
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#12.5】もう一度、同じ相手
外の電気をつけたら、今日も店が開く。
看板はない。
でも、この店はこれでいいと思っている。
Bar「青燈ノ記憶」。
佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
説明するたびに遠くなる場所にある。
中は薄暗い。
というか、だいたい暗い。
たぶん明るくする気がない。
カウンターは4席。
ボックス席が2つ。
それだけ。
あとは、DAZNを見るためのiPadと、
壁に掛かったユニフォームが1枚。
照山選手の48。
今日はアスファルトの熱がまだ残っている。
扉が開く。
「こんばんは。」
「いらっしゃいませ。」
いつもの常連だった。
氷をグラスへ落とす。
カラン。
「そういえば。」
カエデがスマホを見ながら言う。
「今日、栃木シティ、トレーニングマッチがあったみたいなんですよ。」
「へぇ。」
常連は席へ腰を下ろす。
「照山は出てたの?」
「はい。」
カエデはうなずく。
「私、スカパーには入ってないので、ハイライトしか見られなかったんですけど。」
少し笑う。
「出ているのは分かりました。」
グラスへウイスキーを注ぐ。
「相手は?」
「……セレッソ大阪です。」
その名前を聞いて、常連は少しだけ黙った。
「ああ。」
短くうなずく。
「そうか。」
炭酸をゆっくり注ぐ。
シュワッという音が店に広がる。
「結果は?」
「二本やったみたいなんですけど。」
カエデは少しだけ表情を曇らせる。
「最初の一本で一点取られて、そのまま負けちゃったみたいですね。」
「まぁ。」
常連はグラスを受け取りながら笑う。
「相手はJ1だからな。」
「そうですよね。」
「健闘した方じゃないか。」
「ええ。」
グラスを差し出す。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
常連は一口飲む。
「実は。」
カエデが静かに言う。
「失点シーンに、照山選手が映ってたんです。」
常連はグラスを見つめたまま答える。
「仕方ないさ。」
「はい。」
「DFは、失点した場面だけ切り取られやすい。」
少し間が空く。
「長崎でも、そうだっただろ。」
カエデは静かにうなずく。
「……そうでしたね。」
「それがセンターバックだからな。」
店の中に少しだけ静かな時間が流れる。
「でも。」
常連が続ける。
「そのシーンに映ってたってことは、一本目に出てたってことだろ。」
「あ。」
カエデは少し驚いた顔をする。
「そうですね。」
「期待されてるんじゃないのか?」
「まだ分かりませんけどね。」
そう言いながらも、少し嬉しそうに笑う。
「でも、そうだったら嬉しいです。」
常連はグラスを揺らす。
「新しいチームで、ちゃんと見てもらえてるってことだからな。」
「はい。」
カエデは壁の48番を見る。
「不思議ですね。」
「何が?」
「少し前まで、長崎で戦っていた相手だったのに。」
少し間を置く。
「今は、違う場所で、その相手と戦っているんですよね。」
常連は静かにうなずく。
「選手って、そうやって前へ進んでいくんだろうな。」
同じ名前の相手。
でも、その時の自分と、今の自分は違う。
着ているユニフォームも。
立っている場所も。
だから、同じ試合でも意味は変わるのかもしれない。
グラスの中身はまだ残っている。
でも今日はもういい気がした。
また明日、店が開くかは分からない。
たぶん開く。
でも保証はない。
ただ、電気がついていればそれでいい。
Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。
◆あとがき
Bar「青燈ノ記憶」第12.5話でした。
今回は、急遽追加した番外編です。
栃木シティとセレッソ大阪のトレーニングマッチが行われたということで、どうしても書きたくなりました。
私にとって、セレッソ大阪という名前は、少しだけ痛みを伴うものになってしまいました。
山口蛍選手の古巣でもあるのに皮肉なものです。
でも、照山選手にとっては、もう新しいチームで迎える新しい試合です。
過去の経験を抱えながら、それでも前へ進んでいく。
それが、選手の歩みなのかなと思いました。
ちなみに、今回の話では試合結果よりも「照山選手が最初の一本に出場していた」という部分を大切にしました。
新しい環境で、どのような立ち位置になるのかは、まだこれからです。
それでも、少しずつ新しいチームの日常に入っていく姿を見ることができるのは、応援している側として嬉しいことですね。
……それでは、また店の電気がついた夜に。
最初の扉🚪
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
昨夜の話🕯️
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#12】5と22の休息日
次の一杯🥃
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#13】ヨーグルト
