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【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#10】灯りが戻る夜

    楓|青橙ノ記憶

    外の電気をつけたら、今日も店が開く。

    今日は、ちゃんと灯りがついた。

    看板はない。
    でも、この店はこれでいいと思っている。

    Bar「青燈ノ記憶」。

    佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
    説明するたびに遠くなる場所にある。

    中は薄暗い。
    というか、だいたい暗い。
    たぶん明るくする気がない。

    カウンターは4席。
    ボックス席が2つ。
    それだけ。

    あとは、DAZNを見るためのiPadと、
    壁に掛かったユニフォームが一枚。

    照山選手の48。

    今日は少しだけ、店の中が明るく見えた。


    停電は翌日になっても直らなかった。

    昼間、不動産屋さんから連絡があった。
    原因は、ビルの配線の接合部の経年劣化。
    古い建物だから、いつ起きてもおかしくなかったらしい。
    修理は思ったより時間がかかった。

    でも、そのおかげで今日はいつも通り店を開けられる。

    それだけで、少し嬉しかった。

    扉が開く。

    「こんばんは。」
    「いらっしゃいませ。」

    いつもの常連だった。

    店の中を見回して笑う。

    「やっと復活したな。」
    「ええ、お待たせしました。」

    氷をグラスへ落とす。

    カラン。

    その音も、今日はどこか懐かしく聞こえた。

    「原因、分かったの?」
    「配線の接合部が古くなってたみたいです。」
    「ああ、このビルも年季入ってるもんな。」
    「そうですね。」

    グラスへウイスキーを注ぐ。

    「でも、ちゃんと直って良かった。」

    炭酸をゆっくり注ぐ。

    シュワッという音が店に広がる。

    「どうぞ。」
    「ありがとう。」

    その時だった。

    入口のドアがもう一度開く。

    「こんばんは。」

    聴き慣れた声がする。

    「あ。」

    カエデが笑う。

    「灯さん。」

    二階の『純喫茶 灯』のマスターだった。

    「営業中に悪いな。」

    そう言って、小さな紙袋をカウンターへ置く。

    「この前、コーヒー豆を買いに来るって言ってただろ。」

    カエデは少し驚いた顔をする。

    「わざわざ持ってきてくださったんですか。」
    「閉店して片付けしたら、ちょうど下が開いてる時間だからな。」

    照れくさそうに笑う。

    「ありがとうございます。」

    紙袋を大事そうに受け取る。

    「それと。」

    カエデが頭を下げた。

    「あの日は、本当にありがとうございました。クーラーボックスまで貸していただいて。

    灯のマスターは軽く手を振る。

    「困った時はお互い様だ。」
    「奥さんも、『役に立って良かった』って言ってたよ。あの特製セットも楽しませてもらったよ。」

    その言葉に、カエデも笑顔になる。

    常連が口を開いた。

    「俺も、特製セットもらっただけだけどな。」

    三人とも笑う。

    「ちゃんと手伝っていただいたじゃないですか。」
    「一杯サービスしてもらう約束だから。」
    「それは覚えてるんですね。」

    また笑い声が重なる。

    少しだけ店が賑やかになる。

    灯のマスターが帰ったあと。

    カエデは入口のスイッチを何となく見つめた。

    一昨日は、何度押しても点かなかった。
    昨日も真っ暗だった。
    でも今日は、当たり前みたいに灯りがついている。

    「やっぱり。」

    カエデがぽつりと言う。

    「灯りがつくって、いいですね。」

    常連が静かにうなずく。

    「当たり前だと思ってたけどな。」

    少しだけ間が空く。

    「店も。」
    「電気も。」
    「試合があることも。」
    「見たい選手を見られることも。」
    「案外、当たり前じゃないんだな。」

    カエデは壁の48番を見上げる。

    「そうですね。」

    いつもそこにあるユニフォーム。

    でも今日は、少しだけ違って見えた。


    グラスの中身はまだ残っている。
    でも今日はもういい気がした。

    また明日、店が開くかは分からない。
    たぶん開く。
    でも保証はない。
    ただ、電気がついていればそれでいい。

    Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。


    ◆あとがき

    Bar「青燈ノ記憶」第10話でした。

    停電の翌日には直らず、「今日は開けられるかな」と少し落ち着かない時間をマスターは過ごしていました。

    でも、何気なくつく灯りや、いつも通り聞こえる氷の音が、思った以上にありがたく感じた夜でしたね。

    そして今回は、二階の『純喫茶 灯』のマスターにも初めてバーに登場していただきました。

    この古いビルには、バーだけではなく、いろいろな人の日常があります。

    また店の電気がついていたら、ふらっとお立ち寄りください。

    最初の扉🚪
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
    昨夜の話🕯️
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#9】灯りのない夜
    次の一杯🥃
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#11】てりたまバーガー

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    V・ファーレン長崎サポーター。記録に残らないものを、記憶に残す。たぶん万人受けはしない。それでも、あなたの「好き」になれたら。 観戦記だけど、観戦記じゃない。 90分とその余白を綴っています。 初めての方は「青橙ノ地図」からどうぞ。

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