【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#8】きっかけ
外の電気をつけたら、今日も店が開く。
看板はない。
でも、この店はこれでいいと思っている。
Bar「青燈ノ記憶」。
佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
説明するたびに遠くなる場所にある。
中は薄暗い。
というか、だいたい暗い。
たぶん明るくする気がない。
カウンターは4席。
ボックス席が2つ。
それだけ。
あとは、DAZNを見るためのiPadと、
壁に掛かったユニフォームが1枚。
照山選手の48。
外は相変わらず蒸し暑い。
今日は開店前まで、DAZNで前の試合を見ていた。
4月の栃木ダービー。
照山選手が加入する前の、栃木シティの試合だった。
扉が開く。
「こんばんは。」
「いらっしゃいませ。」
いつもの常連が勝手にカウンターへ座る。
「今日は何見てたの?」
「栃木ダービーです。」
「おお。」
カエデは氷をグラスへ入れる。
カラン、と小さな音が響く。
「照山選手が加入する前の試合を見返してました。」
「勉強?」
「はい。」
ウイスキーを注ぎながら少し笑う。
「どんなサッカーをするチームなのか、知っておきたくて。」
炭酸をゆっくり注ぐ。
シュワッという音が店に広がる。
「で、どうだった?」
カエデは少しだけ考える。
「最初はセンターバックを見るつもりだったんです。」
「うん。」
「でも、気付いたらチームを見てました。」
常連は少しだけ笑う。
「チーム?」
「はい。」
グラスを差し出す。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
一口飲んだ常連が続きを待つ。
「すごく組織的だったんです。」
「へぇ。」
「無理に前へ蹴らないで、ちゃんとボールを動かして。」
「うん。」
「一つひとつのパスに理由がある感じがして。」
少しだけ言葉を探す。
「見ていて、面白かったです。」
常連は静かにうなずいた。
「そうか。」
「ずいぶん前から、このサッカーを積み上げてきたんだろうなって。」
少し間が空く。
「その中でも。」
「うん。」
「西谷選手が気になりました。」
「どんな選手?」
「危ないところを埋めたり、下がってボールを受けたり。」
少し笑う。
「目立つプレーじゃないんですけど、すごく気が利くんです。」
「なるほど。」
「見ていて、ちょっと蛍さんを思い出しました。」
「へぇ。」
「あと、今矢監督も。」
「監督?」
「試合前のインタビューはすごく穏やかな方だったんです。」
「うん。」
「でも、試合が始まったら別人みたいで。」
思わず笑ってしまう。
「熱かったです。」
常連もつられて笑う。
「監督ってそういう人、多いよな。」
「そうかもしれません。」
店の中に少しだけ静かな時間が流れる。
「一番印象に残ったのは?」
カエデは少し考える。
「試合の最後ですね。」
「最後?」
「はい。先制されたんですけど、追いついて。」
「うん。」
「後半アディショナルタイムで。」
「うん。」
「ロングスローからゴールが決まったんです。」
「熱いな。」
「栃木シティにとって、ダービー初勝利だったそうです。」
「そうなんだ。」
「だから、あの歓声だったんですね。」
常連はグラスを見つめながら小さくうなずく。
「ダービーって、やっぱり特別なんだな。」
「ええ。」
少しだけ間が空く。
「長崎にも、ああいう試合があったらいいなって思いました。」
「分かる。」
カエデはグラスを磨きながら笑う。
「正直。」
「うん。」
「照山選手の勉強をするつもりだったんです。」
「うん。」
「でも、気付いたら栃木シティのサッカーいいなって思ってました。」
常連は少しだけ笑う。
「それなら、見た甲斐があったな。」
「はい。」
その時、壁の奥から「ジジジジジ…」という音がし始めた。
「あら?何の音かしら。」
「大丈夫か?このビルもずいぶん古いもんな。」
「まぁ、明日、不動産屋さんに言っておきますよ。」
何気なく、壁に掛かった48番へ目を向ける。
まだ、この店には3番はない。
でも、このサッカーの中でプレーする照山選手を、少しだけ想像できた気がした。
グラスの中身はまだ残っている。
でも今日はもういい気がした。
また明日、店が開くかは分からない。
たぶん開く。
でも保証はない。
ただ、電気がついていればそれでいい。
Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。
◆あとがき
今日は、照山選手が加入する前の栃木シティの試合を見返した夜のお話でした。
最初は「どんなチームなんだろう」という気持ちで見始めたのですが、気付けば試合そのものに引き込まれていました。
応援する選手がきっかけで、新しいクラブや、新しいサッカーを好きになる。
それもサッカーの醍醐味だな、と少し嬉しくなった夜でした。
まだ壁には48番のユニフォームしか掛かっていません。
それでも、この店の景色は少しずつ広がっている気がします。
そして謎の音の正体は一体…。
……それでは、また店の電気がついた夜に。
最初の扉🚪
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
昨夜の話🕯️
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#7】いつかは
次の一杯🥃
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#9】灯りのない夜
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