときは余りにも曲芸過ぎて、なぜあそこからピトゥカ選手にボールが渡ったのか、意味が分からなかった。
──これが指を怪我している選手のプレーなのか?
ちなみにそのボールはピトゥカ選手がシュートを放ったが、枠外に外れていった。
その直後、長崎の交代が発表された。
長谷川選手がそのサイドに駆け寄っているのが見えた。
私はこのタイミングで長谷川選手が交代するなんて珍しいなと思った。
その旨をスマホにメモしている間に松本選手が投入された。
──交代枠はあと「2」だ。
私はこの時、もし万が一、水戸に1点返されたら、彼の出番は無いだろうなと思った。
攻撃の選手を入れるはずだ。
色々な意味で私はこのまま無失点で!と思っていた。
74分、長崎の攻撃だ。
水戸側のエンド、長崎の左サイドでスローインを獲得した。
米田選手が左サイドをドリブルで持ち上がるが、一旦、ピトゥカ選手に預ける。
さらに後ろにいる山口蛍選手まで戻してもう一度攻撃を組み立てようとするが、出したパスを水戸の選手に引っかけられた。
非常にまずい、水戸のカウンターだ。
水戸の選手が長崎のゴールにドリブルで向かってくるが翁長選手が対応する。
おそらく、その動きを避けるように水戸は右サイドにいる選手にボールを預けた。
また、長崎ゴールまで迫られるが、山口蛍選手と翁長選手で対応し、何とか防ぐことができた。
山口蛍選手と翁長選手の粘り強さが発揮されたプレーだ。
76分、長崎が攻撃を組み立てている。
その時、長谷川選手が私の目の前までボールをさばくために下りてきた。
私は心底驚いた。
(あれ⁉さっき交代しなかったっけ⁉)
慌てて調べたら、松本選手は笠柳選手と交代していた。
私はスマホのメモに気を取られて、交代のアナウンスをちゃんと聞いていなかったのだ。
一瞬、ドッペルゲンガーかと思ったが、長谷川選手なら何人いてもいいな、と場違いなことを考えた。
◆最後の一枠
80分、私の前を中村選手が通った。
これは出場する合図だ。
私はおぉ!と思い、思わず「慶太!」と叫び手を叩いた。
中村選手のプレーは久しぶりだ。
ただ、これで交代枠はあと一枠だ、と思ったところに声が聞こえた。
「テル!」
その声と同時に私の前を走って48番の背中が通り過ぎた。
──最後の一枠は彼だった。
私は、もう遠くなってしまった彼に背中に向かって「照山!」と叫んだ。
最後かもしれない、彼のプレーがもうすぐ見ることができる。
そして、ハーフタイムに考えたことが現実になって私は少し身震いした。
彼に課せられた使命は明確だ。
無失点。
──これに尽きる。
今までつないできたこのバトンをここで落とすわけにはいかない。
──私はまた胸のエンブレムを握りしめた。
84分、私が誤解していた長谷川選手と中村選手がここで交代だ。
そして彼は江川選手と交代した。
彼はどこに入るんだろうと思ったが、ゲームは長崎のフリーキックからのスタートだ。
早速、中村選手がキッカーの位置に立つ。
彼は左側にいるのが見える。
おそらく江川選手のポジションにそのまま入るのかもしれない。
中村選手がボールを蹴る。
そのボールをマテウス選手がヘディングで合わせたが、ゴール枠外に飛んで行った。
ただ、中村選手のキック精度は健在だ。
さっそく見せ場を作るのがさすがだなと思った。
フリーキックが終わり、選手たちがポジションにつく。
彼は私の目の前に来た。
この位置は右サイドだ。
江川選手がいた左サイドには翁長選手が移動していた。
後で見たDAZNでは翁長選手のユーティリティ性が褒められていた。
彼は高木監督が見出した、いつもの位置に納まった。
その直後、早速彼は得意の空中戦で水戸のボールをはね返した。
ここから、ここからあと6分と少し。
ゴールを守り切る彼の戦いが始まる。
読者の皆様には申し訳ないが、ここからは私は彼のプレーというか、彼の姿しか見ていない。
なんせ、あと、6分と少しなのだ。
だからどうしてもここからは彼中心の描写になるがどうか許してほしい。
88分、水戸の選手が、長崎の右SBの背後に向けて、パスを送り込む。
位置的に彼より後ろにいたエドゥアルド選手がそのボールを追いかけた。
彼はエドゥアルド選手のカバーのため、中央に向かう。
そのボールはエドゥアルド選手が先に水戸の選手の前に体をいれて触らせないようにしたため、そのままゴールラインを割った。
エドゥアルド選手のナイス守備だ。
ゴール裏からもエドゥアルド選手のコールが送られる。
その時、彼がハグして労う様子が見えた。
──あともう少し、無失点まであともう少しだ。
アディショナルタイムは3分と表示されている。
その直後、水戸のパスが長崎ゴール前の中央に入り、そのままペナルティエリア内に侵入される。
ただ、関口選手がそのパスを読んでいた。
守備をしに行く。
倒れこみながらも、何とかボールを確保しようと必死に粘る。
どっちだ、ボールはどっちのものになる?とハラハラしていたら、彼が蹴りだしてクリアした。
その時に彼が何か声を掛けているような様子が見えた。
ただ、そのボールはまた水戸に拾われる。
もう、長崎は守備固めに入っている。
水戸が中に入れようとするボールをはね返し続ける。
AT2分。
マテウス選手が、ファウルをもらい、長崎ボールでリスタートだ。
長崎は右サイドで細かいパス回しで時間を使う。
だが、水戸も必死だ。
そのボールを奪い返した。
だが、ドリブルで仕掛けようとしたボールを彼が奪った。
──いい守備だ。
ちなみにこの時、彼のカバーは山口蛍選手がしていた。
そのままピトゥカ選手にボールが渡り、長崎がボールをキープする。
時間を使うため、ボールを一旦、落ち着いて後藤選手まで下げる。
この時、彼が両手を上げて何か指示をしているのが見えた。
──と思ったら、ピーッという笛の音がした。
タイムアップ。
長崎の勝利だ!
得点してから残りの89分34秒を無失点で守り切ったのだ。
私は嬉しいという気持ちよりも、まず、安堵した。
正直に言うと、彼が出場しているタイミングで失点しなくて本当によかったと思っていた。
その後に少しの寂しさが来た。
──また、ピースタで彼のプレーが見られるだろうか。
ピッチの上では勝利の儀式「ぐるぐる」が行われている。
サポーターも一緒に掛け声を上げて、喜びを分かち合った。
◆未来を語る人たち
その後、選手たちは中央へと向かい、今日のMVPが発表される。
翁長選手だ。
彼が翁長選手に水をかけているのが見えた。
私はその光景をほほえましく見ていた。
そして、日焼け止めを購入したあのサポーターさんの顔を思い浮かべた。
きっと彼女は嬉しいだろう。
今日も翁長選手はCBとして無失点に貢献した。
淡々とインタビューに答えている様子がマイペースな翁長選手らしいな、と私は心の中ですこしニヤリとした。
それが終わってから、会場のヴィジョンにはこれまでの戦いの振り返りが流れた。
最初の方に、あの、何もできなかったアウェイ神戸戦の山口蛍選手のコメントが流れる。
いくつか、選手たちが苦悩しているカットが流れる中、彼が、名古屋戦でゴールが決まらず、ピッチを叩く映像が挿入されていた。
その瞬間、ふと、彼を見ると、周りにいた選手にからかわれた様で、笑顔で話をしている。
私は何となくホッとした。
ある意味この場面は今シーズンの彼の悔しさの象徴みたいになっている。
多分、いい意味で消化できているんだろうな、と思った。
それが終わると、いよいよホーム最終戦のセレモニーが始まった。
まずは山口蛍選手がマイクを握る。
半年間の応援への感謝。
8年ぶりのJ1で得た経験。
そして来シーズンへの決意。
キャプテンらしい言葉が続く中で、私の心に残ったのは意外にもサッカーの話ではなかった。
数日前、日本一になった長崎ヴェルカの話題だ。山口蛍選手はヴェルカの優勝を祝福した上で、あの光景を見て「悔しかった」と語った。
もちろん、嫌な意味ではない。
長崎県全体が一つになって歓喜している姿を見て、自分たちもいつかサッカーであの景色を見たい。
──そんなキャプテンとしての率直な思いだった。
そして、「次のシーズンなのか2年後なのか5年後なのか分からない」と言った。私はその言葉が妙に印象に残った。
「来年必ず」と言うこともできただろう。
だけど、J1優勝の経験があるキャプテンは、その難しさを知っている。
だからこそ、簡単な約束はしない。
──それでも、いつか必ず辿り着きたい場所がある。
その誠実さが山口蛍選手らしいなと思った。
続いて高木監督が挨拶を行った。
監督の話は少し視点が違う。
目の前の試合や順位というより、もっと大きな話だった。
1993年に始まったJリーグ。
そして今、新しい時代の幕開けを迎えようとしていること。
変化の波に飲まれるのではなく、自分たちが波を起こしていきたいということ。
百年構想リーグを戦った半年間を、単なる結果ではなく未来への準備期間として捉えているように聞こえた。
最後は田河社長だ。
社長の話を聞いていると、改めてこのクラブが背負っているものの大きさを感じる。
「ピーススタジアム」
「長崎」
その二つの言葉を何度も口にしていた。
開幕戦の広島とのピースマッチ。
被爆地・長崎から平和を発信するという使命。
──そして、いつかアジアの舞台でこのスタジアムを世界へ届けたいという夢。
社長が見ている景色は、リーグ順位表よりもさらに遠くにあるようだった。
ただ、その中で私が一番印象に残ったのは別の話だった。
PK戦で相手をブーイングするのではなく、自分たちのGKを後押しするチャントが自然発生したこと。
社長はその光景を「長崎らしい」と表現した。
私もそう思う。
勝つことはもちろん大事だ。
だけど、このクラブにはそれだけではない魅力がある。
応援の仕方や、スタジアムの空気や、人との距離感。
──そういうものも含めて、私はこのクラブが好きなのだと思う。
3人の挨拶を聞きながら、ふと思った。
キャプテンは未来の歓喜を語り、
監督は未来の時代を語り、
社長は未来の文化を語っていた。
見ている方向は少しずつ違う。
だけど、その先にあるものはきっと同じなのだろう。
──いつの日か。
このピースタジアムが長崎ヴェルカのような熱狂に包まれる日を。
私もまた、その景色を見てみたいと思った。
◆サポーターの矜持
今日はホーム最終戦なこともあり、試合に出ていない選手も一緒にグリーティングをする。
特別に選手のタオルを投げ入れる企画があるため、席から立たないでくださいとアナウンスされる。
立つとおそらく後ろの人が取りづらいからだろう。
いつもより少し時間をかけて選手たちがピッチを回っている。
──やっとゴール裏に到着し、勝利のカンターレだ。
この時、サポーターはアナウンス通り座っていたが、波多野選手が、「せっかくだし、みんなで立ちましょう!」と言った。
波多野選手はこのような時に盛り上げるのが非常に上手な選手だ。
サポーターはみんな立ち上がる。
今日、カンターレの音頭を取るのは、初出場を果たした鍋島選手だ。
何となくスタジアムが暖かい雰囲気に包まれるのを感じた。
鍋島選手の歌い出しに合わせて皆でカンターレを歌う。
「青に染められた、ここにいる幸せ」
みんなで歌い終わったら、ゴール裏をバックにして写真撮影を行う。
それが終わったらいよいよ私の席の前に選手たちが回ってくる。
私は目ざとく見つけていた。
──彼のタオルが入っているはずの鞄が空であることを。
多分、ここにくるまでに渡しきってしまったのだろう。
彼のファンが多いことが嬉しい反面、少し寂しい気持ちもした。
まぁ、いい。
──とりあえず、私のタオルだけでも届けよう。
ただ、ここで誤算が生じた。
この時、私はアナウンスの通りに座っていた。
だが、周りの人たちは立っていた。
無理もない、通常の試合なら立っている場面だ。
きっとアナウンスされたことを忘れてしまったのだろう。
ただ、このままだと座っている私のタオルは周りの旗に埋もれてしまい、彼からは見ることができない。
彼に届けるには、私は立って彼の名前を呼ぶしかない。
だけど、クラブは座って下さいと言っている。
彼はもう、私の視界から通り過ぎてしまう。
もしかしたら、今日が彼にタオルを届けられる最後になるかもしれないのだ。
立つべきか、このままでいるべきか━━。
結局、私のタオルが彼に届くことはなかった。
埋もれたまま、彼は通り過ぎた。
──私はなすすべもなく、彼を見送るしかなかった。
読者の方に誤解しないでほしいのは、波多野選手が悪いわけでも周りのサポーターが悪いわけでもないということだ。
私は自分の選択に納得している。
ピッチの上で選手たちは必死にゴールを守り抜いたように、私はこの場所で、サポーターとしての矜持を守り抜くことを選んだ。
だけどやっぱり、ホーム最後の試合で彼にタオルが届かなかったのは少し悲しかった。
◆そして、ピースタを後にする
セレモニーが終わり、グッズの取引をのため、コンコースを歩いていると、たまたま、いつもクッズ交換でお世話になっているサポーターさんに会った。
「こんにちは!」
「あぁ、お疲れ様です!」
「今日、勝って良かったですね!」
「本当に良かったですー!ただ、私、フラッグベアラーだったんですけど、ゴールが見れなかったんですよ。」
「えぇ!?そうだったんですか?確かに、ゴール決まるのが早すぎましたもんね…」
「そうなんですよ、戻っている途中で決まっちゃって…」
──まさか私が喜んでいた裏でこんなことが巻き起こっていたとは。
私は彼女に、さっき、彼にタオルを届けることができなかった自分の姿を投影した。
彼女とはそこで別れ、私は目的の場所に向かう。
オレンジのバンドを交換してもらうためだ。
コンコースの柱の番号を確認しながら急いで向かう。
待ち合わせ場所につき、お礼を述べ交換してもらった。
「48 TERUYAMA」の文字が見え、確かに彼のバンドだと嬉しくなる。
その後のやり取りで、彼女が私のこのブログの読者であることが判明した。
「楓さんにどうしてもお渡ししたくて」と言って頂いて、その時の私は本当に嬉しかった。
(ただ、このブログを執筆している今の私は、更新が遅くなってしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
せめて彼女にこのブログが届くと良いのだが。)
バンドを手に入れた私は、意気揚々と岩崎本舗に向かう。
もはや読者の皆様は、この一文だけで私が何をするかお分かりだろう。
出来上がった、てりたまバーガーを持ってメイン側のコンコースへ移動する。
今日も後藤選手の活躍に感謝し、「新上五島町」と書かれた席に座った。
ピッチには、いつもと少し違う光景が広がっている。
ホーム最終戦。選手たちはそれぞれ家族とともに、どこか緩やかな表情を浮かべていた。
遠くに、照山選手らしき姿も見える。
もう、ピッチの上で彼の姿を追うことも、これが最後かもしれない。
そう思うと、ただそこにいるだけの背中なのに、やけに目が離せなかった。
それを眺めながら、私はいつものポータブル神棚を取り出し、その上にてりたまバーガーをそっと置いた。
次の試合の勝利と、名倉選手とケガ人の回復を祈る。
てりたまバーガーを食べながら、私は改めて考える。
思い通りにならないことも、きっとサッカーなのだろう。
──届かなかったタオル。
──26秒のゴールを見られなかった彼女。
開始7秒で失点することもあれば、得点したのに10分で追いつかれることもある。
それもまたサッカーだ。
──だからこそ。
喜びは確かに増幅される。
ゴールの歓喜はより強くなり、勝利の味はより深くなる。
──そして、私たちはまたピースタに足を運んでしまうのだ。
食べ終えたてりたまバーガーの包み紙を、ごみ箱へと捨てる。
スマホには、夫から中華街で待ち合わせる旨のメッセージが届いていた。
私はピースタを出た。
さっきまでの喧騒が、少し遠い場所の出来事のように感じられる。
それでも夜の街のどこかで、あのカンターレがまだ微かに響いている気がした。
──そして、その音の奥に、48の背中がまだ残っていた。
最後かもしれないと何度も思ったのに、結局いつもと同じようにそこにいた、その背中のことを。
その“いつもと同じ”が、もう二度と同じではないかもしれないと知りながら、それでも私は見続けていた。
届かなかったタオルのように、届いたはずの感情が、少しだけ形を変えて胸に残っている。
──私は歩き出す。
振り返ることはしなかった。
それでも、あのスタジアムだけは、まだ私の中で終わっていなかった。
◆あとがき
長い記事にも関わらず、ここまでご拝読いただきありがとうございました。
ホーム最終戦の風物詩ではあるのですが、どうしても残響感が残りますね。
まだ試合は残っている。
それでも、ピースタで彼を見られるのはもう最後かもしれない。
ただ、本文にも書いた通り、届かなかったことも含めて、ままならないことを抱えながら応援していくのが私なんだろうなと思っています。

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頂いたチップは、蛍さんの好物のヨーグルト代になります。
試合後にポータブル神棚にお供えしてから私のお腹の中へ。
今回も相変わらずの応援スタイルです。